新魔法メルティング

 俺はエドが新魔法を奏上したと聞いて、結果がどうなったのか、すごく気になったから詳しく訊ねてみたんだが、そしたら渋々ながら白状してきた。


「プリスターズギルドとしても数十年ぶりのことだからってことで、プリスターズマスターまで出てきたぞ。しかも、涙を流して感謝されちまったから、すげえ居心地悪かったな……」


 うん、それは確かに居心地が悪いよな。

 だけど、それはそうだろ。

 なにせ数十年ぶりの新魔法って話なんだから、プリスターズギルドもクラフターズギルドも大騒ぎだったんじゃないか?


「おお、やったじゃないか。おめでとう、エド」


 俺は素直にエドを祝福した。

 実際にめでたい事だし、マリーナとの結婚に花を添えられたんだからいいだろ?


「ありがとよ、って言いたいとこなんだが、本当はお前がやるべきことだったんだぞ?」

「いや、エドが奏上できたってことは、エドじゃないとダメだったって証拠だろ。そもそも、俺はアドバイスはしたが、どんな魔法になったのかも知らないんだからな?」

「それはそうだが……」


 よし、勝ったな。

 というか、これ以上こいつを問い詰めても無駄な気がするから、マリーナに聞いた方がよさそうだな。


「マリーナ、エドが奏上した魔法って、どんな魔法なんだ?」

「呼んだ?って奏上された魔法だね。工芸魔法クラフターズマジックに分類されたみたいだよ。名前はメルティング、だっけ?」


 工芸魔法クラフターズマジックになったのか。

 まあ、金属を溶かす用途で開発したんだからわからない話でもないが、分類されたってどういう意味なんだ?


「それであってる。ん?どうかしたのか?」

「分類されたって、どういうことなの?」


 プリムも、同じ疑問を感じてたみたいだな。

 魔法が奏上されたのは数十年ぶりだから、前回奏上された魔法がどうだったのかを直接知ってる人は、当然だがお年寄りになる。

 当時も噂にこそなっただろうが、実際にどうやって登録されたかは想像の域を出ないだろうし、もしかしたらプリスターズギルドでも、詳しいことはわかってないんじゃないだろうか?


「俺も初めて知ったんだけどな、魔法の名称と用途、効果を魔法の女神像の前で、言葉に出さずに魔力を使ってお伝えする。これが魔法の奏上ってことになるそうだ。認められて登録されると、魔法の女神像が光って、女神像の左手の本に、魔法の名称と属性が浮かぶんだよ。今回はそこに、工芸魔法クラフターズマジックメルティングって浮かんでた。つまり、名称に関しては俺が決めたのが認められたことになるんだが、分類については、魔法の女神様がお決めになられたってことだ」


 だから工芸魔法クラフターズマジックになったってことなのか。

 まあ、金属を溶かす熱量の魔法だから、迂闊に人体なんぞに使えば、あっという間に燃え尽きることになる。

 それを防ぐことにもなるから、工芸魔法クラフターズマジックに分類されたのは当然かもしれないな。


 ヘリオスオーブには、大きく分けて2つ、細かく見れば10近い数の宗教がある。


 そのうち大きい方の1つは、ここフィリアス大陸ではなく、お隣のグラーディア大陸で信仰されている宗教で、しかもフィリアス大陸最大の宗教とは真逆の性質を持っているため、今回は省略するが、俺のいるアミスター王国では、バシオン教という宗教が国教とされている。


 バシオン教はフィリアス大陸で最も人気の高い宗教で、アミスター南西に位置する小国、バシオン教国に総本山があり、教皇が最高司祭として位置付けられている。

 元はアミスター王国の一部だったのだが、約200年前にバリエンテの前身となった6つの小国を割譲する際、宗教の総本山がアミスター国内にあっては問題が起きると判断した時の国王が、総本山のある町、並びに周辺にあるいくつかの村を当時の教皇に割譲し、各国の干渉を禁じた宗教国家として認めたことが、バシオン教国の始まりだ。

