バレンティアへの船出

Side・プリム


 今にもレティセンシアを滅ぼしに行きそうな大和だったけど、何とか思い止まってくれたわ。

 確かにラーメンっていうのは美味しかったけど、そこまで好きだったの?


「少しだけど分けてあげるから、今はこれで我慢しておきなさい」


 苦笑するサユリ様に重曹っていうのを分けてもらってご満悦の大和だけど、それでも量は少ない。

 あたしの握り拳の半分ぐらいかしらね。

 それだけの量でも何万エルもするそうだから、どれだけ高級品かもよく分かるわ。

 正確には高級品じゃなくて、レティセンシアの怠慢が原因なんだけど。


 その後、サユリ様のお屋敷にライ兄様から言伝を預かったバトラーがやってきて、そこでお開きになったけど、夕食はいつもより豪華だったわね。

 明日はバレンティアに行くわけだから、しばらくは王都に来ることもない。

 だからってことなんだけど、それでも凄いわ。

 イデアル連山で狩った魔物はもちろん、アビス・タウルスやウインガー・ドレイクまでしっかりと調理されて出てきたんだから、これ以上のお料理はサユリ様が一から関わらないといけないっていうぐらい美味しかったわよ。

 実際サユリ様に褒められて、料理長はご満悦だったわね。


 そして翌日の昼過ぎ、あたし達はバレンティアに向かうため、王都の西にある船着き場にやって来た。


「思ってたよりデカい船なんだな」

「ですね。定期船ってことですけど、やっぱり何日も宿泊することになるから、大きくしてるってことなんでしょうか?」


 船旅はあたしも久しぶりだけど、確かにフラムの言う通り何日も船から動けないから、可能な限り閉塞感を持たせないようにってことみたいよ。


「軍船ともなれば別だけど、定期船だしね。それでも、月に1度か2度しか運航してないんだけど」


 定期船とはいえ、人手は必要だしね。

 トレーダーズギルドが運航してるとはいえ、護衛のためのハンターや調理のためのクラフター、何かあった時のためにヒーラーも乗り込んでるから、けっこうコストは掛かってるはずだし。


「確かにそうなんだけど、今回は客として大和とプリムがいるから、ハンターは暇なんじゃない?」

「ですね。プリムさんは自重されるでしょうけど、大和さんはOランクオーダーでもありますから、むしろ積極的に魔物を狩っておいた方が良い気がします」


 それは確かに。


 船旅とはいえ、魔物はしっかりと出てくる。

 Cランクモンスター エクレール・ドルフィンは船を見ると襲い掛かってくるし、Bランクモンスター シー・スネークもたまに見かけるし、遭遇率は低いけどSランクモンスター サンダー・スクイド、Gランクモンスター ワイズ・オクトパスなんていう魔物もいる。

