風車と魔銀

Side・真子


 飛鳥君と真桜が帰ってから、私は毎日狩りに勤しみ、アガート・ラムや刻印術の研鑽に勤めていた。

 特に真桜から貰った3つのS級術式は、私にとっても簡単に使いこなすことはできないし、何よりそのままじゃ使えないから、少し改良しないといけない。

 大和君も飛鳥君から2つ貰ってたけど、そっちは大和君にとって相性が良い術式だから、使うだけなら特に問題ないのが羨ましい。


 今日も今日とて、ミーナやリディア、ルディアと一緒に、マイライトで狩りの真っ最中よ。


「なんて言ってたけど、十分使いこなしてない?」

「そうよねぇ」


 なんてルディアとリディアが言うけど、私から言わせたら使いこなすどころか、改良すら上手くいってるとは言い難いのよね。


 私が真桜から譲って貰ったS級術式は、シルバリオ・ディザスター、シルバリオ・コスモネイション、シルバリオ・ディフェンダーの3つ。

 だけどこの3つの術式は、真桜の刻印法具によって生成される銀を使ってるから、そのまま使うなんてどう考えても無理。

 だから土属性魔法アースマジック工芸魔法クラフターズマジックを使って、何とか真桜と同じような感じで使えるように頑張ってるんだけど、さすがに真桜が30年も前に開発した術式でもあるから、新しくS級術式を考えるより大変だわ。


「銀、ですか。それってストレージに入れておいて、使うときに出すというのではダメなんですか?」

「既にやったんだけど、効率が悪いのよ。私の魔力にも耐えられなかったしね」


 ミーナの案は一番最初に試してみたんだけど、言った通りの結果で、早々に諦めた。

 ただ何故か、どこで使ってもそれなりの精度にはなったのよね。

 私のスピリチュア・ヘキサ・ディッパーは風車だから銀の生成なんてできないけど、なんでなのかしら?

 その理由を考えながらも、私はシルバリオ・ディザスターを発動させ、オークの集落を銀で染め上げていく。

 上昇流や下降流までも使った銀の雨は、オークの集落程度なら簡単に領域内に収まるし、対象識別も組み込まれてるから、オークだけを銀像にするのは簡単なお話。


「片手間で倒してくよねぇ」

「お義母様の刻印術もすごいですけど、使いこなしてる真子さんもすごいですねぇ」

「だから使いこなせてないんだってば」


 今更オークの集落、それも災害種どころか異常種すらいない集落なんて、リディアやルディアにとっても片手間でしょうに。


「だけどさ、お義母さんが使ってたのって、本当に銀って感じだったよね?」

「はい。だけどそれがどうかしましたか?」

「うん、前から気になってたんだけどさ、なんとなく少し緑っぽく見える気がしてさ」

「緑っぽく?」


 突然疑問を口にしたルディアだけど、最初は何のことかわからなかった。

 だけど言われてみたら、確かに私が作り出したオークの銀像は、白銀というより薄い緑銀っていう感じだ。

 言われるまで気が付かなかったけど、ヘリオスオーブの銀も白銀だし、薄い緑銀って言ったら魔銀ミスリルになるから、これってもしかして魔銀ミスリルを使ってたってことなの?


魔銀ミスリルですか。ああ、だから風車なんですね」


 さらにミーナも、何か納得したような感じで口を開いた。

 魔銀ミスリルと風車に、何か関係あるの?


「ガリア近くにある魔銀ミスリル鉱床は、川の底にあるんです。ですから水車を使って、川底から砂になった魔銀ミスリルを掬って、それをインゴットに加工していると聞いたことがあります」


 それは初耳だけど、そんなとこにも魔銀ミスリル鉱床があるのね。

 しかも砂になった魔銀ミスリルまで使えるなんて、やっぱり工芸魔法クラフターズマジックはデタラメな気がする。

 というか、確か銀って、砂にならなかったんじゃなかったっけ?

