ヘリオスオーブ・クロニクル

殺人蜂

　突然、合同披露宴の案を聞かされて取り乱すエドを放置して、ある程度の流れを決めた俺とプリムは、その後ジェイドとフロライトに乗って、昨日と同じく第三坑道の東にある森へと足を運んだ。

　異常種マーダー・ビーが生まれているかどうかを調べるためだが、マーダー・ビーは巣にいることが少なく、巣を渡り歩きながらクイーンに卵を産ませ、希少種や上位種を増やしていくと考えられているそうだから、既にこの森にはいない可能性がある。

　もしそうなら調査もかなり長期化する恐れがあるが、俺はすぐに見つかるんじゃないかって思っている。

　マーダー・ビーに限らず、異常種は好戦的だ。

　特に人間に対しては獰猛で、すぐに襲い掛かってくる。

　レティセンシアの工作員も例外じゃないから、天然の結界があると思われるこの森に拠点を作ってるんだろうが、それだって安全とは言い切れない。

「確かこの先の森を抜けるかどうかってとこに、洞窟を含んだ広場があって、そこが前線基地だって言ってたな？」

「ええ、そう聞いてるわ。拠点としては十分だけど水場はないから、近くの川から調達してるって話ね」

　だよな。

　その川は結界の外になるから、水を汲むためには絶対に結界の外に出なきゃいけない。

　当然魔物に襲われる危険があるし、もしその近くにマーダー・ビーがいた場合は、必ず狙われてしまう。

　だけど水がなければ人は生きていけないから、危険を承知で水汲みに行かなければならない。

　水属性魔法（アクアマジック）が使えれば水を出すことができるんだが、飲み水にできるかどうかと聞かれると微妙らしい。

　というか、けっこうな量が必要になるわけだから、１人２人が使えるぐらいじゃ、賄うことはできないだろう。

　レティセンシアにはハイクラスは５０人もいないって言われているし、プリスターズギルドも規模を縮小しているから、天与魔法（オラクルマジック）を使える人もほとんどいない。

　固有魔法（スキルマジック）は自分で開発した属性魔法（グループマジック）の事だから使えるが、フィールで好き勝手してたハンターどもを見る限りじゃ、そんなことをしてる奴は少数だろう。

　ハイクラスが少なく、天与魔法（オラクルマジック）が使えないということは、ストレージングも使えないという事になるから、ストレージに大量の水や食料を入れてくることも出来ないという事になる。

　天与魔法（オラクルマジック）は、バシオンの神々に奏上することで作られる奏上魔法（デヴォートマジック）、生まれを祝福して賜る天賜魔法（グラントマジック）、奏上魔法（デヴォートマジック）や天賜魔法（グラントマジック）から分離、あるいは神々が設立を祝って作り出したと言われている協会魔法（ギルドマジック）の総称だから、神々を敬っていないと使えない。

　ほとんどの国は神々を敬い、祀っているから問題ないんだが、宗教を廃したソレムネ、見下しているレティセンシアは、使うことができる人は反逆者扱いになることもあるって話だからな。

　アミスターなら水属性魔法（アクアマジック）を付与させた魔道具を、ストレージバッグやミラーバッグに入れて持ち運び、それを使えば解決できる問題だが、レティセンシアはクラフター蔑視の国風だから、魔道具の流通数も少ない。

　無理矢理作らせてはいるんだろうが、そんな魔道具の性能が良いわけないから、アミスターと比べると何段も質は落ちる。

　だから、用意してきていたとしても、既に使えなくなってる可能性も高い。

　異常種は知能も高いし、本能的に結界を憎んでいるとも言われているから、結界が消えるまで執拗な攻撃を加えることも珍しくない。

　街とかに村とかの結界は、中央に起点があるから異常種に壊されることはないが、天然の結界は偶発的にできていることもあって、いくつかの起点が存在している。

　その起点は１つでも破壊されてしまえば、天然の結界は消滅してしまうから、マーダー・ビーが生まれているとすれば、その結界の起点を狙っている可能性は高いとも予想されているな。

