紫翼の亜竜

 プリムの期待を受けながら朝飯を食い終えると、俺達は登山を再開した。

 昨日はけっこうな数の魔物を倒したが、今日はどうなるかねぇ。

 まあフェザー・ドレイクの巣に向かってるんだから、フェザー・ドレイクは襲ってくるのは確定してるが。


「……って思ってたんだけどなぁ」

「気持ちはわかるわよ」


 俺もプリムも、予想外の事態に戸惑いながら歩いている。

 もう昼過ぎだってのに、1匹も魔物に遭遇しないんだぞ?

 遭遇率がそんなに高いとは思わないが、場所が場所だからこれはありえない。

 プリムだってアイアンスピアの試し切りをしたいから準備してるのに、なんで来ねえんだよ?


「魔物が出てこない分、順調に進めてるのは間違いないわよ。多分もうじき山頂が見えてくると思うし、そしたらイヤでも戦闘になるから油断しないでよね?」

「当然だろ。そのために来たんだからな」


 油断してたわけじゃないが、少し拍子抜けしてたのも事実だから、今のうちに気を入れなおしておかないとな。


「それにしても、巣に近づいてるってのに、まさかフェザー・ドレイクまで出てこないとは思わなかったな」


 フェザー・ドレイクは、高山の森の中に住んでいる。

 高度が上がれば空気が薄くなるのはこの世界でも同じだが、植生は全く別物だ。

 マイライトは富士山と同じぐらいの高さがあるが、さっき頂上っぽいとこが見えたことから考えても、かなりの高さまで登ってきている。


 なのに俺達が歩いてるのは、ジャングルかよと思う亜熱帯性植物が生い茂る森の中だからデタラメだ。

 しかも木々が乱立してるわけでもなく、適度な広さのある空間が所々にあり、中にはエビル・ドレイクでも問題なく過ごせるであろう空間に出くわすこともあるから、さらにわけがわからん。

 その空間のおかげで隣の山肌を見れるから、だいたいどのぐらいまで登ってきたのか予想できて、助かってはいるんだけどな。


「あれ?ねえ大和、あれって何かしら?」


 今回もその空間で少し休憩しながら確認をしていたんだが、プリム隣の山肌に何かを見つけたようだ。

 けっこう遠いが、巨大な何かが、変な動きをしてるのがわかる。


「もしかして、あれか?」

「大和、ドルフィン・アイ使えない?」

「使えなくはないが、ここじゃイーグル・アイの方がいいな。少し距離があるのが気になるが……なんとかなりそうだ」


 俺はドルフィン・アイ、モール・アイと同系統の、風性C級探索系術式イーグル・アイを発動させた。

 こんな使い方をするのは初めてだが、これが一番早く確認できる方法でもあるから仕方がない。


「やっぱりエビル・ドレイクだな。羽毛が紫だし、間違いないと思う」


 予想通り、あまり精度はよくない。

 輪郭や羽毛の色は確認できるから、それでも十分だが。


「まさか隣の峰にいるとはね。というかあいつ、何してるの?」

「狩りっぽいな。襲われてるのは……グリフォンか?」

「グリフォン?こんなところに?」


 そういわれても、鷲の顔に翼、それにライオンの四肢を持った魔物なんて他にいないだろ。

 遠目だからはっきりとはわからないが、ちょっと足が長い気もするな。

 まあ異世界だってことを考えれば、誤差なんだろうが。


 というかいるのか、グリフォン。


「いるわよ。と言っても、迷宮ダンジョンにしか生息してないけど。だけどグリフォンって、Mランクモンスターよ?それを異常種とはいえ、G-Iランクのエビル・ドレイクが狩ってるの?」


 俺に聞かれても困るが、モンスターズランクは人間が魔物の危険度を表すために作ったんだから、魔物側の都合なんて考えられてないはずだ。

 それに、異常種は好戦的ってことも関係あるかもしれない。


「デカさが違いすぎる。遠目だから正確とは言えないが、三倍ぐらいは違いそうだ」

「そんなに?グリフォンは馬と同じぐらいの大きさって聞いてるんだけど……」

 

 グリフォンが馬と同程度のサイズってことは、あのエビル・ドレイク、やけにデカすぎるってことになるんだが?

 いや、聞いた話からすればあんなもんか?


「それもそうか。だけど困ったわね。さすがにこれだけ距離があったら、移動するだけで何日かかるかわからないし、何よりあそこにいてくれるとは限らない。これは思った以上に時間がかかりそうだわ」


