第125話 私があなたを、あなたが私を

「アルさん、聞いてますか?」


 ツインの部屋でありながら、同じベッドに並んで腰かけている二人。セアラはアルの頬をつついて不満を漏らす。


「え?あ、ああ……すまない、何だったかな?」


 アルから言わせれば、先程のガールズトークの拝聴は完全に不可抗力。それでもセアラとカミラへの後ろめたい気持ちと、気恥しさがい交ぜになり、会話への集中力を奪っていく。


「もう……どうしたんですか?上の空で……明日はチェックアウトしたら、教会に行くということで良かったですか?」


「ああ、大丈夫だよ。本当はブレットさんにも話を聞きたいところだったんだが……さすがに難しいよな……」


「ええ、そうですね。まさか結婚式当日にお祭りをするなんて思いませんでしたが、何かお考えがあっての事でしょうからね。少し屋敷に顔を出してみて、それでダメでしたら日を改めましょう」


「ああ、そうだな。さ、さてと、じゃあ寝るとするか」


 さすがにシングルベッドに二人で眠るのは狭いため、アルは二つのベッドをくっつけて並べると、わざとらしく伸びをしてベッドに横たわる。


「アルさん、やっぱり変ですよ……?じゃあ、おやすみなさい」


 セアラは怪訝そうにアルを見るが、特に追求することは無く、アルの隣に体を横たえる。


「ああ、おやすみ……」


 アルがセアラを抱き寄せ、おやすみのキスをしようとした時、廊下から賑やかな声が聞こえる。



「な?ここの料理最高だろ?」


「ですね!その割に安いし、めっちゃ得した気分ですよ。教えていただいてありがとうございます!」


「おう!気にすんな!じゃあまた明日からガンガン依頼こなしていくからな、頼むぜ?」


「はい!おやすみなさい!」



「……ええっと……冒険者の先輩と後輩かな?さすがジェフの料理は人気なんだなぁ……」


 アルが何とか誤魔化そうと、聞こえてきた会話の感想を口走りながら隣を見やると、耳まで真っ赤にし、濡れた子犬のようにプルプルと震えるセアラが目に入ってくる。


「アルさん……カミラさんとのお話、聞いてました?」


「ええっと……それは……その……聞くつもりはなかったんだが……聞こえてきたというか、何というか……」


「もぉぉー!!なんで聞こえてたって言ってくれないんですか!?」


「い、いや、だってな?そうは言うけど、今の話聞こえてたぞって言って欲しいか?」


「あうぅ……それも恥ずかしいです……」」


「それに……セアラの気持ちは分かってるんだから、今更だろ?」


「で、でも……恥ずかしいです!今思い出すと、なんだか上から目線で、偉そうなこと言っちゃって……多分ちょっとドヤ顔になってましたよぉ……」


「そ、そうなのか……それはそれでちょっと興味あるな」


 セアラが『うわぁぁ』と言いながら、顔を覆ってベッドの上を転げ回っていると、アルは体を起こしてベッドの上に正座する。


「こほん……なぁ、セアラ」


「は、はい……?」


 アルに合わせて、セアラもベッドの上で正座する。


「えっとな……まず、さっきの話だけど……すごく嬉しかった。ありがとう」


「あ……はい……どういたしまして」


 正座したまま、二人は互いにぺこりと頭を下げる。


「それで……さっきの話だけじゃなくてさ、セアラにはいつも感謝してるし、本当にすごいと思っているんだ……今の俺の幸せはさ、全部セアラがくれたものなんだよ」


「私があげたもの……ですか?」


 今ひとつピンと来ていないセアラだが、穏やかな表情で話すアルの言葉に、そのまま耳を傾ける。


「いつもセアラが隣にいて、シルがいる。ついでって言ったらアレだけど、リタさんもいて、ノアも増えて……今度はエリーさんも旦那さんを連れてくるかもしれなくて……他人と付き合うことなんて煩わしいって、ましてや一緒に暮らすなんて以ての外だって、そう思ってたのにな。今では、今日はセアラと二人だけで嬉しいっていう気持ちと、少し寂しいっていう気持ちがあるんだ」


