ハンター教育の問題点

Side・マナ


 メモリア総合学園を案内しながら、私達も改めて校舎や校庭の確認を進めていく。

 これだけの規模の施設や設備を整えるのは、いくら各ギルドや天帝家の肝煎りであったとしても、資金的にはかなり厳しい。

 だから私達も、メモリアの領主でもあるフレデリカ・アマティスタ侯爵の夫、同妻って事で、個人資産からいくらか捻出しているの。

 だからっていうわけじゃないけど、私達にとっても感慨深いものがあるのよ。


「ハンターとリッターは合同だが、いずれは分ける事も想定しているのか」

「はい。狩人学科と騎士学科が合同である理由は、素行の悪いハンターが一定数いるためです。もちろん教育を施したからといってゼロになる事はあり得ませんが、現状では狩人学科を独立させるのは、リスクが高いと判断しています」

「確かにバリエンテ地方のハンターは、先だっての内乱の折に傍若無人な振る舞いをした者も少なくない。ソレムネ地方に至っては言わずもがなだ」


 内乱で家族を失っているリヴィエール・エス・シュタイルハング獣公陛下が、表情を歪めながら口を開く。

 リヴィエール陛下の父で先代ロッドピース王爵は、ソレムネの蒸気戦列艦の艦砲射撃によって命を落としているし、妻の1人と跡取りとなるはずだった長男はロッドピースを包囲していたハンターによって命を奪われているの。

 だからルーキー・ハンターの育成には関心が高いし、それでいて含むものもあるようだから、内心はかなり複雑でしょうね。


「リベルター地方も、多くのハンターが命を落としていますからな。新人の育成は急務ですが、だからといって無法を許しては問題しかおこりません」

「バレンティアも同様ですね。最近いくつかのレイドを処罰したこともあり、反抗的なハンターが増えてきていると聞きます。そのような者達を放置するつもりはありませんが、だからといってむやみやたらと処罰を続けていれば、いずれは大きな問題になるでしょう」


 リベルター地方の橋公国にバレンティアも、ハンターの問題は大きいか。


 ハンターは自由人が多いから貴族とかに仕える者は少ないんだけど、皆無っていうワケじゃない。

 バレンティアもそれは同じだけど、問題なのは仕えていた貴族がバレンティア東部の、処罰された貴族だったっていう事ね。

 その結果盗賊に身をやつしたハンターもいて、ドラグナーズギルドやバレンティア唯一のMランクハンター ライバートさんに討伐されたって聞いているわ。


 リベルターの場合はもっと深刻で、首都だったエストレラをはじめ多くの橋上都市がソレムネの蒸気戦列艦から攻撃を受けてしまい、そのせいで多くのハンターも命を落としているわ。

 リベルター最強と言われていたPランクハンターも、その攻撃で命を落としていたそうだから、指導できるハンターの数が減っているっていうのも頭が痛い問題なの。

 さらに問題となっているのが、ソレムネの攻撃から生き延びたハンターが、放棄された橋上都市から略奪を行っているっていう話だったわ。

 放棄されたとはいえ全ての住民が引っ越したワケでもなく、残っている者もそれなりの数が存在している。

 だけどそのハンターは、そういった人達のために訪れているトレーダーから略奪を繰り返しているらしく、さらにその橋上都市に残っている人達を奴隷扱いしてこき使っているらしいの。

 しかも悪い事に、禁制品となっている隷属の魔導具まで使っているっていう未確認情報まであるわ。

 既にソルジャーズギルドが動いているそうだけど、放棄された橋上都市はかなり広いから、どのハンターが無法を働いているのかが特定し辛く、捜査は難航しているとも聞いている。


「しばらくはリッターに負担を掛けるけど、治安維持を頑張ってもらうしかないんじゃありませんか?」

「それしかないんだが、魔物は待ってはくれないからな。高ランクハンターも多くが命を落としたが、低ランクハンターはそれ以上が死んでいる。各橋公国のハンターは、最盛期と比べると半分程になっていると、先日我が国のヘッド・ハンターズマスターが漏らしていたほどだ」


 リベルターのハンターが減っていたのは知ってたけど、そんなに減ってたのね。

 アミスターやトラレンシアも、ソレムネやレティセンシアのせいでハンターは減っているから、下手をしたらフィリアス大陸のハンターは3分の2ぐらいにまで減っているかもしれない。


