クラテル迷宮第4階層

「ふざけんなっ!」


 第4階層に到達した俺達だが、思わず叫んでしまった。


「落ち着いてよ、大和君」

「気持ちは分かるけどね」

「というか、こんな階層、アリなんですか?」

「実際にあるんだから、アリとしか言えないわね」


 叫びはしなかったが、他のみんなも同じような気持ちになっている。

 だがそれも当然だ。


「まさか第4階層が、一面の海だったなんて……」


 ユーリの一言で分かってもらえるんじゃないだろうか?

 第4階層はふざけた事に、見渡す限り一面の海原が広がっていた。

 俺達がいる小島は全域がセーフ・エリアになってるようだが、それ以外に陸地は一切見当たらない。


「私達が使ってる多機能獣車には船体もありますから何とかなりますけど、他のハンターには厳しいですね」

「前情報無しでここまで来れたとしても、外に出なきゃいけない事は確定してるものね」


 陸地が一切見えない海洋階層だから、空を飛べる従魔や召喚獣を使うという手は使えない。

 そうなると船を用意するしかないんだが、普通のハンターが船を常備してる訳がないから、苦労して第3階層を突破出来てもこの先には進めない。

 あまりにもひどすぎるだろ、これは。


「この迷宮ダンジョン、攻略されたくないのかしら?」

「それなら望み通り、迷宮核ダンジョンコアを叩き割ってやるが?」


 今の俺は、マジで迷宮核ダンジョンコアを叩き割ってやりたい気持ちでいっぱいだ。


「凶悪なまでに難易度が高いとはいえ、得られる資源の事を考えるとそれはご容赦して頂きたいところなのですが……」


 女王としての意見を口にするヒルデだが、言葉尻がすぼんできている。

 さすがにこれはないと思ってるんだろう。


「スー……ハー……。悪い、落ち着いた。それでどうする?」

「どうするも何も、船体を出すしかありませんよ」

「だよな」


 いつまでもイラついてる訳にはいかないので、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 幸い天樹製多機能獣車は船体もあるから、接続させることで船として使うことも可能だ。