 そうなんだよな。

 一度下山して隣の峰を再登山なんて、どう考えたって明日か明後日になる。

 しかもエビル・ドレイクがおとなしくしてくれる保証なんてないし、それどころか移動するのが当然だ。

 マイライト山脈は広いから、ここで見逃したら、次はいつ見つけられるかもわからない。


 ……仕方ない、プリムのプライドを傷つけることになるが、あれを使うか。


「プリム、少し我慢してくれよ?」

「え?え?えええええっ!?」


 俺はプリムを抱え上げた。

 いわゆるお姫様抱っこだ。

 そして風性B級対象干渉系術式フライ・ウインドを発動させ、その場から飛び立った。


「はあ……すごいわね、刻印術って。私も自由に飛んでみたいものだわ」


 俺の腕の中で、プリムが呟いた。

 そりゃ翼もないのに自由に空を飛ばれたら、翼に誇りを持つ翼族としたら、けっこうな大事だよな。


 だけど逆に目の奥には、期待に満ちた光も見え隠れしている。

 空を飛ぶのはプリムの夢でもあるし、その夢が本当に叶うかもしれないんだから、それも無理もない話だな。


 フライ・ウインドは対象に干渉して、物を運ぶことができる術式だが、自分を対象にすることで、短時間だが自在に空を飛ぶこともできる。

 俺は30分が限界だが、母さんは調子が良ければ2時間は飛んでいられるからとんでもない。


 フライ・ウインドに限らず、干渉系術式を人体に使用する場合、何らかの副作用が起きる可能性があるってことで、長時間の使用は禁止されている。

 実際俺の伯父に当たる人が、その副作用のせいで若くして亡くなったそうだ。


 プリムの夢を叶えるために使うのはいいんだが、その点だけは十二分に注意しないといけないな。


「帰ったら考えるよ」

「ありがと、大和」


 ニッコリと笑うプリムだが、これがまた可愛いんだ。

 とはいえ翼族は、自分の翼に誇りを持っていると聞く。

 それを魔法付与だけで解決されたら、複雑な気分になるかもしれない。

 何とか方法を考えないとな。


「大和、あれ、ヒポグリフだわ」

「ヒポグリフ?」


 グリフォンだと思っていた魔物は、確かに鷲の顔と翼、獣のような四肢を持っている。

 だけど脚は、馬のように細長いな。

 前脚はライオンにワシの鉤爪が生えたみたいになってるが、後脚はしっかりと馬、というかバトル・ホースみたいに蹄が三つに割れてるし。

 あ、でも胴体はライオンっぽいし、よく見たら長い脚も馬ほど長い感じじゃないし、なんか肉食動物みたいな感じの付き方だな。

 っていうかヒポグリフって、確かグリフォンと馬の相の子だったか?


「グリフォンの亜種でGランクの魔物よ。でもグラントプスやバトル・ホースとかと同じで、人に懐きやすい魔物なの。個体数が少ないし、山奥に住んでることが多いから契約してる人は少ないけど、獣車を引かせても騎獣としても優秀よ」


 つまり上手くいけば、契約して従魔にすることができるかも、ってことですな。

 なら尚更、エビル・ドレイクを退治しなければなりませんなぁ!


 っと、そんな下心満載じゃ、逃げられるのがオチだな。

 契約できるかどうかは運に任せて、俺達は全力でエビル・ドレイクを倒すことを最優先にしますかね。


「なら、一気に行くか!」

「ええ!」


 俺はプリムを対象にしてフライ・ウインドを発動させ、プリムを抱いていた腕を離した。

 落下を始めたプリムだが、途中で翼を広げたプリムは極炎の翼を発動させ、ミスリルハルバードを構えながら、エビル・ドレイク目がけて、ものすごいスピードで突っ込んでいく。

 俺も加速すると同時に、生成したマルチ・エッジにブラッド・シェイキングを発動させ、水魔法として開発したアクア・アローで包み、エビル・ドレイクへ向かって撃ち出した。


 上空からの攻撃という、予想外の攻撃を受けたエビル・ドレイクだが、さすがにG-Iランクの異常種だけあって、体中に小さな傷を作ってはいるものの、すぐに俺達の方を向くと、大きな口を開けた。

 多分、ファイア・ブレスでも吐こうとしたんだろう。


 だが小さな傷であっても、血液を振動させるブラッド・シェイキングは十分に効果を発揮する。

 体中の傷から血液を振動させられたエビル・ドレイクは、大きくふらつき、地面に落ちた。


 そこを極炎を纏ったプリムが、エビル・ドレイクの胴体、首の付け根辺りを貫いた。


 同時に俺は、風性C級対象干渉系術式オゾン・ディクラインをエビル・ドレイクに発動させ、燃え上がるエビル・ドレイクの炎を消した。

 プリムの極炎にどこまで効果があるかわからなかったが、燃え尽きる前に消火できて一安心だ。


 オゾン・ディクラインは酸素を減少させる術式だから、C級のくせに殺傷力高いんだよな。

 まあ、刻印術が使えれば、対策は難しくないんだが。


「大丈夫か、プリム?」

「もちろん。エビル・ドレイクは?」

「動かないところを見るに、死んだんじゃないか?まだストレージに入るかは試してないが」


 空からの、完全な奇襲が成功したからな。

 エビル・ドレイクは、何が起きたかわからないうちに死んだんじゃなかろうか?