 魔銀ミスリルならなるってことなのかもしれないけど、だから私は思いもしなかったってことなんでしょうけど。


「ってことは、もしかしてスピリチュア・ヘキサ・ディッパーが魔銀ミスリルの砂を掬い上げて、それを使ってるってことになるのかしら?」

「そうなるんだろうね」


 銀を生成するんじゃなくて、掬い上げて使ってたってことになるのか。

 スピリット・ディッパーも柄杓状だから、掬い上げるっていう行為は出来る。

 だから完全生成しなくても、私にも真桜のS級が、特に改良しなくても使えるってことになってたのか。

 真桜が知ってたとは思わないけど、これはこれで使いやすいって言えるわね。

 ということは、今まで試してた改良って、全く無意味だったってことにならない?

 いえ、さすがに魔銀ミスリルを使うことになってたとは思わなかったから、調整するならそっちでやれば、多分効率とかは良くなるはず。

 だけどその前に、まずは本当にそうなのか、今度は意識して使ってみよう。


「次の集落は……近くにはないわね」

「お義母様の刻印術、広域系でしたっけ?そればっかりですから、試すのも大変なんですね」

「こればっかりはね」


 私が真桜から貰った3つのS級は、広域殲滅系に近い術式になる。

 もちろん数が少なくても使えないワケじゃないんだけど、魔力効率や精度とかから考えたら使いにくい。

 だからオークの集落っていうのが一番試しやすいんだけど、残念ながらこの近くにはないみたいだわ。

 仕方ないから、適当なとこにトラベリングで移動して、その付近を探すことにしよう。


「やっと見つけたわ。普段はもっと簡単に見つかるのに、いざ探すとなるとすさまじく面倒だったわね」

「気持ちは分かりますけど、マイライトだって広いんですから、そんなもんじゃありませんか?」

「まあね。それじゃあ行くわよ」


 5回目のトラベリングで、ようやくオークの集落を見つけた私は、集落を確認すると即座にシルバリオ・ディザスターを発動させた。

 あえてスピリチュア・ヘキサ・ディッパーを完全生成して、意識して大地から魔銀ミスリルを掬うようにイメージしてみると、さっきまでより遥かにスムーズに使えてる感じがする。

 その証拠に銀の雨は、さっきの集落で使ったより多く激しい。

 それに魔銀ミスリルも、私の魔力で雨のようになってるっていうのに、特に劣化とかしてるような感じは受けない。


「各段に使いやすくなったわ。みんなの言う通り、風車で掬った魔銀ミスリルを使うっていうのを意識すれば、改良も最小限で済みそうね」

「それは良かったですけど、改良が必要なんですか?」

「ええ。真桜のS級は、自分の法具で銀を生成することを前提に組まれているの。だからそこを、自分で掬い上げた魔銀ミスリルを使うように変更しないといけないわね」


 さすがに風車の柄杓で掬えるなんて、思ってもいなかったわ。

 とはいえ、川底どころか空中でも魔銀ミスリルを掬えるなんて、原理的にも意味的にも全く分からないけど。


「あと2つも試してみたいし、悪いけどもうちょっと付き合ってくれる?」

「わかりました」

「私も興味ありますし、もちろんですよ」

「あたし達も数えるほどしか見たことないから、じっくり見てみたいしね」


 あー、確かに飛鳥君も真桜も、S級術式を使ったのって数えるほどしかなかったわね。

 そもそも2人ともアークヒューマンだったから、S級どころかC級辺りでも異常種すら倒せてたし、使う必要性も無かった感じだったわ。

 実際2人がS級を使ったのって、最低でも災害種以上の魔物がいる場所だったし。

 本来なら二度と見ることもできなかったはずなんだけど、真桜のS級は私が、飛鳥君のS級は大和君が譲り受けることになったから、これからも見れることになったのは、みんなにとっても運が良かったって言えるでしょうね。


 シルバリオ・ディザスターに続いてシルバリオ・コスモネイション、シルバリオ・ディフェンダーも試してみるために、また何度かトラベリングを使って、マイライトの山肌を歩く。