 トラレンシアまでヒルデを送った際に一度使っているし、操船の練習はアルカの湖でもやってるから問題ない。


「魔物はどう考えても海棲種になるんだけど、時々新種発見って話題になってるよね?」

「ええ、陸地と違って調査もままならないから」


 この海洋階層の厄介さは、船が必要という事だけではなく、生息している魔物が今まで以上に予想し辛い事だ。

 有名どころも生息しているだろうが、問題なのは未知の魔物も生息しているだろう事が理由として挙げられる。

 海は広いし、潜って調べるのも不可能に近いから、どんな魔物が生息しているかは遭遇してみない事には判断できない。

 そのせいか、数年に一度ぐらいの頻度で、新種の魔物発見っていう話が出てきてたりする。


「そうなのですか?」

「ええ。船の護衛には基本的にハンターが護衛に付くから、クエスティングである程度の詳細は見れるでしょう?」

「ああ、なるほど。そのハンターが見た事も聞いた事もない魔物であった場合、ハンターズギルドが判明している魔物と照らし合わせるのですね」

「そういう事ね」


 アリアの疑問に答える真子さんだが、倒せないまでも生きて帰る事が出来れば情報は持ち帰れる。

 しかも狩人魔法ハンターズマジッククエスティングを使っていれば、魔物の種族名とモンスターズランクは判明するから、新種かどうかはさほど時間を掛けなくても判明する。

 個人所有の船の場合は護衛はないが、貴族所有船や客船、遠距離漁船などでは必ずハンターが護衛に付いているし、船に乗る者はハンター登録している人だって少なくない。

 特に漁師はトレーダーだから、その関係でトレーダーズギルドにもすぐに報告が上がって、ハンターズギルドと協議を行うことだってあるそうだ。


「何が生息しているかは、候補が多過ぎて絞り切れないわね」

「はい。予想としては海棲のドラグーン種やサウルス種、ホエール種でしょうか」

「その3種は有力ね。ただドラグーンとなるとMランクになるから、出てくるかは微妙な気もするわ」


 だな。

 ドラグーンは、P-Nランクのレッサー・ドラグーンが最下級の魔物になるが、それ以外だとM-Uランク以上になるから、第4階層に生息しているかは微妙だ。

 この迷宮ダンジョンの性格から考えるといそうな気もするから、候補から消せないっていうのが厄介だが。


「陸地が見えれば、空を飛ぶ魔物も出てくるかもしれませんね」

「あり得ますね」


 いや、陸地がなくても空を警戒しておく必要はあるだろう。

 なにせWランクは翼があるから飛べるし、ドラグーンは元々翼を持ってるから、海棲種であったとしても空を飛んでくる。


「確かにいないと決めつけるには、相手が大物過ぎるわね」

「だけど空より問題なのは、海の中よね」

「そっちは見えないしね」


 空の警戒は、展望席に出てれば何とかなる。

 だが海の中は、そう簡単には見れない。

 展望席だけじゃなくデッキからも見張るつもりだが、船の下はどうやっても見る事が出来ないからな。

 結界の天魔石を使うから少々の攻撃なら防げると思うが、出てくる魔物は最低でもGランクだろうから、ちょっと厳しい。


「探索の天魔石って、海の中でも使えるの?」

「ソナー・ウェーブとドルフィン・アイ、イーグル・アイを付与させてるから、海の中でも使えます。ただ200メートルが限界ですけど」


 探索系刻印術を付与させた探索の天魔石も搭載しているが、有効範囲は半径200メートルしかない。

 200メートル先でも索敵の役には立つんだが、高ランクモンスターなら数秒で駆け付けられる距離でもあるから、とてもじゃないが万全とは言えない。


「確かに微妙ね」

「だから常に魔力強化をしとくしかないかなと」

「それしかないか」


 結界と探索の天魔石はフル活用して、船体を含む獣車は俺がマナリングを使って魔力強化をしておく。

 幸いにも獣車は翡翠色銀ヒスイロカネと天樹を使っているから、俺が全力でマナリングを使っても問題ない。

 というか、それを前提として製作してるんだけどな。

 まあいつまでもここで話してても仕方ないから、そろそろ出発するか。


 セーフ・エリアのある小島は、直系100メートル程度の広さしかない。

 だが島の周囲に砂浜はなく、海面まで1メートル程度の切り立った崖になっている。

 おそらく船を浮かべる事が想定されているからだと思うが、その時点でかなり腹が立つ。


「それじゃ出すぞ」

「ええ、お願いね」


 獣車を引いてくれていたジェイドを離してから、俺はキャビンにある念動の天魔石を起動させた。

 同時に後部デッキのストレージ・スペースに収納してある船体を取り出す。

 船体は全長25メートルあるから、先に念動の天魔石を起動させておかないと上手く海に浮かべられないし、下手したら下敷きになっちまうからな。