「じゃあ予定通り、ジェイドとフロライトは送還しよう」

「そうね。さすがにマーダー・ビーが相手じゃ、まだこの仔達には荷が重いわ」

　従魔魔法には、従魔を自分の近くに召喚するコーリング、指定した場所へ送り返すことができるリペイトレイティングという魔法がある。

　従魔限定の長距離移送魔法だが、どうやらトラベリングという長距離転移魔法を参考にしたみたいで、この２つが数十年前、最後に奏上された魔法らしい。

　この２つの魔法は、牧場とか厩舎に預けていても使えてしまうので、突然消えたり、突然現れたりすることになってしまう。

　だから預けている牧場や厩舎を登録し、オーダーズギルドから指定されている場所に送還する許可を貰わなければ、多額の罰金を取られることになっている。

　当然だが俺達も、ラグナルド騎獣牧場を登録して、許可を取っている。

　その証拠に、２匹の首には送還許可証がぶら下がっているぞ。

　この送還許可証は、従魔だという証明にもなっているから、アミスターだと発行が義務付けられている。

「クワァ……」

「グルルゥ……」

　俺達の送還という言葉に、ジェイドとフロライトが悲しそうに喉を鳴らす。

　いや、わかるんだけどさ、さすがに危険すぎるんだよ。

　そのことは十分説明したろ？

「終わったらすぐに召喚するから、我慢してね？牧場にはブリーズもいるし、他に仲良くなった仔もいるんでしょう？」

「クワッ！」

　元気よくジェイドが答えた。

　ジェイドは活発でいたずら好きだが、他の従魔ともすぐに仲良くなっていた。

　だから牧場でも寂しそうにすることはあんまりないんだが、フロライトは臆病な性格をしているようで、ジェイドの側を離れようとはしないらしい。

　エビル・ドレイクやマッド・ヴァイパーの件があるから、トラウマになってるんだろうな。

　フィアットさんにも頼んではいるが、どうなるかはまだわからないって聞いている。

「フロライト、大丈夫よ。牧場の仔達、誰もあなたをいじめたりはしなかったでしょう？」

「クワァ……」

「すぐに呼ぶから、ね？」

　プリムが説得して、何とか牧場に送還できたが、けっこう大変だな。

　だけどマーダー・ビーは危険だから、今回ばかりは一緒に連れて行くわけにはいかない。

　なにせマーダー・ビーの毒針は、Ａランクモンスターにも有効らしいからな。

「あの仔達の装備も、早めに何とかしないとね」

「だな。それじゃあ行こう」

「ええ」

　ジェイドとフロライトの装備は、獣具との兼ね合いがあるから、そっち待ちになっている。

　本当なら瑠璃色銀（ルリイロカネ）を使いたいんだが、現在の金剛鉄（アダマンタイト）の在庫の問題から、どうしても量を用意することができないし、獣具を作ってくれてるのはクラフターズマスターのラベルナさんだから、翡翠色銀（ヒスイロカネ）を使うことになるだろう。

　公表さえしてしまえば、ラベルナさんが翡翠色銀（ヒスイロカネ）を使ってもおかしくはないからな。

　歩くこと１時間、俺のソーナー・ウェーブに出た反応を目指しながら歩いていると、森を抜け、小さい小川の流れに突き当たった。

　その小川で、３人の男女が水を汲んでいる。

　こいつらだな。

　まだ生きてたか。

「ねえ、またあれが来ると思う？」

「だろうな。なんとか追っ払えたから水を汲みに来ることができたとはいえ、あれが狙ってるのは結界の起点なんだから、来ないわけがない」

「みんな殺されちゃって、残ってるのはあたし達７人だけ。しかもあれがいるから、本国に連絡することもできない。なんであたし達がこんな目に……」

「アミスターが素直にマイライトを差し出してれば、こんなことにはならなかったのにね……」

「まったくだ。アバリシアから献上された魔化結晶の試作を使って異常種を生み出して、外からは異常種達、中からはハンターどもにフィールを破壊しつくさせる計画だったってのに、まさかこんな時期にＧランクハンターが、しかも２人もやってくるなんて、計算外にも程がある」

「せっかく生まれた災害種も、そいつらに倒されちゃったんでしょ？」

「聞く限りじゃな。ハンターズギルドに死体が持ち込まれたって話だし、噂じゃサーシェス様のエビル・ドレイクまで倒されたらしいぞ」

「余計なことしてくれるわね。あたし達レティセンシアが穏便に事を進めてあげてるのに、なんで邪魔するのかしら？」

「知らないわよ。どうせ目先の利益に憑りつかれたんじゃないの？」

　っていうのが、プリムが聞き取った奴らの会話の内容だ。

　獣族は五感が鋭く、特にフォクシーとラビトリーは耳がいいってのもあるが、普通に会話してるわけだから、俺にも途切れ途切れとはいえ、聞こえてはいたんだけどな。

　というか、おいおい、全部こいつらの仕業かよ。

　しかもアバリシアから提供されたもんを使ってとか、どう考えても侵略だろ。

　それで自分達が生み出したマーダー・ビーに襲われてるなんて、自業自得以外の何物でもないが、よくもまあ自分達のやってることを棚上げできるもんだ。

「あいつらを含めて７人しか残ってないみたいだけど、自分達が生み出したマーダー・ビーに、拠点にしてる天然の結界の起点を壊されようとしてるなんて、自業自得もいいとこね。どうする？」

　プリムも同じ意見だが、同情してる様子は欠片もない。

　もちろん俺もだ。

「まずはその拠点を見つけよう。途中でマーダー・ビーと遭遇するかもしれないが、その時は速攻で仕留める。問題はあいつらをどうするかだが……」

「死体にしなきゃストレージには入らないし、かといってオーダーズギルドに報告するにしても、時間が時間だから、出陣は明日になるでしょうね。マーダー・ビーを放置した結果、あいつらが死ぬのは構わないけど、そうなったらそのマーダー・ビーを見つけるのが難しくなる、か」

