試作通信具の欠点

 スター・ウインドは、ミラーリング5倍付与がされてるとはいえ、普通の獣車を使ってたから、野営は火を囲んで雑魚寝っていうスタイルだった。

 人数はノーマルクラスもいて20人程だから、詰めれば獣車の中でも眠れるらしいが、さすがにそれじゃ疲れは取れないし、男女の問題だってある。

 だからグランシルク・クロウラーの情報料代わりって事で多機能獣車の客室を提供してみたら、物凄い喜ばれた。

 特にコールさん達ハイクラスは、行軍中は多機能獣車で寝泊まりしてたから、多機能獣車の事はよく知っている。

 ハイクラフターならミラーリング30倍まで付与出来るが、そのせいで多機能獣車の製作費は最低500万エル近くになってしまう。

 スター・ウインドはトラレンシア上位のレイドだからそれぐらいの費用は用意出来るんだが、第4階層を攻略するために船を用意した事もあって、さすがに今は厳しいらしい。

 だから多機能獣車の製作依頼は、船の元を取ってからにするはずだったんだが、第5階層に予想外の魔物が生息していたため、一気に回収し、その上で多機能獣車の製作費に回せるかもしれない余裕が出てきた。

 そのタイミングで俺達の多機能獣車に1泊した訳だから、レイドメンバーも多機能獣車の製作に賛成したそうだ。


「世話になったな」

「こっちこそ。気を付けて下さいね」

「ああ、そっちもな」


 朝飯を食ってから挨拶をして、俺達はスター・ウインドと別れる事になった。

 俺達とスター・ウインド以外はまだ第5階層には下りてきてないそうだから今が稼ぎ時だし、多機能獣車のためっていう目的もあるから士気は高かったな。

 トラレンシアにはハイクラフターがいないから、製作依頼を出すとしたらアミスターに行くしかないし、完成するまでは滞在って事になるから、交通費や滞在費も稼ぎたいっていうのもあるだろう。

 アミスターでも十分稼げるだろうが、余裕はあった方が良いし、不測の事態っていうのはどこでもあるからな。


「それじゃああたし達も、午前中はグランシルク・クロウラーを狩って、午後になったら先に進みましょうか」

「ああ。グランシルク・クロウラーは狩れるだけ狩っときたいが、そればっかりにかまける訳にはいかないからな」


 第5階層で遭遇した魔物は、今のところ虫系オンリーだから、他にどんな魔物が出てくるのかも調べないといけないし、第6階層への階動陣だって見つけないとだ。


 その第6階層の階動陣は、日が暮れる寸前になってようやく見つけられた。

 いや、調子に乗ってグランシルク・クロウラーを狩りまくってたら、予定時間を2時間もオーバーしちまった影響もあるんだが。

 なにせロイヤル・クロウラーの群れを発見しちまったもんだから、みんなテンション爆上がりで遠慮なく狩りまくったからな。

 今日狩れたシルケスト・クロウラーは11匹だが、グランシルク・クロウラーは43匹、ロイヤル・クロウラーなんて31匹も狩れたんだ。

 テンション上がっても仕方ないだろ?


 ともかく急いで第6階層に下りた俺達だが、そこはまさかの砂漠だった。

 ここで砂漠かよと思わなくもないが、ジャイアント・サンドワームやグラン・デスワームなんかが出てくる可能性が高いから、逆に大歓迎だ。

 まあセーフ・エリアで一夜明かさないといけないから、探索は朝からになるんだが。


「ここで砂漠とはね。だけどグラン・デスワームがいる可能性は高いから、これはありがたいわ」

「だね。グランド・ワームの在庫も底を尽きかけてたから、これでまた補充が出来るよ」


 プリムとマリーナの言う通り、ジャイアント・サンドワームやグラン・デスワームの革は使い切ってたし、残るグランド・ワームの革もソファを作るには足りるか微妙な量しか残っていないから、ここで補充しておきたい気持ちは強い。


「砂漠となると、デザート・ドラグーンやサンド・ドラグーン、もしかしたらイエロー・ドラグーンが出てくる可能性もあるか」

「イエロー・ドラグーンは分からないけど、デザート・ドラグーンやサンド・ドラグーンなら可能性はあるわね」


 そっちもありがたいが、イエロー・ドラグーンはA-Rランクモンスターだから、出て来ないんじゃなかろうか?

