魔銀の巨人

Side・マルカ


 ウイング・クレストが、バレンティアにあるソルプレッサ迷宮のような迷宮ダンジョンを探していたから、あたしの夫でありアミスター国王でもあるライがこのイスタント迷宮を紹介して、その条件としてあたし達も同行させてもらったんだけど、イスタント迷宮は生まれてから10年程度の若い迷宮ダンジョンで、第4階層以降のことは全く分かっていなかった。

 第1階層からBランクモンスターが出てくることから、深くても第10階層までだと考えられていたけど、たった今最深層が分かってしまったし、その現場に立ち会うことになるなんて思ってもいなかったよ。


「期せずして守護者ガーディアンの間を確認してしまった訳だが、これは判断に困るところだな」


 ライがすごく頭を悩ませているけど、国王としての立場を考えると、間違いなくそうだよね。

 いや、攻略した方が良いっていうのは、ハンターとしても国王としても意見が一致してると思うけど、守護者ガーディアンがあれだってことを考えると、大和君達でも苦戦は免れないと思う。


「そうですね。第6階層が最深層だと判明したことは朗報ですが、守護者ガーディアンがあれだとすると、さすがに討伐は骨が折れるどころの話ではありません」


 イスタント迷宮調査アライアンスのリーダーを務めている、グレイシャス・リンクス リーダー スレイも、すごく悩ましげな顔をしている。

 スレイ達アライアンスとしては、最深層が確認できたっていうだけで、今回のアライアンスは大成功ってことになる。

 もちろん守護者ガーディアンを倒せるならそれに越したことはないんだけど、さすがにあれは相手が悪いよ。

 なにせイスタント迷宮の守護者ガーディアンは、A-Cランクモンスター ミスリル・コロッサスだったんだから。


「それなんだけど、あたし達は一戦交えるつもりでいるわよ?ねえ、大和?」

「ああ。攻略するつもりがなかったとはいえ、ここまで来たんだし、アミスターとしてもここの迷宮核ダンジョンコアは手に入れておきたいでしょう?」

「いや、それは確かにそうなんだが、守護者ガーディアンはミスリル・コロッサスだぞ?ミスリル・パペットやミスリル・ゴーレムと同じ魔銀ミスリルの体を持っているとはいえ、災害種だということを考えると、おそらく硬度は翡翠色銀ヒスイロカネ以上だろう。いや、下手をすれば神金オリハルコンすら超えているかもしれない」


 ライやスレイ達が悩んでいる理由は、相手が災害種っていうこともあるけど、最大の問題は体の硬度。

 魔銀ミスリルの体を持っているとはいえ、通常種のミスリル・パペットや上位種のミスリル・ドールはもちろん、希少種のミスリル・ゴーレムや異常種のミスリル・ガーゴイルは魔銀ミスリルどころか翡翠色銀ヒスイロカネにも匹敵する硬度を持っている。

 しかも反則的なことに、ハイクラス以上の魔力を常時使っているのに、魔力疲労や魔力劣化を起こすことはないんだからタチが悪い。

 そのくせ討伐すると手に入る魔銀ミスリルは、普通の魔銀ミスリルと何ら変わりないから、苦労して倒した割にはハンターとしての益は少ないんだよ。

 もちろん魔銀ミスリルだから、それなりに高値で売れるんだけどさ。


「それも踏まえてありますよ。それに俺とプリムは、こんな機会でもないと本気を出せないですからね」

「ソルプレッサ迷宮で使った固有魔法スキルマジックにも手を加えたから、どんな感じかを試すにはうってつけの相手でもあるわ」


 ……うん、この子達、何言ってるんだろうね?

 いや、確かに終焉種を単独で倒せるんだから、そこらの魔物相手に本気を出すことはないだろうけどさ。

 あと固有魔法スキルマジックに手を加えたってことは、完成したかどうか試したいってことだよね?

 その相手として、ミスリル・コロッサスがうってつけの相手?

 言ってる意味が、これっぽっちも理解できないんだけど?


「い、いや、待ってくれ。君達は何を言ってるんだ?」

「ミスリル・コロッサスって、A-Cランクモンスターだよ?合金製の武器を持っていたとしても、討伐には数十人単位でハイクラスが必要になる。そのミスリル・コロッサスが、うってつけの相手?」


 うん、スレイやシーザー達も、彼らの言ってることが何一つ理解できてないね。

 これが当然の反応なんだけど、ウイング・クレストは大きな溜息を吐いて、何かを諦めたような顔をしてるから、これは止めても無駄ってことでいいのかな?