 俺の世界だと、バチカン市国が近いかな。


 だがバシオン教の司祭、神官達は、自分達は政治家ではなく宗教家であり、プリスターズギルドの一員だという意識が強い。

 もちろん国政を疎かにしてるわけじゃないし、無益な争いも良しとしてないんだが、兵士は最低限しかおらず、国土も狭いために、食料自給率も70%程でしかない。

 なのに輸出できる特産品は少なく、100年程前に誕生した迷宮ダンジョンからの資源と、アミスターからの支援によってかろうじて国としての体裁を保っている国でもある。


 教皇としても司祭、神官達としても、バシオン教国は敬遠な信徒であるアミスター王家からの善意によって建国された国であることは、しっかりと理解している。

 だから表だって不平不満を言うことはないが、教都や周囲の村に住んでいる一般人には関係のない話でもある。

 さらにアミスターに割譲された6つの小国がバリエンテ連合王国としてまとまってしまったこともあり、バシオン教国が建国された意味も薄れてきてしまった。

 そのため代々の教皇は、何度もアミスターへの復領を嘆願したとか。

 アミスター国王としても、レティセンシアやリベルターとの兼ね合いもあるから、簡単には返答できないみたいだが。


 ちなみにソレムネ帝国には、宗教は一切ない。

 昔はバシオン教以外の宗教も信仰されてたらしいんだが、先代だか先々代だかのソレムネ帝王が、即位するなり宗教は惰弱だと謗り、国内にあったプリスターズギルド、神殿、教会を全て破壊し、司祭や神官達を1人残らず惨殺したって話だから強烈だ。

 元々力こそ正義の国風で、フィリアス大陸統一を国是としている国だから反発も少なかったみたいだが、人としてはどうかと思う。

 当然だが今の帝王も、その先代だか先々代だかの路線を踏襲し、宗教は国内から徹底的に排除しているし、プリスター達の巡礼すら認めていないそうだ。


 しかもハンターズ、クラフターズ、トレーダーズ、バトラーズの4ギルドさえも追い出した上、ほとんどの国と国交を断絶されてしまっているから、マジで何を考えてんのかわからない国だ。


 ソレムネは、資源は国内にある迷宮ダンジョンで賄えている上、食料自給率が100%を超えていることもあって、ほとんど陸の孤島と化している。

 鉱物資源に関しては、国内に複数の鉄鉱山を有している他、クラフターとは異なる技術者集団がいるそうなので、質も高いらしい。

 多分、俺の世界と同じような職人集団なんだろうな。


 話がずれたが、バシオン教は13柱の神を主祭神とし、他の宗教にも寛容なことで有名だ。

 寛容って言うより、他の宗教は土着の教えがバシオン教と結びついた結果だと考えられている、と言った方が正確かもしれん。


 だからこそ200年前に、フィリアス大陸のほぼ全ての宗教が集まって、プリスターズギルドが設立されたらしい。

 バシオン教は、そのプリスターズギルドの中の一宗教という位置付けだが、代々の教皇がグランド・プリスターズマスターに就任することになっているため、大きな影響力を持っている。


 バシオン教が信仰している神は、世界を生み出したとされている父なる神と母なる女神、魔法の女神、武芸の女神、結婚の女神、海の女神、陸の女神、空の女神、人族の女神、獣族の女神、竜族の女神、妖族の女神、そして翼の女神の13柱で、呼び名からもわかるように、父なる神以外は全員女神となっている。


 バシオン教はこれら全ての神に感謝と祈りを、プリスターズギルドに祀られている神像に捧げている。

 神像はプリスターズギルドだけではなく、神殿や教会にもあるが、祀られている神像の数や女神にはバラつきがあるし、父なる神を祀っているのは、バシオン教国の教都エスペランサにあるエスペランサ大神殿、つまりプリスターズギルド総本部だけだそうだ。

