フレイドランシア天爵家用獣車

 グラシオンの再開発が無事に始まり、ラウス達に言われてアクアーリオとデネブライトを訪れた。

 ラウス達も同級生になるネブリナ殿下、ライオ殿下とイルミナ殿下とお会いした事で、入学する王族と顔を合わせた事になる。

 メインはラウス達だったが、俺も挨拶ぐらいはしている。


 ネブリナ殿下は聞いていた通り人見知りするようで、最後までまともに話は出来なかったな。

 臣下の人達とでさえ最低限の会話しかしない事も珍しくないって聞くが、王家の人間としてそれはどうなのかと思う。

 だからこそ入学して、少しでも人見知りを治してもらいたいって話だ。

 それもあってか、人付き合いも少なくて済むだろうスカラー登録をしたいって考えてるもあれなんだが。


 逆にライオ殿下とイルミナ殿下の双子は、クラフターでもある俺達に質問の嵐だった。

 さすがに瑠璃色銀ルリイロカネは機密指定されてるから話せなかったが、翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネは公表されてるし、今は神殿魔法プリスターズマジックプレッジングも使わないから、Sランククラフターに昇格すれば誰でも作れる。

 両殿下はまだクラフター登録していないから、工芸魔法クラフターズマジックも使えないんだが。


 ラウス達はどちらの国でも歓迎されてたし、殿下方とも仲良くなってたから、入学してからも上手くやってくれるだろう。


 そんなこんなで、11月も終わりが見えてきた。

 アレグリア、アクアーリオ、デネブライトを訪れた以外は、いつも通り書類仕事にMARSの製作に明け暮れていたな。

 マイライトに間引きを兼ねた狩りにぐらいは行ったが、それ以外じゃ狩りに行く事は随分減った気もする。

 最近は仕方ないと割り切るようにしてるが、やっぱり狩りには行きたいんだよなぁ。


「お待ちしていました、大和天爵」

「出迎えありがとうございます、マランさん」


 今日は連絡を受けて、クラフターズギルドにやってきた。

 フレイドランシア天爵家用獣車が完成したから、それを引き取るためだ。

 公式な訪問って事になるから、俺は天爵として対応しなきゃいけないのが面倒でしかないが。


「こちらがフレイドランシア天爵家でお使い頂く獣車になります。お検め下さい」


 乗造部門の作業場に案内されると、まだ作業中の獣車が数台あり、その中に小型クルーザーのような外観をした獣車が1台あった。

 さすがフィールの乗造部門、外観は注文通りだ。


「では確認させてもらいます」

「ご案内致します」


 マランさんも少しやりにくそうだが、俺もそうだからお相子って思っておきたい。


 マナがデザインから考えた小型多機能獣車はクラフターズギルドからも高い評価を得ていて、フレイドランシア天爵家用のみならずラピスラズライト天爵家用にエスメラルダ天爵家用、エドやラウス達が普段使いする獣車にも使われている。

 先日献上した、ラインハルト陛下個人の獣車や天帝家用の獣車も、基本は同じだ。

 グランド・クラフターズマスターからの要望もあって、正式に小型多機能獣車のテンプレートにもなっている。

 今後受注が増え、クラフターズギルドの主力商品になったら、マナにはオナーズ・クラフターズマスターという、ギルドからの最高の栄誉となる称号が贈られる事になるそうだ。


「さすがですね、中も注文通りです」

「天爵が開発されてからというもの、私達もかなりの数を作り上げましたから」


 確かにフィールのクラフターズギルド乗造部門は、多機能獣車製作にかけては総本部以上だとも言われているな。

 もちろん総本部の乗造部門も一流の職人の集まりなんだが、経験っていう意味じゃフィールの方が上だ。

 しかもプリムが依頼していた、ハイドランシア公爵家の獣車を改装したアプリコットさん用の小型多機能獣車までも見事に完成させているから、何人かは昇格するっていう噂まであるしな。

