第四章・マイライト山脈の緊急事態
王都への護衛依頼
アマティスタ侯爵家に着くと、いつものようにミュンさんが出迎えてくれた。
「お待ちしていました。どうぞ、こちらへ」
ラミアのGランクバトラーで、フレデリカ侯爵のもう1人のお母さんでもあるミュンさんだが、残念ながら子供はできなかったため、今は侍従長としてアマティスタ侯爵家に仕えている。
そのミュンさんに、いつものように応接室に通された俺達だが、そこにはユーリアナ姫だけではなく、グランド・ハンターズマスターもいた。
「久しぶりじゃな。元気だったかね?」
「はい。グランド・ハンターズマスターもお変わりなく」
「君達もな。うん?服装が変わっておるが、新調したのかね?」
「ええ。ウイング・クレストの標準装備です」
「と言っても、さっき受け取ってきたばかりですけどね」
「なるほどのぅ。じゃがコートのデザインは同じようじゃが、装甲が異なっておるから、一瞬見ただけでは、まるで別物のようにも見えるが?」
「そこは個人の趣味ですね」
などと、俺とプリムがグランド・ハンターズマスターと世間話をしていると、くいくいっと袖が揺れた。
ルディアがコートの裾を引っ張って、俺を呼んでるようだ。
「どうした、ルディア?」
「ね、ねえ。もしかしてあのウルフィーの翼族って、グランド・ハンターズマスターなの?」
「そうだぞ。ああ、そういえば、みんなのことは紹介してなかったな。悪かった」
グランド・ハンターズマスターと会ったことがあるのは、俺とプリムだけだったんだった。
まずは世間話じゃなくて、みんなを紹介しなきゃいけなかったな。
いやあ、失敗失敗。
「じゃないよ!なんでこんなとこに、グランド・ハンターズマスターが来てるの!?」
驚きの声を上げたのはルディアだけだが、ミーナやリディア、フラム、ラウスとレベッカも目と口を大きく開いて絶句している。
「昨夜話したでしょ?レティセンシアはハンターズギルドまで利用してたんだから、グランド・ハンターズマスターだって出張ってくるわよ」
「理屈はわかりますけど……既に来られていたとは思いませんでしたよ……」
グランド・ハンターズマスターが長距離転移魔法トラベリングを使えることは、意外と知られてないみたいだからな。
っと、それよりもみんなを紹介しないとな。
「グランド・ハンターズマスター、彼女達が俺とレイドを組んでいるハンターです」
「大和君のレイドというと、ウイング・クレストじゃね。ギャザリング・バイアスという。彼らとレイドを組む以上、大変なことも多いと思う。じゃが、頑張ってくれよ」
「は、はい!」
「あ、ありがとうございます!」
リディアもルディアも、すげえ緊張してるな。
まあグランド・ハンターズマスターなんて、ある意味じゃ王様より会う機会がないんだから、一介のハンターじゃ緊張しても仕方ないか。
ラウスとレベッカなんて、口をあうあうさせてるだけだからな。
「それと、こちらのミーナとフラムが、俺の婚約者になります」
「ほう。確か君は、プリムローズ嬢と結婚しておったな。ということは、2人目3人目ということか」
「ええ、そうです」
ここで紹介されるとは思わなかったのか、ミーナとフラムが、さっきよりも大きく目を見開いた。
「2人とも、挨拶しないと」
「そ、そうでしゅね!お、お初にお目にかかりましゅ!私はミーナ・フォールハイトと申しましゅ!」
「フフフ、フラムと申しましゅ!お会いできてきょうえいでしゅ!」
うん、ガチガチに噛みまくってるな。
「フォールハイト?もしやそちらのお嬢さんは、アソシエイト・オーダーズマスター、ディアノス殿のご息女かの?」
「ち、父を、その、ご存知なのですか?」
「無論じゃよ。ディアノス殿はオーダーズギルド総本部のアソシエイト・オーダーズマスターであり、アミスター王国最強オーダーの1人なのじゃからな。幾度かお会いしたこともある」
ミーナのお父さん、ディアノス・フォールハイトは、オーダーズギルドのアソシエイト・オーダーズマスターで、Mランクオーダーでもある。
レベルは54らしく、ディアノスさんよりレベルが上のオーダーとなると、グランド・オーダーズマスターしかいないそうだ。
さらにハンターズギルドにも登録しているGランクハンターでもあるから、グランド・ハンターズマスターと会ったことがあっても不思議じゃない。
ミーナは緊張しすぎてるから、その辺がポロっと頭から抜け落ちた感じだな。
ちなみにアソシエイト・マスターっていうのは、各ギルド総本部のサブマスター、つまりギルドのナンバー2を指す言葉だそうだ。
「ディアノス殿の実力は、アミスターどころか各国にも轟いておる。そんな御仁が、なぜ未だにMランクオーダーなのかと、常々思っておってな」
「Aランクオーダーは、陛下から
フレデリカ侯爵もCランクオーダーだから、オーダーズギルドのランクについては詳しい。
というかAランクオーダーって、王様から贈られる称号が必要だったのか。
じゃあOランクオーダーは?
