第二章・フィールの暗雲

麗しの従騎士

 あれから魔物の襲撃もなく、俺達は無事にフィールに到着した。

 着いたって言っても、これから町に入るためにライブラリーを見せて、入場税を払わないといけないんだが。


 アミスター王国最北の街フィール。

 マイライト山脈の麓にあり、魔銀ミスリル鉱山を抱え、魔銀ミスリル鍛冶も盛んなこの街は、アミスター王国にとっても重要な拠点となっており、オーダーズギルドも精鋭が多い。

 湖もあるから王家の避暑地にもなってるらしいし、貴族の多くも別荘や別邸を建ててるそうだ。


 ちなみに、フィールやプラダ村なんかのアミスター北部地方は、王家直轄領だから領主はいない。

 一応代官がいて街を治めてるみたいだが、魔銀ミスリル晶銀クリスタイトは、アミスターで使用されている総数の約5割をマイライトから産出してることもあって、不正が起こらないように3人の貴族が同じ権限を持っている。

 これは監視の意味もあるから、下手に不正なんかしたら、最悪一家全員処刑ってこともありえるそうだ。

 ちなみにその貴族さん達、フィールにはあくまでも代官として赴任してきているので、滞在するのは3年で、毎年1人ずつ新しい貴族と交代する。

 しかもフィールでは爵位によるゴリ押しはできないし、王家直轄領ってこともあって最終決定権は国王にあるから、余程の事態が起きた場合は、必ず王都に報告が行くことにもなっている。


「と、いうわけよ」

「いや余程の事態って、今がその余程の事態だろうに。陸路は自殺行為だから仕方ないにしても、ワイバーンがいるだろ?」

「さすがに、連絡は入れてると思うわよ。ただ、グリーン・ファングを相手にしようと思ったら、オーダーズギルドだって相当な準備が必要になるわ」


 そりゃごもっとも。

 しかもグリーン・ファングは2匹いたし、さらにその上のブラック・フェンリルまでいたんだから、生半可な準備じゃ返り討ちにあうことは確実で、犠牲もとんでもないもんになるな。


「ああ、そうか。連絡が行ってるとしても、ブラック・フェンリルのことまでは伝わってないのか」

「そういうことね。まあ、プリムと大和君が倒したわけだから、その準備も無駄になっちゃうわけだけど」

「どれだけ被害が出るかわかったもんじゃないんだから、その程度で済めば御の字よ。それより並んでる人はいないんだから、早く手続きしましょ」


 どんだけの準備をしてるか知らんが、ブラック・フェンリルにグリーン・ファング2匹ともなれば、街の1つや2つは簡単に消し飛ぶらしいから、確かに準備が無駄になるだけで済めば安いもんか。

 それに討伐済みってことはこれから報告するし、ハンター登録と同時に買い取りもしてもらうから、遠くないうちに王都にも伝わるだろう。


 当然だが、そんなのがいるって噂があるフィールに来る商人や旅人やハンターはいないから、町の入口には誰も並んでない。

 俺達はそんなことを話しながら、入口に向かった。


「こんな時期にフィールに来るなんて、無茶をされますね。大丈夫だったんですか?」


 開口一番、門番をしていた女騎士さんに心配された。


 っと、アミスターじゃ騎士のことを、オーダーって呼ぶんだった。

 俺やプリムと、そんなに変わらない年齢っぽいな。

 まあ、ヘリオスオーブじゃ17歳で成人扱いになるから、俺も立派な大人になるんだが。

胸当てに手甲、足甲といった簡素な金属鎧を装備してるが、薄い緑に輝いてる所から見るに、魔銀ミスリル製か?


「だな。グリーン・ファングが群れを率いてるってのに、あんた達よく無事だったな」


 同じく門番のオーダーが口を開く。

 身長は俺と同じぐらいだが、年齢はいくつか上っぽい。

 鎧は女騎士さんと同じだけど、男女別ってわけじゃないのか。


 さすがにフィールじゃ、グリーン・ファングが出没してる事実は確定してるみたいだな。


「ご心配、ありがとうございます。だけど大丈夫ですよ。この2人が倒してくれましたから」


 とてもいい笑顔でアプリコットさんが答えると、2人のオーダーががキョトンとした目をして固まった。


「た、倒した?グリーン・ファングを?」

「それと、ブラック・フェンリルね。そっちは大和が単独でだから、あたしは関与してないけど」

「ブ、ブラック・フェンリルを倒しただとっ!?」


 ちょ、すげえデカい声だな!

