第八章・アミスターでの出会いと冒険

ロリエ村

 マイライトでオークの集落を潰し、フェザー・ドレイクやウインガー・ドレイクを狩った2日後、俺、マナ、ミーナ、リディア、ルディア、アテナ、エド、マリーナ、フィーナ、ラウス、レベッカ、キャロルの12人はロリエ村にやってきた。


 ロリエ村はバリエンテの南にあるため、エオスでも10時間以上かかってしまう。

 だから1日じゃ到着できなかったんだが、アルカに転移できるおかげで野営する必要もなかったし、そこからリスタートできたのも便利だったな。


 ロリエ村にはスピカとブリーズの引く獣車で入ったんだが、マナとミーナはこのために来てもらったと言ってもいい。

 最初はジェイドに獣車を引いてもらおうと思ってたんだが、俺がヒポグリフの希少種と従魔契約を結んでいることは有名らしく、その時点で俺の関与が疑われてしまう。

 もちろん積極的に隠すつもりはないんだが、それでもエンシェントヒューマンが関与してることは、できるだけ伏せておいた方がいいってことだから、来る予定じゃなかったマナが同行してくれたという訳だ。

 リディアとルディア、アテナは護衛のハンターっていう名目だな。

 もちろん俺とマナ、ミーナもだ。

 村に入る際は身分証の確認とかはないから、俺達の名前やレベルを知られないのも都合が良い。


 それにしてもこの村、あまり雰囲気が良くないな。

 余所者を見るような目つきで睨んできてるぞ。


「前はこんな雰囲気じゃなかったのに……」


 悲しそうな顔をするフィーナだが、そんなことを言うってことは、村の雰囲気が悪くなったのは最近ってことか。


「実際に私達は余所者ですし、こんな雰囲気の村もないわけじゃありませんが、フィーナさんにまで同じような視線を向けるのは解せませんね」

「そうだね。しかもフィーナへの視線は、余所者っていうより厄介者っていう感じだったよ」


 俺もそれが気になってた。

 ミーナの言うように、俺達は余所者だ。

 だから閉鎖的な村なら、こんなこともあるだろう。

 だけどフィーナは、このロリエ村出身だ。

 いくら閉鎖的とはいえ同じ村の住人なんだから、厄介者扱いされるような謂れはないはずだ。

 いくらフィーナの身請額が、不足していた税に充てられた疑いがあっても……いや、だからこそか。

 おっと、誰かが獣車の前に出てきたな。


「止まれ。なんじゃお前達は?」

「お久しぶりです、村長」

「フィ、フィーナ!?帰ってきたのか!?」


 このタイガリーの男が村長か。

 フィーナが帰ってきたことに驚いてるが、歓迎してるわけじゃないのは一目瞭然だ。


「はい。身請奴隷から解放されたので」

「そ、そうか、おめでとう」

「ありがとうございます。こちらの方々は、私を護衛してくださったハンターです」

「分かった。じゃがこの村で騒ぎなど起こさんようにな?」

「分かっていますが、何故そのようなことを?」

「お前が奴隷として売り飛ばされてから、この村も色々あったということじゃ」


 それだけ言うと、村長は踵を返して去っていった。


「……これで方針は決まったな」

「ええ。フィーナの家族が反対しても、無理矢理にでも連れ出すわよ」

「だな」


 フィーナの故郷を悪く言いたくはないが、この村は酷すぎる。

 奴隷から解放されたフィーナを見ても喜んでいた様子は一切なく、それどころか忌避してやがったから、フィーナの身請額を取り上げて税に充てたのは、ほとんど確実だろう。

 そんな村にいるフィーナの家族は、冷遇されてる可能性すらある。

 幸いにもまだ昼前だし、荷物なんかは俺達のストレージに入れて運べるから、すぐにでもフィーナの家族を連れ出した方がいいな。


Side・フィーナ


「お姉ちゃん!」

「おかえり、フィーナ」


 2年ぶりに家に帰ると、家族が総出で出迎えてくれました。

 私に抱き着いてきたのは、2歳年下の妹でリクシーのフィアナ。

 ですが、少しやつれているのが気になります。


「ただいま。元気だった?」

「うん。お姉ちゃんのおかげで税も何とかなったし、その後からは少し軽くなったから」