 これは父なる神が12柱の女神の夫であり、中心的な存在だということが大きな理由になっているようだ。


 また13柱の神々だけではなく、他宗教の神を同時に祀っていることも、珍しいことじゃないらしい。


 ちなみにフィールのプリスターズギルドには、魔法の女神、結婚の女神、武芸の女神、そして陸の女神像が祀られているぞ。

他は大都市で5~7、地方都市で3~4、小さな村とかでも魔法の女神と結婚の女神の神像を祀るのが普通らしい。

王都のプリスターズギルドには、父なる神を除いた12体の神像があると聞いている。


 魔法の奏上が頻繁に行われていた時代もあったために、魔法の女神像はどの町に行っても安置されているし、自分の天賜魔法グラントマジックも魔法の女神像を通して知ることができるから、ある意味じゃ最も重要だと言えるかもしれないな。


「それでそのメルティングって、具体的にどんな魔法なんだ?」

「物質を熱する魔法だ。直接熱するのは危ねえと思ったから、炉をイメージして、その中の物質に熱を加えることで、金属なら溶かす。木なら燻す。料理なら温める。そんな感じで奏上してみた」


 思ってたよりいい魔法だな。

 しかも、金属以外にも色々と使えるように考えてるから、汎用性もかなり高そうだ。


「へえ、いい考えじゃない」

「自分で言うのもなんだが、俺もそう思う。もちろん熱量は調整できるようにしたが、大和の言ってたようにイメージが重要だから、慣れないと木は炭、料理は黒焦げになるだろうけどな」


 それはそれで大変だが、そこは周知徹底しとけば防げるんじゃないだろうか?

 あと使い方によっては、防寒具に付与することもできるかもしれないぞ。


「お前も狩人魔法ハンターズマジックを使ってるからわかるだろうが、組合魔法ギルドマジックはそういった細かいことも理解しないと使えねえから、そこはあんまり心配してねえな。それより、防寒具に使うっていう発想はなかったな。確かに熱を加えるわけだから、寒さ対策にはいいかもしれねえ」

「熱量間違えたら服が燃え尽きるし、下手したら体も燃え尽きるけどね」


 マリーナが苦笑しながら突っ込むが、そうならないように調整するのもクラフターの腕だと思うぞ。


「でもアミスターは冬になると吹雪くことも珍しくありませんし、すごく寒い地域もありますから、そんな服ができれば、多くの人が喜ぶと思いますよ」


 ミーナの意見に同意だが、アミスターってそんなに寒冷地だったのか。

 フィールは雪こそ降るが、そこまで寒くはならないって聞いてたから、完全に予想外だったぞ。


 マイライト山脈もそうだったが、ヘリオスオーブの気候は、地球とは根本から異なるみたいだ。


 山の多いアミスターは、冬になると雪が降るが、山頂は冬でも灼熱地獄っていう山がいくつもあるし、隣のレティセンシアは年がら年中雨が降ってて、台風みたいな暴風を伴った雨で、土砂崩れが発生することも珍しくない。

 ソレムネは砂漠が広がっていて、雨はほとんど降らないし、トラレンシアは雪が多いが、最大の氷河の中央には溶岩の湖が広がっており、中央には大きな火山が浮かんでいる。

 バリエンテにも、地面から海に突き抜けた根が広がり、海の上なのに広大な森が広がってるそうだからとんでもない。


 どうやらバシオン教国以外の国には、最低でも1つ、そんなとんでもない地域があって、中でもバリエンテのガグン大森林、トラレンシアのゴルド大氷河、アレグリアのエニグマ島が、フィリアス大陸の三大難所と言われているそうだ。

 この3ヶ所には、男の精を受けて子供を孕む亜人が生息していることも共通している。

 他にもそういう亜人が生息している地域があって、その地域は例外なく、指定亜人生息域と呼ばれて危険地帯に指定されている。

 マイライト山脈も危険地帯ではあるが、その亜人が生息していないことは判明しているため、警戒度はそれらの地域よりも低くなってしまっているらしい。


 そんな亜人と遭遇なんてしたくねえが、アミスターにも指定亜人生息域はあるから、そのうち依頼とかで駆り出されるかもしれないなぁ。

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