 他に考えられる魔物はスコーピオンにカクタス、あとはスパイダーもいるかもしれないな。

 ああ、ほぼ確実にアントリオンもいると思うが、そっちは魔石しか素材にならないし、クイーンやプリンセスの魔石は結構持ってるから別にどうでもいい。


迷宮ダンジョンにしかいないそうですけど、ヘルアント・バグっていう魔物もいる可能性がありますね」

「ヘルアント・バグ?」

「はい。ハンターズギルド発行の魔物図鑑によればS-Nランクモンスターですが、流砂を渦のように操って、地面に引きずり込む魔物だそうです」


 ああ、アリ地獄の事か。

 砂漠にいるとは思わなかったが、確か砂地に生息してる虫なんだし、いてもおかしくはないか。


「イスタント迷宮じゃ見なかったけど、少し外れたら出てきたのかしら?」

「多分そうだと思います。獣車ごと引きずり込むそうですから、道を進んでる限りは安全なので、目撃例も討伐例も多くないと書いてありますから」


 ああ、そりゃ確かに見ないか。

 ソルプレッサ迷宮の砂漠はエオスに頼んで飛んでもらってショートカットしたし、イスタント迷宮の砂漠は道なりに調査してたら街にぶつかったから、そんな待ち伏せ上等な虫と遭遇する機会すらなかったしな。

 今回は魔物素材の調達も目的だから、道から外れる事もある。

 となると用心しとくに越した事はないな。


「そういえば私達がここに来たのって、ラインハルト陛下もご存知なのよね?」

「ええ。陛下から高ランクモンスターの素材が手に入ったら、王家やオーダーズギルドにも売って欲しいって言われてますし、王冠や王権を作るためにも使うって話も聞いてますね」


 連邦天帝国が樹立される事で、13人の王が新たに即位する事になるからな。

 トラレンシアやバレンティア、アレグリアも連邦天帝国に参加って事で、王冠や王権を新しくするそうだから、帝冠なんかも含めると全部で17ヶ国分を急いで、しかも華美に仕上げないといけない。

 王冠は瑠璃色銀ルリイロカネを使うが、王権は国によってデザインは異なるが武具って事で一致して、形状なんかもほとんど決まってるそうだから、高ランクモンスターの素材があれば使いたいと聞いてる。

 あとはマントだが、これはロイヤル・クロウラーを献上して仕上げてもらえば良いと思ってる。


「なら、一度報告しといた方がいいんじゃない?通信具は持ってきてるんでしょ?」

「いや、あれは本殿の3階に通信室を用意したから、そこに置いてきましたよ」

「そうなの?」


 真子さんは成果を報告しといた方が良いと提案してきたが、残念ながら通信具はアルカに置いてきている。

 俺が作った通信具は3台あって、1台はラインハルト陛下に、1台はヒルデに渡している。

 ラインハルト陛下は基本天樹城から動かないから私室に設置したそうだが、ヒルデはソレムネ統治の代官って事になってるから、帝王城とかには設置出来ず、自分のストレージに入れて、必要な時に取り出して使う形だ。

 空間収納に入れといても受信出来ないから、ラインハルト陛下からヒルデに連絡する際は、運が良ければ通信が繋がるが、そうでなければ今まで通り伝令を派遣する事になっている。

 まあフロートからデセオって事になるから、伝令はエンシェントオーダーが担ってるんだが。

 俺がアルカに通信具を置いてきた理由は、ラインハルト陛下からにしろヒルデからにしろ、空間収納に入れてたら繋がらないから、それじゃあ通信具を持ってる意味がないからだ。

 それにアルカへは転移石板かゲート・クリスタルを使わない限り入れないから、連絡手段がフィールのユニオン・ハウスしかなく、そこも常に誰かがいる訳じゃない。

 だから確実に連絡がつくように、日ノ本屋敷本殿3階の1部屋を通信室として改装し、そこに設置する事にした訳だ。

 ホムンクルス達はもちろん、新しく契約したルミナ達4人のバトラーにも使い方は教えてあるし、通信室への出入りは自由にしてあるから、帰ったら通信があったかどうかは教えてくれるだろう。


「いや、不在着信とか履歴が残るワケじゃないから、通信室に誰もいなかったら、さすがに分からないでしょ」

「あ……」


 しまった、真子さんの言う通りだ!

