グランド・オーダーズマスターの喜び

「グレン・ニードフォード、そなたは此度の失態の責任を取りオーダーズマスターを解任。騎爵位も剥奪し、オーダーズランクも降格する。新たな赴任先はベルンシュタイン伯爵領だが、そなたに権限は一切ない。ハイクラスという立場を使うことも認めん」

「……はっ」


 孤児院でレコン・バークライトという前オーダーズマスターを捕らえてから4時間後、マナ達がフロートから帰ってきた。

 トールマンさんはもちろん、ロイヤル・オーダーも数人同行している。

 そのトールマンさんから、オーダーズマスター グレン・ニードフォードへの処罰が下された。

 オーダーズマスターの解任に騎爵位剥奪、オーダーズランク降格は当然だが、その後はいちオーダーとしてベルンシュタイン伯爵領、しかもレティセンシアの軍や元ハンターが頻繁に襲ってくる最前線の国境付近に赴任ってことだから、けっこうな重罰だ。

 使い潰すことも視野に入ってる感じがするな。


「それとサブ・オーダーズマスター ジェザール・トルビレスだが、オーダーズギルドを除名した上での処刑が決定している。元オーダーズマスター レコン・バークライトも同様だ。レコンに従っていたならず者達は全員がノーマルクラスだったこともあり、犯罪奴隷に落とした上で鉱山労働に従事してもらう」


 こっちは当然だ。

 叩けば埃の出る連中だし、好き勝手してたようなもんなんだからな。


「フレデリカ侯爵、エリザベート夫人、お2人には陛下から、謝罪のお言葉を預かっています」

「謝罪、ですか?」

「そうです。此度のオーダーの不祥事は、フィールの件と重なってしまったとはいえ、王家やオーダーズギルドの対応が遅れてしまったことが一因となっています。伝書鳥が魔物に襲われていたことを差し引いても、こちらの不手際と言える」


 これについては、俺は何とも言えないな。

 だけどマナやユーリは王家の責任だって言い切ってたし、ミーナもオーダーズギルドに責任がないわけじゃないみたいなことを言ってたから、陛下やトールマンさんもそれを理解してるってことか。


「いえ、領主の留守を預かっていた私に、力が足りなかったことも原因です。もっと早く報告し、対処をお願いすることもできたのですから」


 リカさんと同じダークエルフの女性が、トールマンさんに頭を下げる。

 この人がリカさんのお母さん、エリザベート・アマティスタ夫人だ。

 親子だけあってリカさんによく似てるけど、髪は短く、スタイルも良かったりする。


「この件については、お互い様と言う事にしましょう。ですがそんなことより、今回の件で住民達に不安が広がっています。私達としてはこちらの方に注力したいのですが、ご存知の通り私はフィールの領代として赴任したばかりですし、しばらくフィールを離れていましたから、これ以上メモリアに残るわけにはいきません」

「そうですな。ですがバレンティア行きは聖母竜マザー・ドラゴン殿のご意向だったのですから、それは仕方ありますまい」


 当初バレンティア行きは、リカさんをフィールに送ってからにする予定だった。

 メモリアの領主でありフィールの領代でもあるリカさんは、気軽に国外に出ることができないからこその判断だったんだが、ガイア様はリカさんを含む俺の嫁さんと婚約者全員を招待してたこともあって、同じフィールの領代を務めているソフィア伯爵、アーキライト子爵の許可を取った上で、リカさんもバレンティアに同行することになった。

 だけどフロートでの報告や授与式典なんかも含めると、もう1ヶ月以上フィールを空けていることになるから、なるべく急いでフィールに戻らないといけない。


「確かにそうですが、それとこれとは話が別です。メモリアのことは母に頼むことになりますが、オーダーズマスター、サブ・オーダーズマスターが新しく任命されるまで、総本部も手を貸していただけないでしょうか?」


 オーダーズマスターが騎爵位の剥奪を含めて解任され、サブ・オーダーズマスターはオーダーズギルド除名の上で処刑ってことになったんだから、オーダーズギルド・メモリア支部の指揮系統はズタズタだし、士気も最底辺と言ってもいい。

 そんな状態で治安維持なんてできるわけがないし、できたとしても役に立つとは思えない。


「それはもちろんです。クリスの件は私も聞き及んでおりますが、幸いにもユーリアナ殿下のおかげで回復に向かっておりますから、近日中に任命できるでしょう。オーダーズマスターになるかサブ・オーダーズマスターになるかは、陛下と相談をする必要がありますがな」


 調査員としてメモリアに来たクリスさんは、メモリアの次期サブ・オーダーズマスターが内定している。

 だけど今回の不祥事でサブ・オーダーズマスターだけではなく、オーダーズマスターまでが解任されてしまったため、現在はどちらも空位だ。

 オーダーズマスターにも責が及ぶのは間違いなかったから、新任オーダーズマスターの候補ぐらいはいると思うんだが、それでもクリスさんのように内定を出していたわけじゃないから、すぐにっていうわけにはいかないだろう。


「ですがメモリア支部のオーダーズマスター、サブ・オーダーズマスターについては、最優先で任命を行います。それまでは私がメモリアに留まり、指揮を執らせていただきますぞ」


 うおう、新任が決まるまでは、グランド・オーダーズマスターがいてくれるってのかよ。


「グ、グランド・オーダーズマスターがですか!?」

「はい。これも王家、並びにオーダーズギルドの不手際に対するお詫びですな。それに私も、ここ数十年は王都務めでしたからな。良い気分転換になるというものです」


 豪快に笑うトールマンさんだが、そういや若く見えるが、既に80歳を超えてるんだった。

 ハイクラスはほとんど老化しないから、すっかり忘れてたぞ。


「もっとも遠くない内に、グランド・オーダーズマスターの地位を譲り渡すことになるだろうがな」


 ん?

