ハイクラスの悪法

Side・ユーリアナ


 昨日はウイング・クレスト所属のハンターとオーダーのランクアップ、キャロルの侍女ユリアの正式な加入と契約を済ませ、ハンターズギルドではソルプレッサ迷宮の魔物の買取もお願いしました。

 魔石は王家に献上されますから、その分は買取額から引いてもらっていますが、それでも1億エル以上と、とんでもない金額になっています。

 さらに謁見の間で、お兄様から大和様への褒賞が手渡されました。


「これは天樹の枝だ。本来なら天樹城の補修や王連街にしか使わないのだが、マナからの書状で君達が桜樹を求めているとあった。故に先の功績に報いるために、天樹の枝を下賜することにしたのだ」

「マジですか……。いや、すごくありがたいんですが、本当に良いんですか?」

「もちろんだ。これでも君の功績に足りているかはわからないが、天樹の枝を下賜したのは初になる。少なくとも対外的には、十分だと判断されるだろう。打算的で申し訳ないけどね」


 謁見の間に幾本かもの大木が横たわっている様は、少し異様に見えますね。


 大和様の功績は、レティセンシアや終焉種からフィール、引いてはアミスターを救ったことですが、褒賞はOランクオーダーへの登録、私やお姉様との婚姻、ミーナのアウトサイド・オーダー登録、そしてプリムお姉様の後見でした。

 普通ならこれでも多いぐらいなのですが、終焉種が討伐されたことは歴史上初のことですから、プリムお姉様の褒賞も含めて考えると、足りているとは言えません。

 さらにフロート滞在中にアミスターを裏切り、お兄様に剣を向けたハイハンターを討ち取った功績もありますから、不足している褒賞をどうするかで、お兄様は悩んでいらっしゃったのです。

 ですがバレンティアで、獣車が大和様やプリムお姉様の魔力で痛み始めてきたことが分かったため、桜樹を使って新しい獣車を作ることが決まりました。

 桜樹は各地で厳正に管理されていますから、獣車を作れる程の数を揃えるとなると時間が掛かりますし、金額も相応になります。

 ですから、これは褒賞になると思ったお姉様が、お兄様に手紙を送っていたのです。


「それは仕方ないと思いますよ。だけどこれは助かりますから、ありがたく頂戴致します」


 大和様への褒賞が過剰だと言っている貴族も多いそうですが、真相を知っている宰相のラライナやフィールの領代、そしてトールマンはお兄様と同じく不足していると考えていますから、褒賞として天樹の枝を下賜することも積極的に賛成してくれたそうです。


 天樹は大世界樹とも呼ばれていて、小さな村どころか小さな町程度なら入ってしまう程巨大な樹ですから、枝も相応の大きさがあります。

 今回大和様に下賜された枝は5本あり、それぞれが普通の樹木より一回り大きいですから、獣車どころか家ぐらいなら建てることが出来そうな量になります。

 それでも何があるかは分かりませんから、メモリアで桜樹を購入するつもりでいますが。


「それとアーク・オーダーズコートだが、父上が言うには1週間あれば仕立て直せるそうだ。一度預かることになるが構わないか?」

「分かりました。ここで着替えても?」

「もちろんだ」


 大和様のアーク・オーダーズコートに使われているウインガー・ドレイクの革は、大和様の魔力を受け止めきれなくなっているため、仕立て直されることになっています。

 そのためにグリフォンの解体依頼もクラフターズギルドに出していますし、終わったら天樹城に運び込まれる手筈になっていますから、お父様も張り切っているんですよ。


 大和様はイークイッピングを使ってクレスト・アーマーコートに着替えられ、ストレージからアーク・オーダーズコートを取り出しました。

 この奏上魔法のおかげで一瞬で装備を着脱できますから、ハンターやオーダーからは重宝されています。

 実際フィールで行われたアライアンスでも、イークイッピングのおかげで移動中は普段着でいることができたそうですし、従魔の負担も減ったそうですから。


「お願いします」

「もちろんだ。仕上がったらフィールまで持っていかせよう」

「いえ、魔石のこともありますから、こちらから出向きます」


 フロートのハンターズギルドに買い取っていただいた魔物の魔石もありますが、フィールで買い取ってもらう魔物もありますし、何よりドラグーンの多くは私達が使うのですから、解体はフィールで行う予定です。

 最低でも1週間は掛かるでしょうが、どれぐらい時間が掛かるかは分かりませんから、こちらから出向いた方が確実ですね。


「分かった。では仕立て直しが終わったら、連絡するように手配しておこう」

「ありがとうございます」


 大和様は受け取った天樹の枝をストレージに収納し、お兄様はロイヤル・オーダーに手渡されたアーク・オーダーズコートをお父様の工房に運ぶよう指示しています。


「この後はメモリアに行くそうだが、やはりフレデリカ侯爵との婚約の報告かい?」

「はい。あとはリカさんのご家族だけですから」

「そうか。だが注意してくれよ?フレデリカ侯爵から聞いていると思うが、今のメモリアは問題が起きているからね」


 大和様の奥様はプリムお姉様、マナお姉様、ミーナ、フラムの4人、婚約者は私、リディア、ルディア、アテナさん、そしてリカことフレデリカ侯爵の5人ですが、私達を含めてご家族にご挨拶は済まされています。