 もっとも、しぶとく耐久力の高い異常種だから、気絶しただけって可能性もある。

 ストレージングは生き物は入れられないから、入るかどうかで確認できるのが楽でいい。

 死んだふりとか一切通用しないからな。


 お、入った。


 それにしても、思ったよりあっさり倒せたな。

 ブラッド・シェイキングで血液を振動させられ、プリムに首が千切れるんじゃないかって程の大穴を空けられて、その後でオゾン・ディクラインで酸素を無くしたから、普通なら耐えられんだろうけど。


「無事に倒せたんだからいいじゃない。ところでヒポグリフは?」

「あそこだ。多分、親だったんじゃないかな」


 倒れているヒポグリフは、けっこうな数だった。

 ほとんどが動かなくなっていたが、わずかに2匹だけ動いている。

 体格が小さいから、多分子供だろう。


 それにしてもGランクのヒポグリフの群れを、単体で全滅させちまうとはな。

 エビル・ドレイクはG-Iランクではあるが、異常種だからPランク相当になる。

 さらにこいつは10メートル近い巨体だってこともあるから、もしかしたらもう一つ上のMランク相当だったのかもしれないな。


「……ヒポグリフは普段は夫婦で暮らしてるんだけど、子育ての期間は群れで過ごすって聞いたことがあるわ。そこで巣立つまでに相手を見つけて、それからずっと、死ぬまで寄り添って生きると言われているの」


 つまり今が、その子育ての時期だったってことか。

 他にも小さなヒポグリフが倒れているから、生き残ったのはこの子達だけっぽいな。


「どうする、大和?多分、生まれてからそんなに経ってない子供だと思うから、こんなところに放置してたらすぐに死んじゃうわ。餌の問題もあるし、何よりオークやフェザー・ドレイクに見つかったら、格好の餌食にしかならないと思うし」


 それは簡単に予想できるな。

 こんな場面に遭遇したんだから、俺達が面倒を見るのはアリだとは思う。

 だけどどうやって連れて帰るか、連れて帰ったところで騒ぎにならないかが問題だな。

 従魔契約できれば、多少の騒ぎでもねじ伏せるつもりはあるが。


「クワア……」

「ん?」


 今にも息を引き取りそうなヒポグリフが一鳴きすると、残された2匹の子ヒポグリフが俺達の方を見た。

 まだ息のあったヒポグリフ達も次々に鳴き始めている。


「な、なんだ、いったい?」


 俺達が驚いていると、子ヒポグリフが俺達の所まで歩いてきて、一礼するかのように頭を振った。

 これは、もしかして……。


「俺達にこの子達を託す、ってことなのか?」

「クワアッ!!」


 そうだ、というように最初に鳴いたヒポグリフ、多分群れの長なんだろう、が大きく鳴いた。

 それを合図にしたように、まだ息があるヒポグリフ達も鳴き始めた。


「大和、血を」

「ああ」


 従魔契約は互いの血を交わし、魔力を流すことで成立する。

 本来なら体に傷をつける必要があるんだが、子ヒポグリフ達も体に傷を負っているから、俺達が傷つけなくても済んだのは幸いだった。

 俺とプリムは掌を切ると、傷口に手を当てた。


「「『フォロイング』」」


 同時に詠唱すると、俺達の血と子ヒポグリフの血が混じり合って魔法陣を描き、それが子ヒポグリフ達の額に移動し、そして消えた。


「お前の名前は……そうだな、ジェイドだ」

「あなたの名前はフロライトよ。よろしくね」


 名前を付けると同時に、俺とプリムの傷が消え、ジェイドとフロライトの傷も全て消えた。

 従魔にした途端に死ぬことがないように、従魔魔法には回復効果もある。

 天賜魔法グラントマジック協会魔法ギルドマジックとは少し違うが、ある意味じゃ俺が初めて使った回復魔法ってことにもなるのか?


 まあ、別にどうでもいいか。


 どうやらジェイドがオスで、フロライトがメスみたいだ。

 2匹は俺達に向かって嬉しそうに鳴き声を上げると、親達に悲しそうな視線を向けた。

 親ヒポグリフ達は俺達の契約を見届けると、満足したかのように息を引き取っていく。


 そして長と思しき個体が、ジェイドとフロライトを通じて俺達にヒポグリフ達の遺体を集めさせると、最期の力を振り絞って、全ての遺体を火葬しようとファイア・ブレスを吐いたが、途中で力尽きてしまった。

 自分の体はどう扱ってもいいが仲間には手を出さないでくれ、っていう遺志を感じた。

 ヒポグリフの知能が高いことにも驚いたが、ここまでされた以上、俺としても遺志を違えるつもりはない。

 それはプリムも同意見で、残っていたヒポグリフを、プリムの極炎の翼をエア・ヴォルテックスで煽って骨も残らず燃やし尽くすと、俺は長の遺体をストレージに収納した。


「クワアアア……」

「泣くな、ジェイド。お前はこれから、フロライトを守っていなかけりゃいけないんだからな」

「彼の遺体は、あんた達のために使うわ。だから、ね?こら、もう。くすぐったいわよ」


 ジェイドとフロライトは大きな声でもう一度鳴くと、俺達にすり寄ってきた。

 甘えん坊だなぁ。

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