「Oランクオーダーの条件は、エンシェントクラスに進化していることね」
フレデリカ侯爵が教えてくれたが、なんつーか、すげえ無茶苦茶な条件な気がするな。
まあ、それを言ったらハンターズランクも、Aランクがレベル81、Oランクなんてレベル91だから、こっちのが無茶苦茶ではあるが。
「ハンターにしろオーダーにしろ、実力は必要じゃからな。さて、世間話はこのぐらいにして、本題に入ろうか」
ごもっともで。
「そうですね。大和君、プリムローズ嬢。2人が捕まえてくれたレティセンシアのマリアンヌ・レティセンシア王女だけど、2週間後に元ハンターズマスター サーシェス・トレンネル、パトリオット・プライド リーダー バルバトス・ジャヴァリーと共に、王都に護送することになりました」
「ということは、俺達に護衛をしろと?」
「いえ、護送そのものは、グランド・ハンターズマスターが行ってくださるから、王都までは一瞬よ。だけどその際に、ユーリアナ殿下も王都に帰られることになっているの」
てっきり道中の安全と、連中がいきなり襲ってこないように護衛してくれって言われるのかと思ったんだが、違ったか。
というか、ユーリアナ姫が一緒にって、それはそれでマズくないか?
「ユーリが一緒にって、普通に危険でしょう。いくらグランド・ハンターズマスターが近くにいて、隷属魔法で縛っているとはいえ、相手は3人なのよ?」
プリムが心配そうに口を開く。
プリムにとって、ユーリアナ姫は妹みたいなもんだって言ってたから、心配になるのも当然か。
「ええ。だからあなた達に、ユーリアナ殿下の護衛をしてもらいたいの」
「それは構いませんけど、俺とプリムだけですか?」
「いえ、レイドを分散させることはできないから、ウイング・クレスト全員になるわ」
それもそうか。
もちろん危険度が高ければ俺とプリムだけってこともあり得るが、今回は連中の護送とはいえ、王都まではグランド・ハンターズマスターのトラベリングですぐだし、俺とプリム、さらにグランド・ハンターズマスターがいれば、連中が何をしようとしても、すぐに対処できるか。
「俺は構わないけど、みんなは?」
「あたしも大丈夫よ」
「わ、私も、王都には行ってみたいと思っていましたから」
「お、俺もです」
「私もぉ」
プリム、フラム、ラウス、レベッカは即答か。
「2週間後か。武器がどうなるかは、まだわかんないんだよね?」
「それがあったな。急かしてもどうなるもんでもないし、そこは運を天に任せるしかないんじゃないか?」
「そうなんだけどね。まあ、イークイッピングのおかげで、今までよりは楽に着けられるようになってるから、帰ってからの楽しみにしておこうかな」
ルディアの懸念は、武器ができるかどうかだったか。
現在ルディアが使ってる武器は、今まで愛用していた
イークイッピングのおかげで装着の手間はなくなっているんだが、手甲の上に手甲っていうのは変わってないから、早く新しい武器が欲しいって感じだな。
それは俺達も同じで、俺とプリムは
だけど急かしたところで良い物になるとは思えないから、そこはリチャードさんに任せるしかないんだよな。
「エドワードさんとマリーナさんも、一緒に連れて行った方がいいかもしれませんね」
「なんで、って、それもそうだな。あれのことだけじゃなく、結婚の報告もできるだろうからな」
今頃エドは、マリーナと一緒に、クラフターズギルドで
このコート、クレスト・アーマーコートって名称にしたが、これを受け取ったのは昼前だから十分に時間はあるし、2人ともやる気に満ち溢れてたからな。
「できれば、部外者は遠慮してもらいたいんだが?」
アーキライト子爵が、渋い表情で拒否反応を示す。
それが普通の反応だが、これを聞いても同じ顔ができますかな?