 特にワイズ・オクトパスは20メートル近い巨体だから、船が沈められたって話もよく聞くわ。

 だけど海の魔物って基本的に美味しいし、海の中にいるからこそのランクでもあるから、一度陸に上げてしまえば1つ下のランクになるとも言われてるわね。

 だからGランクのワイズ・オクトパスも、余程のことがなければ狩ることは難しくないみたい。


「是非とも食いたいから、余裕があったら潜って探してみるか」


 なんて大和が言ってるけど、オゾン・ボールっていう刻印術を使えば水の中でも普通に動けるそうだから、大和にとっては地上と大差ないみたいなのよね。

 水中戦なんて、人化魔法を解いたウンディーネや水竜系の竜族でも敬遠するぐらいなんだから、ホントにおかしいわよ。


「まさかこのタイミングで、バレンティアに帰ることになるとは思わなかったなぁ」

「そうよね。お父さん達には手紙を送ってるけど、それでも帰るとしたら結婚してからだと思ってたし」


 バレンティア出身のリディアとルディアは、聖母竜マザードラゴンに招待されたとはいえ、こんなに早く帰ることになるとは思ってなかった。

 そもそも2人が旅に出たのは、バリエンテからアミスターに抜けて見聞を広めるため、そして強くなるためなんだから、数年単位で帰らないってことが普通だと思う。

 なのに僅か数ヶ月で、しかも婚約の報告まですることになったんだから、確かに予想外には違いないね。


「私は1年ぶりですね。今代の竜王陛下の戴冠式に、お父様の名代として参列させて頂きましたから」

「そうなのか?」

「ええ。竜王陛下は今18歳で、戴冠と同時にご結婚もされているわ。とはいえ、まだ第一王妃しか決まってないから、あと何人かは増えることになるけど」


 そういえば、そんな話を聞いた覚えがあるわ。

 バレンティア竜王家は末子相続が基本だけど、男子が継ぐことが基本になっている。

 だからってわけじゃないけど、竜王家はかなりの高確率で男兄弟がいたりするわ。

 今代竜王陛下も、兄殿下が2人いたはず。

 アミスター同様ギルドや騎士団の仕事を好んでるから、末子でもあれこれ手を尽くして、王位に就かないように画策することがあるって聞いたともあるわね。

 ちなみに上の兄殿下は竜騎士団総団長、下の兄殿下は公爵らしいわ。


「バレンティアの貴族から、後継子息を紹介されたこともありますね。もちろん、丁重にお断りしましたが」


 大和の額に青筋が浮かんだけど、相手からしたら他国の王女を迎え入れることは利益につながるから、普通に考える手ね。

 さすがに大使から伝えられてるだろうから、今回の訪問でユーリはもちろん、マナに求婚してくる馬鹿はいないでしょうけど。

 なにせマナは大和と結婚、ユーリは婚約してるし、建前上は大和への褒賞なんだから、そこに口を出したりなんかしたらアミスターとの国際問題になりかねないし、それ以前に大和が黙ってないわよ。


「昨夜、ラインハルト陛下に気を付けろって言われたんですけど、もしかしてバレンティアでも、おんなじような問題が出たりするんですか?」


 不安そうな顔をしているラウスだけど、ライ兄様が心配するのも無理もないわ。

 レベッカ、キャロルと婚約してるラウスだけど、Mランクハンター兼Oランクオーダーのエンシェントヒューマン大和の弟子で、自身もレベル39とSランク目前のBランクハンター、しかもまだ13歳なんだから、バレンティアだって放っておくわけがないもの。


「ある程度は私が牽制できますけど、私の実家は伯爵家ですから、バレンティアの侯爵家や公爵家が出てきた場合、手に余るかもしれません」

「私は何も出来ませんから、キャロルさんにお任せですねぇ」


 キャロルも自分の役目をしっかりと自覚してるけど、確かにそれもあるのよね。

 同じ伯爵家でも他国だから断るのは難しいのに、さらに上の爵位を持つ貴族が出てきたりなんかしたら、さすがに厳しいわ。

 もっとも、その場合は無理やり縁を結ぼうとしてるわけだから、こっちとしても黙ってるつもりはないけど。


「そこは私達もフォローするわ。無理やり娘を嫁がせてラウスを縛ろうなんて、私達も見過ごせないから」

「そうですね。それにラウスには、できれば好きになった人と結婚してほしいと思ってます。レベッカやキャロル様のように」


 マナとフラムにそう言われて、二パッと笑うレベッカと顔を赤らめるキャロル。


「バレンティアか。金剛鉄アダマンタイトが安く買えるから、できるだけ多く買い溜めしときたいな」

「だね。なにせ大和から、レックスさん、ローズマリーさん、ミューズさん用の剣を頼まれてるんだから、どうしても必要になるよ」

「クレスト・アーマーコートの装甲も瑠璃色銀ルリイロカネに換装したいワケですから、いくらあっても困りませんしね」


 エド達クラフター夫妻は、金剛鉄アダマンタイトを買い溜めしておく気満々ね。

 瑠璃色銀ルリイロカネを精製するために必要だし、あたし達が愛用してるクレスト・アーマーコートの装甲も翡翠色銀ヒスイロカネから瑠璃色銀ルリイロカネに更新したいっていうのもあるから、できるだけ多く買っておきたいって意見にはあたしも賛成。


「私は道中で魔物と戦うってことだけど、これも戦闘訓練ってことでいいの?」

「そうなりますね。Cランクのアウトサイド・オーダーとはいえ、戦えないとマズいこともあるでしょうから」

「ですね。それにその細剣の練習もしないと、いざというときに困ることになってしまいますし」


 リカさんは不安そうだけど、ミーナやリディアの言う通り、万が一あたしや大和が間に合わない場合、リカさん自身に頑張ってもらわないといけない。

 今はともかく、領代の任期を終えたらリカさんはメモリアに戻ってしまうんだから、そうなる可能性がないとは言い切れないもの。


「確かにそうなんだけどね。でもせっかく大和君がプレゼントしてくれたんだから、このラピスライト・レイピアを宝の持ち腐れにしないためにも、頑張ってみるわ」


 リカさんがラピスライト・レイピアと名付けた細剣は、柄やナックルガードは孔雀緑色だけど、刀身は翡翠色銀ヒスイロカネと同じく翡翠色をしている。

 リカさんの立場を考えて、防御に主体を置いて作られているそうよ。

 騎士魔法オーダーズマジックの魔石が柄にはめ込まれているから騎士魔法オーダーズマジックの効果を上げることができるし、ガードの一部がリディアのドラゴ・ブレイカーと似たような形状をしてるから、上手く使えば相手の武器を絡めとることも出来る。

