迷宮外の出会い

Side・ルディア


 迷宮核ダンジョンコアは獣車の中に安置して少し休憩してから、あたし達は祭壇の魔法陣を起動させて外に出ることにした。

 本来なら迷宮攻略はめでたいことなんだけど、このソルプレッサ迷宮があるニズヘーグ公爵領は、当主のナールシュタットが私欲を満たすために私物化してたから、絶対に迷宮核ダンジョンコアを取り上げようとしてくると思う。

 もちろんそんな要求、突っぱねるけどね。


「全員、動くな!」


 ほらね?

 絶対こうなるって思ってたよ。

 ソルプレッサ迷宮を出た所で、あたし達は多くの騎士や兵士に囲まれちゃったんだよ。

 人数は50人ぐらいかなぁ。

 祭壇の魔法陣を使ってソルプレッサ迷宮を出たってことは、迷宮ダンジョンが攻略された証になるから、ナールシュタットが迷宮核ダンジョンコアを横取りするために準備してたってことなんだろうね。


「はあ……。で、何が目的なの?」

「決まっている。迷宮核ダンジョンコアはもちろん、手に入れた魔物の死体を全て引き渡してもらう。貴様らに拒否権はない」


 やっぱりね。

 実際ハンター達も、こんな感じで素材を奪われてるってドラグニアのハンターズギルドで聞いてたし、フォリアス陛下も問題視してたはずなんだけど、なんで懲りずにこんなことしてるんだろ?


「聞くけど、これはフォリアス陛下のご意思?それともナールシュタット?返答次第じゃ、私達にも考えがあるわよ?」

「ほう。ハンター風情が、我々ニズヘーグ竜騎士団を敵に回すと?」


 こいつら、竜騎士団だったのか。

 ということは、この高圧的に出てきてる男は竜騎士団長ってことになるね。

 だけどニズヘーグ公爵領にはドラゴニアンはいないから、騎獣はワイバーンか、頑張ってもアーマー・ドレイク辺りだろうね。

 その程度じゃ大和やプリムはもちろん、あたし達でも十分に相手できるよ。


「ナールシュタットの意思、ってことか。迷宮ダンジョンでのハンターとのいざこざはフォリアス陛下も心を痛めておられるのに、そのフォリアス陛下を無視してるなんて、反乱でも企てようってとこかしら」

「というよりバレンティアの東部を、自分の王国として奪おうと画策してるんじゃない?」


 マナ様とプリムが、呆れた口調でナールシュタットの行動や考えを予想してるけど、多分そうなんだろうね。


「まあいいわ。ユーリ、お願い」

「私ですか?いえ、理由は分かりますし、その方が良いですね。『ライブラリング』」


 そう言ってユーリ様は、ご自分のライブラリーを開き、団長に投げつけた。


「ライブラリー?こんなものが……!?」


 ユーリ様の素性を知って、団長が真っ青になった。


「こちらのハイエルフは、私の姉です。それが何を意味するか、竜騎士団を率いる者なら、言わなくても分かりますよね?」


 冷たい視線を向けるユーリ様。

 他国の、それも王位継承権を持ってる王族にこんな無礼を働くなんて、普通に極刑ものだもんね。

 当然フォリアス陛下も黙ってるワケにはいかないし、ナールシュタットにだって咎は及ぶ。

 それに最悪の場合は、アミスターとの間で戦争が起きる危険性だって孕んでる。

 もっともそんなことが起きる前に、ニズヘーグ竜騎士団は大和が壊滅させるだろうけどさ。


「か、構え!」


 そう思ってたんだけど、錯乱した団長は部下の竜騎士達に、武器を構えさせた。

 あ~あ、それ、一番の悪手だよ?


