テメラリオ大空壁の終焉種
Side・リカ
天樹城での会議が終わり、私達は各国の王達を連れてメモリアへ転移した。
理由はメモリア総合学園の視察ね。
ラインハルト陛下やヒルデ様は何度か足を運んでるけど、他の王達はまだだったから、この機会にって事で予定を組んであるの。
私としても、メモリア総合学園はアマティスタ侯爵領の今後を左右しかねない重要な施設だから、連日メモリアのオーダーズマスター クリスやグランド・スカラーズマスターに就任されている元グランド・トレーダーズマスター クリノス様と会議を続けているわ。
「ここがメモリア総合学園か。思っていたより巨大な施設だな」
「勉学の場以外に共同生活の場でもありますから。初の総合学園という事で、各ギルドも惜しみなく援助してくださった事も、ここまで大きくなった理由です」
総合学園は有能な人材を育成するための施設だから、どこのギルドも本当に惜しみなく援助をしてくれたわ。
だから主に使われる本校舎以外にも、各ギルドが力を入れて専用の校舎を建てているぐらいよ。
ハンターズギルドとリッターズギルドは今の所合同だけど、いずれは分離させるつもりでもあるから、新校舎建設予定地も確保してあるわ。
「そしてここがスカラーズ校舎であり、MARSを設置する予定の施設でもあります」
「アルカで見せてもらったけど、魔物の幻影を作り出すためでもあるから、さすがに大きいですね」
「これでも大型の魔物は無理なので、本当に専用の施設は別の場所に建造する事も考えています」
この施設だと、さすがに全長100メートルクラスの魔物は無理だけど、50メートルクラスまでの魔物の幻影なら大丈夫でしょう。
ただ問題は、肝心のMARSがまだ未完成なのよね。
開校までに完成するかは分からないけど、こればっかりは大和君次第だから、頑張ってもらうしかないわ。
「あれだけの魔導具となると、さすがに短時間での開発が難しいのは仕方あるまい。だが現状では、研究に使うには支障がないと聞いているが?」
「はい。既にブルーレイク・ブルの生態は判明しているので、現在ディアマンテ子爵領で畜産とするための計画が進行中です」
ブルーレイク・ブルはCランクモンスターでありながら肉質が良いから、手頃に買える高級食材として人気が高い。
ディアマンテ子爵領にある湖に多く生息しているから、領主のアーキライト・ディアマンテ子爵は大和君の協力を取り付けて、ブルーレイク・ブルの研究を続けていたわ。
時々アルカに来てMARSを使って研究もしていたけど、最近成果が出てきて、畜産業としてもやっていけるんじゃないかって思われているの。
「ほう、ブルーレイク・ブルの」
「はい。既にスカラーズギルドには報告が上がっています」
クリノス様の仰る通り、アーキライト子爵はスカラーズギルドへ移籍しており、ブルーレイク・ブルの生態が判明した時点で報告も行っている。
ブルーレイク・ブルは臆病な性格で、ハンターに狙われると、場合によっては自ら命を断つ事もある。
自ら命を断ったブルーレイク・ブルは、肉質どころか素材としての価値すらなくなってしまうため、ランク以上に討伐が難しいの。
ブルーレイク・ブルが自ら命を断ってしまう理由は、自分に向けられる悪意や殺意に敏感で、その感情を仲間に向けないためでもある。
畜産にするという事はいずれ屠殺する事になってしまうけど、ある程度まで育てる事が出来れば自ら命を断つ事は無さそうだから、しっかりと管理すれば大丈夫じゃないかと思われているわ。
だからこそアーキライト子爵は、ブルーレイク・ブルが生息している湖の近くに牧場を作り、研究だけじゃなく畜産として育てていく事を決めたの。
「ブルーレイク・ブルが狩りにくいという話は聞いていたが、そんな生態だったのか」
「かなりの多産ですが、Cランクモンスターという事もあって生体まで成長できる個体は少ないんです。ですから幼体が成長できるよう、アーキライト子爵は湖の一部を柵で仕切り、ブルーレイク・ブルにとって安全な環境を整えておられます」
「なかなか難儀な話だが、ブルーレイク・ブルが安定供給されるようになれば、我々はもちろん、民も喜ぶだろう」
本当にそうね。
懸念事項はブルーレイク・ブルの進化だけど、既に畜産となっているバトル・ホースやワイバーン、プレシーザー、グラントプスを見る限りじゃ、誰かと従魔・召喚獣契約をしない限り簡単には進化しない。
