帝国の新兵器
Side・マナ
ラウスの家名が決まり、今晩アルカで伝えることになったんだけど、その話をしている間にトラレンシアの一行は天樹城に登城してきていた。
正式な訪問ということもあるし、人数も多いから、最初は謁見の間で面会ということで、私達もドレスに着替えてから謁見の間に向かうことになったわ。
大和はアーク・オーダーズコート、私達は全員ドレスだけど、迎え入れる側だから、玉座から少し離れた位置に立つことになっている。
ハンター装備で来ていた私達だけど、イークイッピングのおかげで一瞬で着替えられるから、準備に時間を取られずに済んで助かるわ。
あと当たり前だけど玉座にはお兄様が、両側にはドレスアップしたエリス義姉様とマルカ義姉様が立つわよ。
さらに今回は、サユリおばあ様も列席されているわ。
「遠い所をよく来てくれた。楽にしてくれ」
「ありがとうございます。ラインハルト陛下におかれましては、此度の即位、誠におめでとうございます」
最初に顔を上げ、立ち上がったのは豪華なドレスを身に纏ったヴァンパイアの女性。
腰まで届く、少し紫がかった美しい銀髪、整っていながらも可愛らしい顔立ち、そして少し青みがかっているけど、それでも透き通るような肌をしているこの女性がトラレンシア女王ヒルデガルド・ミナト・トラレンシア。
私とプリムにとって、実の姉とも言えるハイヴァンパイアよ。
「祝辞は受け取らせていただく。だが私は、王位こそ継いではいるが、まだ正式な戴冠式は済ませていない」
お兄様が王位を継いだ以上、私やユーリは王妹ってことになるんだけど、戴冠式はまだ行われていないから、王冠は王代でもあるお父様が持っている。
だからお兄様は即位してはいるんだけど、王冠を譲り受けたわけじゃないから、正式には王というわけじゃない。
だから私やユーリが王妹と呼ばれるようになるのは、お兄様が戴冠式を終えてからになる。
予定ではあるけど、ユーリがウイング・クレストに加入するのも、戴冠式が終わってからになるでしょうね。
私は王位継承権を放棄、というより大きく継承順位を下げているけど、戴冠式が終わったら元に戻すって言われてるのよ。
王族はユニオンに加入出来ないという規則を、お兄様は変更するつもりなの。
さすがに王や王妃は無理だけど。
「聞き及んでおります。戴冠式は春と。是非、わたくしも参列させていただきたく思っております」
「無論いつでも歓迎するが、ソレムネの方は大丈夫なのか?」
「おそらく、としかお答えできません。ですがこれはトラレンシアの問題ですから、陛下がお心を砕かれる必要もございません。お気持ちだけ、ありがたく頂戴致します」
トラレンシア女王のヒルデ姉様だけど、お兄様とのやり取りだけ見てるとまるで臣下のように振る舞っている。
これはヒルデ姉様だけじゃなく、歴代のトラレンシア女王はみんなこんな感じなのよ。
トラレンシアはアミスターの最友好国だけど、初代女王エリエール・ミナト・トラレンシア様はアミスターの出身で、結婚相手のカズシ・ミナト・トラレンシア様と共に当時のアウラ島に向かい、トラレンシアを建国したという経緯があるから、代々のトラレンシア王家はアミスター王家を主家として接しているの。
「分かった。では堅苦しい挨拶はここまでにしよう。よく来たな、ヒルデ。大変だったろうが、改めて歓迎する」
「ありがとうございます、ライ兄様」
お兄様の一言で、ヒルデ姉様も女王の仮面を脱ぎ去った。
王位を継ぐ者同士ということでお兄様とはもちろん、ユーリとも親交があるし、どちらもあまり堅苦しい雰囲気は好まないから、最初のやり取りは儀礼的なものね。
同行している武官や文官、バトラーも慣れたものよ。
正式な訪問だから、10人以上来てるわね。
「同行者も、遠い所をご苦労だった。それぞれ部屋を用意してある。旅の疲れを癒してくれ」
晩餐まではまだ時間があるし、これもいつものやり取りね。
お部屋だけじゃなくお風呂も用意してあるから、そこで汗を流して疲れを癒してから晩餐というのが、トラレンシアから訪問者が来た場合の慣例になっているから。
「アソシエイト・オーダーズマスター、案内を頼む」
「はっ。どうぞ、こちらへ」
アソシエイト・オーダーズマスターでミーナの父ディアノスに案内されて、ヒルデ姉様付きのバトラー ハーピーのミレイ以外は謁見の間を後にした。
「こちらも移動しようか」
「はい」
こっちもいつも通りね。
トラレンシア王家が訪問してきた場合は、謁見の間で簡単な挨拶を行い、その後で王家のサロンに移動して、そこで話を続けるから、これからが本番。
私達はお兄様に続いて、ヒルデ姉様はミレイを伴って、サロンに移動する。
「ライ兄様、改めてましてご即位、おめでとうございます」