 確かマランさんも、Mランクに昇格できるってこないだ言ってたはずだ。


 そのマランさんに案内された小型多機能獣車は、内装も注文通りに仕上がっていた。


 大きさは全長7メートル、幅3メートル、高さ4メートルあり、本体と車体は一体化している。

 完全に獣車として使う予定だし、船は必要が出来たら船体として製作依頼すればいい。


 キャビンは2.5メートル×3メートルの広さだが、基本は天樹製多機能獣車と大差はなく、前方デッキや後方デッキ、階下のミラールームへ繋がる階段室がある。

 両側に椅子は用意してあるが、出入り口もあるから使用頻度は高くないだろうな。


 前部デッキには御者席があるが、従魔や召喚獣は人間の言葉を理解してるから手綱なんてのは必要なく、そのためこちらの指示を口頭で伝えられる距離があればそれでいい。

 だから御者席があるのは、前部デッキの真ん中ぐらいで、頭上は雨や雪に強いホワイト・ドラグーンやフォートレス・ホエールの革を使った幌で覆われている。


 後部デッキは2メートルもないが、展望席へ上がるための階段や収納式の椅子にテーブルも設えているから、移動中でも問題なく出る事が出来る。


 展望席は3人から4人ぐらいしか上がれないが、ここの椅子とテーブルは据え置きにしてあり、ここも雨除けの幌を設置している。

 後部デッキには幌が無いから、展望席にはキャビンからも上がれるように階段室も設けられているため、雨が降ってても濡れなくて済む。


 ミラールームはラピスラズライト天爵家やエスメラルダ天爵家と同じくミラーリング30倍付与の600平米で、部屋割りとかも度品が違うぐらいしか差がない。

 三天家で差をつける意味もないし、必要もないから、俺もこれでいいと思ってる。


 天爵として動く場合、今後はこの獣車を使う事になるのか。


「ありがとうございます。あとはヴァルト獣公家とハイウインド侯爵家、聖母竜マザー・ドラゴン用ですけど、こちらはどれぐらいで完成しそうですか?」

「獣公家と侯爵家用の獣車は来週の予定ですが、聖母竜マザー・ドラゴン用の獣車は竜化したドラゴニアンの運搬も想定されていますから、あと2週間程になります」


 ガイア様に贈る予定の獣車は完全竜化したドラゴニアンによる空輸も想定してるから、天樹製多機能獣車と同じように空輸用ベルトや、ベルトを収納するためのミラースペースも用意している。

 これが他の小型多機能獣車とは違う点になるから、少し時間が掛かるのは仕方がない。


「分かりました。じゃあ完成したら、ウイング・クレストのユニオン・ハウスかエスメラルダ天爵邸まで連絡を頂けますか?」

「わかりました、手配しておきます」

「それと、エスメラルダ天爵家が使う船の方は、あとどれぐらいで完成しそうですか?」

「そちらは来月になります」


 フィールはベール湖の畔にあり、湖口を広げた事もあってナダル海との行き来も容易になった。

 だからユーリは、エスメラルダ天爵家が使う大型船も製作依頼を出している。

 総翡翠色銀ヒスイロカネの船体だから、魔物の攻撃を受けても簡単には沈まないだろうし、全長50メートル近い大きさでもあるから人員も多く乗せられる。

 ただ試算で7,000万エルって言われてるから、天爵の公金の大半が吹っ飛んでしまう。

 ユーリの個人資産もそこそこの額があるが、プラダ開発やフィール拡張、エスメラルダ天爵家用や献上用小型多機能獣車の製作もあったから、船の依頼料は俺とマナが出す事にしている。


「フィール初の大型船になるんでしたっけ?」

「金属船としては、ですね。木造船としてでしたら、トレーダーズギルドやクラフターズギルドが40メートル級の船を所有しています。というか天爵は、トレーダーズギルドの船に乗られた事がありませんでしたか?」