 船体を海に浮かべ終わると、今度は獣車本体を動かし、船体のブリッジになるように接続する。

 無事に本体が船体の上に乗っかると、今度はフィーナが奏上した工芸魔法クラフターズマジックロッキングを付与させた施錠の天魔石を使って、しっかりと接続。

 傍から見てるとロボットとかの合体を思い起こさずにはいられない。


「完了だ。大丈夫だと思うが、どこかに問題は無いか?」

「無いわね」

「あるとしたら、初の本格的なクルージングが迷宮ダンジョンだって事かしら?」


 うん、それは俺も思う。


「落ち着いたら、どこか適当なとこで楽しめば良いわよ」

「そうですね」


 それもその通りだな。


「それじゃ出航するか」

「ええ。階層全てが海なんて、逆に楽しみだわ」

「時間が無いのが惜しいわね」


 真子さんとプリムが、心の底から残念そうに口を開く。

 気持ちは分からんでもないが、今回は諦めてくれ。


 出航して10分も経たずに、俺達は魔物の襲撃を受けた。

 現れたのはG-Uランクモンスター ビッグファング・ホエールという、デカい牙を持ったクジラ。

 ホエール種はS-Nランクのファング・ホエールを含めて全てが30メートル以上という巨体だ。

 ソルプレッサ迷宮で倒したフォートレス・ホエールなんて、100メートルあったからな。

 ビッグファング・ホエールも同様で、50メートルじゃ利かないデカさだった。

 それが3匹か。


「ビッグファング・ホエールか」

「正面から来るとは思わなかったわね。海中から来ると思ってたのに」


 それは俺も思った。

 だから船体への魔力強化はしっかりとしてあるし、探索の天魔石だって使ってある。

 海中から体当たりなんて食らったら、船体は無事でも転覆する可能性が高いからな。

 警戒しといて無駄って事はない。


「まあ大きいから厄介とは言っても、所詮はGランクよね」


 プリムが口にしたように、50メートルはあろうかという巨体であっても、結局はGランクモンスターだった。

 なにせ俺とマナ、ミーナが剣に属性魔法グループマジックを纏わせて大剣を作り、それで真っ二つにして終わりだからな。

 マナのスターリング・ディバイダーは召喚獣の属性魔法グループマジックを使ってるが、今回は自分の魔力だけで行っている。


「その大剣、いい加減に魔法名付けたらどう?」

「エンシェントクラスに進化された方は、大抵使われていますよね」


 真子さんとリディアに言われて気が付いたが、確かに明確な魔法名は無かった気がするな。

 いや、人によっては固有魔法スキルマジックとして開発してたはずだから、既に魔法名が付けられてる可能性もあるか。


「じゃあウイング・クレスト専用の名称って事で、グランド・ソードとでもしとけば?」

「いや、俺もマナもミーナも、それぞれが適正のある魔法を使ってるから、名称の統一は難しいと思うんだけど?」

「ああ、そっか」


 真子さんの提案は、確かに俺としてもアリだと思う。

 だけど個人個人で使ってる属性魔法グループマジックが違うから、同じ名称っていうのはちょっと違うと思う。


「それなら属性魔法グループマジック1つなら属性魔法グループマジック名を間に入れて、2つならツイン、3つならトライ、4つならフォースとかをつけるのは?」


 ということは、グランド・ファイア・ソードとかグランド・ライト・ソード、グランド・ツイン・ソード、グランド・トライ・ソード、グランド・フォース・ソードになるのか。

 悪くはないが、ちょっとパンチが弱い気もする。


「悪くないと思うけど、そこはもう少し考えたいところね」

「はい。ウイング・クレスト用の固有魔法スキルマジックということにするんでしたら、使う属性魔法グループマジックも分かってますから」


 実際に使うマナとリディアも、真子さんのアイディアには乗り気だし、ミーナも賛成っぽいな。

 ウイング・クレストで剣を使ってるのは俺にマナ、ミーナ、リディア、リカさん、ラウスの6人だが、リカさんとラウス以外の4人はエンシェントクラスに進化していて、適正のある属性魔法グループマジックも分かっている。

 さらに言えば俺とマナ、リディアの適正は似通ってるが、ミーナだけは少し違う。

 だから統一しなくても、例えば風属性魔法ウインド・マジック雷属性魔法サンダーマジックを使うんならグランド・ストーム・ソードとか、そういった感じでまとめた方が良いと思う。

 それにグランド・ソードの名称が固まれば、他のみんなも似たような感じで命名しやすくなるだろう。

 いや、別に剣以外の武器でも、グランド・ソードで良い気もするな。

 実際プリムは、そんな感じで使ってるからな。

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