「ヤバそうだったら逃げますよ。まあ、負けるつもりもありませんが」

「そうそう。それに守護者ガーディアンの力がどんなものかも、知っておくに越したことはないでしょう?」


 それは間違いなくその通りだけど、戦うのが君達ってことになると、何の参考にもならないと思うよ?


「分かった。だが危なくなったら、即座に撤退だ。異論は認めないよ?」


 ライも溜息を吐きながら諦めたけど、条件を付けることは忘れていない。

 でもこの2人が聞き入れてくれるかとなると、多分無理なような気がする。


「ライ、言うだけ無駄じゃない?」

「分かっている。だがこうでも言わないと、2人だけで突入してしまいかねない。それに守護者ガーディアンがどんなものか、私だって興味がないわけじゃないんだ」


 エリスもあたしと同じ疑問を感じていたみたいだけど、ライもそうだったか。

 でも確かに、あたし達をここに残したまま、2人だけで突入っていう選択肢もあるわけだから、それを防いだだけでも十分か。


「スレイ、君達はどうする?守護者ガーディアンの間はエスケーピングが使えないから、離脱するなら今しかないと思うが?」

「私としては、彼らの本気というのが興味あります。ですからご迷惑でなければ、同行させていただきたいと思っています。もちろん、援護もするつもりです」


 アライアンスのみんなは、エンシェントクラスの本気に興味津々か。

 その気持ちは分からなくもないけど、グランド・ハンターズマスターだって無理なことをやらかしてる2人だから、参考になるかは怪しいよ?

 逆に自信喪失するんじゃないかな?

 あと援護だけど、普通ならスレイ達の援護はありがたいんだけど、大和君とプリムさんにってなると、申し訳ないけど邪魔にしかならないと思うんだ。


「ライ、あの事を教えておいた方がいいんじゃない?」

「あまり広めたくはない話だが、こんな事態だし、止むを得ないか」

「あの事、ですか?」


 大和君とプリムさんの2人は盛大に目を逸らしたけど、何を言われるのかをよく理解してる証拠って考えるよ?


「1ヶ月程前、フィールでアライアンスが行われたことは知っているな?」

「はい。オーク・キングとオーク・クイーンが現れ、番いになっていたとか。成功したと聞いていますが?」

「その話には続きがある。いや、元々の話が小さくなって、その話になったと言うべきか」

「はい?」

「い、いや、お待ちください、陛下。オーク・キングとオーク・クイーンが番いになっていたなど、普通に大問題ですよ?フィールの放棄だって、考えておくべき緊急事態ではありませんか」

「そ、そうですよ。それが小さくなった話って、仰っている意味が分からないのですが?」


 プラムとエルが混乱してるけど、他のメンバーも大なり小なり似たような感じだね。

 確かにキングとクイーンが番いになってたなんて大問題でしかないし、実際に領代は、フィールの放棄も考えていたって報告されているからね。


「キングとクイーンがいたのは間違いない。だが実際にはキングは2匹、クイーンは3匹だった。さらにはプリンスも2匹、プリンセスも6匹いたと報告が上がっており、死体もフィールのハンターズギルドで確認されている」

「……は?」

「それだけではなく、実際に番いになっていたのはオーク・エンペラーとオーク・エンプレスだった。これも死体はフィールで確認され、魔石も献上されているから間違いはない」

「……」


 反応がなくなったけど、立ったまま気絶とかしてないよね?