 どういうこと?

 確かグランド・オーダーズマスターは、最もレベルが高い最強のオーダーが務めることになってたはずだ。

 アミスターでは同じ地位には、最長でも30年までっていう法があるが、オーダーズギルドだけは例外で、実際にグランド・オーダーズマスターは40年近く変わってないって聞いてるぞ。

 そのトールマンさんが、近い内に地位を譲り渡す?


「それ、どういうことなの?」

「確かミューズさんはレベル56だから、もしかしてミューズさんがグランド・オーダーズマスターに?」

「いや、ミューズは既にフィール支部へ赴任したし、レックスとも婚姻を結んだ。だがそのレックスは、先日陛下がアーク・オーダーズコートを下賜するためにフィールを訪れた際にマイライト山脈の調査に同行し、レベル53になっている」


 ミューズさんはフィールに赴任して、同時にレックスさんと結婚するって聞いてはいたけど、既に結婚してたのか。

 って、そのレックスさん、もうレベル53になってるのかよ。


「そうなんですか?」

「ああ。私は同行しなかったが、陛下がそう仰っていた。もちろん装備が一新されたことで、他のハイオーダー達もレベルが上がった者が少なくないから、近い将来私を超えるオーダーは、両手の指では足りなくなるだろう」


 嬉しそうに笑うトールマンさんが印象的だ。

 だけど自分を超えるオーダーが出ることって、そんなに嬉しいんだろうか?

 自分の地位も脅かされるって考えると、手放しで歓迎なんてできないような気もするんだが?


「それは大和が客人まれびとだからかもね」

「そうですね。実際、他国ではそんな騎士もいると聞いたことがありますが、オーダーズギルドの場合は事情が違います」

「そうなのか?」

「ええ。大和君も知っての通り、グランド・オーダーズマスターは40年近くも後任が現れていない。つまりこの40年の間、誰もトールマン様のレベルを超えることができなかったということよ」


 レベルも加味されるわけだから、そうなるよな。


「5年前にディアノスがアソシエイト・オーダーズマスターに任命されたけど、そのディアノスが最もグランド・オーダーズマスターに近いと言われているわ。だけどそのディアノスでさえ、レベルは54でトールマンを超えることはできていない。だけどミューズはレベル56になっているし、レックスも短期間でレベル53にまで上がっている。これは大和の仮説が正しいという証明にもなるし、私達のようにハイクラスでもレベルが上がりやすくなったということよ」


 あー、確かにそう言われればそうか。

 今までは、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイト製の武器はハイクラスの魔力に耐えられないから、ハイクラスは魔力を全開にすることができなかった。

 だけど武器の制限がなくなった今なら、ハイクラスは魔力を十全に使うことができる。

 さらにハイクラスは固有魔法スキルマジックを使う人が多いから、魔力の扱いに関しては言うまでもない。

 だからグランド・オーダーズマスターのレベル55を超えるオーダーが現れる可能性は、確かに低くはないな。


「でもトールマン様だって、レベルを上げることができるわけでしょう?元々のレベル差があるわけだから、簡単にグランド・オーダーズマスターを超えるのは難しいんじゃないかな?」

「それはあるでしょうね。それにトールマンも、若いオーダーに簡単に先を越されるような真似はしないと思うわ。でしょ?」

「当然ですな。まだまだ若い者には負けませぬぞ」


 ルディアの疑問にマナが答え、トールマンさんが不敵に笑う。

 レティセンシアの暗躍やバリエンテへの警戒、新装備への予算調整などで、最近のトールマンさんは、以前にも増して忙しくなっている。

 だからまだ、武器の試し斬りにもいけてないそうだ。

 今回のメモリアの不祥事は、オーダーズギルドとしてはかなり痛い事態だが、トールマンさんとしてはフロートでの窮屈な事務作業から解放され、試し斬りの時間も取れることにもなる。

 それにオーダーズギルドには今までの信頼があるから、誠実に職務に励んでいれば、すぐに信用は取り戻せるだろうな。


「それじゃあ俺達はリカさんの屋敷に行くとするか」

「そうしましょう。大和はエリザベートに挨拶もしなきゃなんだしね」

「自己紹介だけは済ませてあるけど、そんな場合じゃなかったものね」


 そう、マナとリカさんの言うように、エリザベートさんとは先程挨拶を済ませてある。

 だけどオーダーズマスター達の対処が最優先だったし、結婚の挨拶ができる雰囲気でもなかったから、互いに自己紹介ぐらいしかできていない。

 だからリカさんの屋敷へ行って、そこで改めてご挨拶をさせていただくつもりだ。

 本当はもう何日か滞在したかったんだが、早くフィールに戻らないといけない事情もあるから、明日はハンターズギルドで少しだけソルプレッサ迷宮の魔物を売って、その後すぐにメモリアを発つ予定だ。

 俺もメモリアに来てから、獣車について新しい案ができたから、バレンティアでフィーナに頼んだ図面を修正してもらわないといけないしな。

 その前にエリザベートさんへの挨拶だから、すげえ緊張するけど頑張らないとな。

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