冬の慶事

 ハンターズギルドでエルさんと再会し、解体したクラウドレス・ディアーの肉を少し買ってアルカに帰り、本殿1階でエドとフィアナと別れた俺は、そのまま2階に上がった。

 ところが2階にあるリビングには、俺の嫁さんと婚約者が勢揃いしていた。

 妊娠中のリカさんは分かるけど、ヒルデやユーリまでいるって、何か緊急事態でも起きたのか?


「おかえり、大和。待ってたわ」

「ただいま。何かあったのか?」


 緊急事態だとしても、誰も慌ててないな。

 そもそも緊急事態だと決まった訳でもないんだが、それ以外でヒルデとユーリがいる理由が分からないから、何かあったのは間違いないと思うんだが。


「今日は月初めの定期健診の日でしょう?」

「ああ。マナやリカさんのことがあるから、月1から週1の頻度で、ヒーラーがやってくれてるな。……って、まさか!!」

「はい。私とプリムさんが妊娠していました」


 おお、プリムとフラムが妊娠か!

 リカさんの予定日が4月だから、そろそろわかるんじゃないかと思ってたんだが、ここでわかるとは思わなかった。

 プリムは父テルナール公爵の仇を討つまで妊娠は遠慮してたし、フラムは近いうちに男爵としてプラダを任される予定だから、どっちも妊娠してくれたのは本当に嬉しい。


「お、おお……おおおおおっ!おめでとう、プリム!フラム!」

「ありがと、大和」

「ありがとうございます、大和さん」


 だけどそんなことは二の次で、今は純粋に2人の妊娠が嬉しい。


「プリムはマナ様やリカ様と同じで特に兆候は無かったんだけど、フラムは最近少し体調が思わしくなかったそうよ。慣れない代官としてのお勉強もあったから、少し体が弱ってたんでしょうね」

「さすがに妊娠したことがわかったのですから、しばらくは安静にしていただくことになります。今後のこともありますから、完全にお休みというわけにはいきませんけど」


 マナやリカさんのこともあるから、2人も兆候がないんじゃないかとは思ってたし、実際プリムはそうだったみたいだが、フラムは自覚症状があったのか。

 個人差があるって話だし、そんなこともあるんだろうが、それでもフラムは最近無理してたから、疲れが抜けきってなかったってことになるみたいだ。

 エンシェントウンディーネだから体力もあるし、リジェネレイティングを使えばゆっくりとだが体力は回復していくはずなんだが、妊娠中だと少し違うっていう話もある。

 フラムはプラダの代官になるための勉強中でもあるし、その話も決定事項だから、妊娠中でも完全に勉強を休むわけにはいかない。

 プリムも俺の初妻としての役目があるが、こっちは誰かに代わってもらいやすいから、特には問題にはならないな。


「そういやプリムが妊娠ってことになると、初妻としての役割は誰が代わることになるんだ?」


 初妻は妻達のまとめ役であり代表でもある。

 だから来客とかがあった場合、主に出迎えるのは初妻の役割だ。

 だけど妊娠してしまえば、初妻であっても動けなくなってしまう。

 その場合は他の妻が代理として応対することになるんだが、俺達の場合だと誰になるんだ?


「本来でしたらお姉様がそのお役目を担うことになるのですが、ご出産されたばかりですから、無理はさせられません」

「次点でユーリ様なんだけど、ユーリ様はまだ結婚してないから、婚約者としてならともかく代理はできないわ」

「リカは妊娠中だし、ヒルデ姉様はソレムネ地方の代官のお仕事があるから、この2人も無理ね」


 そうだよな。

 ユーリと同じ理由でアリアも候補から外されることになるから、残るはミーナ、リディア、ルディア、アテナ、真子さんの5人か。


「だからこの場合、大和と2番目に婚約したミーナになるわね」

「わ、私ですかっ!真子さんではなく!?」


 マナに話を振られたミーナが、激しく動揺している。

 確かにミーナは、プリムと結婚した次の日に婚約した。

 その時点で成人していたから、フロートでご両親にご挨拶したらそのまま結婚するつもりだったんだが、諸事情によってマナとも婚約、結婚したことで、俺と結婚したのは3番目ってことになっている。


