魔人

 いきなりルクスが、自分に魔化結晶を押し当てたと思ったら、その魔化結晶は体内に取り込まれ、直後にすごい魔力を放ちやがった。

 おいおい、そんな使い方、アリなのかよ?


「なるほど、魔化結晶を使えるのは、魔物だけではないということか」

「そうだよ!これで俺は、エンシェントクラスすら凌駕する力を手に入れた!大和だろうがグランド・ハンターズマスターだろうが、俺の敵じゃない!さあ!死にたくなければ、おとなしくマナを差し出せ!!」

「それはどうかな?確かに並のハイクラスでは敵わないだろうが、それでも手がないわけではないのだぞ?」


 ラインハルト陛下は余裕だな。

 まあ確かに魔力はすごいが、それだけだからな。


「例の翡翠色銀ヒスイロカネか!そうだな、その製法も教えてもらおうか!あれがあれば、俺は英雄どころか、神すら超越できるんだからな!」


 やけに強気で鼻息が荒いが、興奮でもしてやがるのか?

 というか、お前程度が英雄なわけないだろうに。


「違うな。お前は英雄ではない。ただの犯罪者だ。それも国王に剣を向けたのだから、咎はお前だけではなく、レイドメンバーはもちろん家族にまで及ぶことになるだろう」


 これだけのことをした以上、そうなるのは仕方ないだろう。

 もっともルクスは孤児だし、マナに固執してたこともあって、家族はいないそうだが。


「黙れよ!お前がハイエルフで俺よりレベルが上だろうと、今の俺に偉そうに意見できる立場かよ!!」


 ああ、なるほど。

 急に力を得たもんだから、興奮して周りが見えなくなってるのか。

 それで自分が最強になったと、勘違いして喚いてるわけか。


「陛下、お逃げください!」

「この不始末は、私達が……!」


 間近でデカくて攻撃的な魔力の直撃を受けたせいで、トライアル・ハーツのハイクラスもけっこうなダメージを負っている。

 それでも武器を構え、ルクスを取り囲んでいるし、陛下の身も案じてもいるから、最悪の事態は回避できそうだ。


「その気持ちだけで十分だ。大和君」

「分かってますけど、さすがに捕まえるのは無理ですよ?」

「それは仕方がない。私も魔化結晶を取り込まれるとは、思ってもいなかったからな」


 俺は瑠璃銀刀・薄緑を抜き、ルクスの前に立つ。


「大和ぉ!1人で俺とやろうってのか!?」

「ああ。お前程度、俺1人で十分だ」

「ぬかせええええええっ!!」


 手にした双剣で、俺に斬りかかってくるルクスだが、俺は危なげなく受け流し、避けていく。

 普通の双剣士が相手ならもっと攻撃が鋭いものなんだが、今のルクスはただ力任せに振り回しているだけなんだから、攻撃だって予測しやすい。

 というか、さすがに魔銀ミスリルの双剣じゃ、すぐに壊れるだろうな。


「くっ!剣が……!」


 やっぱりな。

 普通ならその隙を逃さず、一気に勝負を決めるところなんだが、こいつは散々と好き放題言ってくれたし、マナのことを奴隷にしようとまでしてやがったんだ。

 この程度じゃ俺の怒りも収まらねえ。


 俺はストレージから、先日取り上げた双剣を取り出し、ルクスの前に放り投げた。