「いえ、実は3日前に、エド達とユニオンを組んだんですよ。だからあいつらも、ウイング・クレストの一員ってことになります」
「それに今頃、クラフターズギルドで
「
「それは何じゃ?」
秘中の秘だったから、領代やユーリアナ姫、グランド・ハンターズマスターが知らないのも無理はない。
クラフターズギルドには伝えてるんだから、遠からず知られることになるし、ここで説明してしまっても問題はあるまい。
「
そう伝えると、領代どころかグランド・ハンターズマスターでさえも、驚きの表情を浮かべた。
「な、なんじゃと?ということは、もしやその
「そうですね。単純に、上位版になったと言っても過言じゃないかと」
「元々は大和が、魔力の問題があるからってことで、エドに提案したんです。そしたらそんな感じの金属、合金が出来たので、今はそれで、あたし達の武器を打ってもらってるんです」
俺は試作翡翠合金刀を、プリムは試作翡翠合金斧槍を、ストレージから出した。
「これが
「なんと……」
「綺麗ですね……」
「つ、つまりエドワード君は、この合金とやらを、グランド・クラフターズマスターに伝えるために王都に行きたいと、そういうことなのか?」
「エドの場合、こっちはついでで、マリーナとの結婚の報告がメインになりそうですけどね」
できればそれまでに、フィーナのことも何とかしたいもんだが。
「そういうことなら、ワシとしては問題ない。むしろ、喜んで王都まで送ろう」
グランド・ハンターズマスターもエンシェントウルフィーだから、武器の問題は切実なんだよな。
余裕があれば、
「理由もわかったし、アミスターとしては彼らのことよりも優先度は高いかもしれないわね。アーキライト子爵、ソフィア伯爵、どう思いますか?」
「仰る通りでしょう。特に
「ええ。どちらもアミスターで産出しますから、オーダーズギルドはもちろん、陛下も喜ばれることになるでしょう。ですがフレデリカ侯爵、まだミーナの返答を聞いていませんよ?」
「え?」
ソフィア伯爵に虚を突かれたのは、フレデリカ侯爵だけじゃなく、俺もだった。
最初に同意したのは俺、プリム、フラム、ラウス、レベッカの5人だ。
ルディアは武器が間に合うかを気にしてたが、帰ってきてからの楽しみにするって言ってたし、エドとマリーナの事は、リディアが話を振ったようなもんだから……言われてみれば、ミーナは答えてないよな?
「ミーナ、反対なの?」
「い、いえ、そういう訳じゃないんですが、その……王都には私の実家がありますから、多分私達が王都に行けば、父さんや母さんも、大和さんに会いたがるんじゃないかと思って……」
そう言われた瞬間、俺の頭は真っ白になった。
そうじゃん!
王都って言ったら、ミーナの実家があるんじゃん!
実家があるってことは、当然お父様とお母様がいらっしゃるってことじゃん!
ってことは、ミーナと婚約してる以上、ご挨拶しなきゃいけないじゃん!
「落ち着きなさいって。ミーナと婚約したんだから、いずれ挨拶はするつもりだったんでしょ?」
「アプリコット様やプラダ村の村長にも、しっかりとご挨拶してくださったんですから、同じような感じで、ミーナさんのお父様とお母様にもご挨拶をすればいいと思いますよ」
既に挨拶を済ませているプリムとフラムが、俺を宥めてくれた。
確かにそうなんだが、俺が恐れているのはお父様の存在だ。
プリムはお父さんを、フラムに至っては両親共に亡くしているから、お母さんや村長に挨拶って形になっていたんだが、ミーナのお父様は、ご健在どころかアソシエイト・オーダーズマスターだ。
きっと娘さんを下さい、なんて言ったら、とんでもない圧力を頂戴することになるに決まってる!
「大和君、君が何を考えているか、私にはよくわかるぞ。だがディアノス殿は、そこまで無茶な方ではない。それでも不安なら、先駆者として、私からアドバイスを贈ろう」
アーキライト子爵の背中に後光が見える!
アーキライト子爵も奥さんが3人いるから、相手のご家族にも3回は挨拶に行っているはずだ。
俺からすれば、まさに大先輩ですよ!
「なるようにしかならない。だから諦めが肝心だ」
……それってアドバイス?
確かになるようにしかならないだろうけど、だからって諦めろって、そりゃないでしょ先輩!
そんな遠い目して、いったい何があったのさ!
「あの、大和さん。何でしたら、うちの実家への挨拶は、またの機会でも大丈夫ですけど?」
ミーナにそんなことを言われても、はい、そうですか、なんて言えるわけがない。
精一杯の見栄を張って、俺はミーナの実家へ挨拶に行くことを確約した。
することしかできなかった。
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