プラダ港開港式典

Side・ユーリ


 ウイング・クレストは勿論、多くの人々の協力を得たプラダの港が、開港の日を迎えました。

 今日はそのための、記念式典の日です。

 式典と言っても私が簡単に挨拶を行い、町となったプラダに派遣される代官やギルド出張所の代表の紹介を行い、簡単な立食パーティーの後でグラシオンまで船を出すぐらいですが。

 明日はグラシオンで記念式典が催されますが、護衛として同行するラウス、レベッカがトラベリングを使えますし、ゲート・クリスタルもありますから、夜はアルカに戻るつもりです。


「間に合ったか?」


 そのプラダの記念式典直前に、私の婚約者である大和様とお姉様が、慌てた様子で駆け込んできました。

 昨夜も帰って来られませんでしたし、昨日中に参加出来ない可能性は伝えられていましたが、お2人は参加出来るのですね。


「大和さん、ミステルやラオフェンは大丈夫なんですかぁ?」

「今の所はな。だけど予断を許さない状況だから、少ししたら俺とマナは、もう一度ラオフェンに戻る。船の護衛が出来ないから、ユーリには悪いが」


 確かに残念ですが、事情が事情ですから仕方ありません。


「大丈夫です。ガグン迷宮もラオフェン迷宮も、放置しておけばどれ程の被害が出るか分かりませんし、アミスターにも未攻略の迷宮ダンジョンはありますから」

「ごめんね、ユーリ。落ち着いたら、埋め合わせはするから」

「はい、期待していますね」


 大和様もお姉様も、とても申し訳なさそうな顔をされています。

 ですが放置しておけば、遠からずエスメラルダ天爵領にも影響が出てくるでしょうから、早急に解決できるのでしたら解決しておくに越したことはありません。


「では会場に参りましょう」

「ああ、分かった」


 式典会場は、港の一角となっています。

 良質な岩を切り出し、少し加工してから湖底に埋め込んでいるため、とても頑丈です。

 ナダル海とベール湖では水深が異なりますから、ナダル海側は大型船も停泊できるよう広く大きくしています。

 そうですね、50メートル級の大型船ならば、5隻は停泊できるでしょう。

 それでいて中型船も数隻、小型船は10隻以上停泊できますから、規模もかなりのものです。

 ベール湖側はフィールからの船便しか見込めませんから、中型船5隻を停泊させるのが精一杯ですね。

 場合によっては、ナダル海側に回ってもらう事も考えています。


 その港の一角に設けられた式典会場では、既にお兄様やプラダ町の代官に任命された男爵が、私達の到着を待っておられました。


「大和君にマナ?2人とも、こちらに来て大丈夫なのか?」

「何とも言えませんね」

「特に派手に魔物が溢れたガグン迷宮と違って、ラオフェン迷宮は中ランクの魔物ぐらいしか溢れてないから、もうしばらく警戒が必要ね」


 お話を聞く限りでは、ガグン迷宮の氾濫ではA-Cランクモンスターが複数体も現れたそうですが、全て撃退に成功しています。

 いえ、ガグン大森林の奥に向かった個体もいますから、そちらも予断を許さない状況ですね。

 ラオフェン迷宮では、溢れた魔物で最も高いランクはPランクだったそうですから、迷宮の深さによっては第二波が来る可能性も否定できません。


「どちらか1つだけだったら、ここまで苦労しなくても良かったんですけどね」


 大和様が溜息をついていますが、過去の歴史を紐解いても、2つの迷宮ダンジョンが同時に氾濫を起こした事はありません。

 今回のガグン迷宮とラオフェン迷宮の同時氾濫は、有史以来初の事態ですし、さらにガグン迷宮からは大量のAランクモンスターまで溢れ出てきました。

 さらに一部が、終焉種ハヌマーンの生息しているガグン大森林にまで雪崩れ込んでいるのですから、ガグン迷宮の氾濫だけで見ても過去最大級の規模なのは間違いありません。

 既に他のエンシェントハンターにも緊急依頼を出し、ラオフェンかガグン大森林のいずれかに向かってもらっていますが、ラオフェン迷宮はブラック・アーミーが攻略してくれれば解決するのが救いでしょう。


「ブラック・アーミーなら、ラオフェン迷宮の攻略は出来るだろう。詳細不明の迷宮ダンジョンとはいえ、現在確認されている中で最もランクが高いのはM-Iランクのグラン・デスワームだ。予想でしかないが、守護者ガーディアンもMランクといったところだろう」