「使えよ。王代陛下がお前のために打ってくれた双剣だ」

「お前!俺を馬鹿にするつもりか!!」

「人の力を借りて最強だって吠えてる馬鹿を相手にしてるんだから、当然だろ?」


 なんだかんだ言っても、ルクスは自分の力で強くなったわけじゃない。

 アバリシアが開発し、レティセンシアから受け取った魔化結晶を使って、勝手に強くなったと思い込んでるだけだ。

 実際に魔力はかなり上がってるが、それでも俺から言わせればどうってことはない。

 その証拠にルクスの攻撃的な魔力は、俺に傷1つ付けられてないんだからな。


「ふざけやがって!俺に剣を渡したこと、死んで後悔しろ!!」


 怒りの形相で俺に向かってくるルクスだが、さすが翡翠色銀ヒスイロカネ製の双剣だ。

 ルクスの魔力をしっかりと受け止めていて、壊れる気配が微塵も感じられない。

 とは言っても、攻撃はさっきと同じく単調なんだけどな。


「くそっ!当たれば……一撃でも当たりさえすれば、こんな奴なんか!」


 魔化結晶を取り込み、翡翠色銀ヒスイロカネ製の双剣を持っているんだから、そう考えたくなるのもわからんでもない。

 だけど、1つ確信したことがある。

 今のルクスの魔力は、G-Iランクモンスターと同等ぐらいだ。

 G-Iランクで有名なのは、アミスターだとオーク・プリンスやオーク・プリンセスだが、はっきり言ってしまえばそれらよりも脅威を感じない。


 その理由は、魔力の無駄遣いだ。


 たしかにルクスの魔力は、G-Iランクモンスター並だ。

 だが突然手にした魔力を、ルクス自身が使いこなせていない。

 攻撃速度こそ上がっているが、双剣には十分に魔力が伝わっていないから、下手をすれば攻撃力は落ちている可能性すらある。


「なっ!ば、馬鹿なっ!?」

「それで終わりか?」


 だからこそルクスの双剣を、片方を折り、片方を掴むことが出来るってわけだ。


「分かってたことだが、やっぱりお前はその程度だよ。剣を折ったことは、俺が事前に細工でもしてたんじゃないかって疑えるだろうが、掴んだ方は説明なんてできないだろ?」


 双剣の片方を折った理由は、両方を掴むには瑠璃銀刀・薄緑を手放さなきゃならないからだ。

 プリムと並ぶ俺の相棒を手放すなんて、ルクスごときが相手じゃやろうなんて気にもならないな。


「な、なんでだっ!非力なエンシェントヒューマンごときに、なんで俺の剣を掴むことができるんだっ!?」

「俺以上に、お前が非力だってことだろ。借り物の力でつけ上がってるようじゃ、それも当然なんだろうけどな!」

「があああっ!!」


 柄尻で思い切りルクスの顔を殴りつけると、壁まで吹っ飛んでいった。


「な、なんでだよ!なんで俺の邪魔をするんだよ!俺は英雄だ!マナは俺の物だ!なのになんで、俺の邪魔をするんだよ!!」

「さっき陛下も言ってただろうが。お前は英雄じゃない、ただの犯罪者だ。それとな、マナは最初から、お前のものなんかじゃない。今は俺の大切な女だ。その俺の女を、よりにもよって不法奴隷にしようだと?ふざけるのも大概にしろよ!」