「武器を抜いたってことは、俺も黙ってる必要はないってことだな」

「大和、あたしの分も残しといてくれる?」


 ほら、大和とプリムが戦闘態勢に入っちゃった。

 どっちかだけでも簡単にこの場を制することができるのに、2人共が動くんだから、結果がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだよ。


「だ、黙れ!ここで貴様らを始末すればいいだけの話だ!貴様らは迷宮ダンジョンの中で死んだ、そういうことにすれば、アミスターでも手を出すことはできん!」


 いや、さすがにそれは無理だって。

 ハンターだけじゃなく、ハンターズギルドの職員まで出てきてるんだよ?

 口止めだって出来るもんじゃないんだから、そんなことしたってアミスターに知られることは確実だし、フォリアス陛下だって黙ってないに決まってるじゃん。

 もっともこの程度の戦力じゃ、大和とプリムを止めることなんて出来ないんだけどさ。


「なるほど。プリム、悪いが俺がやる。ハンターとしてじゃなく、オーダーとしてな」

「仕方ないわね。その代わり、手早く済ませてよ?」

「わかってるよ。『イークイッピング・オン、アーク・オーダーズコート』」


 イークイッピングを使ってアーク・オーダーズコートを纏った大和が、ユニオンライセンスを投げつけた。

 普通ならそんなことすると、ライセンスを再発行する羽目になってもおかしくないんだけど、大和はライセンスを投げつける際に念動魔法を使ってるから、いつでも回収できる。

 あたし達を助けてくれた時は、プリムのライセンスもしっかりと回収してたけど、念動魔法の使い方としては間違ってる気もしなくもないよ。


「Oランクオーダーだと!?ば、馬鹿な……!で、では貴様が、アミスターのエンシェントヒューマンか!」

「そういうことだ。ああ、先に言っとくが武器を抜いてる以上、最低でもあんたはドラグニアまで連行させてもらう。なにせ、アミスターのお姫様に剣を向けたんだからな」


 なんて言ってるけど、本音は奥さんと婚約者に剣を向けたことで、キレる寸前だったりするんだよね。

 だけどOランクオーダーとしてこの場を収めるって言ってるから、竜騎士達の命まで奪うようなことはしないと思う。


「ついでに言っておくが、ユーリは俺の婚約者だし、マナとは既に結婚している。これがどういうことかは、言わなくても分かるよな?」


 あ、これは無理かも。

 ユーリ様だけじゃなくマナ様との関係まで自分で言っちゃったし、何よりその瞬間にマナリングの強度が上がっちゃったから、団長以外の竜騎士は永遠にさよならしちゃうかも?


「か……かかれええええっ!!」


 大和の圧力に負けた団長、完全に錯乱しちゃってるね。

 エンシェントクラス相手ってだけでも無謀なのに、大和が相手ってなったら一瞬で終わっちゃうよ。

 こんな風に。


「終わったぞ」

「相変わらず便利よね、ニブルヘイムって」

「ワンパターンだってのは自覚してるが、一番楽だからな。ちなみに今回使ったのはニブルヘイムじゃなく、コールド・プリズンだ」


 そういやニブルヘイムっていう刻印術は、刻印法具を生成しないと使えないって言ってたっけ。


「『ライブラリング』。こいつ、レベル44だったのか」

「そりゃ仮にも竜騎士団の団長なんだから、ハイドラゴニュートに進化ぐらいはしてるでしょ。それでも、思ってたよりレベルが低いけど」


 確かに、思ってたよりレベルが低いね。

 ニズヘーグ公爵領はソルプレッサ連山が隣接してるんだから、そこを守る竜騎士団長なら、レベル50は超えてないと辛いと思うんだけどな。


「あれじゃないですか?まっとうな騎士ならナールシュタット公爵の意向に従うはずありませんから、そういった騎士はニズヘーグ竜騎士団を辞して、その結果竜騎士団全体のレベルが低下したっていう」

「ああ、あり得るな」


 確かに普通の竜騎士がナールシュタットに従うわけがないから、ミーナの予想は当たってる気がする。


「さて、解凍も終わったし、こいつを縛って連行するか」

「獣車の中に連れ込まないでよ?」

「当然だろ。外に括り付けとくよ」


 それもそれでえげつないけど、確かにマナ様の言うように、獣車の中に入れたくはないね。

 どうせドラグニアに着くまで気絶させとくんだろうけど、途中で目を覚ますっていう可能性はあるんだから、いくらライトニング・バンドとアレスティングで縛り上げたとしても、何をしてくる分わかったもんじゃないよ。