「俺もそう思います」


 お兄様も大和様も、ラオフェン迷宮の方はあまり問題視していないようです。

 以前ならM-Iランクモンスター1体を討伐するのに、数十人単位のハイクラスが必要だったのですが、今では数人で討伐可能ですし、エンシェントクラスならば単独どころか複数を相手にすることも出来ます。

 ですからラオフェン迷宮が予想以上に深く、AランクやOランクモンスターでも生息していない限り、エンシェントオーガのシーザー率いるブラック・アーミーならば、数日中に攻略してくれることでしょう。


「問題なのは、ガグン迷宮の方ね」

「そちらに関しては、私も頭が痛いな。氾濫だけならばともかく、ガグン大森林の奥地に向かった個体も多く、さらにハヌマーンまで刺激しかねないとなれば、こちらも全てのエンシェントクラスを差し向けなければならない事態だ」

「だけどラオフェン迷宮の事もあるから、多くても半分が限界ね。ブラック・アーミーが完全に攻略するまでは、警戒を解くわけにはいかないもの」

「攻略中に、氾濫を起こす可能性もゼロじゃないしな」


 お姉様、お兄様、大和様も頭を悩ませていますが、ガグン大森林の異常のみを注視するワケにはいきません。

 レティセンシアの事もありますからポラルのトライアル・ハーツは動かせませんし、同じ理由でオーダーズギルドやランサーズギルド、ソルジャーズギルドも動きが制限されます。

 セイバーズギルドやドラグナーズギルドも、これほどの氾濫が起きてしまった以上、国内の迷宮ダンジョンを徹底的に調査し、内部の魔物の間引きもしなければなりませんから、援軍を派遣する余裕はないでしょう。

 レティセンシア国内の迷宮ダンジョンに関しては、レティセンシアが対処すべき問題ですから、関与するつもりはありません。


「なんか、思ってたより大変な事になってるんですね」

「本当にな。式典がなかったら、ラウス達も連れて行ってたぐらいだよ」

「まったくだわ」


 エンシェントウルフィーに進化したラウス、エンシェントウンディーネに進化したレベッカは、私の護衛のためにプラダに滞在していますから、迷宮氾濫に対処する事は出来ません。

 私としては行ってもらっても構わないのですが、プラダの港はアミスターのみならず、アレグリアやアクアーリオも待ち望んでいましたから、ここで港建設の立役者である私に何かあれば、下手をすれば迷宮氾濫以上の問題が起きる可能性があります。

 プラダに港が出来た事で、レティセンシアを通過する必要はなくなりましたし、シュタイルハング公国も同様です。

 シュタイルハングには船便がでますから影響は小さいですが、レティセンシアは亡国が決まっているとはいえ、何をしてくるか分かりませんから、無警戒というワケにはいきません。

 逆恨みは、あの国のお家芸みたいなものですから。

 もしレティセンシアから魔族が派遣され、私を狙うような事があれば、並のハイクラスでは太刀打ちできない可能性もありますから、万が一に備えてエンシェントクラスを護衛に付けて下さっているんです。

 本当は大和様が護衛をして下さるはずだったんですが、迷宮氾濫を鎮圧するための最高戦力でもありますから、そちらを無視する事はできず、やむを得ずラウスとレベッカをつけてくれているというのが真相ですが。


「式典が終わったら、大和君もマナも、すぐに戻るんだろう?」

「ええ。援軍がラオフェンに来たら、俺達はガグン大森林に行く予定です」

「終焉種討伐の実績も、こんな時ばかりは恨めしいわね」


 お姉様が溜息を吐かれますが、それは仕方ない事だと思いますよ?