 ルクスの一言でキレた俺は、ここでマナリングを全開にした。

 ここ数日で翼の感触はしっかりと確認してあるし、少しなら動かすこともできるようになったんだが、こいつ相手にそこまでする必要はない。


「な、なんだ……。何なんだよ、それは!?」

「一々説明するとでも思ってるのか?」


 俺はアクセリングを使い、一瞬でルクスとの間を詰めると、そのまま外まで放り投げた。

 そしてフライ・ウインドで後を追い、薄緑にミスト・ソリューションを発動させ、すれ違いざまに胴を薙ぎ払った。


「が、あああ……。ブ、『ブラッド・ヒーリング』……。な、何故だ?魔法が……何故魔法が……使えないんだ……?」


 こんな場面でブラッド・ヒーリングを使ったんだから、ルクスの天賜魔法グラントマジックは回復魔法ってことなんだろうが、そのブラッド・ヒーリングは発動していない。

 多分、魔化結晶を取り込んだ副作用なんだろうな。


「放っておいても落下の衝撃で致命傷は確実だろうが、それで俺の気が済むわけじゃないし、国王暗殺未遂は普通に重罪だからな。このまま楽にしてやるよ!」


 謁見の間はビル10階ぐらいの高さにあるから、まだルクスは落下中だ。

 このまま下に落ちればハイクラスだってタダじゃすまないんだが、こいつは魔化結晶を取り込んでるから、生き延びる可能性がある。

 さすがに動けなくはなるだろうが、国王に剣を向けたことは紛れもない事実だから処刑は確実だ。

 色々と聞きたいことはあるが、魔化結晶を取り込んでる以上それは難しいし、陛下もやむを得ないって判断してくれてる。


「じゃあな。死下世界には行けないだろうが、生まれ変わることができたら、今度は人を裏切らないことだ!」


 フライ・ウインドを使いながらアクセリングを発動させ、ルクスとの距離を一気に詰め、瑠璃銀刀・薄緑を振り抜く。

 次の瞬間、ルクスの首は胴と離れ、生命活動を停止した。

 さすがにこのまま下に落とすわけにはいかないから、ストレージに収納することも忘れない。

 ルクスがどうなったのか、しっかりと報告しなきゃいけないしな。


Side・バウト


 突然魔化結晶とやらを取り込んだルクスの魔力で、俺達トライアル・ハーツは大なり小なりの怪我を負った。

 ハイクラスは俺を含めて軽傷で済んだが、ノーマルクラスの何人かは意識を失ってる奴もいる。

 まさかルクスが、俺達に構わずあんなことをするとは……。


「バウト、大丈夫かい?」

「なんとかな」

「ルクスの奴、血迷いやがって!」


 レアルが俺に声を掛け、ソウルが声を荒げるが、俺だって叫びたい。

 傷を負わされたとはいえ、ルクスは俺のレイドメンバーなんだから、俺が、俺達が止めるのが当然だし、無理をしてでも止めなきゃいけねえ。


 だがそれは、陛下によって遮られちまった。


 禁制品の所持はもちろん、陛下に暴言を吐いて剣まで向けちまったんだから、誰がどう嘆願しようとルクスの処刑は揺るがないし、俺もそのつもりはなかったんだが、それでも俺の手でやるべきなんだよ。


「あいつ、マジでエンシェントクラス並になってやがるのか……」


 大和とルクスの剣が打ち合う音が響く中、ソウルの声がやけにはっきりと聞こえた。


「さすが、と言うべきなんだろうな」

「ええ。しかも大和君には、まだまだ余裕が感じられるわ」


 レアルとユングが言うように、大和は余裕をもって、ルクスの攻撃をいなし続けている。

 動きからして、しっかりと剣術を学んでいたことも見て取れるな。


「いずれ問題を起こすとは思っていたけど、それでもこんなとんでもないことを仕出かすなんて、さすがに思ってなかったわ……」


 俺の妻の1人、ミラが悲しそうな顔をしながら言葉を絞り出した。

 俺も、いつかあいつが何かをするんじゃないかと感じていたが、それでもあいつのことは分かっていると思ってたし、説得できるとも思っていた。


 だがそんな思いも虚しく、あいつは信じられないことを仕出かしてしまった。

 それも2種の禁制品所持、国王への暴言、並びに暗殺未遂、国家への裏切りなど、あいつの命だけじゃ償うことも出来ないほどの重罪だ。

 幸い、と言って良いかは分からないがあいつは孤児だし、まだ結婚もしてないから家族に類が及ぶことはないが、同じレイドの俺達はそうはいかない。


「おいおい、ああなっちまったルクスですら、子供扱いなのかよ……」

「底が知れないというか、功績は伊達じゃないってことなんでしょうね」


 そうだな。

 確かに大和の力は底が知れないが、あいつは終焉種オーク・エンペラーを単独で倒しているんだ。

 ルクスがエンシェントクラス並の魔力を有したとしても、それだけじゃどうにもならないことはある。

 なにせあいつの攻撃は、速度こそあるが攻撃そのものは雑だから、俺でもそう苦労せずに避けられるだろう。

 しかもあいつは、突然手に入れたすさまじい魔力を、まったく使いこなせていない。

 さすがにタイマンじゃ負けるだろうが、それでも連携すれば、倒すことは難しくはなさそうだ。


「あたしも同じ見立てよ。魔力から判断すると、多分G-Iランクモンスターと同程度には強くなってるでしょうね」


 ウイング・クレストのメンバーでもう1人のエンシェントハンター、エンシェントフォクシーのプリムも、俺と同意見か。

 G-Iランクモンスターと同程度ってだけで十分とんでもない話だが、魔力を持て余してる今のあいつじゃ、S-Iランクが精々ってとこだろう。


「S-Iランクだとしても、十分にとんでもないんだけどね。剣を折ったばかりか素手で掴むなんて、普通にあり得ないし」


 それは同感だ。

 レベルの低い人間や低ランクの魔物なら出来ないわけじゃないが、今のルクスの魔力はエンシェントクラス並だし、使いこなせてないとはいえS-Iランクモンスターと同程度だと言ってもいい。

