調査報告

 第4階層を2時間程調査した俺達は、セーフ・エリアに戻ってから外に出た。

 いや、調査って言っても、セーフ・エリア周辺の海を少し回って、出てきた魔物を倒してただけなんだが。

 本来ならもっと調査を続けたかったんだが、明後日はフロートで会議があるし、クラテル迷宮の調査報告もしなきゃいけないから、残念ながら離脱せざるを得なかった。

 狩った魔物はビッグファング・ホエール以外だとキラー・ホエール、ブレード・フィッシュ、グレートブレード・フィッシュ、シー・ヴァイパー、シー・サーペントぐらいだったな。

 とはいえ第3階層までに狩った魔物がアホみたく多くて、合計すると1,000匹は超えてるんだよ。

 さすがにクラテルだけじゃ捌けないから、ベスティアやフロート、フィールでも売り払うつもりだが、それでも全部は厳しいか。


「総討伐数1,652匹ですね。とんでもない数でした」


 フラムがクエスティングを確認してくれたが、予想よりも1,5倍以上多かった。


「それではクラテルに戻りましょう」

「そうね。報告は早い方が良いし、買い取ってもらう魔物もあるから、あまり時間を掛けたくはないわ」


 そりゃそうだ。

 あと魔物は、予定通りクラテル、ベスティア、フィール、フロートで買い取ってもらうことで話はまとまってるが、ベスティアは明日、フロートは明後日以降と決まった。

 明日は休養日に当ててるし、ヒルデがトラベリングを習得できるように手伝う予定にもなってるから丁度良い。


「お帰りなさいませ、陛下」

「はい、ただいま戻りました」


 クラテルまで俺のトラベリングで転移して、ハンターズギルドに到着して帰還を告げると、すぐに第10鑑定室に通されて、ハンターズマスターのカルロス・エスパーダさん、セイバーズマスターのシャーロット・ヘルファルテさん、そしてセルティナさんがやってきた。

 カルロスさんはトラレンシアじゃ珍しい男性ハイエルフで、調査中に話に出たモンスターズトレインの生き残りでもある。

 シャーロットさんはハイハーピーで、スリュム・ロードに右腕と右足を食い千切られてしまったんだが、クラテルのヒーラーズマスターがエクストラ・ヒーリングを使って治療をしている。

 セルティナさんはヒルデの曾祖母でクラテルに居を構えているんだが、今回は話を聞いてみたいって事でこの場に来ている。

 あ、当然だけどハンターズギルドの職員にクラフターズギルドの解体師、セイバーも数人ずつ待機しているぞ。


「それじゃあ報告します」


 リーダーは俺だから、報告は俺がすることになる。

 まずは第1階層からだな。

 あっと、マッピングも用意しないとだった。


「第1階層からホワイト・ファングが……」

「バーンテイル・フォックスにスノー・ビートルもいて、さらに数が200匹を超えている?調査のために階層を隈なく回った事もあるだろうが、とんでもないな……」


 シャーロットさんもカルロスさんも、予想以上の成果に眉間に皺を寄せている。


「ホワイト・ファングが定期的に生まれているのかまでは、さすがに分かりませんが」

「それは当然です。以前セイバーが調査に赴いていますが、その時は目撃されていませんから、運良く遭遇しなかったのか、生まれたとしても最近かでしょうが」

「第1階層でも、異常種が生まれる事が無い訳じゃない。これについては、要調査案件だな」


 そんな話もあるって聞いた覚えがあるな。

 深層じゃ希少種どころか異常種も普通に生息してる事も珍しくないらしい。

 だけど第1階層から異常種なんて、数年に一度聞くかどうかっていう話で、その場合はアライアンスが組まれて討伐が行われていたそうだ。


「今は合金があるし、戦争に参加したアライアンスは持ってますから、少数でも何とかなりそうだけどね」

「それはセイバーも同様ですが、クラテル支部には負担が大きくなりますから、増員を検討する必要がありますね」


 マナの言う通り、合金のおかげでハイクラスの戦力が飛躍的に上昇したから、以前は10人以上のハイクラスで対処していたS-Iランクモンスターも、1人か2人で討伐出来るようになっている。

 だから既に合金製の武器を持っているトラレンシア・アライアンスの参加者なら、そこまで人数を集めなくても倒せるだろう。

 さらにクラテルにはエンシェント・ラミアのセルティナさんがいるんだから、第1階層辺りじゃアライアンスを組む必要性はなさそうだ。

 ヒルデが心配しているセイバーズギルドの負担だが、こればっかりはどうしようもない。

 スリュム・ロードの襲撃で人数を減らし、さらにクラテル迷宮が生まれたせいでそっちにも人手を割かなきゃいけなくなったんだから、セイバーを増員するしか対処法が見当たらない。

