神帝の正体

 戦も中盤となり、魔族の援軍が到着し、総力戦を挑んできた。

 ドラゴンもだが魔族、特にハイデーモンもかなり増えたし、中には本当にエンシェントクラスと同等の魔力を持つ奴も数人いるようだから、苦戦は免れない状況だ。

 俺も本当はドラゴンの相手をしたかったんだが、やむにやまれぬ事情で戦線を離れることを余儀なくされてしまった。


「ほう、なかなかの魔力だな。皇王から聞いてはいたが、本当に30年前よりエンシェントクラスとやらが増えているじゃねえか」


 隊列を組んだ魔族達の戦闘に、全身金色で豪華な鎧を纏った男が立っている。

 見た目は20代半ば程だが、黒髪黒目と見るからに日本人といった顔立ちは、西洋人風の魔族の中では異彩を放っている。

 この男こそが、グラーディア大陸を統べる神帝だ。

 鎧の装飾は派手で悪趣味だし、何より金色の鎧なんて趣味が悪いなんて話じゃないんだが、神金オリハルコンの色でもあるから、神帝の鎧は神金オリハルコン製ってことなんだろう。


「あなたが神帝ですね」

「誰に口を聞いてやがる?てめえに発言を許した覚えはねえよ」

「私はあなたの配下ではありませんし、それどころか敵対しているのですから、許可など必要とは思えませんね」

「言うじゃねえかよ。刻印術師でもねえ分際で、偉そうに」


 この一言で、神帝が刻印術師優位論者だっていうことが確定したな。

 レックスさんにすげえ不愉快そうな顔をしているし、態度もふてぶてしいから、生粋の優位論者ってことになるんだろう。


「なるほど、刻印術師ですか。ですが刻印具は破壊されているそうですし、何よりあなたは元の世界では、ただの犯罪者だったと伺っています。そのあなたが偉そうにしていることこそ、無礼ではありませんか?」


 レックスさんも過激だな。

 だけど実際その通りだし、盗人猛々しいにもほどがある話だと俺も思う。


「てめえ……」


 レックスさんの言ったことは事実だが、刻印術師優位論者のタチの悪いところは、自分達が絶対に正しいと曲解していることだ。

 だからこそレックスさんのセリフは、許しがたい暴言っていうことになる。


「真子さん、知ってますか?」

「いえ、知らないわ。優位論者全員の顔なんて、覚えてられないもの。幹部とかなら話は別だけどさ」


 俺もあいつの顔は見たことないから、優位論者の中でも重要人物って訳じゃないんだろう。

 多分使い捨ての戦闘員で、実力も法具生成にS級開発が出来た程度じゃないかと思う。


「でしょうね。だけど200年もグラーディア大陸に君臨してるんだし、今は魔族にまでなってるんだから、いくら地球じゃ無名だったとしても、油断は禁物よ?」

「分かってます」


 神帝が地球じゃ無名の生成者だったのは間違いないだろうが、真子さんの言う通り200年もグラーディア大陸を支配してるんだから、相応の実力を身に着けてるのは間違いない。

 さらに魔化結晶を使うことでエンシェントデーモンにまで変化してるから、俺や真子さんでも油断してたら命を奪われることになる。


「レックスさん」

「分かっている。私のことを刻印術師ではないと口にしましたが、彼らに対してはどうでしょうか?」

「あん?」


 不機嫌そうな顔を隠そうともしない神帝だが、無視して俺と真子さんが前に出る。

 すると神帝の表情が、見る見るうちに驚きに染まっていった。


「てめえ……片桐真子か!それに三上飛鳥まで……いや、似てるが違うな。てめえ、なにもんだ?」

「私のことを知ってるんだ。まあ私は、あなたのことなんて知らないけどね」

「なんだと?」

「優位論者の下っ端風情なんて、覚える価値があるとでも?」


 真子さんのセリフに、額に青筋立ててやがるな。

 だけど実際に下っ端なんて、俺だって覚えてねえ。

 真子さんのことを知ってるだけじゃなく、俺を父さんと間違えたってことは、俺が生まれる前の奴で確定したか。


「いい度胸だ……死にてえらしいな!」

「それはあなたでしょ?魔族だか何だか知らないけど、所詮は優位論者の下っ端。戦力だけは集めてるから苦戦は免れないけど、あなた程度がヴァルキュリアに勝てるなんて、本気で思ってるの?」