「ありがとう。まあ急だったし、色々あったから止むを得ずだったんだが」
そう言って苦笑するお兄様だけど、確かに無理矢理、しかも止むを得ずの即位だったわよね。
「それはそうとヒルデ、今回の訪問は私に祝辞を述べるためではないだろう?」
「仰る通り、それはついでですね。マナの結婚とユーリの婚約、そしてプリムの生存を知ったわたくしは、すぐにでもアミスターに向かうつもりでした。ですが立場もありましたから、ようやくといった感じです」
ヒルデ姉様はそう言うと、私とユーリ、そしてプリムに視線を向けて、笑顔になった。
「そして、あなたがプリムとマナの夫で、ユーリの婚約者ですね?」
「あ、はい。ヤマト・ハイドランシア・ミカミです」
「ヒルデガルド・ミナト・トラレンシアです。お見知りおきを、大和様」
ヒルデ姉様は立ち上がり、両手でスカートを裾を掴んで、優雅に一礼した。
「あ、は、はい!こちらこそ!」
大和も慌てて立ち上がって頭を下げたけど、礼儀の欠片もない挨拶ね。
突然だったから仕方ないのかもしれないけど、礼儀正しい大和にしては珍しい姿だわ。
「再会の邪魔をするのも野暮なんだが、これだけは教えてくれ。ソレムネの侵攻が長引いていたと聞いているが、何があったんだ?」
申し訳なさそうな顔をするお兄様だけど、ソレムネのことは私達も気になっている。
単純に海が氷るのが遅れたとか、逆に早かったとかの理由もあるけど、今回の場合には当てはまらない。
なにせソレムネは、一度撤退しているんだから。
「分かりました、お話致します。ソレムネ軍は魔法を使わず、魔力強化を行うことはご存知ですね?」
「ああ、ギルドを廃しているソレムネには、
ソレムネ国内にギルドはない。
昔はあったんだけど、先代帝王が追い出しているの。
最初の標的はプリスターズギルドで、宗教は軟弱だと一方的に断じ、退去勧告すら行わず国内のプリスターを虐殺し、プリスターズギルドを破壊し尽くしたそうよ。
その一方的な虐殺に怒った各ギルドが一斉に撤退したことで、ソレムネからギルドはなくなり、同時に
真っ先に宣戦布告されたのはリベルターだけど、カズシ様とエリエール様が亡くなるとトラレンシアにも宣戦布告を行っているわ。
ギルドが撤退するまではカズシ様とエリエール様を中心としたアライアンスに国難を救ってもらっていたくせに、亡くなると同時に手の平を返してお2人の母国に侵略を開始したんだから、本当にロクでもない国だわ。
「はい。ですからセイバーズギルドは、ソレムネを退けられていると言えます。ですが今回は、最初の撤退までは以前と変わらなかったのですが、その後の侵攻では、セイバーズギルドも大きな被害を受けました。その理由は、ソレムネが開発した新兵器によるものです」
ソレムネが新兵器を開発して、セイバーズギルドが大きな被害を被った?
セイバーズギルドってオーダーズギルドに勝るとも劣らない騎士団で、ソレムネの侵攻に際しても最前線で戦い、一度もアウラ島に上陸させたことはないはずでしょう?
「ソレムネの新兵器だと?それはどんな物なんだ?」
「わたくしも話を報告を受けただけなのですが、大きな筒に金属を詰めて、それを魔法で撃ち出す兵器のようです」
筒に金属を詰めて魔法で撃ち出す?
ソレムネも
「見ないと思ってたけど、そもそも開発されてなかったのか」
「みたいね。まあ私は原理とか構造は知らないし、興味もなかったんだけど」
私だけじゃなく全員がヒルデ姉様の言う新兵器に首を傾げていたんだけど、大和とサユリおばあ様は理解できているみたいだわ。
「ソレムネの新兵器だけど、私達の世界じゃ特に珍しくない、というより一般的な兵器なのよ。だけどそれは、ヘリオスオーブと違って魔法や進化という現象がないからであって、ヘリオスオーブじゃ使いにくいと思うわ」
「そ、そうなのですか?」
「新兵器って話だけど、魔法があれば対策はいくらでもできるからな。その兵器、大砲って名前だけど、ある程度なら原理も知ってる」
まさか
「大砲、ですか?それはどのような兵器なのですか?」
既に被害を受けているヒルデ姉様からしたら、まさかここで情報が手に入るとは思わなかったでしょうね。
だけど有益な話になるのは間違いないし、ソレムネに対抗できるようになることは想像に難くないんだから、ものすごく真剣な顔をしているわ。
「そうね、投石器は知ってるわよね?」
「はい。巨大な魔物を相手取る際は必須ですから」
「簡単に言えば、投石器の凄いやつよ。石の代わりに金属の塊を飛ばすの。私は原理を知らないから詳しく教えられないけど、威力も射程も投石器の比じゃないわ。で、合ってるわよね、大和君?」
「だいたいはそんな認識でいいかと。付け加えるなら金属塊に細工しておけば、着弾点の被害を大きく出来ますね」
何よ、それは?