 そう言って笑うフィアナですが、とてもじゃないですが信じられません。

 税が軽くなったのなら、生活は楽になるはずです。

 なのにフィアナはもちろん、フィアナの3つ下の妹のハーピー レイナまでやつれているんですから。


「お父さん、これはどういうこと?」

「……お前のことだ、気が付いているんだろう?」

「それでも、お父さんの口から教えてほしいの」


 村長はもちろん、私達を遠目から睨みつけてきていた村人は、私がこの村を去る前とさほど変わっていません。

 ですが私の家族は、着るものどころか家さえもボロボロになっています。

 妹達はやつれていますから、おそらく食べ物も十分ではないのでしょう。


「フィーナ、先に妹達に食べさせてやってくれ」

「ありがとうございます、エド」


 エドがストレージバッグから、グラス・ボアの串焼きを数本取り出してくれました。

 確かに話を聞くより、先にフィアナとレイナに食べ物をあげた方がいいですね。


「お姉ちゃん、これは?」

「食べてもいいんですか?」

「ああ。遠慮せずに食ってくれ」

「まだまだあるからね」


 ラウス君もストレージから、果物を取り出してくれています。


「あ、ありがとうございます!」


 喜んで食べる妹達。

 よっぽどお腹が空いていたんですね。


「お父さんとお母さんも食べて。その顔じゃ、ロクに食べてないんでしょう?」

「すまんな……」

「ごめんね、フィーナ」

「いただくよ」


 リクシーのお父さん、ハーピーのお母さん、エルフのカンナ母さんも、次々に食べ物を口に運んでいきます。

 というかカンナ母さん、お腹が大きくなってませんか?


「お父さん、もしかして?」

「ああ、カンナは妊娠中だ。だが見ての通り、この家は食うにも困っている。だから流産することも覚悟していたよ」


 その一言で、私は覚悟を決めました。


「お父さん、お母さん達も。話は後で聞く。だから私達と一緒に行こう。こんな村じゃフィアナとレイナはもちろん、お父さん達だって!」


 私が奴隷になる前のロリエ村は、妊婦さんには村中の人が協力して、栄養のある食べ物を提供してくれていました。

 ですがカンナ母さんを見る限りでは、とてもではありませんがそんな様子は見受けられません。

 お父さんとお母さんは、自分達の分もカンナ母さんに食べさせていたとは思いますが、それだけではとても足りているとは言えませんから、お腹の子は本当に流産してしまう可能性がありました。


「失礼します。『エグザミニング』。これは……こんな状態になっているのに、村の人は助けてくれなかったのですか?」


 厳しい顔をしたキャロルさんが、私の両親に詰め寄っていますが、そんなに危ない状態なんですか?


「……ああ、そうだ。フィーナが身請してくれたおかげで、私達はあの年の税を支払うことができた。だがこの村の者は、自分の身内が奴隷になることを忌避していてな。身請額は全額没収され、その後はロクな仕事も与えられず、フィアナとレイナに至っては忌み子扱いだ」


 そんなことが……。

 しかも私の身請額を税に充てたならいざ知らず、全額没収?

 それじゃあ私の身請額は、いったいどこに?


「あなたの身請額は、村人に還元されているわ。だからこそ、私達の味方になってくれる人はいないのよ。カンナが妊娠してもね」


 頭が真っ白です。

 私は家族のためを思って身請奴隷になったというのに、それが逆に、家族の首を絞めていたなんて……。


「フィーナの責任じゃねえだろ。どう考えても、このクソッタレな村のせいだ」

「だね。いくらなんでも、これはひどすぎるよ」


 夫のエド、同妻のマリーナも、我が事のように憤ってくれています。

 ですが私は、自分の軽率な行動が家族を苦しめていたことに、大きなショックを受けていて……。


「実際にこちらのお母様は、流産寸前です。今ならまだ間に合うと思いますが、急いでヒーラーズギルドに連れていかなければ、母子ともに手遅れにもなりかねません」


 ヒーラーのキャロルさんが、カンナ母さんの容態を教えてくれました。

 流産寸前、しかもカンナ母さんも手遅れ?