「この話には、まだ続きがある」

「ま、まだあるんですか!?」


 うん、あるんです。


「そのオーク・エンペラーとオーク・エンプレスは、そこの大和君とプリムが、それぞれ単独で倒しているそうだ。アライアンスに参加していたフィールのオーダーやホーリー・グレイブも、それを目の前で確認している」

「!?」


 人外の者を見る目が大和君とプリムさんに突き刺さったけど、2人は目を逸らすだけで、視線から逃れている。

 スルースキル上がってるね。


「しゅ、終焉種を、単独で……」

「あ、あり得ない……」

「私だって、報告を受けた時は何の話かさっぱりだったさ。だが魔石は献上されたし、フィールに赴いた際に死体も確認しているからな」


 あたしもエリスも、終焉種の死体は確認させてもらった。

 報告通り青い巨体に竜の翼を持っていたけど、何より凄かったのは、その存在感だった。

 見たのは死体なのに、どうにかできる存在だとは、とてもじゃないけど思えなかったよ。


「そういうわけだから、私達は大和君とプリムが、ミスリル・コロッサスに遅れをとるとは考えていない。相手が相手だから、苦戦はするだろうがね」

「ついでに言うと、ソルプレッサ迷宮の守護者ガーディアンはA-Rランクのゴールド・ドラグーンよ。咆哮にはこちらを麻痺させるような魔力が込められていたのに、この2人には通用してなかったし、けっこうあっさり倒してたわね」


 ライだけじゃなく、あたしやエリスも、大和君とプリムさんが負けるとは思っていない。

 そこにマナ様が、補足でソルプレッサ迷宮の守護者ガーディアン戦の様子を話してくれた。

 あたし達は既に聞いてるし、バレンティアのハンターズギルドには報告もされているそうだけど、ゴールド・ドラグーンの咆哮にそんな効果があるなんて知らなかったから、けっこう驚いたよ。

 麻痺っていう特性とMランクの闇系ドラグーンの咆哮じゃ何も感じなかったことから、Aランク以上の闇系ドラグーンの咆哮にはそんな効果があるんじゃないかって予想されているね。

 A-Iランクモンスター ディザスト・ドラグーンの咆哮には、そんな効果はなかったことも確認されてるから。


「さて、落ち着いたか?」

「は、はい……」

「改めて聞くが、同行してみるか?」


 ライが改めて聞くと全員が首を縦に振り、同時に手を出さないことにも納得してくれた。

 ウイング・クレストも異存はないみたいだから、これでこの場の全員が守護者ガーディアン戦に参加、じゃなくて見学決定だね。


「それじゃ入る前に、少し休憩しましょうか。腹も減ったし」

「そういえば、もうすぐお昼ね。それじゃ突入は、お昼を食べてからにしましょうか」


 腹が減っては戦は出来ぬっていうけど、第6階層はみんな激戦だったから、疲れも溜まっている。

 だからってわけじゃないけど、しっかりと昼食を食べて、食休みも挟んだよ。

 食休みを挟んだ後、大和君はアーク・オーダーズコートに着替えている。

 ウイング・クレストの標準装備になっているクレスト・アーマーコートは、大和君が全力を出すと寿命が縮んじゃうからっていう理由があるんだ。

 プリムさんも同じなんだけど、プリムさんはドラグーンの革を使った試作品を使ってるから、こっちも魔力劣化を心配しなくても大丈夫になったって聞いてる。

 そしてジェイドとフロライトに跨った2人は、それぞれウイング・バーストと極炎の翼を纏い、あたし達はその大和君とプリムさんを先頭に、守護者ガーディアンの間に突入した。

 あたし達は全員獣車に乗ってるけど、中に入ったらウイング・クレストのハイハンターとあたし達王家、アライアンスは獣車から降りることになっている。

 そうしないと全員が2人の戦いの様子を見れないし、ウイング・クレストには非戦闘員も多いからね。

 あたし達が守護者ガーディアンの間に入ると、彫像のように待機していたミスリル・コロッサスが、ゆっくりと動き出した。


「さて、いっちょやりますか!」

「どれだけ硬いか、試させてもらうわよ!」


 大和君とプリムさんは不敵に笑いながら、ミスリル・コロッサスに向かって突っ込んだ。

 ミスリル・コロッサスは腕から魔銀ミスリルの塊を撃ち出してきたけど、それは大和君のニブルヘイムっていう結界で氷らされたり、プリムさんの極炎で焼け落ちたりしているから、あたし達の所まで流れ弾が来ることもない。


「これは……本当にすごいな……」

「ミスリル・コロッサスが相手なのに、互角どころか押しているじゃない……」


 スレイとエルが驚きの声を上げているけど、あたしも同じ気持ちだ。

 ミスリル・コロッサスは巨体に似合わない素早い動きをしているけど、あの2人はそのミスリル・コロッサスよりも速いから、攻撃が一切当たらない。

 それどころかミスリル・コロッサスの巨体に、次々と攻撃が命中していっている。

 ミスリル・コロッサスの自己修復能力が高いみたいで致命傷にはなっていないけど、それでもその修復速度を上回る攻撃が続いているから、あのままでもいつかは倒せるんじゃないかな?