「ふふ、そうですね。私も少し寂しいです」


「こんな気持ちは、きっとセアラに出会わなければ抱くことは無かったんだろうな」


「あらら、じゃあ……良くないものもあげちゃいましたね」


 セアラが困ったようにクスクスと笑うと、アルもそれに同調して笑う。


「あとはそうだな……怖いっていう感情もだな」


「アルさんでも怖いものがあるんですか?」


「ああ、今はセアラとシルを失うことが死ぬほど怖い。そんなことになるくらいなら、代わりに死んだ方がマシだって思ってるよ」


「……ダメですよ!と言いたいところですが……その気持ちは、痛いほどよく分かってしまいますね」


「うん……それで、セアラに頼みがあるんだ」


「……なんですか?」


「あの約束はもうチャラにして欲しい」


 具体的な内容を示唆せずとも、セアラにはそれが何かすぐに分かる。


「それは…………アルさんが死んだら私も後を追う、ということ……ですね?」」


「うん……俺は絶対に自分から死を望んだりしない。だけど……」


「……はい、アルさんが私とシルの命を最優先に考えるように、私もまた、アルさんとシルの命を最優先にするでしょうね。だから私が二人のために死んだとして、アルさんが私の後を追ったなんてことになったら……まあ……絶対に許さないでしょうね。そんなの全然嬉しくないですからね……そしてその逆もまた然り、ということですね」


「ああ……その代わり俺はセアラとシルを、家族を絶対に守るよ。万が一なんてことは起こさせない、絶対にだ。そして長い年月の先、いつか天寿を全う出来た、そう言える日まで二人を守り続けるよ」


「はい……私もです。ずっとずっと、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、アルさんのそばに居ますからね」


 永遠を誓うかの如く、長い口付けを交わす二人。ややあって、どちらともなく唇を離すと、照れ隠しをするかのように笑い合う。


「ふふ……なんだか随分と大きな話になってしまいましたね?」


「ああ、俺はつくづく話をするのが下手なんだなって思うよ…………えっと……要するに……俺が何が言いたかったのかって言うとだな……」


「はい」


「俺はちゃんと幸せだよ。去年セアラがこの宿で言ってくれた通り、俺はセアラに幸せにしてもらえてるよ」


「アルさん……」


「それに最近はカペラの連中といるのも、楽しいと思えるようになってきたんだ。まあ……中にはメリッサとかレイチェルみたいに困ったやつもいるけれど、あれはあれで面白いしな」


 アルがふふっと笑みを漏らし、そのまま続ける。


「セアラはすごいよ。まるで俺がどうやったら幸せになれるのか、全部知ってるみたいだ。それで俺をどんどん変えてくれて……なのにそれが全然嫌じゃないんだ、変われるってことが純粋に嬉しいって思えるんだよ。だからさ、セアラには自信を持って言ってほしい、俺を一番幸せにできるのは自分だって」


「アルさん、私も幸せにしていただいてますよ。朝起きたらアルさんがいて、一緒にご飯食べて、一緒にお仕事に行って、たまに一緒にお昼ご飯食べて……ずっとずっと、ず〜〜〜っとこんな日が続いったらいいなって、いつも思ってますよ」


 セアラがアルの手を取りニッコリと微笑むと、アルはセアラの髪をさらりと一撫でして、抱き寄せる。


「ああ、知ってるよ。セアラを世界一幸せに出来るのは俺だから」


「ふふっ、はい、そうですね。アルさんは私のこと、世界一好きですものね」


「ああ、そうだよ」


 自分自身に言い聞かせるかのようなアルの言葉に、セアラはふにゃあと表情を緩めて、最愛の人の体温を全身でたっぷりと味わう。

 それから数分後、その逞しい腕に抱かれていたセアラは、ふと思い出したように、顔を上げてアルに尋ねる。


「あっ!ところでアルさん」


「どうしたんだ?」


「メリッサとレイチェルさん、何かしたんですか?」


「え?」


「だってわざわざ名指しをするなんて、そうしたくなる程のことがあったんですよね?」


「いや、ええっと……それはまあ……うん……じゃあ、おやすみっ!」


 己の軽率な言動を呪いながらも、咄嗟に躱す言葉が出てこなかったアルは、唇が触れるだけの軽いキスをして背を向ける。


「ちょ、ちょっとアルさん!?ダメですよ!キスなんかじゃ誤魔化されませんからね〜?」

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