 俺は妻間の序列なんてのに興味はないんだが、礼儀として必要になることもあるから、どうしても決めておかなければならない。

 初妻は最初に結婚した妻であり、夫がどんな立場であっても序列が揺るぐことはないから、俺達の中じゃ初妻のプリムを筆頭に、マナ、ヒルデ、ユーリ、リカさん、アテナ、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、アリア、真子さんと、身分と婚約した時期を考慮した順になっている。

 それでいくとアテナになりそうなもんなんだが、アテナはドラゴニアンで礼儀とかには疎いところがあるから、ちょっと荷が重い。

 となると序列で決めるなら、確かにミーナってことになるな。


「私は一番年上だけど序列は一番下なんだから、できるワケないじゃない」

「あたしも、上に姉さんがいるからね」

「そもそも私もルディアもアテナも、アミスターの出身ではありませんからね。その面から見ても、ミーナさんが適任だと思いますよ」


 真子さん、ルディア、リディアからも、一切の反対意見が出てこない。

 初妻の役割は面倒も多いって聞くし、実際プリムやエリス妃殿下を見てるから分かるが、3人からはそんな面倒ごとはごめんだといった感情が透けて見えてやがる。

 気持ちは分からなくもないが。


「すぐに動けなくなるわけじゃないし、代理ってことで紹介もしなきゃいけないから、しばらくミーナは、あたしと一緒に行動ね」

「ううう、わかりましたぁ……」


 なんか別の意味で大変なことになってるが、俺としても頑張ってくれとしか言えない。


「そ、そっちは俺も手伝うしフォローもするから。あ、それからさっきハンターズギルドで、クラウドレス・ディアーの肉を買ってきたんだ。今夜はお祝いってことで、それを食おう」

「え?クラウドレス・ディアーって、スノー・ドロップの異常種の?そんなの、誰が狩ったのよ?」

「ファルコンズ・ビークだ。しばらくはフィールを拠点にするって言ったよ」


 話を変える意味も込めて、さっき買ってきたクラウドレス・ディアーの肉をストレージから取り出してみんなの前に出す。


「そうなんですね」

「そういえばクラテル迷宮やソルプレッサ迷宮にも雪原階層はあったけど、それらしい魔物は出てこなかったね」

「探せばいるのかもしれないけど、どっちも難易度が高い階層だから、普通のハンターじゃ手が出ないし、私達でも厳しいわよ」


 クラウドレス・ディアーの討伐は、直近でも30年以上前になる。

 それ以降はどこかの迷宮ダンジョンで討伐された個体が、近隣のハンターズギルドに数匹持ち込まれたぐらいだと聞いた。

 だからこそ購入額も、量としては3分の1ほどの200キロで抑えたというのに、180万エルもしたからな。

 購入分の半分弱はラインハルト陛下に献上するが、それでも100キロ強は手元に残るから、お祝いとしても十分に使えるし、俺達も初めて食う魔物だから特別感もある。


「でもそんなレアなクラウドレス・ディアーを食べられるとは、ついてるわね」

「本当ですね。マナ様やリカ様の妊娠がわかった時も盛大にお祝いしましたし、サキちゃんが生まれた時もそうでしたけど、食材は普段とあまり違いがありませんでしたから」


 プリムとフラムは喜んでくれてるし、マナやリカさんも同じなんだが、確かにマナやリカさんの妊娠、サキの出産の祝いの宴会は、料理こそ豪勢だったが、食材はAランク、Mランクがほとんどだった。

 しかも全部俺達が狩ってきた魔物だから、特別感は薄かったな。


「食材については仕方ないわよ。一般どころか王侯貴族と比べても、格段に良い物を使ってるんだから」

「そもそもAランクモンスターなんて、王族でも一生に一度口にできるかどうかでしたからね」


 マナとユーリに言われて思い出したが、確かに今でこそGランクモンスターの食材も出回りだしているが、合金が完成するまではCランクどころかIランクが一般的で、Sランクでさえ高級品扱い、Pランク以上ともなると幻とまで言われてたぐらいだ。

 なのに俺達は、自分達で調達してきたっていう理由もあるが、使ってる食材は最低でもBランクで、日によってはMランクどころかAランクも使ってるぐらいだから、完全に感覚が麻痺してるな。