 そんなデカい声出すと、プリムとアプリコットさんの可愛い狐耳に、デカいダメージが来るだろ。

 俺も耳が痛えよ。

 門番のオーダーの驚いた声を聞きつけ、詰所から他のオーダーが、何事かと次々に出てきた。


 オーダーズギルドは街の中央付近に本部があり、門の前の詰所と派出所がいくつかあるらしい。

 派出所って、確か交番の昔の呼び方だったと思うが、ヘリオスオーブで聞くことになるとは思わなかったな。

 というか、なんか1人、豪華な魔銀ミスリルの鎧を着てるが、この人が隊長か?


「すまない、ブラック・フェンリルを倒したと聞こえたんだが、本当に君達が倒したのか?」

「ええ、俺のストレージに入ってますよ。出しましょうか?」

「……お願いする」


 隊長と思しきオーダーの要請に従って、俺はストレージからブラック・フェンリルとグリーン・ファング2匹を出した。

 すると全員が目と口を大きく開いて、驚愕の表情で固まった。

 顎外れますよ?


「ブラック・フェンリルに……グリーン・ファングが2匹も!?」

「あ、ありえないわ……」

「さすがに死体がある以上、疑念の余地はないが……。誰か、領代とハンターズギルドに報告に行ってくれ。急いでハンターズギルドに来るようにと伝えるのも忘れずにな」

「りょ、了解です!」


 何人かのオーダーが、慌てて馬に乗って行ってしまった。

 あ、領代ってのは、直轄領代行執政官ちょっかつりょうだいこうしっせいかんってのの略称らしいぞ。


 どうでもいいことなんだが、ここにいるオーダーの半分以上は女性だな。

 人口比からしたら、当たり前なんだが。


「申し訳ないが、皆さんにもハンターズギルドまでご足労を願いたい。さすがにこんな大物が討伐されたとなれば、領代やハンターズギルドはもちろん、王都にも報告をしなければなりませんので」


 当然っちゃ当然だな。

 というか、なんでハンターズギルドに?

 オーダーズギルドじゃないのか?


「鑑定室があるからでしょ?けっこう大きい施設だし、外から見られる心配もないし、話が漏れる心配もないしね」

「そういうことです。ああ、今回は入場税はけっこうですが、規則ですので身分証だけは拝見させていただきます」


 緊急の場合なら、入場税が免除になることもあるそうだが、身分証だけは絶対に確認する規則になってるらしい。

 緊急と偽って盗賊とか犯罪者とかが町に侵入したら、それこそ一大事なんだから、それは当然だな。

 そういうわけで、俺が答えるより先にアプリコットさんがライブラリーを出し、隊長さんに掲示した。


「確認しました。ありがとうございます」

「次はあたしね」


 アプリコットさんのライブラリーを確認し終えると、今度はプリムがライブラリーを出した。

 別に順番は決めてたわけじゃないが、こういう場合は雇用主から掲示するのがマナーらしいので、俺は最後になる。


「ハイフォクシー!?しかも、レベル51だと!?」


 あれ?

 ハイフォクシーに進化したのは知ってるけど、確かレベルは49じゃなかったっけか?


「あれ?レベルが上がってる?ああ、あれだけの群れを相手したからね。だけど、一気に上がるとは思わなかったわ」


 ああ、そういうことか。

 そういやレベルって、強さっていうより、肉体と魔力の親和性や同調性を表すんだったな。

 未完成だけど、極炎の翼を使ったことも関係してるだろうから、そう考えるとプリムのレベルが上がったのは不思議でも何でもないか。


「あ、ありがとうございました……」


 オーダー達がさっきから驚いてばっかで申し訳ないんだが、俺のライブラリー見たら、また驚くんだろうな。

 だからって見せないわけにはいかないから、俺もさっさとライブラリーを出すとするか。


「最後は俺だな。どうぞ」

「では失礼して……!!」


 言葉もないですか、そうですか。

 というか、立ったまま気絶してるわけじゃないよな?