「マナ、どう見る?」

「ミスリル・コロッサスの硬度を確かめてる段階ね。さっき大和が硬いって叫んでたから、普通に攻撃してたんじゃラチがあかない。だけど硬度を確かめておかないと、固有魔法スキルマジックを使っても無意味になりかねない」

「だから硬度を確かめていると?あのままでも、いずれは核にまで届きそうなものですが?」

「そんな消極的な作戦を、あの2人が選ぶワケないじゃない。むしろそうだった方が、どれだけ良かったことか……」


 マナ様だけじゃなく、ウイング・クレストから哀愁の表情が漂い始めた。

 確かにあの2人の功績や戦績を考えると、チマチマ攻撃を続けるなんていう時間の掛かることはしそうにないなぁ。


「あ、どうやら動くみたいですよ」

「本当ね」


 リディアとエリスの言う通り、大和君とプリムさんの動きが変わった。

 2人共距離を取ったけど、いったい何を……って、えええええっ!!


「なんだ、あれは……」

「なんて、凄まじい炎なの……」


 アライアンスが驚愕の表情を浮かべているけど、あたしも同じ顔をしていると思う。

 なにせプリムさんは炎の竜巻を作り出し、ミスリル・コロッサスの巨体を宙に浮かせてしまったんだから。

 さらに上空で待ち構えていた大和君の、魔法だか刻印術だかを食らったミスリル・コロッサスは、滝に流されるかのように地面に叩きつけられて氷り付いてるよ!


「プリムの固有魔法スキルマジックフレア・トルネードと、大和の水のA級刻印術タイダルウェイブね。急速に熱した後で氷らせるなんて、普通ならあれだけで終わるのに」

「さすがは災害種ってとこだね」


 大和君が刻印術っていう異世界の魔法を使うことは知ってるけど、プリムさんの固有魔法スキルマジックは今まで聞いたことない魔法だから、あれがプリムさんが試したいって言ってた固有魔法スキルマジックだと思う。

 だけどあれだけの攻撃を受けたのに、ミスリル・コロッサスはまだ原型を保っていた。

 さすがは災害種ってことだと思うけど、その災害種相手にここまで一方的に攻撃を加えるなんて、本当にあの2人はとんでもないよ。


「あ、プリムさんがフレア・ペネトレイターを使いましたね」

「本当ですね。核を狙ったようですけど……」


 動きが鈍くなってきたミスリル・コロッサスに、プリムさんが得意としている固有魔法スキルマジックフレア・ペネトレイターで突っ込んだ。

 あたしも概要は知ってるけど、だからってどうにかできる固有魔法スキルマジックじゃないよ、あれは。

 だけどそのフレア・ペネトレイターを以てしても、ミスリル・コロッサスの核を貫くことはできなかった。

 どんだけ硬いの、ミスリル・コロッサスって。

 いや、でも核が剥き出しになったから、今がチャンスだよ!

 プリムさんが離れた直後に、剥き出しになった核に向かって、大和君が切り札の刻印術を発動させた。

 氷が霧みたいになって核を覆っていき、完全に氷り付いたと思ったら、次の瞬間には核が弾け飛んだから驚いた。

 弾け飛んだと言ってもミスリル・コロッサスの体に向かってだから、大和君にもプリムさんにも、もちろんあたし達にも欠片すら飛んできていない。

 だけど核を砕かれたミスリル・コロッサスはピタッと動きを止め、そのままの姿勢で固まり、二度と動かなくなった。


 A-Cランクモンスターをこんなあっさりと倒すなんて、目の前で見たのに信じられない。

 だけど彼らの実力は知ってるから、これが現実だってことを、あたしやライ、エリスはすぐに受け入れることができた。

 アライアンスのみんなは茫然としているけど、Aランクの災害種がこんなにあっさり倒されるなんて、普通は考えないから仕方がない。

 後は迷宮核ダンジョンコアを回収して、それからイスタントのハンターズギルドで報告かな。

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