迷宮の亜人

Side・アテナ


 ビッグシザーズ・スコーピオンを倒したボク達は、その後もサンド・ドラグーンやジャイアント・サンドワームなんかの魔物を倒しながら、順調にイスタント迷宮第6階層を進んで、最初のセーフ・エリアに到着した。

 ここで小休止ってことにしたんだけど、この後どうするかっていうことも大和やアライアンスに参加しているレイドのリーダーが相談していて、もう少し進むことにも決まったんだ。

 お昼までは、まだ2時間近くあるからね。


 そのセーフ・エリアを出て1時間ぐらいすると、砂漠の街みたいな所が見えてきた。

 ソルプレッサ迷宮にも似たようなとこがあったし、他の迷宮にもあるって聞いてるんだけど、まさか砂漠の街が出てくるとは思わなかったみたいで、みんな驚いている。


「ここで街かよ。しかも砂漠だけあって、オアシスまであるな」

「ここがセーフ・エリアなら大歓迎なんだが、どう考えても違うからな。しかも面倒なことに、道はあの街に続いている」

「また面倒ね」


 大和やスレイさん、エルさんが難しい顔をしている。

 街って言ってもここは迷宮ダンジョンの中だから、あそこにも魔物が出てくることぐらいボクにもわかる。

 だけど、何が面倒なの?


「ソルプレッサ迷宮にはいなかったが、迷宮ダンジョンにあるあんな感じの街や村には、大抵亜人が潜んでいるんだよ」

「そ、そうなの?」

「ええ。厄介なことに、迷宮ダンジョン内の亜人は1つ上のランクと見なされているのよ。さらにここは、周囲にPランクモンスターまでいるんだから、上位種や希少種が群れて潜んでいてもおかしくはないわ」


 うえぇ、それは確かに面倒だよぉ。

 亜人のランクは、ゴブリンが一番低くてIランク、オークやコボルト、サハギン、アントリオンがCランク、アマゾネス、セイレーン、ワルキューレがBランクなんだけど、1つ上のランクってことはゴブリンでもオークとかコボルトと同じってことになる。

 その上位種や希少種だと、一番弱くてもBランクとかSランクじゃん。


「ここは砂漠だから、一番可能性が高いのはアントリオンなんだけど、オアシスがあるからサハギンっていう可能性も捨てがたいわ」

「それを言ったらセイレーンだってそうだ。あとはコボルトという可能性も否定できないな」

「一番最悪なのは、ワルキューレがいることだね」


 アントリオンは砂漠に住む亜人だから、一番可能性が高いのは分かる。

 オアシスっていう水場があるから、サハギンやセイレーンがいるかもしれないっていうのも分かるよ。

 オークやアマゾネスは森がないところには住まないそうだから除外できるし、ゴブリンやコボルトはどこにでも生息しているっていうのも知ってる。

 だけどなんで、ここでワルキューレが出てくるの?


「意外かもしれないが、テメラリオ大空壁に生息しているワルキューレは、時折レティセンシアやソレムネ、アレグリアにまで足を延ばし、繁殖相手になる男子を攫って行くんだ。当然日帰りなどができる距離ではないし、すぐに見つかるとも限らないから、一度テメラリオ大空壁を発ったワルキューレは、数年は戻らないこともあると言われている」

「その数年は、森の中で過ごすこともあれば砂漠で過ごすこともあると言われているんだよ。だから時々、アレグリアの森で討伐したっていう話を聞くね」

「レティセンシアやソレムネでも同様だと思うが、その2国はこちらには情報を流すことはしないな。まあレティセンシアにはセイレーンが、ソレムネにはアントリオンの縄張りがあるから、正確には把握していない可能性もあるんだが」


 そうだったんだ。

 だから砂漠でも、ワルキューレが出てくる可能性があるってことなんだ。


「ゴブリンっていうのが一番楽だが、ここは安易な期待は持たない方がいいだろう」

「この迷宮ダンジョンの性格を考えれば、むしろ最悪のワルキューレが出てくる可能性も捨てきれませんからね」


 ワルキューレはエルフの翼族っていうのが一番近いんだけど、耳はエルフより短いし、体もハイエルフより白いから、見間違えることはあんまりないとも言われている。

 だけど亜人の中で唯一翼を持っている種族でもあるから、自由に空を飛ぶことができるんだ。


「ん?ねえ大和!街の近くに変な物が見えるよ!」

「変な物?なんだそれ?」

「結構遠いけど、あれは……え?もしかして、森?」

「森だぁ?」


 展望席で見張りをしていたルディアが、街の隣に森が見えるとかって言ってきた。

 砂漠の街に森って、そんなことあるの?