「そういえばそうだったっけ。毎日食べてたから、感覚が麻痺してたね」

「自分達で調達できるっていう強みもあるしね。不足してきても、マイライトにはフェザー・ドレイクがいるし、クラテル迷宮やソルプレッサ迷宮、イスタント迷宮辺りなら日帰りで行けるし」

「それでも十分な数を狩れるしね」


 リディア、ルディア、アテナの言う通り、マイライトのフェザー・ドレイクは利用価値が高いから、マイライトに行くたびに狩っている。

 さらにルディアの挙げた3つの迷宮ダンジョンは、低階層高難易度迷宮ってこともあって、第1階層からBランクやSランクモンスターが出てくるため、第3階層辺りまで進めば普段使ってるランクの魔物が出てくる。

 しかもウイング・クレストはエンシェントクラスも多く、そのエンシェントクラスはトラベリングも習得しているから、本当に日帰りが可能だし、1人2人といった少人数で行くこともできてしまう。

 だから食材が不足したことはないんだが、数人だけで迷宮ダンジョンに行ったこともない。

 だけど今後もないとは言い切れないから、食材についてはしっかりと備蓄を用意しておかないとな。


 って、そうじゃない。

 いや、食料の備蓄は確かに大切なんだが、今は十分余裕があるし、最悪マイライトとかで狩りをすればいいだけなんだから、後で考えてもなんら問題ない。

 今はプリムとフラムの妊娠を喜ぶべき時だ。


「マリーナ達には話してるのか?」

「まだよ。まずは旦那様に報告してからだって思ってたし、エドワード君は大和君やフィアナと一緒にクラフターズギルドに行ってたでしょ?」

「ラウス達も入学前に、セラスさんとレイナちゃんのレベルをもう少し上げておくつもりで、狩りに出ていますからね」


 エド達はともかく、ラウス達は狩りに行ってるのか。

 だけど最初に俺に報告っていうのは嬉しい。


「じゃあみんなへの報告は、ラウス達が帰ってきてからか」

「そのつもりよ。大和が丁度いいお肉を買ってきてくれたから、夕食時になるでしょうね」


 クラウドレス・ディアーの肉を買ってきたのは偶然だが、丁度いいタイミングだったのは良かったな。

 アプリコットさんは既に知ってるがレベッカはまだ知らないだろうから、きっと喜んでくれるだろう。


「あ、肝心なこと聞くの忘れてた。今何ヶ月なんだ?」

「2人とも3ヶ月よ」

「9月頃が予定日になるそうです」


 9月か。

 涼しくなってくる時期だが、アミスターの夏は日本ほど凶悪じゃないし、基本アルカから動くことはないだろうから、そこは心配しなくても良さそうだ。

 アルカは外気と遮断されてるから、真冬でも寒くないし、真夏でも暑くない。

 だいたい4月から5月頃の陽気で過ごせるから、かなり快適だ。

 アルカには山や森、湖もあるから、従魔や召喚獣達も伸び伸びと過ごしてるしな。

 こないだバトラーのアリスが契約したシルケスト・クロウラー達も各個が好みの扶桑に居ついたし、5番目に契約した個体に至っては中央の大きな扶桑で日がなのんびりと過ごしてやがるし。

 何日か前にアリスが狩りに連れだしたそうだが、小さくてもG-Uランクってこともあって、フィール周辺の魔物は簡単に倒してたとも聞いている。


 それはともかくとして、今夜はプリムとフラムの妊娠、それにサキが生まれて丁度1ヶ月だから、バトラーやホムンクルス達に頼んで豪勢にしてもらおう。

 結局調理師はアルカでは雇わなかったが、エスメラルダ天爵邸やフレイドランシア天爵フロート屋敷では雇ってるから、そっちにもお祝いってことでお裾分けしておくか。

 あ、トラレンシア妖王家とアマティスタ侯爵家、フォールハイト子爵家やグランド・オーダーズマスター、ハイウインド侯爵家にガイア様にもお裾分けしないとだった。

 嫁さんが多くて、それでいて俺はトラベリングを使って簡単に会いに行けるから、けっこう気を遣う。

 大変だけど結婚してるんだし、経済的な余裕もあるんだから、これぐらいはしっかりやらないとな。

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