 かといって簡単に増員出来る訳もないから、ヒルデも頭が痛いんだろうな。

 とりあえず、俺としては報告を続けないといけないんだが。


「第1階層はそんな感じです。第2階層ですが、セイバーズギルドの調査通り火山地帯でした」


 そこまではカルロスさんもシャーロットさんもセルティナさんも、既に話を聞いている。

 だけど火山ごとに生態系どころか難易度も異なってたし、トラレンシアには生息していないサウルス種が普通に闊歩してたし、極めつけにP-Rランクのスピノサウルスまで出てきやがったからな。


「難易度が急激に跳ね上がっているわね……」

「しかもサウルス種が普通にいるとはね。トラレンシアのハンターじゃ第1階層すら辛いっていうのに……」

「極めつけは第3階層への階動陣が、1つしかないことだね」


 シャーロットさん、カルロスさん、セルティナさんが頭を抱えている。

 第2階層の火山地帯には10を超える火山があったが、その全てが環境が異なり、生態系すらも異なっていた。

 当然生息している魔物も火山によって異なるから、難易度も火山によって異なる。

 一番難易度が高かったのは、セイバーズギルドが到達した岩と溶岩の火山だ。

 山道は狭く迷路のようになっていて、行き止まりにはほぼ確実にコボルトの集落があったし、空からはプテラノドンが襲い掛かってくる。

 セーフ・エリアの近くはアロサウルスの縄張りとなっていたし、スピノサウルスもそこに生息してやがったから、油断してたら命がいくつあっても足りない。


「幸いなのは、その火山はルートから外れている事か」

「そうですね。火山の難易度は高いですが、完全に連なっているワケではなく独立しているようですから、遠回りになっても火山を回避する事も可能のようです」


 それが救いだろうな。

 火山と火山の間は、草原が広がっている。

 だからそこを進めば、いちいち火山を登らなくてもいい。

 階動陣は山頂付近のセーフ・エリアにあるから、階層を移動する場合は話が別だが、第2階層を移動するだけならそこまで大変でもない。

 出てくる魔物もホブ・ゴブリンとかリカオス・コボルトとか、亜人の上位種ばっかりだったからな。


「だけど第3階層への階動陣は、この瀑布の火山にしか無かったですよ」

「全てが水で出来た火山で、魔物も海棲種ばかりか……」

「別の意味で面倒ですね……」


 まあ、瀑布の火山についてはそうだろうな。

 瀑布の火山に生息していたのはサハギンにウォーター・スパイダー、マーリン種、スクイド種、そしてモササウルス種と、トラレンシア近海には生息していない種のオンパレードだ。

 しかも第1階層や岩と溶岩の火山の例もあるから、希少種や異常種がいないとも限らない。

 特にモササウルスは、陸上に上がってもランクが低下しない魔物だから厄介だ。


「水は透き通っているそうだから、見張りをしっかりしておけば不意打ちを食らうような事がないのが救いか」

「ええ、実際不意打ちは食らいませんでしたから」


 展望席だけじゃなく、デッキからもしっかりと周囲を見張っていたからな。


「第2階層はこんな感じでした。それから第3階層なんですが、そこはベスティアそっくりな街並みが広がっていましたね」


 続いて第3階層の報告をするとカルロスさん、シャーロットさん、セルティナさんが驚いたような顔になって、その後すぐに面倒くさそうな顔になった。


「市街地階層、しかもベスティアか」

「ええ。それも完全市街地階層でした」

「完全ということは、市街地以外は一切無かったと?」

「ありませんでしたね」


 細部は微妙に異なってたようだが、基本的にはベスティアと同じだったからな。

 しかもそこに生息してたのは、確認しただけでもゴブリンにガルム、アマゾネスだった。

 ゴブリンはともかく、ガルムもアマゾネスも森に生息してる魔物だから、市街地の建物を森に見立てているっていう可能性もあるかもしれない。


「ガルムにアマゾネスだと?しかも上位種ばかりか希少種に異常種まで?」

「ええ。さらにアマゾネス・クイーンが、階動陣のあるセーフ・エリアの真ん前に陣取ってました」

「それは……」


 また頭を抱えてしまったお三方だが、気持ちは分からんでもない。

 アマゾネス・クイーンのモンスターズランクはM-Cランクだが、迷宮ダンジョンということで1つ上のA-Cランク相当になる。

 ただでさえ災害種は2つ上相当のランク扱いだっていうのに、第3階層なんていう浅い階層で、しかも階動陣の真ん前に陣取るなんていう出現の仕方をされたら、攻略どころか先に進む事を諦めるハンターの方が圧倒的に多いだろう。