　そうなんだよな。

　それにあいつらからの情報も捨てがたいから、最低でも１人は生け捕りにした方がいいだろう。

　かといって運ぶにも獣車はないから、ジェイドかフロライトに乗せるしかない。

　いや、他に方法がないわけじゃないんだが、生け捕る人数によっては何か考えないといけないな。

　レティセンシアの拠点は、小川から歩いて５分の所にあった。

　というか着いた時には、マーダー・ビーが水汲みに行ってた３人を襲撃しているところだった。

　起点じゃないかと思われる大岩は粉々に砕けてたから、そのタイミングで３人組が戻ってきたということか。

　それに起点が破壊されてる以上、結界は消滅したと思っていいだろう。

　体長２メートル程の真っ赤な体色をしているマーダー・ビーは、腹部にある大きな毒針で２人の命をあっさりと奪い、最後の男は羽によって首を切り刎ねられた。

　聞いてはいたが、マジでマーダー・ビーは全身凶器らしいな。

　殺人蜂の名前は伊達じゃないってことか。

「また厄介な。こうなったらあの女が一番身分が高そうだから、あいつを生け捕りにするしかないな」

　当然だが、マーダー・ビーに襲われていることは、結界の中にいた連中も気が付いている。

　その中に１人、プリムのバトルドレスより豪華なバトルドレスを纏った女がいた。

　残ってる３人の内２人は先日倒した近衛騎士と同じ鎧を着けた女で、残り１人は男だが、こちらは革鎧をつけてることから、多分ハンターじゃないかと思う。

そうなると当然、生け捕りにするターゲットは決まってくる。

「それしかないわね。マーダー・ビーはあたしが食い止めておくから、大和は連中をお願い」

「わかった」

　即座に役割を決め、俺達は飛び出した。

　プリムは極炎の翼を纏いながら、もの凄いスピードでマーダー・ビーに突っ込んだが、俺も援護のために風性Ｄ級支援系拘束術式バインド・ストリングを発動させて、マーダー・ビーの注意を引いておく。

　風に羽ばたきを阻害されたマーダー・ビーは、一瞬だが動きを止めた。

　しかしそこは異常種、すぐに俺のバインド・ストリングを打ち破り、俺を標的に定めたようだ。

　だがその隙をプリムが見逃すはずもなく、極炎の一撃が尾を引きながらマーダー・ビーを貫いた。

　マーダー・ビーはその一撃で胴体を真っ二つにされ、少しの間動こうとしていたが、やがて力尽きた。

　そして俺は、マーダー・ビーの最期を見届ける間もなく、結界の中にいるレティセンシアの工作員の前に立った。

「な、何者だっ！？」

「まさか、アミスターの犬かっ！？」

　マーダー・ビーのせいでここを引き払えなかったとはいえ、その狼狽え方はおかしいだろ。

　あれだけのことをしてたんだから、フィールからオーダーズギルドが派遣されてもおかしくはないのに、もしかしてこいつら、そんなこと考えてなかったのか？

　まあ、捕まえればわかるか。

「犬はお前らだろう。ああ、あんたは殺さないから安心しろ」

「ぶ、無礼者！私を誰だと思っておる！？」

　そんなことを言うってことは、それなりに身分は高いみたいだな。

　予定通りだが、こいつは生け捕り確定っと。

　間違えて砕かないように気を付けないとな。

「知るか。盗人風情が吠えるんじゃねえよ」

「無礼者めが！この男を殺せっ！」

　その女を守るように立っていた騎士２人とハンターが剣を抜き、俺に襲い掛かってきた。

　だが俺は、いつも通りコールド・プリズンを発動させて全員を氷り付かせると、指揮官と思われる女以外の３人にアイシクル・ランスをぶつけて、粉々に砕いた。

「呆気なかったが、これで終わりだな」

「ええ。マーダー・ビーも大和が隙を作ってくれたおかげであたしには反応できなかったし、指揮官を生け捕りにできたんだから、情報も得られるでしょう」

「ああ。あとはこいつらが持ってきた魔導具とかを根こそぎ回収して、それから報告だな。その前に、こいつのライブラリーでも確認しとくか」

「ああ、それもそうね」

　指揮官と思われる女は、氷り付くと同時にコールド・プリズンを解除したから、今は普通に気を失っているだけだ。

　だが意識がない状態でライブラリングを使われた場合、称号は一切隠すことができないから、正体とかを隠していたとしても、全て丸わかりになってしまう。

　この場に来ている以上、それなりの身分なのは間違いないはずだから、それぐらいは先に調べておいてもいいだろう。

「『ライブラリング』……おいおい、マジかよ」

「どうかしたの？」

「見ればわかる」

　だがこの女の正体は、俺としても予想外だった。

　ライブラリーを見たプリムも、まさかの存在に驚いている。

　それはそうだろう。

　なにせこの女のライブラリーには、こう記されてたんだからな。

　マリアンヌ・レティセンシア

　２５歳

　Ｌｖ．４６

　人族・ハイヒューマン

　レティセンシア皇国第一王女、王位継承権第一位