 互いが通信具の前にいる事が前提の作りになってるから、誰もいなかったら通信があった事も分からないし、留守録機能なんかもある訳がないから、緊急であっても繋がらない可能性の方が高いじゃないか!


「それは当然じゃない?」

「というか、遠距離でも通信が出来るだけ凄いんだけど?」


 やらかしたって顔をしている俺に、マナとマリーナが当然のような顔で声を掛けてくる。

 だが気付いてしまった以上、今回完成させた試作通信具は失敗作だったと断じるしかない。


「ウォータースクリーンに意識が持ってかれてたから、留守録とか着信を報せる手段にまで気が回らなかったのね。後付け出来るかは分からないけど試すか、1から作り直すしかないでしょ」

「それしかないか……」


 会心の出来、とは言わないが、それでも結構な自信作だったんだよなぁ。


「試作なんだし、失敗って訳でもねえだろ。多機能獣車だってそうだったんだからな」

「そうですよ。それに私達は全く気が付かなかったんですから、陛下だって気にされていませんよ」


 エドとフィーナが掛けてくれた慰めの言葉が心に染みる。


「そうよ、大和君。長距離どころか迷宮ダンジョン内でも使える魔導具を作ったんだから、誇っても良い事よ。大和君達の世界でも、そうだったんじゃない?」


 アプリコットさんに言われて気が付いた。

 確かに昔の電話は、留守録機能すらなく、間に人が入ってたって話を聞いた覚えがある。

 それを考えれば、確かにこれは許容範囲内か?

 いや、例えそうじゃなくても、エドが言ったように通信具は試作なんだから、これから改良するなり後付け機能を取り付けるなりすれば良い。


「確かにそうです。すいません、何か焦ってたのかも」

「そういう事もあるわよ。焦っても良い事は無いんだから、1つずつ確実にやっていけば良いわ」


 アプリコットさんの言葉は、素直に俺の心に入ってくるな。

 プリムと結婚した事でアプリコットさんは俺の義母になってるが、両親とは二度と会えない俺にとって、既に実の母親代わりにもなってる気がする。


「なるほどね」

「まあ仕方ないかな」


 なんかプリムと真子さんが納得してるが、何かあったか?


「何でもないわよ。じゃあ陛下への報告は、一度アルカに戻ってからね?」

「ええ。ヒルデの様子も見たいから1日置くことになるかもだけど、ラインハルト陛下の戴冠式は4月15日って聞いてるから、クラフターズギルドが総力を上げれば宝冠も王権もマントも仕上がるでしょう」

「仕上げないとメンツに関わるからな。総本部どころか各国の本部にも協力させて、意地でも完成させるだろうぜ」


 そうなるよな。

 まあ魔法付与の問題もあるから、フロート以外だとフィールぐらいしか手伝えないと思うが。

 ああ、そういや星球儀だが、製法に関してはクラフターズギルドに登録してるんだが、ギミックとか付与する魔法の問題があるから、実際に作ろうと思ったらハイクラフター以上への指名依頼になるそうだ。

 天魔石の問題もあるからルーキー・クラフターには作れないし、ルーキー・ハンターには高すぎて手が出せないから、杖の上位版っていう位置付けになったってエドの親父さんでグランド・クラフターズマスターを務めているアルフレッドさんに教えてもらったよ。

 しかも製作者は、エド達が全力で逃げた結果、俺とフラムの合作って事になってしまった。

 さらに星球儀が天帝、妖女王、橋公の1人が王権として保持する事が決まったから、フラムもG-Sランクに昇格し、Gランクへの正式な昇格試験は免除になってたな。

 フラムは魔法付与が担当って事を理由に逃げようとしてたが、既に決まった事だからって言われて俺共々逃げられなかったんだよ。

 それでも昇格試験免除って事で、嬉しそうな顔をしてたが。

 同じくクラフター登録をしてるルディアが羨ましそうな顔をしてたから、何かフォローを考えないといけない。

 MARSは難しいから、何か別のもんをルディアと一緒に作ってみるか。

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