 しかも周囲にいる、プリンセスを含むアマゾネスも襲い掛かってくるんだから、並のハイクラスじゃ合金製の武器を持ってたとしても厳しいと思う。


「厄介な……。運が良ければクイーンを避けてセーフ・エリアに飛び込めるだろうが、失敗すればアマゾネスの群れに襲われる事になる。まさに生か死か、だな」

「何ていうか、エンシェントクラスがいる事が前提になっている気がするわね」


 セルティナさんが溜息とともに呟いたが、その予想は俺達の中でも出ていた。

 今ならエンシェントクラスが1人いれば、亜人の災害種なら倒せなくもないし、倒せないまでもメンバーがセーフ・エリアに駆け込むまで攻撃を引き受ける事は十分可能だ。

 だからエンシェントクラスがいるかどうかで、レイドやユニオンの生存率が大きく変わってくるだろう。


「だけどアマゾネス・クイーンを突破して第4階層に辿り着けたとしても、準備が出来てなければ出直す事が確定しているわ」

「マナリース殿下、それはどういう意味なのですか?」

「私達も入ってすぐしか確認出来てないんだけど、第4階層はセーフ・エリア以外は全て海だったのよ」

「……はい?」

「え?あ、も、申し訳ありません、殿下!で、ですが、海、ですか?」


 セルティナさんもシャーロットさんも、マナが何を言ったのか、一瞬分からなかったか。

 だけどそれも無理もない。

 現在人が入っている迷宮ダンジョンで、一面が海っていう階層は存在していないんだからな。


「海ですね。少し潜ってみましたが、水深も10メートルや20メートルじゃきかなかったです。キラー・ホエールやシー・サーペント、グレートブレード・フィッシュが生息してたから、1,000メートル以上は確実じゃないですかね?」


 ビッグファング・ホエールやシー・ヴァイパー、ブレード・フィッシュもいたけどな。


「難易度が高すぎるわね。生まれたとされる時期は、セリャド火山で10人以上がエンシェントクラスに進化した後だから、エンシェントクラスが前提だという推測も正しい気がしてきたわ」


 再び溜息を吐くセルティナさんだが、そう考えるしかないと俺も思う。

 トラレンシアのエンシェントクラスは、数時間前に進化したばかりのヒルデとセルティナさんしかいないんだが、ヒルデは女王っていう立場もあるし近々ソレムネに向かう事になっているから、実質的にはセルティナさんだけになる。

 御年108歳のセルティナさんは今でも現役のハンターで経験も豊富なんだが、それでもエンシェントクラスが1人っていうのは負担が大きいし、第4階層以降がどうなっているか全く分からないから、万が一の可能性も決して低くはない。


「さすがにこれは、俺の手に余る問題だな……」

「だけどカルロス、既にゴルド大氷河に迷宮ダンジョンが生まれているという話は、ハンターの間で広まってるわよ?」

「ええ、そうなんです。ですからとりあえずは、ウイング・クレストの調査報告をそのまま公表します。それでも迷宮ダンジョンに入りたいのなら、自己責任です」

「そうなるわよね」


 元々ハンターが迷宮ダンジョンに入るのは、自己責任の範疇でしかない。

 だから俺達の調査結果を公表して、それでも入るっていうなら、ハンターズギルドでも止められるもんじゃない。

 今はスリュム・ロードの襲撃にソレムネとの戦争のせいでハンターも人手が減ってきているから、トラレンシアとしては無茶はしてほしくないんだろうが、入る奴は何を言っても入るんだから、判断が難しい所でもある。


「陛下、国としては、どのような方針で行かれるのですか?」

「さすがにあそこまで高難易度だとは思っていませんでしたから、明日ベスティアのハンターズギルド本部にも報告し、ヘッド・ハンターズマスター、グランド・セイバーズマスターを交えて会議を行います。ソレムネに行く前に結論を出すつもりではいますが、それまではセイバーは、緊急時を除きクラテル迷宮に入る事を禁じます」

「はっ!全セイバーに徹底させます」


 セイバーズギルドも調査を考えてたとは思うが、予想以上に難易度が高かったから、ヒルデがそう判断するのも仕方がない。

 セイバーズギルドはトラレンシア騎士団だから、無茶をするような人は出て来ないだろう事が救いだな。

 後はハンターズギルドだが、明日ベスティアで報告して、それからって事になるか。


「ハンターズマスター、お手数ですが明日迎えに来ますので、あなたも会議に出ていただけますか?」

「かしこまりました、予定を空けておきます」

「では陛下、私がカルロスをベスティアまで送りましょう」

「よろしくお願い致します」


 カルロスさんも参加か。

 いや、クラテルのハンターズマスターなんだから、これは当然か。

 俺が迎えに来ようかと思ったが、セルティナさんが送ってくれるんなら任せよう。

 デセオ滞在中にセルティナさんだけじゃなく、クラーゲン会戦で進化したエンシェントクラスもトラベリングを習得してるからな。

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