第六章・竜の国の迷宮
船上にて
Side・ルディア
アミスターの王都フロートを発って5日、あたし達はバレンティア行きの船の上にいる。
今日の夕方には、バレンティアの玄関口の1つでもある港町エトラダに着く予定だけど、船上だと出来ることも少ないから、暇を持て余してる時間ってけっこうあるんだよね。
王都を出た直後やバシオン付近は結界があるから滅多に魔物も出ないんだけど、そこからバレンティアまでは普通に魔物も襲ってくるから、雇われたハンターが寝ずの番をしてるんだけど、今回はまだ1回しか襲われてないからすごく平和だよ。
「そう思ってたんだけどなぁ」
訂正、平和だったのはついさっきまでで、今は船上におびただしい数の魔物の死体が散乱している。
やったのはもちろん大和。
あたし達はもちろん護衛のハンターも何匹か狩ったけど、それでも全員分合わせても大和1人が狩った数には及ばない。
とはいえ、あたし達にはいつものことなんだけどね。
「リカさん、どうだった?」
「援護が的確だったから、あんまり危ないとは思わなかったわね。おかげで私でも魔物を倒せたけど、それでもサンダー・スクイドは、こんな簡単に倒せる魔物じゃないわよ?」
プリムに答えるリカ様だけど、声に呆れの色が含まれてるなぁ。
襲ってきたのがサンダー・スクイドの群れなんだから、それも当然なんだけど。
群れなんて作らない魔物だから、もしかしたら偶々だったのかもしれないけど、数が30を超えてるから何とも言えない。
「それは大和に言って。っと、その大和は?」
「まだ戻ってきて……ああ、戻ってきたわ」
姉さんが海を見ながら、そう答えた。
同時に海面から何かが出てきて、船上に着地したけど、実はその何かが大和なんだよね。
「ただいま、狩ってきたぞ」
なんて満面の笑みで言う大和だけど、普通は船から飛び降りてまで狩りにはいかないからね?
「おかえり。何匹いたの?」
その大和を当然のように出迎えるプリムだけど、やっぱりこの2人は少しズレてるなぁ。
「3匹だったけど、他にも大物がいたぞ。ほら」
大和がクエスティングを見せてくれたけど、確かに大物だね。
「ワイズ・オクトパス3匹、サイス・テンタクラー1匹、クラーケン1匹か。思ったより大物じゃない」
「海の中だから、人知れず成長してたってことなんだろうな」
「でしょうね」
大和とプリムの話を聞いてた護衛ハンター達が、真っ青な顔になった。
当然だよね。
ワイズ・オクトパスはGランクモンスターだけど、サイス・テンタクラーはサンダー・スクイドの異常種でP-Iランクモンスター、クラーケンはワイズ・オクトパスの異常種でM-Iランクモンスターなんだから。
「す、すまないが私にも見せてもらえるか?」
「あ、船長。どうぞ」
この船の女船長さんも真っ青になりながら、大和のクエスティングを確認している。
「間違いなくクラーケンとサイス・テンタクラー……。最近この海域で被害が増えてると聞いていたが、まさかこんなのがいたとは……」
あ、どこかの海域で被害が増えてるって話は聞いた覚えがあるけど、この辺りだったんだ。
こんなエトラダの近くで、とも思うけど、バレンティアの東側はほとんど断崖絶壁だから、港は作れない。
だから中央付近にあるエトラダが、最東端の港町になるんだよ。
港町じゃなきゃ、もっと東にも街はあるんだけどね。
「一応エトラダに着いたら見せますけど、俺達も欲しいんで全部は売れないですね」
サンダー・スクイドもワイズ・オクトパスも美味しいんだから、その異常種のサイス・テンタクラーとクラーケンも美味しいに決まってるしね。
あたしもちょっと楽しみにしてたりするよ。
「海の中だと調査も難しいですし、もう少し被害が出なかったら、サイス・テンタクラーやクラーケンがいたとは分からなかったでしょうね」
「でしょうね。被害が続く前に討伐できたのは幸いね」
ユーリ様とマナ様も呆れたように口を開くけど、ここはアミスターとバレンティアを繋ぐ重要な航路だから、安全が確保できたことは大きい。
護衛のハンターからすれば、そんなのがいるとは思ってもなかっただろうけどさ。
「さ、さすがはMランクハンター兼Oランクオーダーと言うべきなのか……」
「い、いや、いくらエンシェントヒューマンでも、単独で、しかも自分から海に潜ってサイス・テンタクラーやクラーケンを倒すなんて、あり得ねえだろ……」
「言いたいことはわかるけど、クエスティングにしっかりと表示されてるんだから、疑いの余地はないわよ?」
護衛のハンターズレイド オーシャンライト・ファルコンが混乱してるけど、これは仕方ないか。
オーシャンライト・ファルコンはハイクラス2人、ノーマルクラス15人からなるバレンティア所属のハンターズレイドだけど、アミスターに遠征に出た帰りで、丁度良かったから定期船の護衛依頼を受けたんだって。
フロート滞在中に
オーシャンライト・ファルコンはバレンティア出身だから手に入れることができたけど、これがバリエンテのハンターだったら無理だったんだろうな。
レティセンシアのハンター?