 ですがリカは、フィールの領代でもある前にメモリアを含むアマティスタ侯爵領の領主ですから、まだご挨拶に行けていません。

 ですからバレンティアからフィールへ帰る途中でメモリアに寄って、リカのお母様でもあり現アマティスタ侯爵領領主代行のエリザベート・アマティスタにご挨拶することになっているのです。


 ですがお兄様の仰るように、問題もあります。

 リカは侯爵家当主であり、アマティスタ侯爵領の領主でもありますが、彼女に兄弟姉妹はいないため、家を存続させるためには婿を迎えるか、シングル・マザーになる必要があります。

 大和様と婚約し、ガイア様から予知夢の内容を教えていただいたことでその問題は解決したのですが、そういった事情があったため、彼女には婚約者候補が何人かいたのです。

 多くは貴族の次男やオーダーでしたから、先日行われた褒賞授与式典で大和様の力を目にしていますし、乗り気じゃなかった者もいたのですが、1人だけ諦めていない者がいます。

 それはメモリアのサブ・オーダーズマスターにしてハイハンターのタイガリー ジェザール・トルビレス。

 アミスターでは珍しい権力志向の男性です。

 元々はハンターをしていたのですが、ハイタイガリーに進化したことを機にレイド内で問題行動を繰り返し、除名されています。

 ですが除名される前に、メモリアのオーダーズマスターが勝手に騎爵位を授け、Gランクオーダーとしてオーダーズギルドに登録し、ハイタイガリーに進化しているという理由でサブ・オーダーズマスターに任命までしてしまったのです。

 当然ですがリカからオーダーズギルド総本部に報告が届き、アソシエイト・オーダーズマスター ディアノスがメモリアへ赴き、ジェザールに勝手に騎爵位を与え、サブ・オーダーズマスターにまで任命してしまったオーダーズマスターを処罰し、地位を剥奪していますが、ジェザールは問題なくオーダーとしての職務をこなしていたため、処罰を与えることができなったとか。

 一応ハンター時代の問題行動を持ち出して釘を刺しているのですが、リカとの婚約話が持ち上がった半年前から、粗暴な姿が見受けられだしたとも聞いています。

 ですからリカは、ジェザールとの婚約を二つ返事で断っているのです。


「その話は聞いてます。ですが証拠も集まってるから、処罰は時間の問題だって聞いてますが?」

「それでもだ。サブ・オーダーズマスターの不祥事ともなれば、メモリアの治安に問題が出てくるからね。もちろん新しいサブ・オーダーズマスターは決まっているが、できることなら先に任命を済ませてから処罰を行いたい」


 メモリアの新しいサブ・オーダーズマスターには、私のエスコート・オーダーを務めていたレベル47の女性ハイリクシー クリスが内定しているそうです。

 今はジェザールの横暴の証拠を集めている段階ですが、そのためにクリスはメモリアに出向いていると聞いています。

 サブ・オーダーズマスターに任命するためには騎士魔法オーダーズマジックを使う必要がありますが、オーダーズマスター、サブ・オーダーズマスターは各支部に1人ということが原則ですから、クリスを任命するためにはジェザールの地位を剥奪しなければなりません。

 ですから証拠が集まり次第トールマンがメモリアに出向き、ジェザールからサブ・オーダーズマスターの地位だけではなく、オーダーズギルドの登録を抹消することになるでしょう。


 王家の耳に入っている噂でも、リカが大和様と婚約したことで、ジェザールはメモリアの人々を傷つけているとか、袖の下を渡してきた者を優遇しているとか、既に誰かを亡き者にしてしまったとか、そういったものがあったりします。

 ですからメモリアに行けば、ほぼ確実に大和様とぶつかることになるでしょう。


「ハイクラスは犯罪を犯しても見逃される国もあるって聞いてますが、アミスターじゃそんなことは無いんですね」

「当然だ。むしろハイクラスだからこそ、厳しくしなければならない」


 お兄様の意見には、私も賛成です。

 大和様が仰っているのは、おそらくレティセンシアとソレムネのことでしょう。

 その2国はハイクラスがそれほど多くないということもあって、ハイクラスを縛る法は無いとも聞いています。

 ソレムネのハイクラスが他国に出向くことはほとんどありませんが、レティセンシアのハイクラスはハンターもいますから、行く先々で問題を起こしているのもこれが一因だと言われていますね。