「実際、それぐらいになっているらしい。旧ソレムネの民がハンター登録を始めたとはいえ、天与魔法オラクルマジックを使えない以上ランクを上げていくのは難しいだろう」

「そればかりか、無駄に命を散らす者もいると聞く。ただハンターの数を増やしただけでは、問題の解決にはならないだろう」


 リヴィエール陛下やアイスリヒト陛下の言う通り、登録したばかりのハンターはレベル15前後が多く、下手をするとIランクモンスターにもやられてしまう。

 Tランクモンスターはレベル一桁でも倒せる程度でしかないから、Iランクモンスターはそれらに毛が生えた程度でしかないって勘違いするルーキー・ハンターは多いのよ。

 実際Iランクモンスターでも下の方の魔物はそうなんだけど、上位の魔物となるとCランクモンスターに匹敵するか、個体によっては凌駕する事もあるから、その差を見極められず餌食になるって事ね。


「そんなハンターを減らすための総合学園でもあるけど、現状にはそぐわないってことか」

「即戦力が欲しいのは間違いないけど、だからといって自分の実力を過信するハンターが増えても困るから、総合学園の存在はありがたいけどね」

「それに入学するのは200名と少しで、全員がハンターというワケでもないでしょう?」


 言われてみたらその通りだわ。

 初年度の入学生はキャロルと同い年の子達も10人程入学してもらうから、230から240名程になる。

 だけどその中で狩人・騎士学科を選ぶ学生がどれ程いるかは、今の時点では分からない。

 戦闘訓練も基本教練に含まれるけど、人には向き不向きがあるから、全員が狩人・騎士学科を選ぶなんて事はあり得ないわ。

 私の予想だと、多くても半数ちょっとってところかしら。


「どれぐらいになるかは、入学してからでないと分からないでしょう。実際ギルド学科の授業を受けるのは、2年目からになりますから」

「ああ、入学時に希望学科は聞いておくけど、心変わりをする事もあるかもしれないからですか」

「はい。さすがにギルド学科の授業が始まってからは変更出来ませんが、最初の1年は選択学科を決めるための準備期間でもありますので」


 入学時にハンターになりたいって事で狩人・騎士学科を希望してても、適性が無かったり思っていたのと違うと感じたりする事は出てくるからね。

 だから最初の1年は読み書き計算に礼儀作法なんかに加えて、各ギルドに関する授業も、実技を交えてしっかりと行われる予定なの。

 もちろんたった1年で適正があるかどうかなんて判断は難しいから、本人のやる気次第になるけど。


「確かにやる気のない者が授業を受けても、あまり意味は無いか」

「自分だけならばともかく、そういった者は大抵の場合周囲にも迷惑を振りまきますから。少しでもそういった者を減らすために、スカラーズギルドも日夜頭を悩ませているそうです」


 でしょうね。

 教える側にも得手不得手があるだろうし、学生数も多いから、なるべく万人にもわかるような授業を考えないといけないわ。

 読み書き計算はともかく、礼儀作法は教える側の主観で印象が変わる事が珍しくないし、教わる側も一般人から王家までいるわけだから、教師にとっても大変ね。


「確かにな。だがスカラーズギルドにばかり責任を押し付ける訳にはいかない。特に礼儀作法に関しては、私達も一度確認しておいた方がいいだろう」


 お兄様の言う通り、礼儀作法に関しては天帝や王達にも確認してもらっておくべきね。

 市井の民が王や天帝と謁見する機会は多くはないけど、高ランクになればなるほど増えていくし、場合によっては身内になることすらあり得る。

 身内になればある程度の不作法は目を瞑ってもらえるけど、ギルドレジスターとして謁見する場合はそうはいかないし、貴族の中には礼儀にうるさい者もいたりする。

 だから王達に確認してもらって、お墨付きをもらうことができれば、そんな貴族達も声を上げる事は出来なくなるでしょう。


「その点に関しましては、申し訳ありませんが陛下方のお力をお借りする事になるかと思います」


 お兄様の決定でもあるし、実際問題としてその通りだから、王達からは特に反対は見られない。

 グランド・スカラーズマスターは胃が痛いかもしれないけど、こればっかりは頑張ってとしか言えないわね。


「では一通り施設を見て回った事だし、視察はここまでにしよう。この後の夕食は天樹城でとなるが、夜はアルカで存分に羽を伸ばしてくれ」


 じきに日が沈む頃合だし、視察を終えるには丁度いい時間ね。

 私達がトラベリングを使えるから王達は日帰りも出来るんだけど、普通ならフロートに足を運ぶだけでも何日も掛かるし、ここしばらくは開発や復興で忙しかったから、少しぐらい骨休めしてもバチは当たらない。

