魔族の生態

Side・マナ


 大和と真子の結婚儀式の後、グランド・プリスターズマスター イデア様から、神託の内容を教えていただいた。

 コバルディア以外の、レティセンシア国内全ての町や村が全滅している事は予想していたけど、神々も認識していたとは思わなかったわ。

 だけどレティセンシアには多くの魔化結晶が流されていたらしいし、魔族となった者も1,000人近いみたいだから、神々としてもレティセンシアという国の存続を認める事は出来なくなっていたんですって。


 イデア様からお話を伺った後、私達はすぐに天樹城に向かう事にした。

 お兄様も神託が下った事は知らされているそうだけど、内容は大和と真子に先に伝えなければならなかったそうだから、私達がもたらした話は驚かれたわ。


「コバルディアも、住民の半数は魔物に命を奪われているのか。もう一度スカウト・オーダーを派遣するべきか?」

「それは止めておいた方が良いわ。コバルディアの近くには、まだ災害種が20種近くいるみたいだし、異常種なんてその倍以上らしいから」


 スカウト・オーダーは、オーダーの中でも高レベルの者が任命される。

 翡翠色銀ヒスイロカネ製の武具があるからレベル60を超えたオーダーもいるらしいけど、全容を知ってるのは天帝とグランド・オーダーズマスターだけだから、ラピスラズライト天爵となった私は、それ以外だと人数が数十人程度だという事ぐらいしか知らない。

 災害種でも1匹なら何とか出来るだろうけど、複数同時にっていうのはハイクラスには厳しいし、異常種の数も尋常じゃないから、スカウト・オーダーを派遣してもコバルディアの様子を確認するのは難しいわ。

 エンシェントオーダーなら単独でも災害種を倒せるけど、逆に諜報活動には不向きだから悩ましいわね。


「あと魔族ですけど、どうやらコバルディアで生き残ってる兵は、9割近くが魔族になってるらしいです。コバルディアが襲われた事で魔化結晶を使った兵士もいるみたいですが、皇王や王太子まで魔族になったらしいですよ」

「それも面倒な話だな」


 大和の報告に、顔を顰めるお兄様。

 魔化結晶はアバリシアからもたらされた禁忌の結晶だけど、レティセンシアはそれを受け取り、魔物に使う事で時間を掛けて進化させ、アミスターからマイライトを奪い取ろうと計画していた。

 フィールは異常種や災害種のみならず、スパイとして潜り込んでいたハンターズマスターやハンター達によって孤立させられ、遠からずその計画は成功するだろうと思われるところまで行ってしまっていたわ。

 だけど、そのタイミングでヘリオスオーブに転移してきた大和、バリエンテから追われる身となったプリムがフィールにやってきた事で、その計画は完全に防がれ、指揮を執っていた第一王女の身柄まで抑える事にも成功している。

 以降、レティセンシアはハンターズギルドやクラフターズギルドの怒りも買い、各ギルドが撤退した影響もあって、衰退の道を辿っていた。

 第一王女が処刑された事もあって軍を集めてはいたけど、思うように物資が集まらず、そればかりか契約していた従魔・召喚獣も、自分達が魔化結晶を使い魔族になった事で契約が無効となり、逆にそれらに襲われるという醜態まで晒しているから、亡国は決まったも同然だったわね。

 それでも皇王はアミスターへの侵攻を諦めず、また自分達の命を守るために、集まった兵を各地の救援に派遣せずにコバルディアに駐留させ、さらに魔化結晶まで使い、生き長らえる事を選んでしまった。

 皇王が魔化結晶を使ったのは、G-Cランクモンスター ブルー・フェンリルがコバルディアに侵入してかららしいわ。

 ブルー・フェンリルは駐留していた兵士の半数を犠牲にして討伐に成功したらしいけど、ほとんど同時にM-Cランクモンスター フラッド・クレインまで侵入してきたもんだから、魔化結晶を持たされていた兵士達まで魔族へと姿を変えて、そちらも辛うじて討伐したんだとか。

 そのせいで、人間の兵士は100人も残っていないみたいだわ。


「1,000人近い数の魔族か。ハイクラスがどの程度いるかは分からないが、かなりの脅威だな」

「ですがそのハイデーモンも、周囲に異常種と災害種がいる事は分かっているようですから、コバルディアから離れる様子は無いそうです」


 それも微妙な話なのよね。

 魔族は魔化結晶を使った人間が変化した姿だから、ヘリオスオーブには存在しない種族だった。

 だからとりあえずデーモンと呼んでいたんだけど、いつの間にか定着しちゃってるわね。

 それはどうでもいいとして、デーモンはノーマルクラスであってもハイクラスに匹敵する魔力を有しているから、ハイデーモンともなるとエンシェントクラスに近い事になってしまう。