 S-Iランクで有名なのはゴブリン・プリンスやゴブリン・プリンセスだが、大和にはそいつらの攻撃すら意味がないってことになる。


「な、なんだ……あれ!?」

「馬鹿な……」


 突然、ソウルとレアルの驚愕したような声が響いたが、俺も心の底から驚いた。

 なにせ大和の背中に、翼族と見紛う程立派な翼が生えてたんだからな。


「翼、だと?」

「大和ってば、本気でキレちゃったわね。マナを不法奴隷にしようなんてあたしだって許せないんだから、無理もないんだけど」


 これでルクスの勝ちは、万に一つも無くなったな。

 いや、元々無かった勝ち目が、絶望的になっただけか。

 今のあいつを捕まえるのは無理だし、仮にできたとしても被害もすごい物になるのは分かり切ってるから、それはつまり、ルクスの命が尽きるってことになる。

 その考えを証明するかのように、ルクスは天樹城の外にまで吹き飛ばされ、大和が後を追った。


「バウト、なぜ私が、トライアル・ハーツに攻撃をさせなかったと思う?」


 エンシェントハンター大和がルクスと戦い、天樹城の外に放り投げた所で、陛下にそう問われた。


「……わかりません」

「本当ならトライアル・ハーツにやらせるべきだし、私だってそうしたかった。だがルクスのことは、私も見て見ぬふりをしていた。最初の報告は3日前、つまりあの日だが、その日の夜には、既にルクスがレティセンシアの大使と会っていたことは分かっていたんだ」


 あの日ってことは、大和とマナ様が結婚し、ウイング・クレストと狩りに行った日か。

 王代陛下から翡翠色銀ヒスイロカネの武器を下賜され、マナ様が結婚した後、ウイング・クレストと共にイデアル連山に行ったまでは良かったんだが、そこでマナ様に惚れてたルクスが大和に突っかかり、下賜されたばかりの翡翠色銀ヒスイロカネの武器を取り上げられることになっちまった。

 王妃になったマルカに暴言を吐いたんだからこれは仕方ねえんだが、王都に戻った後のあいつは酒を飲みに行くって言って1人で歓楽街まで繰り出しちまったから、それが悪かったんだろう。

 いや、ルクスはその前から大和に対して敵意を抱いていたし、武器を取られた後は殺意に変わってたから、遅かれ早かれこんなことにはなってたのかもしれねえな。


「その時点で私が決断を下していれば、ルクスはあんなことを考えなかったかもしれない」


 あんなことってのは、魔化結晶を取り込んだことか。

 フィールで異常種や災害種を生み出したって教えてもらったが、それを人間にも使おうなんて、普通は考えない。

 だが魔物はもちろん、人間にも魔力はあるんだから、魔物で成功した以上は人間はどうかって考える奴がいてもおかしくはねえ。


「だが私は、何もしなかった。それどころか、オーダーズギルドに監視を止めさせようとまで考えたぐらいだ。さすがにグランド・オーダーズマスターに、叱責されてしまったがね」


 それは当然だろう。

 元々オーダーズギルドが監視してたのは、レティセンシア大使の方なんだからな。

 敵国の大使を野放しにするなんて、自殺行為となんら変わらねえ。

 その結果ルクスとの接触が判明したとしても、オーダーズギルドだって予想してなかったろうよ。


「実際、オーダーズギルドとしても、ルクスとの接触は予想外だったそうだ。だからそれを見過ごした私には、ルクスを止める資格はないんだ。それはバウト、トライアル・ハーツにも言えることだ」

「……ルクスが何かをやろうとしてたことを、薄々気付いてたのに止めなかったから、ですか?」

「そうだ。レティセンシア大使との接触は予期する方が難しいが、マナの事は別の話だろう?」


 そうだな。

 ルクスがレティセンシア大使から手に入れた隷属の魔導具は、王都でも偶に見つかっている。

 それをルクスが密かに手に入れていたら、今回のことより大きな問題になってたかもしれねえ。


「だから陛下は、私達にルクスを止める資格がないと?」

「その通りだ、レアル。そしてその資格があるのは、ハンターズギルドを動かして監視をしていた大和君だけだ」


 大和がハンターズギルドを動かした?

 いや、確かにあいつはMランクハンターだから動かすことは難しくないだろうが、それでも理由を説明しなきゃ、ハンターズギルドは動いてくれねえぞ?