「オアシスの一部じゃないのか?」

「違うよ。オアシスの反対側にあるから」


 その報告を聞いて、大和達がまた頭を抱えた。


「これでどの亜人が生息しているのか、まったく分からなくなったな」

「ですね。本音を言えば迂回したいのですが……」

「あの街を迂回しようとしたら、何時間掛かるか分からないわよ」

「それに僕達は調査に来ているんだから、面倒でも行くしかないよ」

「そうですよね。仕方ない、戦闘態勢を整えてから突っ込むとしましょう」


 大和が決定を下すと、みんなが頷いた。

 弓術士は展望席に駆け上がり、槍とか斧を持ってる人は後部デッキに集まる。

 展望席から降りてきたルディアとリディア、ミーナは御者席のある前部デッキで準備を整えていた。

 さすがに全員がデッキに出ることはできなかったから、キャビンで控える人もでちゃったんだけど。

 試作獣車を引いてくれていたスピカとブリーズはそのままだけど、ジェイドとフロライトも中庭から出てもらって、大和とプリムも騎乗したから、準備は完了。


「アライアンスも考えられているってことだけど、こうしてみると獣戦車よりすごいことになってるな」

「そうだね。特にキャビンの上に設えられている展望席は、かなりの広さがある。今いる弓術士は全部で7人だが、あと数人は乗れるだろうな」

「デッキも前部と後部に別れていて、どちらからでも飛び出せるから、アライアンスに使うことを考えるとこれ以上ない性能ね」

「大和曰く、多機能獣車ってことだからね」

「正直な話、試作で助かってますよ。アライアンスで使ってみないと、どうなるかは分からないところがあったんで」


 口々に試作獣車を褒める声が聞こえるけど、大和はまだ試作だから、問題点が多いって謙遜している。

 それは間違いないし、スレイさん達が乗り込んだことで分かった問題もあるから、天樹の枝を使った獣車はそれも踏まえた上で作るんでしょ?

 おっと、今はそんなことを聞いてる場合じゃなかったんだった。

 スピカとブリーズは、さっきまでと同じスピードで獣車を引き、ジェイドとフロライトは少し先行する形で歩いている。

 もうじきジェイドとフロライトが街に差し掛かるけど、街の中がどんな様子かは分からないから、常に周囲を警戒しとかないといけない。

 そんなことを考えながら、ボク達は砂漠の街に足を踏み入れた。


Side・大和


 街に入っても、すぐには何の反応もなかった。

 所々風化した建物が立ち並ぶその様は、砂漠の街というより砂漠の廃墟だ。

 人間が住んでるはずないのは分かっていても、その様は異様に映る。

 しかもこの街はイスタントの町より広そうだから、抜けるだけでも数時間はかかりそうだ。


 そのまま周囲を警戒しながら進むこと20分程、ようやく反応があった。


「やっとか。というか水辺からは距離があるってのに、なんで出てくるかね?」

「森も同じね。なんでこいつらが同じ街にいて縄張り争いをしないのか、不思議で仕方ないわ」

「上からも来てるけど、本当にこの迷宮ダンジョン、性格悪すぎでしょう」


 俺、プリム、マナがぼやくが、それも仕方がない。

 なにせ右手のオアシス側からはセイレーンが、左手にある森側からはアマゾネスが、さらに上空からはワルキューレが、それぞれ群れて現れたんだからな。

 どうやら上位種っぽいが、それでも迷宮ダンジョン内ってことで1つ上のランクになるから、こいつらはGランク相当ってことになる。

 それぞれシェル・セイレーン、ウェヌス・アマゾネス、ルーン・ワルキューレだったか?

 それがそれぞれ30匹?人?ずつとか、面倒でしかない。


「どうします、陛下?」

「これはさすがに面倒だが、Gランク相当ならば倒せないわけでもない。ホーリー・グレイブやフィールのオーダーは、アライアンスでグラン・オークやジャイアント・オークの集落を攻めたんだろう?」