どんなものか、全然想像できないんだけど?
「イスタント迷宮で、似たようなの見ただろ?陛下達も」
「イスタント迷宮で?もしや、ミスリル・コロッサスの魔銀弾のことか?」
「正解です。あれを人間の手で再現しようって思えばいいかと」
ああ、あれね。
って、あれを再現しようっていうの!?
そんなの、いくらセイバーズギルドが優秀でも、多大な被害が出るに決まってるじゃない!
いえ、ここに例外が2人もいるけども!
「多分だけど、大きな金属塊を飛ばすことで、ハイクラスも押し潰そうってことじゃないかな?
「も、申し訳ありませんが、そこまでは……」
「いえいえ、お気になさらず」
「そうね。トラレンシアに行けば、その金属塊は見つけられるだろうから。それさえ見つかれば、対策を立てることも難しくないでしょう」
いとも簡単にソレムネの新兵器の詳細を口にする大和とサユリおばあ様だけど、
「とんでもないと言うか、私達の世界じゃ、この兵器は時代遅れもいい所なのよ」
「現役でもあるけど、改修に次ぐ改修がされてるから、全くの別物になってるな」
「そ、そうですか……。ソレムネの新兵器が、
落ち込んでるヒルデ姉様だけど、ここは逆に考えましょう。
「サユリ様、大和様。お手数ではありますが、わたくしの同行者にも、同様のご説明をお願いできないでしょうか?」
「分かりました」
「その方が良いわね。ライ、あなたも来なさい。大砲の対策は、アミスターでもしておくべきものだから」
「そのつもりですよ」
ソレムネが、ミスリル・コロッサスの魔銀弾と同じような新兵器を開発したなんて、さすがに想定外だわ。
でも大和とサユリおばあ様は、そこまで深刻な表情をしていないし、対策も頭に浮かんでるみたいね。
「簡単にですが、その対策を教えていただけますか?」
「勿論よ。その大砲だけど、運用するには船のような物が必要になるの。それも小型船じゃ反動で沈む可能性が高いから、30メートル級の大きさが必要になると思う」
小型船じゃ沈む可能性があるって、とんでもない反動ね。
「多分1つの船に、かなりの数の大砲を積んでると思うけど、逆に言えばその船を沈めれば、大砲は一気に無力化できる。もちろんこれは大変だし、かなりの手間がかかるんだが、船も木造だろうから、現実味がないわけじゃないと思う」
船を沈めればいいって、それはその通りなんだけどさ。
ソレムネは
仮に使えたとしても、大砲は船に完全に固定させておかないと反動で動いてしまうから、簡単には動かせない。
だから船に備え付けられているってことだけど、それが逆に弱点になるってことなのね。
人化魔法を解除したウンディーネ、水竜のドラゴニュートやドラゴニアンは泳ぎも上手いし水中でも呼吸できるそうだから、水中から近付いて船を沈めればいいって大和とサユリおばあ様は言うけど、そんなことはハイクラスでもないと難しいわよ?
「あとソレムネの大砲は最初期型だろうから、致命的な弱点がある。と言ってもそれをやるぐらいなら、船を沈めた方が楽でもあるんだが」
「魔法で着火してるみたいだから、ヘリオスオーブだと致命的な弱点になるどうかも微妙な所なのよね」
「そうなの?」
「ああ。大砲は火を使って砲弾を飛ばしてるんだが、水を被ったりすると使えなくなるんだ。だけどそれは地球の、それも大昔の話だから、ヘリオスオーブだとどうなのかは実物を見てみないと何とも言えないな」
大砲に水を被せれば使えなくなるってことは、水を被せてしまえばいいと思いがちだけど、その大砲は敵船に積み込まれているから、どうやって水を被せるのかという問題がある。
雨でも降ってれば話は別だけど、そうじゃなかったら敵船に乗り込まなければならない。
だけど敵船に乗り込むためには、その大砲を何とかしないといけないから、確かに船を沈めた方が楽だわ。
急いで詳細を伝えた方が良いということで、ヒルデ姉様のお供とグランド・オーダーズマスター、アソシエイト・オーダーズマスターが謁見の間に呼び出されたけど、そこで大和とサユリおばあ様の話を聞いて、全員が顔を青ざめさせる結果になった。
そりゃA-Cランクモンスターと同等の攻撃なんて、悪夢以外のなにものでもないもの。
だけど大和とサユリおばあ様の説明で、実際はそこまでの威力はないと知って、あからさまに安堵の表情を浮かべ、対策を伝えらえれると一様に感謝の表情が浮かんできた。
さすがに海中を進んで敵船を撃沈する策には微妙な顔をされたけど、
さすがに可能かどうかは、砲弾っていうのの実物を見てみないと何とも言えないそうだけど。
でもシールディングや結界魔法で防ぐにしろ、海中から船を沈めるにしろ、ハイクラスなら不可能とは言えないから、現実味がないわけでもない。
ヒルデ姉様達がトラレンシアに帰る際は私達が送迎することも伝えられたから、そこで確認しておくことにしましょう。
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