 他ではバリエンテやリベルターも、ハイクラスには甘い処分を下すことで有名です。

 さすがに度を越せば処刑されてしまいますが、レティセンシアやソレムネはそれすらありません。


「ああ、だからレオナスが問題行動を起こしても、誰も何も言わないのか」

「そういうことね。あたしとしては業腹だから、もし会ったら即座に潰すわ」


 プリムお姉様はバリエンテの併合を望んでいますが、その理由の1つにハイクラスの問題行動があるからです。

 アミスターにも問題行動を起こすハイクラスは存在しますが、その場合はしっかりとした処罰を下します。

 これはトラレンシアも同様ですし、アレグリアの場合はグランド・ハンターズマスターが出向かれることもありますから、この3国で問題行動を起こすハイクラスは少数です。

 バレンティアは貴族の権力が強いため地域によって差がありますが、それでもPランクハンターのライバートさん達ドラゴネス・メナージュがいますから、ここも少ないと言っていいでしょう。

 ですがバリエンテとリベルターは、法そのものがハイクラスに甘くなっていますから、これらの国よりも問題を起こすハイクラスは多くなっています。

 特に内戦寸前のバリエンテは、ハイクラスが減ると全体的な戦力の低下を招きますから、ハイクラスが無法を働きやすくなってしまっているのです。


「バリエンテに関しては、春に獣王が私の戴冠式に参列してくれることになっているから、プリムの問題も含めてそれからになる。それまではなるべく、バリエンテに行くことは避けてほしい」

「それなんですが、実はフィーナの家族がバリエンテにいますから、迎えに行こうかと思っているんです」

「フィーナの?ああ、確か彼女は身請奴隷として、フィールに来ていたんだったね。フィーナ、君の出身はどこになる?」

「は、はい。私の住んでいた村はロリエ村といいまして、その……トライアル王爵領にあるんです」

「トライアル王爵領だと?」


 言いにくそうに告げるフィーナの言葉を聞いた瞬間、お兄様の顔が厳しいものになりました。


 トライアル王爵領はバリエンテの南にある王爵領で、領主はギルファ・トライアルという男です。

 ですがそのギルファ・トライアルは、父である前王爵と後嗣である兄を誅殺し、無理矢理爵位を継いだという噂がありますし、何よりプリムお姉様のお父様テルナール・ハイドランシア公爵を裏切った張本人です。


「それ、マズくない?」

「マズいわね。ギルファ・トライアルが噂通りの男なら、フィーナの家族を人質に取るぐらいはしてくるでしょう。それを理由にプリムさんの身柄を要求してくることも、十分考えられるわ。ギルファ・トライアルが、プリムさんとフィーナの関係を知っているかは分からないけど」


 マルカお義姉様やエリスお義姉様も、難しい顔をしています。

 フィーナの出身地については、バレンティアへの道中で聞いていました。

 ですからフィールでの生活が落ち着いてから、私達はそのロリエ村に行き、フィーナの家族を連れ出すつもりでいます。


「ああ。既にプリムはMランクハンターに昇格しているから、早めに行動した方がいいな。積極的に広めるようなことはしていないが、ウイング・クレストがソルプレッサ迷宮を攻略したことは、バレンティアだけではなくフロートでも公表する。遅くても数週間程で、ギルファ・トライアルの耳にも入ることになるだろう」


 バリエンテ大使は獣王側の人物だということがはっきりしていますが、ギルファ・トライアルも獣王側ですから、ワイバーンを使えば数日で彼の耳にも届くでしょう。

 幸いにもプリムお姉様はエンシェントフォクシーですから、隷属魔法は効果がありません。

 ギルファがそれを知っているとは思えませんが、噂通り非道な男なら、プリムお姉様を隷属させようと考えるのは間違いありません。

 獣王陛下の耳に入れるわけにはいきませんから、準備に時間がかかりそうなことが救いでしょうか?


「そういうことなら、許可を出さないわけにはいかないな。移動はアテナ嬢やエオス嬢が竜化できるから問題は無いし、家財道具なども君達のストレージに入れておける。残る問題は住居だが、これは領代に任せよう。いいね、フレデリカ侯爵」

「承知しました。フィールに戻り次第ソフィア伯爵、アーキライト子爵とも相談し、早急に対応致します」


 フィールの領代ソフィア伯爵、アーキライト子爵、そしてリカは、大和様とプリムお姉様がどれほどの存在かを正確に理解しています。

 事実としてリカは、フィーナの家族がトライアル王爵領に住んでいることを、重大な問題としてと捉えてくれています。

 ですからソフィア伯爵とアーキライト子爵も、フィーナの家族が住む場所をしっかりと用意してくれることでしょう。


 あとはフィーナの村、ロリエ村に行く日程ですが、こればかりはフィールに戻ってからでなければ決められません。

 なるべく早く行きたいと思っていますから、フィールで2日程休んでから、といったところが無難でしょうか?

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