国交断絶されてるし、ハンターズギルドも撤退してるから、既にレティセンシアにハンターはいないよ。
クラフターズギルドやバトラーズギルドも撤退していて、トレーダーズギルドが規模を縮小して活動してるぐらいかな。
あと
「サンダー・スクイドも半分以上を君が倒しているが、本当に売らないのか?」
「ワイズ・オクトパスとサンダー・スクイドは、半分ぐらいは売りますよ。だけどサイス・テンタクラーとクラーケンは美味いだろうから、売るとしても足を2本ぐらいですかね」
「それでもエトラダのハンターズギルドは、喜んで買い取るだろうな。なにせサイス・テンタクラーは10年振り、クラーケンなんて100年以上前に水揚げされたのが最後だったはずだ」
そんなもんだろうね。
どっちも海の魔物だけど、陸に上げてしまえさえすれば、ランクは1つ下になるって言われてるから、討伐が不可能ってわけでもない。
それでも陸に上げるのは大変だし、どこに上げるかっていう問題もあるから被害はとんでもないものになるんだけど、その海の魔物の異常種を、こっちから海に潜って単独で、しかも複数倒してくるなんて、常識が壊れるよね。
もっとも、うちにも常識の壊れる音を聞いた子が何人かいるんだけど。
「は、話には聞いていましたけど……」
「と、とんでもなさすぎですよ……」
「目の当たりにすると、なんと言ったらいいのか……」
キャロルとその侍女ユリア、そしてマナ様の侍女のマリサさんの3人が、信じられない者を見る目で大和を見てる。
3人とも話に聞いてただけだから、実際に見ると自分の正気や常識を疑うよね。
ユーリ様の侍女のヴィオラも話に聞いただけではあるんだけど、ヴィオラはユーリ様やあたし達と一緒で、大和とプリムに危ない所を助けてもらったし、フィールで2人が仕出かしたことも知ってるから、すっかり慣れた感じかな。
「気持ちはよく分かるけど、早めに慣れた方が良いわよ?」
マナ様に同意するように、みんなが大きく頷く。
もちろんあたしもだよ。
「大和さんが倒したのはクラーケンとサイス・テンタクラー、ワイズ・オクトパス以外だと、サンダー・スクイドが18匹なんですね」
「俺はサンダー・スクイド2匹だけですね」
「私は1匹ですぅ」
フラムは大和の、ラウスとレベッカは自分のクエスティングを確認してるけど、予想通りサンダー・スクイドを半分以上倒したは大和だったか。
「甲板にいるのはサンダー・スクイドだけですから、オーシャンライト・ファルコンが狩ったのと合わせると35匹ですね。あ、私は3匹でしたよ」
さりげなく自分の討伐数を告げる姉さんだけど、あたしも3匹狩ってるし、マナ様も2匹、ミーナとフラム、リカ様は1匹ずつ狩ってるから、オーシャンライト・ファルコンが狩ったのは3匹か。
「いや、正直自信を無くしてるんだが?」
「私もね。あなた達はハイドラゴニュートだし、マナリース殿下はハイエルフだからまだいいんだけど、そっちの子達はね……」
なんて言ってくるオーシャンライト・ファルコンの2人の女性ハイクラス。
どっちもあたし達と同じハイドラゴニュートなんだけど、すっかり意気消沈しちゃってる。
その視線の先にいるのは、困ったような顔をしてるラウスだったりする。
さりげなくラウスは、プリムの援護なしに2匹狩ってたからねぇ。
「ラウスの師匠は大和なんだから、あれぐらいはね」
「そもそも普段の訓練相手からして大和さんなんですから、それに比べればサンダー・スクイドは可愛いと感じてるはずですよ」