 以前よりオークの集落は減ってるけど、それでも何度か転移したら見つかるから、やっぱり多いんでしょうね。


「シルバリオ・コスモネイションは問題ないけど、シルバリオ・ディフェンダーは癖があるかなぁ」


 真桜が開発したS級は3つとも無性無系術式に分類されるけど、シルバリオ・ディフェンダーだけは防御系の要素が強い。

 実際ニーズヘッグのブレスを、余波すら完全に防いでたんだけど、これは真桜の力量も大きいでしょう。

 白銀に輝く複数の巨大な盾状結界シルバリオ・ディフェンダーは、一言で言えばファランクス。

 攻撃を受けて盾が壊れても、次々と新しい盾が生成され、それどころか余分に生成すれば攻撃と防御を同時に行うことも可能なの。

 神帝のサンダーケージ・ドームに近いけど、あれとは強度も精度も桁違いだけどさ。

 私には相性が良い術式だけど、盾を生成する術式っていうこともあって、攻撃力は他の2つどころか私のS級より低い。


「だけどさ、それはグランド・ソードとかと併用すれば補えるよね?」

「補えるわね。むしろ問題なのは、アクセリングが必須ってことね」


 ルディアの言う通り、攻撃力は魔法を併用することで補える。

 大和君のアイスエッジ・ジャベリンやグレイシャス・バンカーも、魔法と刻印術の併用だし、私のフィールド・コスモスだってそう。

 問題となるのは、生成できる盾の数が多過ぎるから、アクセリングの思考加速を使っても、操れる盾の数が20ぐらいまでってことね。


「ですけど大和さんも真子さんも、この1ヶ月でしっかりと使いこなしてるじゃないですか」


 この1ヶ月、私も大和君も狩りに精を出して、貰ったS級術式を使いこなせるよう努力を怠っていない。

 だから大和君も、飛鳥君から受け継いだミスト・インフレーションとミスト・リベリオンを使いこなせるようになっている。

 まだ飛鳥君程の精度で行使はできてないけど、終焉種ですら倒せることはその飛鳥君が実証してくれているから、いずれは大和君も出来るようになるでしょうね。

 私も真桜の術式だけじゃなく、自分のS級の改良もしたいし、今以上に力をつけておきたいわ。

 いずれグラーディア大陸に攻め入ることになるだろうから、できればそれまでに。


「まだ使いこなしてるとは言えないから、もう少し頑張らないといけないけどね」

「十分使いこなしてるように見えますけど?」

「さっきも言ったけど、本来はあんなもんじゃないのよ。スピリチュア・ヘキサ・ディッパーのおかげで魔銀ミスリルで代用できる事は分かったけど、少し調整はしないといけないし、私自身もしっかりと特性を掴んで、出来ることと出来ないことをよく把握しておかないとね」


 概要も含めてだいたいは知ってるけど、それとこれとは話が別。

 シルバリオ・ディフェンダーを攻撃に使うことは無いと思うけど、それでもしっかりと把握しておかないと、いざって言うときに困るからね。

 なにせシルバリオ・ディザスターもシルバリオ・コスモネイションも、範囲が広すぎる術式だから、単体相手には使いにくいし。


「集落を覆う程の規模の刻印術ですから、場合によっては使いにくいってことなんですね」

「そういうこと」


 今日はそろそろいい時間だから終わるけど、明日以降もしっかり頑張らないといけない。

 本当に幸いだったのは、スピリチュア・ヘキサ・ディッパーの柄杓が魔銀ミスリルを救い上げてくれることね。

 まさかそんなことができるなんて思ってもいなかったから、3つの術式は大幅な改良が必要だと思ってたわ。

 だけどおかげで必要なくなったし、アルカに帰ったら魔銀ミスリルでもしっかりと対応できるように、少し調整しないとね。

 これはこれで、何か楽しくなってきたわね。

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