 ウイング・クレスト以外で終焉種討伐に直接貢献したのは、ファルコンズ・ビークのエルだけですし、本人はアシストが精一杯だったと言っていましたからね。


「ユーリアナ天爵殿下、恐れ入りますがご挨拶をお願いします」


 おっと、いけません。

 今は開港記念式典なのですから、こちらに注力しなくては。


「わかりました」


 呼びに来た代官、ベラノ・エストアリオ男爵とともに会場に向かうと、招待した方々はもちろん、話を聞きつけて国外からやってきたトレーダーも多数見受けられます。

 プラダの人々も、所かしこで楽しそうな表情をしておられますね。


「フラムも連れてくればよかったな」

「そうだけど、あそこまで言われちゃね」


 大和様の妻であり、お姉様の同妻でもあるプラダ出身のフラムは、残念ながら来ていません。

 大和様やお姉様、他の方々も参加を薦められたそうなのですが、これ以上戦力を減らすわけにはいかないと論じ、ラオフェン迷宮に残ったそうです。

 確かにラオフェン迷宮がどうなるかは分かりませんが、フラムは着工時から工事に護衛に縦横無尽の大活躍でしたから、私としても出席してもらいたかった気持ちが強いです。


 残念な気持ちを抱きながら、私は列席された来賓の前で、開港式典の開幕を宣言しました。

 トレーダーズギルドやクラフターズギルドが屋台を出してくれていますが、元々200人もいない小さな村だったプラダですから、数は多くありません。

 ですが来賓が多いですから、もう少し屋台の数が多くても良かったかもしれませんね。


「そういえばユーリ、貴族とかトレーダーとかが、屋敷や店舗の敷地確保に躍起になってるって言ってなかった?」


 ジュースを口に含んでいると、お姉様が思い出したように口を開かれました。

 とても厄介な対応を迫られたトレーダーもいましたから、場の雰囲気を壊したくもないですし、私としても思い出したくないのですが……。


「あー、確か出禁になったトレーダーが何人かいたんだっけか」


 私が言い淀んでいると、大和様が代わりに答えて下さいました。

 はい、仰る通りです。

 プラダはナダル海とベール湖に挟まれた立地もあり、あまり大きく広げることができません。

 ですから町としての規模は最低限になるのですが、港が完成した事で交通の要所となりますから、どうしても拡張せざるを得なくなるでしょう。

 その場合、南に宿場町や店舗、民家などを建てるしかありませんし、貴族の別邸も同様です。


 ところが幾人かのトレーダーや貴族は、ならば住民の家を取り壊せと口にしたのです。

 プラダの住民の居住区は、ナダル海側、ベール湖側の港の少し北にあるため、港の喧騒は響いてきますが、同時にプラダの中心地にもなります。

 一等地ということは土地の価値も高くなりますし、トレーダーとしても店を構えることが出来れば有利になりますから、そんな場所に住民の家が建っているのは目障りで仕方ないというのが言い分でした。


 当たり前ですが、そのような戯言を聞き入れる意味も理由もありませんので、領主権限でその貴族とトレーダーを出入り禁止にしたのですが、巡り巡ってお兄様にまで話が行ってしまったのは痛恨の極みでした。

 まあ他国の貴族でしたし、トレーダーも強欲で名が知られていたそうですから、各国君主やグランド・トレーダーズマスターからお叱りやペナルティを受けてもいますが。


「そんなことがあったのね」

「いや、マナにもその話はしてたはずだぞ?」

「え?そうだっけ?」


 大和様の仰る通り、間違いなくお姉様にもお話をしています。

 というより、ベラノ男爵が派遣されてくる前のお話ですから、最初に対応してくださったのはお姉様ですよ?


「あ、あはは~……」


 笑って誤魔化すお姉様ですが、昔からハンターに憧れ、戦闘訓練ばかりしていましたから、知識はあるものの内政は苦手なんですよね。

 お兄様が子を成すことを優先させ、私の補佐として命じられた理由には、間違いなく領主になるための勉強を積ませるという意味もあるでしょう。


「領地なんかいらないんだが、そういう訳にもいかないしなぁ」


 大和様も同様の理由ですが、エスメラルダ天爵領の他にアマティスタ侯爵領、果ては旧ソレムネ地方までありますから、下手をすれば王と大差ない激務になるはずです。

 大和様もそれを理解されていますから、遠い目をされています。

 子が生まれ、後を継げば負担は減りますが、同時に大和様が領地運営に携わる必要もなくなりますから、諦めて下さいとしか言えません。


 そろそろ出航の時間ですから、私は乗船しなければなりませんね。

 護衛はオーダーの他にラウス、レベッカ、キャロル、レイナ、セラス様もおられますから、安心してグラシオンまで向かえます。

 大和様が同行できないのは寂しいですが、今回は涙を呑んで諦めます。

 その代わり、夜にしっかりと埋め合わせをしていただくつもりですから、楽しみにしておきますね、旦那様。

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