本当はそれにプリムも加わってるんだけど、プリムがエンシェントフォクシーだってことは伏せられてるから、話には出せないんだよね。
「それはそうなんだけど、それ以前にあの子、あの年でBランクなんでしょ?その時点で自信喪失ものよ?」
それも大和のせいなんだよねぇ。
とはいえ、凄い勢いでレベルが上がってるのも間違いないし、Sランク目前まで来ちゃってるんだから、できればラウスのレベルには突っ込んでほしくないな。
「それを言ったら、たった17歳でMランクになってる人の方がどうかと思いません?」
姉さんもその空気を感じたみたいで、矛先を大和にズラしてくれた。
ありがと、姉さん。
「確かにそうなんだけど、あそこまで突き抜けすぎてると、もう羨む気持ちすらなくなってくるわね」
「同感」
その気持ちも分かるけどね。
「いや、俺をダシにするのは止めろって」
「あんまりラウスのことを突っ込まれたくないんだから、仕方ないでしょ。そもそも大和がMランクハンター兼Oランクオーダーってことは公表されてるんだから、今更でもあるし」
自分のレベルは伏せられてるからなのか、プリムが大和を揶揄ってる。
そんなこと言ってるプリムだけど、自分だってMランクが近いっていう自覚はあるのかな?
「そうなんだけどな。っと、また来たか」
そう言って氷の槍、アイス・ランスを作り出した大和は、海から飛び出してきたエクレール・ドルフィンを一撃で倒した。
今度はこいつらか。
「この辺りにも多いから、襲ってくるのは不思議じゃないけど」
「結界が近いってこともあるんでしょうね」
「ですね」
リカ様の言う通り、魔物は結界の中には入れない。
正確には少し違うんだけど、それでも多くの魔物は結界に阻まれてしまう。
今あたし達を襲ってきているエクレール・ドルフィンもそうだから、結界に入れば魔物を警戒する必要はほとんどなくなる。
本能的にそれを理解しているのか、結界近くにたむろしてる魔物もいたりするから、結界に入る時ほど警戒が必要なんだ。
特に海の魔物はその傾向が強いね。
「ふむ、思ったより少ないな。なら俺は援護に徹するか」
「そうして。リカもだけど、ミーナやフラムもやる気みたいだから」
大和に答えるマナ様だけど、確かにリカ様とミーナ、フラムは、しっかりと武器を構えてるね。
逆にラウスとレベッカは武器を納めて見学の構えだ。
いや、別にサボってるわけじゃないよ?
ラウスとレベッカがこれ以上レベルを上げないように、あえて見学させることにしてるんだよ?
代わりというわけじゃないけど、バトラーのマリサさんが両手持ちの斧を、ヴィオラが双剣を、ユリアが剣を構えてる。
バトラーだって戦うことはあるんだから、戦闘経験を積んでおいて損はないってことだね。
エトラダの結界に入るまで襲ってきたエクレール・ドルフィンは全部で15匹だったけど、群れで暮らす魔物だし、その群れは20匹ぐらいいるのが普通だから、今回は少ない方だった。
それでもミーナとフラム、マリサさんが3匹ずつ、リカさんとヴィオラが2匹、ユリアも何とか1匹倒すことができてたよ。
残り3匹は、大和の援護を受けたオーシャンライト・ファルコンが狩ってたみたいだけど、すごく恐縮してたな。
勝手にやったこととはいえ、エンシェントヒューマンが援護してくれたんだから、気持ちは分からないでもないけどね。
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