「そこのハンター」

「は、はいっ!?」


 大和が声をかけたエルフのハンターが、裏返った声を上げた。

 声をかけられるなんて、普通は思わないよね。


「悪いんだけど、ハンターズギルドに伝えてくれますか?ソルプレッサ迷宮は攻略したから、迷宮核ダンジョンコアはフォリアス陛下に献上しに行くって」

「や、やっぱり攻略してたの!?」

「マジか?ここの守護者ガーディアンって、確かAランクのゴールド・ドラグーンだろ?」


 ハンター達が驚いてるけど、その気持ちはよく分かるよ。

 Aランクモンスターなんてハイクラスが何十人集まっても、全滅することが珍しくないんだからね。

 特にゴールド・ドラグーンは咆哮に麻痺の効果があったから、戦うとかいう以前の問題になっちゃう。

 なのに大和とプリムにはその咆哮が効かなかったし、傍目からしたらあっさりと倒しちゃってたんだから。


「けっこう面倒でしたけどね。詳細は、ドラグニアのハンターズギルドに報告しときますよ」

「それはありがたいが、だからといって俺達が戦うことはないけどな」

「そりゃね。あたし達じゃAランクどころか、Gランクだってギリギリだし」


 Gランクモンスターをギリギリとはいえ倒せるってことは、このヒューマンの男の人とエルフの女の人はもちろん、この人達のレイドはハイクラスが多いってことになる。

 まだ武器は魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトだろうけど、それでも十分凄いよ。


「ともかく分かった。ここのハンターズギルドには報告しとく。確かエンシェントヒューマンがいるレイドは、ウイング・クレストだったか?」

「レイドじゃなくてユニオンですけどね。悪いけど頼みます」


 そう言って大和は、手にしてた神金貨をヒューマンの男の人に向かって弾いた。

 いやいやいやいや、いくらなんでもそれは出しすぎだよ!?


「おいおい、いくらなんでも、たかが伝言にこれは多過ぎだろ?」

「頼みたいのは報告だけじゃないですから。俺達が攻略したこともだけど、ここであったことを他の街にも広めてほしいんです。俺達もフォリアス陛下に伝えますが、バレンティアの東側はナールシュタットの息がかかった貴族が多いってことだから、ここの竜騎士団が他国の姫に手を出したってことをハンター達から広めてもらえば、そいつらも芋蔓式に処分できるかもしれないし」


 なるほど、つまり……どういうこと?


「バレンティア東部にある迷宮ダンジョンは、ここの他にも2ヶ所あるわ。1つは攻略済みだけど、もう1つは結構深いらしくて未攻略なの。だからそっちの迷宮ダンジョンも、ここと同じようなことが起きてるだろうから、エンシェントヒューマンを敵に回したニズヘーグ竜騎士団がどうなったかを広めれば、その貴族の悪行がフォリアス陛下の耳にも入りやすくなるでしょ?」

「エンシェントクラスを敵に回すなんて、普通なら絶対にしないですしね。さらに大和君はOランクオーダーとして対処したから、これはアミスターに対する敵対行為とも受け取れるわ」

「つまりそのもう1つの未攻略の迷宮ダンジョンを持ってる貴族にも、アミスターと敵対した場合の末路を伝えるってことですか?」


 マナ様とリカ様の説明に首を傾げるラウスだけど、あたしも理解度じゃ同じぐらいだよ。


「さすがにそこまでじゃないわよ。そんなことしちゃったら、内政干渉になるもの。とはいえ一国の王女に剣を向けたんだから、こっちとしても口を出しやすくなってるけどね」

「そういうことか。それぐらいならお安い御用って言いたいところだが、別に手間賃なんか貰わなくても、普通に広めるつもりだったぞ?」


 納得したのはヒューマンの男の人だけど、周囲のハンター達も頷いてるから、しっかりと理解してくれたみたい。


「個人的な依頼ってことになるんだから、これぐらいは」

「そういうことなら、こいつはありがたく貰っとくぜ。ああ、俺はバルガ・ブライスト。ユニオン ファルコンズ・マーチャントのリーダーをやっている。こっちはかみさんのエレザ・ブライストだ」


 バルガ・ブライストって、バレンティアでも有名なハイハンターじゃん!