「に、兄さん?」

「ど、どうしたんですか、マスター?」


 おお、門番の女の子は、この人の妹だったのか。

 それにマスターって呼ばれたってことは、この人がオーダーズマスターなのか。

 って、それは今はどうでもいいか。


「もしも~し!大丈夫ですかー!」

「はっ!あ、ああ……申し訳ない……。驚きすぎてつい……」


 ついで気絶されても困りますよ。

 というか後ろから俺のライブラリーを見たオーダーが数名、さっきのオーダーズマスターと同じように、声もなく固まってるんですけど。


「レベル57のハイヒューマンか……。いや、災害種を倒せる以上、それぐらいあるのは当然なんだが……」


 あれ?

 俺のレベルも上がってら。

 魔法は使ってないんだが魔力と印子は同じものだから、その関係でってことなのか。

 まあ、検証は後回しだな。


「申し訳ない、自己紹介が遅れました。オーダーズギルド・フィール支部のオーダーズマスター レックス・フォールハイトです。簡単な挨拶で申し訳ありませんが、私はサブ・オーダーズマスターと共に、ハンターズギルドに向かいます。皆さんの案内は妹のミーナに任せますので、申し訳ありませんがご了承願います」

「ミ、ミーナ・フォールハイトです。よろしくお願いします!」


 いえいえ、こちらこそ。

 なんでもサブ・オーダーズマスターは、今日は非番らしいので、迎えに行かなきゃいけないそうだ。

 本来なら部下に呼びに行かせればいいんだが、どこにいるのかはオーダーズマスターしか知らないからオーダーズマスターが迎えに行くしかなくて、代わりに妹を案内に付けるってことらしい。

 別に気にしなくてもいいのにな。


 あ、ミーナは青い瞳に栗色の髪をショートボブで切り揃えた、可愛いっていうより麗しいって感じの美少女で、身長はプリムより低くて、160センチないぐらいか。

プリムは170センチあるそうだから、10センチ近く違うな。


「ということは、説明は領代の貴族の方、ハンターズマスター、そしてオーダーズマスターとサブ・オーダーズマスターが揃ってからということになりますか?」

「いえ、申し訳ないのですが、現在ハンターズマスターは王都に行っておられますので、サブ・ハンターズマスターが来られることになると思います」


 なんじゃそりゃ。

 領代の貴族が行くのはわからんでもないが、なんでハンターズマスターが王都に行ってるんだ?


 あ、オーダーズマスターっていうのはオーダーズギルドマスター、ハンターズマスターはハンターズギルドマスターのことだ。


 ギルドはハンターズギルドやオーダーズギルドだけじゃないから、同じ街に何人もギルドマスターが存在する。

 だからそう呼ぶことで、どこのギルドのギルドマスターなのか判別できるように、昔からそう呼ばれているそうだ。


「緊急の案件だと聞いています。ハンターズギルドはワイバーンを所有していますから、護衛のハンターと共に、2日前にフィールを経たれているんです」


 ミーナが答えてくれたが、それでも納得はいかんな。

 緊急だからこそ、ハンターズマスターが離れることはできないだろうし、それぐらいはどこのハンターズギルドでも理解してくれてるんじゃないか?


 フィールでグリーン・ファングの出現が確定したのが3日前だそうだから、レックスさんや領代も急いで王都への報告書を仕上げ、ハンターズギルドのワイバーンを借りて報告に向かう予定だったらしい。

 それをハンターズマスターが、王都に用事があるってことで出発しちまったってことか。

 当然、報告書なんて預かってないんだろうな。


「っと、その話は後程。私は急いでサブ・オーダーズマスターを呼んできますので、失礼します」


 レックスさんが慌ててこの場を離れるが、確かに終わったことだし、後でもいい話か。


「それじゃ、あたし達も行きましょうか。ミーナだっけ?あなたも乗って」

「悪いけど、案内よろしくな」

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そんなわけでミーナも獣車に乗ってもらって、俺達はハンターズギルドに向かうことになった。

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