14.逢瀬は成れど穏やかならざり 7

 不二はひょろっとした体型ではあるものの見た目ほど運動が苦手ということもなく、ただ流される新田を追うのにそう苦労はなかった。

 すぐに追い付くと浮き輪の端に掴まって一緒に流される。


「もー、流水プールに行くなら先にそう言ってくれればいいのに」


 不二が不満を漏らすも新田はしれっとした笑みを浮かべるばかり。


「なんだい、別の期待でもしたのかい?」


「なにをですか」


「ナニをだよ」


「うわあ、お下品」


「じゃあ期待しなかったのかな?」


 いつもより切り込んでくる彼女に戸惑いながらも嫌な気分ではない。


「いやあそういうわけでもまあ、ないですけど」


 先ほどまでと違いのんびりとした空気で流れに身を任せて雑談するふたり。

 水着姿で水に流されているとはいえ、こうしているとまるで文芸部室で雑談に興じているような安心感がある。それでいながら今日の新田は妙に距離が近く開放的だ。

 不二にとって、この一瞬一秒すべてが新鮮だった。

 そしてそれは新田にとっても同じだろう。控えめに見ても今日の彼女は浮かれていた。

 この瞬間までは。


「ぴゃあっ!?」


 新田が妙な悲鳴を上げて浮き輪の上で飛び跳ねた。同時に不二は足元でなにか通り過ぎたような流れの淀みが生じる。


「え、え?どうしました?」


 悲鳴とともに一瞬で険しくなった新田の視線が下流の一点を凝視する。

 視線の先、肌の焼けた痩せマッチョの男が流水プールからあがっているのが見えた。

 それをビールの小瓶を片手にプールサイドで迎えた男もまた似たような外見で、ふたりしてこちらを見ながらにやにやと笑っている。


「あー…もしかしてあいつになにかされたんですか」


 赤くなるとか。

 狼狽えるとか。

 涙目で震えるとか。

 彼女に限ってそんなことはまったくない。


 ただ大きく溜息を吐いて据わった目でふたりの男を一秒だけ見つめて、浮き輪を降りると流れを横切ってプールサイドへ向かう。


「不二くん、痴漢が出たので警備員を呼んできてくれないか」


「え、えっと、僕がですか?先輩は?」


 見た目通りあまり運動が得意ではなさそうな動作で流水プールから這い上がると、むしろうろたえ気味な不二へ笑みを向ける。


「私は彼らを引き留めておくから。なあに心配は要らないさ。はやく行きたまえ」


 それはよくよく見慣れた彼女の笑顔だった。

 そう、不敵で、冷笑的な。

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