第136話 父娘関係はとっても難しい

 アルたちは一足先に長老たちが待つ場へと到着したシルとアイリに合流する。アイリはつっけんどんな態度を崩すことは無かったが、相変わらずシルの手を握り、その肩で気持ち良さげに佇むノアを名残惜しそうに眺めていた。


「アイリはここで待っているか、家に戻りなさい。アル、セアラ、リタ、シル中へ」


「ええ!?ちょっと待ってよ、お父さん!じゃあ私なんの為にここまで来たの?」


「知らん、お前が勝手に来たんだろうが?」


 ぐぅのねも出ない正論に、アイリがぐぬぬ呻きながらも、ここは分が悪いと素直にと引き下がる。


「アイリおばちゃん、案内してくれてありがとう、またあとでね!」


「うぅ……わ、分かったわよ。セアラさん!とリタさん、今日は母に美味しい料理を作ってもらっていますから。絶対来てくださいね!!ついでにシルとノアもおいで」


 アルのことは完全にスルーだが、話がややこしくなるだけなので、誰も口に出さずに嵐が過ぎるのを静観する。


「そ、そうなんだね。うん、じゃあ楽しみにしてるね」


「……アイリ、ルイザに全部任せるんじゃない。お前も女なんだから手伝いなさい。ただでさえ男の少ないこの里だ、そんなことでは嫁の貰い手がないぞ?」


 父親らしいところを見せようとエルヴィンの放った言葉は完全に地雷だったようで、アイリの目がすんと据わり、父親をまるで汚物でも見るかのような視線で射抜く。


「……あのさぁ……お父さんがセアラさんを紹介してくれるって言うから、仕方なく、本っ当に不本意ながら下手に出てたけど、さすがにもう限界。女だから料理しろとか関係ないでしょ?」


「ちょっ……お前」


「……兄さん、ちょっと見ないうちにアイリと仲直りしたのかと思ったら……姪をダシにするとか恥ずかしいと思わないの?」


 豹変したアイリにアルたちが混乱する中、リタだけは冷静にエルヴィンを問い詰める。


「いや、それはだな……」


「だいたいさぁ、お父さんいつも言ってるでしょ?高潔なるエルフは他種族と馴れ合う必要は無いだとかさぁ。それが何よ、あんな地味でパッとしない奴にヘラヘラしちゃってさ」


 ここに来てようやくアイリがアルを認識し、牽制するようにキッと睨むが、アルからすれば完全無視からの急展開で困惑を隠せない。


「た、確かにそう言ったが……アルはこの里を救ってくれた恩人でセアラの夫、種族が違えど尊敬に値する男だ。何もおかしいことなどないだろう?」


「ふん、それだってどこまで信じていいのかしら?まあ多少は強そうではあるけど、世界を救ったとか眉唾物でしょ?どの道、私は自分で見たものしか信じないからね。それに何が尊敬に値する男よ、マジでキモすぎて無理なんだけど!?」


 トドメの一言を突き刺すと、アイリが長老たちの館の重厚なドアを、大きな音を立てて閉める。


「キモ過ぎて……?」


「あ〜……ちょっと早い反抗期かしらねぇ?ま、まあ良くあることだって!兄さんも真に受けないの」


「なぁ、セアラ。シルにキモイって言われたらどうしたらいいんだ……?俺、ちょっと耐えられない気がする……」


 想像だけで身震いをするアルが、気の毒そうにエルヴィンを見やると、セアラが苦笑しながら背中をさする。


「もう、アルさん、シルがそんなこと言うわけないじゃないですか」


「そうだよ、パパが好きなのにそんな事言わないよぅ」


「おぉぉ……」


「二人とも……それくらいにしてあげて?完全に傷口に塩を擦り込んでるわよ?」


 エルヴィンが、力なく膝から崩れ落ちる。普段であれば文句無しに眉目秀麗なエルフなのだが、眼前のその姿には見る影もない。


「そ、それにしても……いくら反抗期だと言っても、随分と嫌われていませんか?」


 あまりにも惨めなその姿。これ以上見ていられないセアラが疑問を口にすると、エルヴィンが大きく息を吐いてその疑問に答える。


「……理由は分かっているんだよ……アイリはあの歳にして風魔法のエキスパートで、弓の腕も抜群なんだ。それもあって、今は守備隊の見習いとして訓練に明け暮れている。年齢的にまだ前線には出せないというだけで、私に次ぐくらいの実力を持っている」


「じゃあ叔父さんがアイリさんに甘すぎて、反発されているとか?」


「いや、その逆だよ。娘だからと贔屓しないよう、期待も込めて敢えて厳しくしていたのだが、それが行き過ぎてしまっていたようでな。それでいつしか反発されるようになってしまったというわけさ……」


 四つん這いのまま自嘲気味に笑うエルヴィンに、アルが首を傾げる。


「分からないでは無いが……それは至って普通の話だろ?確かに私情と言ってしまえばそうかもしれないけれど、親が子の才を伸ばしてやりたいのは当然だし、何より守備隊は命を張る仕事だ。それで死んだりする可能性が低くなるなら、尚更当たり前じゃないか」


 アルの実感のこもった言葉に、一同は確かにと首肯し、リタがそれに便乗して楽観的な意見を口にする。


「じゃあつまりあれよね、アイリに兄さんの思いを理解してもらえば万事解決、一件落着ってことよね?」


「……でも、それはなかなか難しいのではないでしょうか?年頃の女の子となると、やはりお父さんには素直になれないでしょうし、それが原因でこのような状況になっているようなものですから……」


 セアラの一言に、またしても一同は確かにと首肯し、妙案を探ろうと、うなり始める。その時、長老たちが待つ部屋の扉がギィと開かれる。


「お主ら何をしておるのだ?さっさと入ってこぬか、待ちくたびれたぞ」


 外から聞こえるぎゃあぎゃあと賑やかな様子に、痺れを切らした幹部の一人が直々に扉から顔を出す。

 それまでショックのあまり本分を忘れていたエルヴィンが、慌てて四つん這いから復帰すると、キリッとした顔を作り、アルたちを引連れて中へと入っていくのだった。

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