 だからっていうワケじゃないけど、王達は今晩、アルカに宿泊される予定になっているの。

 私達の披露宴に招待してる人達ばかりだから、日ノ本屋敷の湯殿は体験済みだし、何度か使わせてもらえないかって打診もされてたから、ある意味じゃ丁度いいタイミングなのよ。

 ただまだ料理人は雇えてないし、バトラーも人数がいるわけじゃないから、夕食は天樹城で用意してもらっているわ。

 候補は何人かいるんだけど、私達が料理人を雇うっていう話を聞きつけた高ランクの料理人も何人かいて、自分を雇えって言ってきてるのよ。

 理由を伝えても退かないし、それどころか候補の料理人に圧力をかけてる輩までいるから始末に悪いわ。

 クラフターズギルドからも注意してもらうようにしてるから、あんまりひどいようならペナルティが科せられるでしょうね。


「いやいや、以前湯殿を使わせてもらって以来、すっかり魅了されてしまいましてな」

「本当に。設備も素晴らしいですけど、景色はさらに素晴らしかったですから」


 湯殿と同じような施設なら作って作れない事は無いんだけど、景色だけはどうしようもない。

 なにせアルカは地上2万メートルっていうワケの分からない高さにあって、天樹を中心に円を描くように回ってるから、いつでも天樹を見ながら入浴できてしまう。

 雲の上でもあるから、夜なら必ず月や星に照らされて、それはもうすごく綺麗な光景なのよ。

 24時間、いつでも入れるっていうのも素晴らしいわね。


「さすがに国際会議サミットのたびにっていうは無理ですけど、何回かに一度はご招待しようかと計画しています」

「それは嬉しいわね」

「ですな」


 年に数回程度になるだろうけど、大和の言う通り国際会議サミットの後で王達をアルカに招待しようっていう計画はある。

 だけどそのためには、料理人だけじゃなくバトラーも増員しなきゃいけないし、ご家族をどうするのかっていう問題も出てきてしまう。

 国際会議サミットは連邦天帝国にとっても重要な会議だけど、私達も含めてトラベリングを使える人は増えてきているから、日帰りで行われる事も多い。

 複数日に渡る場合でも、宿泊は天樹城になるし、一度国元に戻らないといけない事情があってもトラベリングで送迎すればいいだけだから、開催する側としても参加する側としても負担は大きくなりにくい。


 だからこそ、いずれは国際会議サミットの折に家族、特に後嗣を連れてきて、傍聴させたいって言ってくる方が出てくるでしょう。

 連邦天帝国の法で、王位を含む役職は、特別な例外が無い限り任期は最長でも30年と定められている。

 天帝を含む多くの王が連邦天帝国建国と同時に即位してるけど、全員が全員30年も王位に就き続けるとは限らないし、遅くても30年後には国際会議サミットの顔触れは一新されてしまうから、若いうちから重要な会議を見学させておきたいと思う気持ちもよく分かる。


 だけど後嗣全員が真っ当な人物とは限らないし、実際に王位に就くかどうかも分からない。

 実際エネロ・イストリアス伯国の王太子予定者は、そんな感じだし。

 アルカへの招待はお兄様の在位中に限定するつもりでいるし、アルカは私達の拠点でもあるから、はっきり言ってそんな輩を連れてきたくはないのよね。

 だからどうするかは、もうちょっと考えてからでないと決められないわ。


 大和がそんな風に説明すると、少し残念そうな顔をする王達だったけど、誰も無茶を言ってこなかったから助かるわ。

 まあ、これだけの顔触れの前で無茶を言う王なんて、普通に愚王でしかないんだけどね。

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