稀に進化してしまう事があるけど、G-Iランクモンスターとなるサージング・バッファローでさえ、積極的に人を襲う事は無い。
周囲の生態系をズタズタにしてしまう程の食欲があるから、そこは大きな問題になるけど、その場合はすぐ高ランクハンターに依頼を出して、討伐っていう流れになるでしょう。
ちなみにブルーレイク・ブルはベール湖にも生息していて、領主でもあるユーリ様はディアマンテ子爵領同様に畜産にしようと考えておられるわ。
「ブルーレイク・ブルか。確かグランレーヴェにも生息地がなかったか?」
「あるにはあるが、テメラリオ大空壁の麓だ。うちでやるなら、ハンターやランサーにも協力してもらわないと厳しいな」
グランレーヴェ橋公国のアイスリヒト橋公が苦い顔をされているけど、そういえばテメラリオ大空壁の麓には、リベルター地方最大のバレー湖があったわね。
だけどテメラリオ大空壁にはワルキューレが生息しているし、終焉種ワルキューレ・エンプレスまでいるから、パレー湖の開発は遅々として進まず、漁をするのも命懸けだと聞くわ。
ワルキューレ・エンプレスが出てきた事はないそうだけど、何度か異常種ワルキューレ・プリンセスは目撃されているそうだし、上位種ルーン・ワルキューレや稀少種ノルン・ワルキューレなんて毎日のようにパレー湖で漁をしているっていうじゃない。
「頭の痛い問題ですね」
「ああ。今なら依頼すれば討伐してくれるかもしれないが、報酬を支払えるかは分からない。支払うだけなら可能だが、それだけで予算の大半が消えてしまうからな」
それは問題だわ。
異常種までのワルキューレから被害を受けた事は幾度かあるけど、ワルキューレ・エンプレスは麓で目撃された事は無いし、災害種ワルキューレ・クイーンに至っては目撃情報すら無い。
だから討伐依頼が出るとしたら、ほとんどは稀少種までのランクとなる。
大和君なら依頼を出せば受けてくれると思うけど、テメラリオ大空壁は雲の上にまでそびえ立つ断崖絶壁だし、どの辺りを棲み処にしているのかも分かっていないから、調査から始めないといけない。
しかもテメラリオ大空壁は内部が
テメラリオ迷宮は、判明しているだけでも27階層あり、26階層からSランクモンスターが出没しだすそうよ。
テメラリオ大空壁そのものが
さらにテメラリオ迷宮第5階層まではTランクモンスターしか出てこないから、稀にハンター以外の人が入る事もあると聞くわ。
あとワルキューレにとっても迷宮氾濫は起こって欲しくないだろうから、テメラリオ迷宮の入口からグランレーヴェ北部辺りだと、襲ってくる事はまず無いっていう話もあったわね。
「なんか話を聞くと、ある意味じゃワルキューレとは共存が出来てる感じだな」
「互いの縄張りというか、領域を犯さない限りはって感じね。エニグマ島のニーズヘッグもそうだけど、終焉種にとっても迷宮氾濫は煩わしいでしょうし、自分達より強い人間がいるっていうのも理解してそうだから、グランレーヴェのすぐ北側の畔なら、何とか出来なくはない感じかしら?」
「やるとしたらそこだが、敷地的に見てもさほど広い訳ではないからな。供給を満たせるとは思えん」
問題はそこでしょうね。
やるからには広大な敷地を用意しないといけないけど、ワルキューレが何をしてくるか分からない以上、開発に踏み切れなくても仕方がないわ。
かといって討伐するにしても、ワルキューレ・エンプレスなんていう終焉種がいる以上、エンシェントクラスへの依頼は必須になるし、テメラリオ大空壁という立地の問題から、エンシェントドラゴニアンを擁しているウイング・クレストへの依頼が最適となり、そうなると必然的にエレメントヒューマンに進化している大和君へも依頼という事になってしまう。
しかもワルキューレのような亜人は魔石しか取れないから、素材を売って依頼料を補填するなんて事も出来ない。
本来なら被害が出る前に討伐しておきたい存在だけど、終焉種が相手っていう時点で討伐隊を組むのは難しいし、その被害もワルキューレ・エンプレスがもたらしているものは無いから、すごく悩ましいところだわ。
そもそもワルキューレ・エンプレスは、存在しているのは間違いないとされているけど、姿を見た者はいないんじゃなかったかしら?