「ただ動かしただけじゃない。オーダーズギルドと連携し、わざと隙を作ることで、レティセンシア大使の動きを予測しやすくしていた。そうすることで再びルクスと接触し、行動を起こすだろうと予想してね」


 つまり今回の呼び出しは、あいつが仕組んだってことなのかよ。

 だけどあいつが動いたから、大きな被害を出すことなく、ルクスだけを処罰できる状況になったわけだから、俺達だって感謝の1つもしなきゃならねえ。


「そして、それに協力してくれたのが彼らだ。入ってきてくれ」


 陛下が合図をすると、謁見の間の隣室の扉が開き、そこからライオット・フラッグが姿を見せた。


 なるほど、納得だ。


「バウト、今回の事は、謝罪は一切しないよ?」

「分かってるよ。というか、逆に俺らが謝らなきゃならない立場だ」


 開口一番そんなことをぬかしてきたのは、ライオット・フラッグのリーダーでハイエルフの女性ハンター ラークだ。


 ライオット・フラッグはハイクラスが3人しかいないが、その内の1人とノーマルクラスにも1人、フィールの出身がいる。

 フィールのハンターはGランクも含めて、全員がグリーン・ファングに殺されたって伝わってきてたんだが、真相はそうじゃなかった。

 何人かは間違いなくグリーン・ファングに殺されていたが、多くはマイライトで放し飼いにされていた元ハンターズマスター サーシェス・トレンネルの従魔エビル・ドレイクによって殺されていたし、中にはレティセンシアのハンターに殺された連中までいたそうだからな。


 ライオット・フラッグはフィールへの応援のためにエモシオンまでは進んだそうだが、そのエモシオンじゃグリーン・ファングの情報が錯綜してたから、どうするべきかの判断が出来なかったらしい。

 サーシェスがグリーン・ファングは存在しなかったって報告をエモシオンのハンターズギルドに上げて、それをエモシオンのハンターズマスターが頭から信じちまったことが原因なんだが、ハンターからは目撃情報がいくつもあったから、ライオット・フラッグはいると判断してはいたらしい。

 だがフィール行きは急に決めたこともあって、エモシオンでの足止めは予想外だった。

 だから金も心許なくなってきて、やむなく撤退を選ぶことになったって言ってたな。


 その縁もあってウイング・クレストには最初から好意的で、詳しい内容を聞かずに依頼を受けたって話だから、フィール出身のハイクラスとノーマルクラスが、どれだけあいつらに感謝してるのかが分かるってもんだ。


「分かってるなら、どんな結果になっても、しっかりと受け止めてくれよ?そうじゃないと、シズネとクラベルだって納得してくれないからね」


 ハイハーピーのシズネとヒューマンのクラベルか。

 どっちもフィール出身だったな。

 レティセンシアのせいで、同期のハンターや恩人まで軒並み殺されちまったんだから、そのレティセンシアに裏切って行こうとしてたルクスは、到底許せるわけがないか。


「そのつもりだ。これも陛下の下した罰ってことだろうからな」

「ああ。それともう1つ、どんな結果になろうと、ウイング・クレストとの間に遺恨を残すことは許さない。そもそも今回の件は、ウイング・クレストからすれば巻き込まれたに過ぎないんだからな」


 まったくもってその通りだ。

 ルクスが、エンシェントヒューマンでマナ様と結婚した大和に嫉妬したのが、全ての始まりだからな。

 そもそもマナ様には何度も振られてたんだから、いい加減諦めりゃよかったんだよ。

 なのに諦めきれず、しまいには隷属の魔導具なんていう禁制品まで受け取っちまったんだから、俺達だってかばい切れねえ。

 その上で魔化結晶を取り込んで、陛下に剣まで向けたんだから、これでルクスの命が助かるようなら奇跡って話じゃ済まねえぞ。


「俺は残さないと誓えます。お前らは?」

「私もバウトと同様、遺恨を残さないことを誓います」

「私もです」


 レアルとミラは、すぐに答えたな。


「すぐには難しいかもしれねえけど、悪いのは俺達だからな」


 ソウルも遺恨を残さないよう、努力するってとこか。


「バウト、私には聞く必要があるとでも?」

「お前はそうだろうな」


 ユングは遺恨どころか、感謝の気持ちの方が大きそうだな。

 元々ルクスに迷惑を被っていたのは、ユングが一番多かった。

 何を考えてるのかは知らないが、貴族相手にも普通に突っかかり、その都度貴族出身のユングが頭を下げて回ってたんだから、いい加減辟易としてたのは知ってる。

 だからルクスの処罰も、ユングだけは顔色1つ変えてなかったからな。


「苦労してそうだね、ユング?」

「その苦労からも解放されたから、これで清々したわね」


 ラークに答えを返すユングだが、マジで清々しい面してやがる。

 こりゃ下手をしなくても、ユングが離脱って可能性が高かったな。

 結局俺は、ルクスだけじゃなくユングのこともわかってなかった訳か。

 こんな様で、何がリーダーだよって話だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る