 真子さんも煽るなぁ。

 だけど実際に地球なら、真子さんをはじめとしたヴァルキュリアとまともに戦える人なんて、高名な生成者ぐらいだからな。

 いくら生成者であっても優位論者の下っ端ごときじゃ、傷つけるのも不可能に近いって言われてるぐらいだ。


「いいぜ、そんなに死にてえなら、無残に惨たらしく殺してやるよ!そっちの三上に似たてめえもまとめてな!」


 なんか俺も纏められたが、それはそれで納得いかないな。


「確かに俺は三上飛鳥に似てるが、そんなのは当然だろ」

「あん?」

「俺は三上大和。三上飛鳥の息子だよ」

「はあっ!息子だと!?」


 まあ驚くよな。

 真子さんのことを知ってるってことは、多分父さんも大学生か卒業したぐらいだろう。

 確か父さんと母さんが神器生成者だって公表されたのは高校の頃だったはずだから、当然優位論者だって最大限に警戒していたし、顔だって知られてたはずだ。

 だから神帝が父さんの顔を知ってても不思議じゃないんだが、その息子が記憶にある父さんとさほど変わらない年齢で目の前に現れたら、驚くなっていう方が無理な話だ。


「お前の頭でもわかるように簡単に説明するとだ、お前が30年前に戦ったっていう客人まれびとも、どうやら生まれた時間軸が違うらしくてな。転移の際にずれたんじゃないかって考えられてるんだよ」

「てめえの物言いも気に入らねえが、理屈はわかった。確かに30年前の連中は、刻印術のことを知らなかったからな、生まれた時間が違うってことなら納得はいく」


 途端に冷静になりやがったが、額の青筋は消えてないから、完全に冷静になったって訳でもなさそうだな。


「てめえの親父には世話になったからな。その恨み、息子のてめえで晴らさせてもらうぜ!」


 ああ、やっぱり父さんにやられたことがあるのか。

 日本人だし、真子さんのことを知ってるようだからもしかしたらって思ってたが、あの化け物を相手にしてたとは、逆に哀れに思えてくるな。

 というか、よく生きてたな。


「父さんの世話になったって言うわりには、よく生きてたな。父さんが敵を生かして帰すなんて、考えられないんだが?」

「ああ、そのことか。確かに俺は、てめえの親父に殺される寸前だったし、実際死んだと思ったさ。だが気が付いたら、アバリシアの草原にいてな。理由なんてわからねえが、おかげで俺はアバリシア全土を支配し、この世界そのものも手中に収める寸前だ。ああ、そういった意味じゃ、てめえの親父には感謝してるぜ?」


 死ぬ寸前で転移してたのか。

 まあ父さんや母さんと敵対して、なおかつ戦ったこともあるってんなら、それぐらいしか生き残る方法が無いのも事実だが。


「なるほど、つまり世界を追われた負け犬が、別の世界で憂さ晴らしをしてたってことか」

「あんだと?」

「事実だろうが。確かにこの世界には刻印術師はいないが、代わりに魔法がある。しかも魔法は刻印術とよく似てるから、お前より強い人だっていただろ。実際30年前、それでお前はフィリアス大陸から追い出されたんだしな」


 むしろ魔法の方が、等しく万人が使えるだけあって便利だとすら思う。

 特に転移魔法や空間魔法は、地球じゃ望むべくもなかったからな。


「上等だ!てめえも片桐と同じく、無惨に殺してやるよ!親が生成者だからって、息子まで生成者なわけがねえんだからな!」

「やれるもんならやってみろ!」


 神帝の言う通りで、親が生成者だから子も生成者ってことは、滅多にない。

 特に親が高名だったりすると、子供は期待の重圧で潰れてしまい、犯罪に手を染めたりロクな実力を持つことが出来なかったりするな。

 俺もそんな人を、何人も知っている。


 だけど俺は紛れもなく生成者だし、先日刻印融合術も成功させた。

 先のセリフから、俺が生成者だとは思ってないようだが、それこそが傲慢だっていう証拠になる。


「て、てめえ……!」

「俺が生成者じゃないって、なんでお前ごときが決めるんだ?」


 生成したマルチ・エッジを見た神帝は、目に見えて狼狽えた。

 父さんと母さんが神器生成者ってこともあって、俺も兄貴も姉さんもとんでもない期待がされていたし、周囲の重圧も半端じゃなかったんだが、父さんや母さんだけじゃなく、師匠達も俺達を1人の人間として育ててくれたからな。

