第150話 思いを言葉に
一方、セアラたちと別れたアルは昔馴染みの場所を一通り巡った後、ひとりミスリル鉱山へと舞い戻っていた。ドワーフの鉱夫たちは、見張りも残さず宴会に参加しており、鉱山の中はしんと静まり返っている。
酔いが冷めてくると、アルはずぅんと頭の奥が重たくなる感覚に襲われる。重い足取りでどうにか新たに見つかった鉱脈まで到達すると、ゴロンと仰向けに寝転びひんやりとした地面に火照った体の熱を奪わせる。そうして見上げたその目には、一面の星空のようなミスリルの輝きが映っていた。
(……言うつもりは無かったんだけどな……酒はあんなふうに飲むもんじゃないってことか……)
酔った勢いに任せた自身の行動を悔やみながら、こめかみを押さえて目を閉じるアル。
しばらくその体勢のまま身動ぎひとつせず乱れた心の内を整理すると、やがてそのまぶたの裏に、手を差し伸べてくれたセアラの姿を思い浮かべる。
「セアラにも悪い事をしたな……」
「私がどうかしましたか?」
「なっ!?セアラ?……どうしてここに?」
「アルさんの行くところで、私に分からない場所なんてありませんよ……と言いたいことろですが、こちらに入っていくところを見たという方がおられまして。シルのナイフの材料ですよね?」
「……ああ、さっきはドワーフの連中に無理やり連れ出されて、取ってる暇が無かったからな」
いつもと変わらぬ笑顔でおどけるセアラに対し、答えはしたものの気まずそうに目を逸らすアル。
セアラはその心中を慮ると、ふっと笑みを深めてアルの頭を自身の太ももへと導く。
「ほらほら、まだ顔色が悪いですから、少しこのまま休憩しましょうね」
「……なんだか楽しんでないか?」
まるで子供に言い聞かせるようなセアラの口ぶりに、アルは眉間に皺を寄せる。
「ふふっ、一緒に暮らしていても、膝枕をする機会なんて滅多に無いですから。それにせっかくこんなに綺麗な場所ですからね、すぐに帰ってはもったいないですよ」
「確かに……それもそうだな……」
一面のミスリルを見上げて目を輝かせるセアラと、そんな妻をじっと見上げるアル。
やがて自分から膝枕を申し出たとはいえ、セアラはその視線がいたたまれなくなり、思わずアルの目に手を被せる。
「どうしたんだ?」
「あ、あの……あまり下から見られると恥ずかしいのですが……」
「そうなのか?」
「最近ちょっと顎のラインが……って言わせないでください!」
「……?ああ、すまない」
目隠しをされたままでセアラの表情を窺い知ることの出来ないアルは、いまいち釈然としないながらも取り敢えず謝る。
「アルさん……ほんとに悪いって思ってます?」
セアラは目隠しを止めると、アルの黒い瞳を瑠璃色の瞳で見透かすように覗き込む。
「あ、いや……その、すまない」
アルがつい反射的に謝ってしまうと、セアラは困ったような笑みを浮かべ、艶のある黒髪を撫でる。
「もう……アルさんはすぐそうやって謝って済まそうとするんですから……」
「……すまない」
しまったという表情を見せるアル。セアラはわざとらしくむくれてアルを見つめると、しばしの沈黙の後に、二人は同時に吹き出すように笑う。
「でもそれだけの力をお持ちなのに、そうやって周りの方に気を使うというのは、なかなか出来ることでは無いと思いますけどね」
「力があるからこそだよ……その辺りは余計に気を使ってるんだ。だから……正直ちょっと落ち込んでるよ……」
先程の乱闘騒ぎを思い出し、アルが右手の甲を額に乗せて嘆息すると、セアラはその手のひらに鉄槌を落とす。
「つぅっ……セアラ?」
「マイルズさんからの伝言で、『俺とお前の間なら、殴り合いくらいどうってことねえ。そもそも俺の方が押してたんだから、勝手に上から目線で落ち込んでんじゃねえ』だそうです。あと、もしも本当に落ち込んでいるようなら一発くらわせてやってくれと」
「……ちっ、どこが押してたって言うんだ……だけど……そうか、マイルズがそんなことを……」
「……差し出がましいとは思いましたが、御三方の過去の話をお聞きした上で、私なりに解釈したアルさんの考えをお伝えしました。ですのであとは御三方がご自分で答えを出されるかと」
「……いや、差し出がましくなんてないよ。本当は俺が言わないといけなかったのに、ありがとう」
「い、いえ、私が勝手にしたことですし、お礼を言われるようなことでは……でも……私が話した内容は気にならないんですか?」
当然返ってくると思った言葉が無かったことで小首を傾げるセアラに、アルは自嘲気味な笑みを返す。
「そこは心配してない、むしろ俺が上手く言葉に出来ないことまで伝えてくれてると思う」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ、どうやら俺は思考の言語化が苦手みたいでな……自分のことなのに、セアラに言われてそういうことかと気付くことも多いんだよ。苦労をかけてると思ってはいるんだが……」
「苦労だなんて、そんなこと……でも……そうですね……それでしたら、少しづつ思ったことを口に出す練習をしていきましょう。私が練習台になりますから」
にっこりと笑い、胸に手を当てるセアラ。
「じゃあ……」
アルは膝枕から起き上がると、セアラを抱き寄せて唇を重ねる。
「……セアラ、いつも助けてくれてありがとう。愛してるよ」
「〜〜〜っ!!」
アルの言葉を聞くやいなや、かあっと耳まで真っ赤になったセアラが慌てて両手で顔を覆い、声にならない声を上げて懊悩する。
「大丈夫か?」
アルが心配そうに顔を覗き込もうとするが、セアラは後ろを向いて、頑なにその顔を見られまいと抵抗する。
「そんな……そんな不意打ち、ダメですよぅ……こんな顔とても見せられないです……頬が緩むのが抑えきれないんです……」
セアラはそのままの状態で大きな深呼吸を三度すると、ようやく両手を顔から離して火照った顔をパタパタと扇ぐ。
「やっぱり最初はこれだと思ったんだが……」
そのあまりの取り乱しように、アルは悪いことでもしたかのような気持ちになり、困ったよう表情で眉尻を掻く。
「あ……うぅ……も、もちろん嬉しいんですよ?でもあんなふうに不意に言われると、普段よりも破壊力が有りすぎて……」
セアラが慌ててフォローをするが、アルはより一層困惑の色を深める。
「そ、そうか……難しいな……」
「えっと……つまりですね……すっごくすっごく嬉しいので、また言って欲しいのですが、二人きりのとき限定でお願いします」
ぺこりと頭を下げるセアラ。アルは笑ってその髪に触れる。
「ああ、分かった。そうするよ」
「あと……」
セアラは軽くキスをして、そのままアルに抱きつき体重を預ける。
「私も愛してますよ、アルさんっ」
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