 あとはリカさんが風属性魔法ウインドマジックを得意にしてることもあって、風属性魔法ウインドマジックの魔石も嵌め込まれてるわね。


 エドが気を利かせて打ってくれてたんだけど、それでもリカさんからしたら剣を貰えるとは思ってなかったらしく、凄く喜んでいたわ。

 お礼なのか、夜も凄かったけど。


「マナ様、乗船の用意が整ったそうです」

「ユーリ様、こちらも準備完了しています」

「キャ、キャロル様、獣車へどうぞ」


 おっと、もう準備できたのね。

 マリサ、ヴィオラ、ユリアのバトラー3人が手続きに行ってくれてたんだけど、さすがに手際がいいわ。

 ユリアはまだぎこちないけど、これがCランクバトラーとしての初仕事なんだから仕方ないのよ。

 でもマリサとヴィオラはもちろん、ユリアもキャロルとの相性は良いみたいだし、仕事もしっかりと頑張ろうって意識が見えるから、この様子なら正式採用しても良い気もするのよね。


「気を付けてな」

「まあ大和君がいるから、心配はいらないと思うけどね」

「どちらかと言うと、やりすぎないように、ですね」


 見送りに来てくれたライ兄様、マルカ姉様、エリス姉様にそんなことを言われちゃったけど、今までのことがあるから、あたしも大和も何も言い返せない。


「私達が注意しておくけど、それでどうにかなるとは思えないのよね」

「そうなんですよね。でもOランクオーダーということを広める目的もありますから、ある程度は黙認しないといけません」


 それもあったわね。

 大和はエンシェントヒューマンではあるけど、まだ17歳でしかないから、多くの人は疑惑の目を向けるでしょう。

 ライセンスやライブラリーを見れば一発なんだけど、いちいち見せて回るのも効率が悪いし、その必要性も感じられない。

 だけどある程度は広めておかないと、貴族とかハンターとかに侮られる。

 そういった輩は痛い目を見るだけなんだけど、それはそれで問題になることもあるし、あたしがエンシェントフォクシーだってことは広めるわけにはいかないから、どうしても大和に前面に立ってもらう必要がある。


 それは大和も承知の上だから、場合によってはアーク・オーダーズコートを着たままハンターズギルドに行くことも考えてくれてるわ。


「どうなるかは行ってみないとわからないけど、やれる範囲でやってみるよ。では陛下、エリス殿下、マルカ殿下、見送り、ありがとうございます」

「君達には世話になったからな。王都に来たら、いつでも訪ねてきてくれ。歓迎するよ」

「次に会う時には、ライはGランクになってるかもね」

「エリスも進化出来るといいんだけど、そっちは難しいかな?」

「さすがにね。頑張ってはみるけど、期待しないでくれると助かるわ」


 確かにライ兄様は、少し頑張ればGランクハンターになれそうね。

 エリス姉様はレベル37だから、さすがに難しいか。

 でもマナやリディア、ルディアのこともあるから、絶対にないとは言い切れない。

 問題があるとすれば、トライアル・ハーツにはベルンシュタイン伯爵領に向かってもらってるし、ホーリー・グレイブはフィールだから、同行を頼めるハンターが少なくなったってことね。

 ライオット・フラッグはまだ王都にいるけど、こちらも近い内にベルンシュタイン伯爵領に向かうって話だから、3人じゃ少し厳しいかもしれないわ。

 ああ、ミーナのお父さんがGランクハンターでもあるから、ハンター登録してるオーダーを連れて行くっていう手があるか。


「それじゃお兄様、エリス義姉様、マルカ義姉様、行って参ります」

「ああ。マナもユーリも、いつでも遊びに来てくれよ」

「ありがとう。王連街の屋敷が完成したら、顔を見せに来るわ」

「楽しみにしてますね」


 マナもユーリも、あたし達と一緒にフィールに行くから、王都とはしばらくおさらばになる。

 だから感傷的になるのも無理もないわ。


 国王夫妻に見送られながら、大和、あたし、マナ、ユーリ、リカさん、ミーナ、フラム、リディア、ルディア、エド、マリーナ、フィーナ、ラウス、レベッカ、キャロル、マリサ、ヴィオラ、ユリア、そして母様は獣車に乗り、ジェイドに引いてもらって乗船した。

 従魔が窮屈な思いをしないように船の後方は獣車専用のスペースがあるし、そこで従魔を自由にさせることもできるから、あたし達もそこに獣車を止めて外に出る。

 定期船は客船ではあるけど客室は少ないから、あたし達は獣車に泊まることになってるわ。

 船室はそんなに広くないから、獣車の方が居心地がいいしね。


 そして船は出航し、見送りの人達が手を振りながら小さくなっていく。

 やがて見送りは見えなくなり、港も遠ざかっていくけど、アミスターの象徴ともいえる天樹の雄大な姿だけは、いつまでもあたし達を見送ってくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る