 だから俺だけじゃなく、兄貴に姉さんも生成できるぞ。


「いいだろう。てめえはこの俺が、直々に始末してやる!死ぬ覚悟ができたらかかってきやがれ!」

「お前がな!」


 マルチ・エッジを左手に持ち替え、右手には瑠璃銀刀・薄緑を構える。

 ウイングビット・リベレーターを生成してもよかったんだが、いきなり手の内を晒すのは避けたい。

 ミラー・リングも生成済みだが、こっちはクレスト・ディフェンダーコートの袖に隠れて見えなくなってるから、俺が双刻だということは気付かれていないだろう。

 ウイングビット・リベレーターは、神帝の手の内を暴いてから生成しよう。


「てめえら、分かってるだろうな?」

「はっ!陛下のご悲願、必ず成就させてみせましょう!」

「よし。あいつらは数が少ねえ。だがエンシェントクラスってのが多いのも事実だ。アルトゥル、てめえも覚えてるよな?」

「御意。あのような者達がいたとは、思いもよりませんでした」

「俺もだ。だからこそ、これだけの戦力を集めたんだ。いいな?万が一醜態を晒そうもんなら、いくらてめえでも命はねえぞ?」

「心得ております。聞け、皆の者!世界を統べる偉大なる神帝陛下より、敵軍の殲滅が許可された!もう遠慮はいらん。各人思うままに戦い、蹂躙せよ!神なる力を得た我らにこそ、世界は跪くのだ!」


 神帝とアルトゥルの話し声は俺にも聞こえてきたが、これだけの戦力を集めたのは、やっぱり前回の親征の教訓か。

 だけどそれより気になったのは、魔化結晶によって得た力を神なる力と口にしたことだ。

 あれはヘリオスオーブにとって、滅びをもたらす力でしかない。

 なのに神なる力って言い切るとは、思ってもいなかった。

 同じ世界のはずなのに、こうまで認識が違うなんて、マジでどうなってんだ?


「神兵達よ、神帝たる俺が命じる。奴らを蹂躙し、背後の町を壊し犯し尽くせ。俺はもちろん、てめえらにもその権利がある。ただし、あのガキに手を出すことだけは禁ずる。もし破ったりしやがったら、家族はもちろん子々孫々に至るまで、奴隷として使い潰してやる。いいな!」


 恐怖で魔族を縛ってやがるのか。

 何度も話には上がってたが、マジで神帝っていうより魔王って言った方がしっくりくるな。


「もう話すことはないわね」

「ええ。あとはぶつかるだけです」

「そのようですね。お2人とも、手間を掛けました」

「結果的だけど、神帝との戦いに魔族が入ってくることはなくなったんで、よしとしときますよ」


 よっぽど頭に血が上ってるのか、神帝は俺に手出しすることを禁じやがったからな。

 もちろん不意にその命令を取り消す可能性はあるし、それを恥とも卑怯とも思わないだろうが、劣勢に陥らない限りはしないだろう。


「では、後は引き受けます。オーダー、ハンターに告ぐ!我らが敗れれば、それは世界の破滅を意味する!卑劣なる魔族を1人残らず掃討し、フィリアス大陸を、そしてヘリオスオーブを守るのだ!我らの勝利こそが、ヘリオスオーブを守ることに繋がる!各員、いっそう奮起せよ!」


 レックスさんの檄で、こっちの士気も高まっていく。

 本人は嫌がってるが、軍を率いた経験もあるから様になってるし、正規リッターの中で最大レベル保持者でもあるから、信頼も厚い。

 恐怖で配下を従える神帝なんぞとは、格も品位も違うな。


「それじゃあレックスさん、俺はこのまま神帝を抑えます」

「すまないが頼む。先程までと違い、ここからが本当の戦いとなる。君達に負担を強いてしまうのは申し訳ないが、先程言った通り、私達もドラゴンの相手をさせてもらう」

「頼みます」


 神帝の正体は判明したが、200年という長い時を生きてきたのは間違いないし、その間にいくつもの戦争を経験しているだろうから、油断だけはしないようにしないとな。

 俺は薄緑とマルチ・エッジにミスト・ソリューションを発動させ、フライングとアクセリングを併用して真っ先に神帝へと襲い掛かった。

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