「落ち着いてください。まだ間に合います。ですから一刻も早く、ご家族を連れ出さなければ」


 間に合う……。

 その言葉にすがって、私は家族を説得しました。


「そうか。だがどこに行くのかは、教えてもらえないのか?」

「ええ。申し訳ないですが、聞き耳を立ててる奴らがいるんでね」


 氷属性魔法アイスマジックで作り出した氷の粒を窓に向かって弾いた大和さんですが、その表情には怒りの色が浮かんでいます。


「いるのは分かってるのよ。だけどフィーナの家族は、この村から連れ出すことは決定事項。村長や領主に報告したければ、勝手にしなさい」


 マナ様も手に風属性魔法ウインドマジックを纏わせ、盗み聞きしている村人を牽制しています。

 見ればリディアさんやルディアさんも、適正のある属性魔法グループマジックを纏わせているじゃないですか。


「フィーナ、この人達は……」

「全員腕利きのハンターです。万が一村の人が襲ってきても、1人でどうとでもできる程の強さを持った」


 ロリエ村にはハイクラスはいませんから、この表現は大袈裟でもなんでもありません。

 なにせマナ様達はハイクラス、大和さんなんてエンシェントヒューマンなんですから。


「先程も申しましたが、一刻も早くヒーラーズギルドにお連れしなければ、本当に手遅れになりかねませんよ」

「……リーナ、カンナ。俺は決めたぞ。この村を、ロリエ村を捨てる。フィアナやレイナももちろんだが、カンナのお腹の子も、伸び伸びと育ててやりたいからな」

「反対はしないわ」

「私としてもね。ありがとう、ダスク」


 良かった、お父さんもお母さんも、村を捨てる決断をしてくれて。

 もし残りたいと言われたらどうしようかと思っていたんですが、まさかロリエ村がこんなことになっているとは思いませんでしたから、最悪の場合は有無を言わせず連れて行くことも考えたぐらいです。

 その心配が杞憂に終わったことは嬉しいのですが、この村がここまで酷い村だとは思ったこともありませんでしたから、そちらのショックは大きいですが……。


「じゃあ荷物を運ぶとするか。って言いたいが、いっそのこと家ごと収納するか」

「ああ、その方が手間が省けるわね」


 ですがそのショックも、大和さんとマナ様が言い出したとんでもないことで、若干ではありますが薄れていきました。


「家ごとって、どうやってよ?」

「土台を斬ればいい。それが無理なら、土属性魔法アースマジックで穴を掘るとかだな」

「そっちのが構造的には安全だろうが、今回はそこまで気にしなくてもいいだろ」

「それもそうか」

「……フィーナ、この人達は何を言っているんだ?」


 大和さんとエドさんの会話に不穏な空気を感じたお父さんですが、こういう人達なんですとしか言い返せません。


「ラウス、悪いが獣車の準備を頼む」

「分かりました」

「あっ、あたしも行く!」


 興味津々なレイナが、ラウス君についていってしまいました。

 家の中からも獣車は見えていましたから、レイナが興味を持つのは分からなくもありません。


「フィアナ、すぐに必要な物だけ準備しておいて」

「うん、分かった」

「カンナ母さんは、先に獣車に行った方が良いと思う。そうですよね、キャロルさん?」

「もちろんです。幸い客室がありますから、そこで横になってください」

「ありがとうございます。ですが客室、ですか?」

「説明は後です。さあ」


 キャロルさんに付き添われ、さらにリディアさんとレベッカちゃんが護衛をしながら、カンナ母さんも獣車に向かいました。

 後は簡単な手荷物を持って獣車に乗ってもらって、家は大和さんに収納してもらうだけですね。


「ん?これって……煙?」

「煙だな。なるほど、そうきたわけか」


 そう思っていたら、家の中に黒い煙が入ってきました。

 まさかこれって!


「火矢辺りだろうな。ああ、すぐに消すから安心しろ」


 そう言って大和さんは水属性魔法アクアマジックを使い、すぐに火を消してくれました。


「火矢なんてものを使ってきたってことは、ここでフィーナはもちろん、私達も殺すつもりだったってことになるわね」

「だな。ちょっと脅しておくか」

「私も行くわ。今回は何もしないけど、ここまでされて黙ってる理由もないから」


 本当にこの村は、堕ちるところまで堕ちてしまったんですね。

 まさか私達を、殺すつもりだったなんて……。


 ですがそのおかげで、完全に未練はなくなりました。

 手早く手荷物をまとめた私達は、急いで獣車に乗り、大和さんとマナ様が戻ってくるのを待ちました。


 すぐに戻ってこられたのですが、どうやらお2人は、名乗りこそされなかったようですが、高レベルのハンターであることを匂わせ、村の人達を威圧し、恐怖で動けないようにしてきたようです。

 その後大和さんは、土属性魔法アースマジックと土の刻印術を併用し、家を土台から掘り起こしてからストレージに収納されました。

 私の家があった場所は大きな穴が空いてしまったことになりますが、知ったことじゃありません。


「村長、私達は出ていくわ。フィーナの家族も連れてね」

「ま、待て、盗賊め!村人をどこへ連れて行く!」

「その村人を殺そうとした奴に言われたくねえな。フィーナの身請額を請求しなかっただけ、ありがたいと思えよ?」


 大和さんとマナ様が、村長を威圧しながら、出ていくことを告げています。

 普通ならこの村は、アミスターの王女殿下に無礼を働いたどころか火矢を放ったということで、村人全員が犯罪奴隷になってもおかしくありませんでした。

 マナ様は身分を明かされていませんが、もし身分を明かされるようなことがあれば、少なくとも村長は罪に問われるでしょう。

 そうなっても私は知りませんし、自業自得なのですから受け入れてもらいたいものです。

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