「まあ確かに。じゃあ普通にやりますか」

「分かった」


 俺がそう決めると、デッキで戦闘態勢を整えていたハンター達が飛び降りた。

 俺とプリムもジェイド、フロライトから降りて、それぞれ武器を構える。


「大和君も気付いていると思うが、この先にある神殿が気になる。この場は手早く片付け、あそこに行ってみよう」

「ああ、やっぱり気になりますか。了解です」


 俺も気になってたんだよ、その神殿。

 なにせソルプレッサ迷宮で見た、守護者ガーディアンの間そっくりなんだからな。

 まああれが何かは、あとでじっくりと調べるとして、今はこいつらを倒すことが先決だが。

 俺はマルチ・エッジとミラー・リングを生成し、ヨツンヘイムとニブルヘイムの積層結界を発動させた。

 砂漠だから土属性の刻印術との相性は良いと思うが、水属性のニブルヘイムは厳しい。

 幸いにもオアシスが近いから、ここはそれなりに湿度があるのが救いだな。


「とっとと落ちてこい!」


 ニブルヘイムでルーン・ワルキューレの翼を氷らせると、ルーン・ワルキューレ達は次々と落下してくる。

 それでも空中で体勢を立て直して、地面に激突した個体がいなかったのは、さすが亜人の最上位ってとこか。


「げ、マジか!?」


 さらにルーン・ワルキューレ達は、翼に光を収束させることでニブルヘイムの氷を溶かしやがった。

 確かにただ氷らせることを目的としてたから、そこまで強度は上げてなかったが、それでも全部の個体にされるとは思わなかったぞ。


「上等だよ」


 俺は最優先で、ルーン・ワルキューレを倒すことに決めた。


「ルーン・ワルキューレは大和君とプリムに任せる。アライアンスはウェヌス・アマゾネスを、ウイング・クレストはシェル・セイレーンを、連携を取って各個撃破だ!」

「了解!」


 俺の意を組んでくれたのか、ラインハルト陛下が号令をかけた。

 それに従って、アライアンスはウェヌス・アマゾネスに、ウイング・クレストはシェル・セイレーンに向かっていく。

 展望席からは援護のための矢も射掛けられている。

 まさしく試作多機能獣車の真価が問われる戦いだが、俺にとってはそんなことは二の次だ。


「そら、よっ!」


 俺はアイスエッジ・ジャベリンを50本ほど作り出し、そのまま何もせずに撃ち出した。

 念動魔法による操作は最大で20本程度が限界だが、それをしなければこれぐらいの数は作り出せる。

 ルーン・ワルキューレにとっては予想外のスピードだったらしく、5匹が直撃を受けて絶命する。

 残りも無傷ってわけじゃないが、それでも致命傷には程遠い。

 やっぱりアイスエッジ・ジャベリンは、念動魔法で操作してこそってのがよく分かった。

 だから俺は、薄緑とマルチ・エッジにミスト・ソリューションを発動させ、アクセリングで加速して接近戦を挑むことにした。

 ルーン・ワルキューレは空を自在に飛ぶが、空中戦なら俺だって得意分野だ。


「面倒、ねっ!おっと!」


 同じくルーン・ワルキューレに空中戦を挑んでいるプリムがスカーレット・ウイングを振るい、次々とルーン・ワルキューレを倒していく。

 プリムも空中戦には慣れてきているから、相手がルーン・ワルキューレでも十分戦えているな。


「おっと、そらよっ!」


 最後のルーン・ワルキューレの剣を薄緑で受け流し、返す刀で逆袈裟に切り上げる。

 発動させているミスト・ソリューションの効果もあって、ルーン・ワルキューレの流す血は止まることなく流れ、地面に激突して血の池を作り出していた。

 視覚的にはキツいな、血の池は。


「大和、あたしはアライアンスの方の援護に行くわ」

「了解だ。こっちは任せろ」


 ルーン・ワルキューレを全滅させた俺とプリムは、みんなとアライアンスの援護のために二手に分かれた。

 ウェヌス・アマゾネスはガグン大森林に生息している関係か、火属性魔法ファイアマジックに対しての耐性が低いらしい。

 だからプリムが向かったんだが、既にアライアンスの手によって半数は倒されているから、プリムの援護は必要ないかもしれない。

 対してウイング・クレストが相手をしているシェル・セイレーンは、氷属性魔法アイスマジックを使う亜人だ。

 そのせいなのか、火属性魔法ファイアマジックには高い耐性がある。

 もちろんプリムの極炎の翼なら耐性もくそもないと思うんだが、それでもひと手間かかる可能性があるから、プリムはシェル・セイレーンではなくウェヌス・アマゾネスを選んだんだろう。

 そのシェル・セイレーンは、まだ3分の2近く残っている。

 ウイング・クレストはアライアンスより人数が少ないが、レベルはアライアンスの平均より高い。

 それでもこの結果になったってことは、やはり経験の差が大きいってことなんだろう。

 経験っていう意味じゃ、俺だってベテラン・ハンターには及ばないんだからな。


 だけど今はそんなことより、みんなの援護をしないといけない。

 俺はマルチ・エッジを再生成し、シェル・セイレーンに向かってアイスエッジ・ジャベリンを撃ち出すことにした。

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