 変化した代償として天与魔法オラクルマジックは一切使用出来なくなるから、戦力的にはそこまでじゃないのが救いね。

 それでもハイクラス相当の兵が1,000人近いことになるから、軽視はできないけど。


「そっちも問題だけど、更に問題なのは、魔族は食事をしなくてもいいらしいって事ですね」

「それが一番面倒だな」


 今回の神託で一番驚いたのは、魔族が食事をしなくても済むという話だった。

 まったく食べなくていいワケじゃないみたいだけど、周囲の魔力で代用可能らしいから、兵糧攻めは意味をなさない。

 だからこそ皇王家や貴族も、自ら魔化結晶を使ったみたいだわ。

 ブルー・フェンリルがコバルディアに入り込んだ時点でっていうのは、完全な偶然だったんですって。

 だけど大和とお兄様が顔を顰めているのは、それだけが理由じゃない。

 魔力を食事の代用にするという行為は、周囲の魔力を操って取り込むという事になる。

 それはつまり、身体強化魔法フィジカリングと魔力強化魔法マナリングの代用となる、魔力による身体・魔力強化の精度までもが上がるという事にもなってしまう。

 魔力のみの強化は、フィジカリングやマナリングより一段も二段も劣る程度の強化でしかないけど、全くの無意味というワケでもない。

 魔力消費が少ないとはいえ常時使うのは大変だから、普段はこちらを使ってる人も珍しくなかったりするわ。

 しかもレベルが上がって魔力が増えれば強度も増すから、魔族が熟達してしまえばフィジカリングやマナリングに匹敵かそれ以上の効果があってもおかしくはない。

 本当に面倒だわ。


「正面からコバルディアを攻めても、落とす事は可能だろう。だがこちらの被害も無視出来ない。しばらくはレックス達に時折調査を行ってもらうぐらいで、静観するしかあるまい」

「神々としてはフィリアス大陸から魔族を追い出してもらいたいそうだけど、現状じゃそれが精一杯よね」


 なぜ神々が、ここまでレティセンシア側の情報を漏らしてくれるのか、それは魔族という存在が許されない存在だから。

 魔族は魔力を吸収する事で食事の代わりにできるけど、取り込んだ魔力は変質してしまうらしく、宝樹にも悪影響が出てしまうそうなの。

 だからレティセンシアにある宝樹は、魔族の魔力の影響を受けないよう、神々が直接守っているんですって。

 天樹がヘリオスオーブを支える柱であるように、宝樹はフィリアス大陸を支える柱だと言われているから、神々としても許容できる範囲を大きく超えている事になる。

 だから早くレティセンシアを滅ぼし、魔族をフィリアス大陸から追い出すか倒すかしてもらいたいの。

 神々もこちらの事情は理解して下さっているから、すぐにっていうワケじゃないのが助かるわ。


「年が明ければ、新たに登録したリッターも動かせる。コバルディアを攻めるにしても、それからだな」

「開発や復興もありますしね」


 フィリアス大陸は現在、戦争からの復興や新たな開拓事業が行われている。

 特にフィールは港を、メモリアは桜樹園の拡張と総合学校の建設を行っているから、開発特需で賑わっているわ。

 トラレンシアもクラテル迷宮に入るハンターが増えた事でクラテルが賑わっているし、バレンティアも東側の貴族が一掃された事で、トレーダーの往来が激しくなったと聞いたわね。

 新たに独立した小国も、公城の建設に城下町の整備なんかが行われているから、クラフターやトレーダーは西に東に大忙しよ。

 建設作業は、遅くても秋には終わるでしょうから、年内には作業がひと段落出来るはず。

 だから今年は国内の復興と開発に注力したいっていうのが、お兄様をはじめとした王達の共通意見にもなっている。


「残る大きな問題は、やはりガイア殿の予知夢か」

「あれですか……」


 一層眉を顰めるお兄様と大和だけど、確かにこれは大問題なのよね。

 ガイア様が見た予知夢は、大和が大量の魔族に囲まれ、窮地に陥るというものだった。

 今までそんな大量の魔族を送り込んでくるとしたら、魔化結晶を作り出したアバリシアぐらいだと思っていたんだけど、ここに来てレティセンシア兵という可能性が浮上してきてしまったわ。

 刻印術を使う大和なら、数の不利を覆すのは難しくないんだけど、それでも気にしないワケにはいかない。

 その時点で私は子供を産んでいるみたいだし、プリム、フラム、リカも妊娠中みたいだから時期の予想は可能なんだけど、その可能性は決して低くないというのが現状になる。


「大和君を救ってくれるのは2人のヒューマンであり、そのヒューマンは神々だと予想されている。だが神々は宝樹を守っていると言われてしまった以上、その可能性も低くなってきた」

「ですが、ガイア様の予知夢は外れた事が無いそうですからね」

「ええ。アバリシアの魔族の方が強力だろうから、そっちっていう線も残ってるわ」


 そうなのよね。

 場所も状況も分からないけど、大和は既に魔族を倒しているし、予知夢の話まで聞かされているんだから、相手がレティセンシア兵であっても油断する事はないでしょう。

 それでも追い詰められるっていう状況があるとすれば、魔族が予想以上に強力だという事、レティセンシアとアバリシアじゃ同じ魔族でも質が違うという事ぐらいしか思いつかないわ。

 しかもタチの悪い事に、どちらも十分にあり得る話なのよね。


「神託といえば、私と大和君に当てられた言葉も意味不明なのよね」

「確かにな。『しんごう』、だったか?2人ならば分かるという話だが?」

「それがさっぱり」


 それもあったわね。

 大和と真子に当てられた言葉『しんごう』は、私達ばかりか当の本人達でさえも意味不明だった。

 いえ、真子は薄々だけど予想が出来ている気がするわ。

 何か躊躇っているような雰囲気があるもの。

 だけど重要な話だから、出来れば聞かせてもらいたいわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る