 会ったのは初めてだけど、この人がそうだったんだ!


「ああ、あなた達がファルコンズ・マーチャントだったんですか。ライバートさんから聞いてたけど、ここで会うとは思わなかったな」

「師匠とも会ってたのか」


 バルガさんはレベル53、エレザさんはレベル51のGランクハンターで、2人共ライバートさんのお弟子さんなんだ。

 バルガさんもエレザさんも年は40を超えてるけど、バレンティアでも有名人で、ハンターなら誰でも知ってる。

 そりゃこの2人がいるファルコンズ・マーチャントなら、Gランクモンスターなら普通に倒せるよね。


「ソルプレッサ迷宮に来る前に、飯を食ったことがありましてね。そこで聞いたんですよ」


 実はソルプレッサ迷宮に来る前日の夜、ライバートさんに誘われてご飯を食べに行ったんだ。

 その席でファルコンズ・マーチャント以外のお弟子さんの話も聞けたし、Pランクハンターとしての経験も話してくれたから、すっごくためになったよ。

 今回のソルプレッサ迷宮攻略で、ウイング・クレストのハンターは全員がハイクラスに進化できたけど、レベルが一気に上がったせいで経験は足りてないからね。


「なるほどな。せっかくだしまだ話をしてたいが、ここを攻略した以上、一刻も早く陛下に献上してもらわないと、俺達としても困ることになりかねない」

「ここで会ったのも何かの縁ですし、またどこかで会えると思いますよ」

「それに期待させてもらうわ。それじゃああたし達はハンターズギルドに報告に行って、それからマルドッソに向かいましょうか」

「そうするか」


 マルドッソっていうのが未攻略の迷宮がある街で、ここからだと獣車で3日ってとこかな。

 マルドッソ迷宮は、確認されてるのは15階層までなんだけど、その辺りからPランクモンスターが出てくるし、Mランクモンスターが出たっていう報告もあるから、深層の様子は全くわからない。

 だけどこのソルプレッサ迷宮と同じく、貴族が私物化してるっていう噂があるから、竜王家からすれば早く攻略しておきたい迷宮ダンジョンでもあるんだ。

 とはいえ、PランクどころかMランクモンスターまで出てくるとなると、ハイハンターが何人必要になるかわかったもんじゃないから、竜王家としても攻略には二の足を踏んでるそうだけど。


「お願いします」

「おう。しっかりと広めといてやるよ」


 手を振りながらハンターズギルドに向かうバルガさんとエレザさんに、ファルコンズ・マーチャントもついていく。

 ライバートさんのお弟子さんだし、付き合いのあるハンターも多いだろうから、遠くない内にバレンティア中のハンターに広まるだろうね。


「……白金貨と間違えた」

「やっぱりね。とはいえ渡しちゃった後だし、返せなんて言えるわけもないから、諦めるしかないわよ」

「今晩はみんなで、しっかりと慰めてあげるわ」


 あ、やっぱり神金貨を渡したのって、間違いだったんだ。

 だけどエンシェントヒューマンでOランクオーダーなんだから、間違えたから返せなんて、口が裂けても言えないよね。

 それに大和の財産って、まだ神金貨数枚分あるんだから、痛いことは痛いだろうけど、まだまだ余裕あるでしょ?

 だけどプリムの言うように、今晩はドラグニアのアミスター大使館に泊まることになるだろうから、しっかりと慰めてあげないとだね。

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