16.文化祭レビュアーズ:後編 5

 頭上と観客席から同時に無数のお手玉を受けて次々と千尋の谷へ落ちて行くロミオたち。

 落ちまいと足場にしがみ付く者、前後のロミオを巻き込む者、キレて観客へ投げ返す者。付近の席で巻き添えを食った者がまたそこへ参戦する。


「ほらね、前に居なくて良かっただろう?」


 新田が呆れたように呟く。


「先輩こうなるのを予想してたんですね」


「というか去年もこんな調子だった」


「なるほどこれはひどい」


 その後も肉体系バラエティもかくやという障害が続き、二十人近くもいたロミオたちは最終的に五人まで減っていた。


『過酷な試練とキャピュレット家の激しい妨害を乗り越えたロミオたち。しかし、結局修道僧ロレンスの告げた宝物を手に入れることが出来た者はひとりもいなかったのです』


「無慈悲過ぎる…」


「お品書きを聞いた時点でそうじゃないかなと思ってたよ」


「それはまあ、確かに」


『しかし、だからといってここまでの艱難辛苦を乗り越えてきたロミオたちが唯々諾々と諦めるはずもありません。彼らは夜陰に乗じて再びキャピュレット家へ忍び込み、ジュリエットとの逢引きを試みるのでありました』


 舞台が暗転し、大道具がセットを入れ替えている間にまたしてもナレーションが続くと思いきや、別の声が響いた。


「おおロミオ、貴方はどうしてロミオなの!」


 暗闇に流れる定番の台詞を聞きながら文芸部のふたりが首を傾げる。


「幕間のうちにジュリエットが喋り出すのか」


「なんか要所要所で主要人物がスポットを浴びませんねこの演劇」


「そうだね…うーんデジャヴ」


 幕が上がり、バルコニーと庭の木陰を思わせるセットが現れた。庭に集まりバルコニーを見上げるロミオたち。しかしジュリエットの姿はない。


『ジュリエットの部屋の下から彼女へ語りかけるロミオたち。暫しの間があり、バルコニーにドレス姿が現れました』


「よく生きて帰ってきたな愚かなロミオどもよ!」


 大仰な言い回しとともに姿を現したのは美しいドレスに身を包んだジュリエット、の格好をした女装のロレンスだった。観客たちが一斉に噴き出す。


「ふぅーはははははっ!ロレンスとは仮の姿、我こそが真のロミオよ!キャピュレット夫人を焚き付けジュリエットに這い寄る虫どもを一掃する計画だったが、まさか生きて帰ってくるとはなぁ!かくなる上は私が自ら貴様らを葬ってくれようぞ!出でよ、影武者軍団!」


 ジュリエットと同じドレスに身を包んだ逞しい男たちが次々と舞台上に現れ、悲鳴を上げて逃げ惑うロミオたちを追い回し舞台から連れ去っていく。


『いまや真のロミオを名乗るロレンス。相対するは過酷な旅を生き抜いた歴戦のロミオたち。モンタギュー家とキャピュレット家の代理戦争は何年にも及び、両家は次第に疲弊、衰退していくのでした』


 舞台上から誰もいなくなった後、舞台袖からキャリコを引いたジュリエットとメイド長が現れ舞台を横断して反対側の袖へ消えていった。


『事態の混迷を察したジュリエットは信頼出来る従者と共に家財を持ち出して早々に屋敷を抜け出し、別の街で事業を興して優雅に暮らしたそうです』


 舞台最後の幕が降りていく。

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