「確かに借りた事はありますけど、20メートルがせいぜいでしたね」


 P-Cランクモンスター アビス・タウルスの討伐の時もそうだったが、ベール湖に出る時は基本的にトレーダーズギルドから船を借りていた。

 トレーダーズギルドは漁師も所属してるから、漁船だったな。

 トレーダーズギルドが40メートル級の大型船を所有してるのは知ってたが、それでさえも漁船だし、稀に沖に出る場合にしか使われてないから、俺も乗った事は無いな。


「ああ、そういえばそうでしたね。だからトレーダーズギルドからも、大型船の製作依頼が来ていたんでした」

「それは商船としてですか?」

「そうです」


 そりゃ漁船で取引っていう訳にはいかないし、漁船と商船じゃ役割も内装もまるで違うから、トレーダーズギルドだって新しい商船の製作依頼ぐらい出すか。

 トレーダーズギルドが依頼している商船は、50メートル級が1隻、20メートル級が5隻だが、既に20メートル級の小型船5隻は完成し、グラシオンはおろかアクアーリオやロッドピースにまで取引に出向いているそうだ。

 ハイドロ・エンジン搭載を前提に設計されているから、魔物が曳く従来の船よりも速度が出るし、総魔銀ミスリルの船体だから少々の攻撃は通用しないって事で、実際に使った事のあるトレーダーからは評判も良いらしい。

 プラダ港が開港してまだ数ヶ月しか経ってないが、魔法のおかげで建造スピードが早い。

 それにトレーダーズギルドは、どうやらユーリが開発に着手してからすぐに製作依頼を出していたから、本来なら大型船も完成しているはずだったそうだ。

 完成していない理由は、船体に使う魔銀ミスリルが不足してしまったためらしい。


「え?魔銀ミスリルって、そんなに不足してるんですか?」

「はい。天爵方の獣車もそうですが、先日ハンターズギルドからも30メートル級の中型船2隻の製作依頼が来ましたので。ユーリアナ天爵は翡翠色銀ヒスイロカネを持ち込まれたので作業が出来ていますが、トレーダーズギルドとハンターズギルドは春に採掘が再開されるまで、製作を中断しているところなんです」


 ハンターズギルドも依頼出してたのか。

 俺達が来る前に、ハンターズギルド所有の船は魔物に沈められたそうで、それ以来ハンターズギルドは船が無かった。

 だから俺達もトレーダーズギルドから借りてたんだが、プラダ港が開港しナダル海に出られるようになった事で、ハンターズギルドも急いで船を用意する必要が出てきてしまった。

 だからライナスのおっさんが慌てて依頼を出したそうなんだが、去年までマイライト鉱山はゴブリン・クイーンが巣を作ってた事もあって、採掘量が激減っていうレベルじゃないぐらい落ち込んでいた。

 今年は俺達が捕まえた犯罪奴隷を使う事で採掘をしていたんだが、それでも備蓄も減ってた事もあって、最終的には不足っていう事態になったみたいだ。


「なるほど、ではトレーダーズギルドに、ミスリル・コロッサスの一部にミスリル・ゴーレムを売っておきますよ。さすがに船を作れる量は難しいですが、春までは持つでしょうから」

「助かります」


 ミスリル・コロッサスはA-Cランクモンスターで、イスタント迷宮の守護者ガーディアンでもあった。

 20メートル近くもある巨体で、体は全て魔銀ミスリルで出来ているから、多分50メートル級の船でも作れると思う。

 ミスリル・ゴーレムはこないだ行ったクラテル迷宮第5階層に生息していて、3匹程狩ってある。

 生息してるとは思わなかったから、話を聞いた時は驚いたもんだ。

 魔銀ミスリルは俺達も使うから全部は勘弁してもらいたいが、ミスリル・コロッサスはまだ半分以上残ってるから、ミスリル・ゴーレム全部に加えてミスリル・コロッサスの腕1本分ぐらい売れば大丈夫だろう。

 ユーリが持ち込んだ翡翠色銀ヒスイロカネは俺達が作ったやつだが、それもフィールで買った晶銀クリスタイトを使ってるから、フィールの魔銀ミスリル不足には一役買ってしまっている。

 だからトレーダーズギルドには、お詫びの意味も込めて少し割引して売ろう。

 これからは自分達で使う分だけじゃなく、市場の事も考えないといけないと思ったね。

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