「巣とかが分かってるなら討伐するのもありだと思うけど、姿を見た人間はいないんでしたっけ?」
「はっきりと見た者はいないな。確か150年ほど前に、遠目で目撃されただけだったはずだ」
「思ってたより情報が少ないんですね」
私もその話を聞いたのは初めてだったけど、真子の言う通り情報が無いに等しいわね。
「それは私も同感だが、記録ではその頃に大規模な討伐隊が組まれており、全滅という結果をもたらしている。だからこそワルキューレ・エンプレスが生まれていると、当時のハンターズギルドが結論を出しているんだ」
異常種や災害種でさえ、不確かな情報であっても詳細な調査が行われ、場合によっては討伐隊が組まれるんだから、終焉種ならなおのこと当然の話になる。
アイスリヒト陛下が教えて下さった内容は、最初にはセオリー通り調査隊が組織され、テメラリオ大空壁に向かったそうだけど、場所が場所だから詳細な調査は出来なかった。
それでも調査隊は、怪我人を出しながらもワルキューレ・プリンセスを討伐したから、ハンターズギルドは緊急性が高いと判断して200人規模の討伐隊を組織したそうなの。
本来ならエンシェントクラスにも参加を打診したかったそうなんだけど、カズシ様とエリエール様はトラレンシアから、シンイチ様はバシオンからそれぞれ動けず、ジャンヌ様とブラスト様は別の異常種か災害種の討伐に行かれていたから、誰も参加出来なかったと記録にある。
ただワルキューレ・エンプレスが本当にいるかは分からなかったから、ワルキューレ・プリンセス討伐隊として出発していたはずだわ。
あ、ブラスト・ロアータリスマン様は男性リクシーで、Oランクハンターだった方よ。
残念ながら20年ほど前に亡くなられたけど、最後はハイクラスに進化していた孫や曾孫、玄孫達に囲まれての大往生だったと聞いているわ。
「ああ、確かワルキューレ・エンプレスは討伐隊が組まれた事はないって聞いてたからおかしいと思ったけど、異常種討伐隊として出発してたのか」
「そうだ。だからこそカズシ様が不参加でも、討伐隊は組織されたと記録にある。もしワルキューレ・エンプレスを確認していれば、5人のエンシェント全員を呼び集めていただろう」
そりゃそうよね。
異常種アイスクエイク・タイガーがいなければ、スリュム・ロードの討伐は成功していただろうと言われる程の戦果を上げられた方々なんだから、その5名が参加していたらワルキューレ・エンプレスであっても討伐は出来ていたかもしれない。
だけど不幸な事に、ワルキューレ・エンプレスの姿を見た者はいなかったし、ワルキューレ・プリンセスは討伐に成功していたという事実もあったから、集められたハンターは異常種討伐というより残っているであろう稀少種討伐の方に重きが置かれていたらしいわ。
だからこそ全滅という結果をもたらしてしまい、今に至るまでテメラリオ大空壁が絶対危険領域に指定されている所以となってしまっているの。
「頭の痛い話だな。余裕があれば討伐に行っても良かったけど、今はそうじゃないし、幸いというか縄張りを犯しさえしなければ大丈夫っぽいから、申し訳ないですがしばらくは見送らせてください」
「それは理解している。というより、本当に討伐に行ってくれるのなら、こちらとしてはありがたい限りだ。報酬の用意は大変だが、今の内から用意しておけば何とかなるだろう」
大和君は申し訳なさそうに口にするけど、アイスリヒト陛下としても今すぐ討伐に行かれても困ってしまう。
いえ、討伐自体はありがたいんだけど、その後で発生する報酬をどうするかっていう問題があるのよ。
大和君達ウイング・クレストは、オーク・エンペラー、オーク・エンプレス、スリュム・ロード、アントリオン・エンプレス、ハヌマーンと5匹もの終焉種を討伐した実績があるし、今はレベル102のエレメントヒューマンにまで進化してしまっている。
さらにエンシェントクラスも10人以上いるから、ワルキューレ・エンプレスが相手であっても、討伐できるでしょう。
だけどワルキューレ・エンプレスを含む亜人は、倒したとしても素材として使えるのは魔石だけしかないし、その魔石は天帝陛下へ献上される事になるから、苦労して倒したとしても素材というメリットは存在しない。
そうなると依頼者側で用意した名誉や金銭、素材なんかで報いる事になるんだけど、大和君はフレイドランシア天爵という爵位を賜っているし、金銭も適当に狩りに行くだけでも十分過ぎる程稼げてしまう。
素材に至っては進化している問題から、最低でもPランクモンスターを使っているぐらいよ。
だから戦力的にはこの上なく頼もしいんだけど、依頼者にとっては報酬というとてつもない難題が降りかかってくる事になるの。
「規定通りで構わないですよ。というかそうでもしないと、俺もロクに依頼を受けられないんで」
大和君もそれを分かってるから、そう言うしかないのよね。
もちろん依頼を出すとしたら指名依頼という事になるから規定額より少し多くなるし、相手が相手だからエンシェントハンターも指名しなければならず、金銭を報酬にするにしても数千万エルは下らないでしょうから、今から用意しておかないと渡せないばかりかグランレーヴェ橋公国が傾きかねないわ。
さすがにラインハルト陛下も援助されるでしょうから、そんな事にはならないと思うけど。
いえ、ラインハルト陛下もエンシェントエルフに進化されているから、御自分も参加したいと言いかねないわね。
金銭的な問題より、そっちの方が遥かに大問題だわ。
討伐に赴くにしても、今日明日じゃないのが救いね。
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