第116話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑥ あの日のあなたを知っているから

「あ〜飲みすぎた〜って、おう、アルじゃねえか!?何だってまた、こんなとこで突っ立ってんだ?」


 アルがセアラとシルを見送ったまま、解体場の前で惚けること五分ほど。前日に余程深酒をしたのか、いつもはかなり早く来ているはずのモーガンが、ようやく出勤してきていた。


「あ、ああ、モーガンか。いや、何でもない。それより今日からまた二人を頼むよ」


「おう、任せときな。ま、そうは言っても二人とも熱心だからな、アルが心配するまでもねえよ。ところで、お前は今日から依頼を受けるのか?」


「いや、今日はちょっとやることがあってな。本格的に冒険者稼業を再開するのは、明日以降になりそうだよ」


「そうか……しかし、やっと解体場ウチにもギルドにも、いつもの平和な日常が戻ってくるって感じだな」


「平和な日常……?どういうことだ?解体場は確かにセアラとシルが、いるいないで変わるかもしれんが、ギルドは別に俺がいなくたって、そうは変わらないだろ?」


 世界を救った英雄とは思えぬアルの言葉に、モーガンはやれやれと肩を竦める。


「お前は自分が居ない時の様子を、知らねえからそう思うだけだ。アイツらときたら、お前がいつも請けていたような塩漬けになってた依頼や、雑用なんかも厭わずにこなすようになってな。その甲斐あって、前までは敬遠されがちだった冒険者どもも、今では住民に受け入れられつつあるんだぜ?」


「へぇ、それはいいことじゃないか。それなら、むしろ居ない方がいいだろ」


ちげぇっての。アルが居ないギルドは役に立たねえ。そんなふうに言われねえように、アイツらも躍起になってたんだよ。好意的に解釈してやりゃあ、やる気に満ち溢れているってことだがな」


「……随分と含みのある言い方をするんだな?」


「ああ、そういう時ってのはな、危ねぇんだ。悪く言っちまえば、浮き足立ってんだよ。今回はギデオンのやつがそれを察知して、引き締めていたから良かったが、分不相応なことをして命を落とすやつが出る時ってのは、決まってそういう時なんだよ。要するに、お前の存在はここのギルドの守護神みたいなもんだな。居るだけでギルド全体の安定感が違うんだよ」


「ふふっ、俺が守護神か。なら俺がいない間、守ってくれた皆には感謝しないとだな」


 アルが頬を緩ませると、モーガンが目を丸くして豪快に笑う。


「がっはっは!アルが俺の話で笑うとはな、珍しいもん見たぜ。じゃあな、二人のことは心配すんな。お前も、しょうもねえこと……なんてする訳ねえわな」


「…………?それってどういう」


 言葉の意味が分からず、アルが首を傾げていると、モーガンは笑いながらひらひらと手を振る。


「はっ、何でもねえよ、忘れてくれ」


 モーガンは説明を放棄すると、ひと目で力が強いと分かるほどに、見事に鍛え上げられた腕をグルングルンと回しながら、解体場へと消えていく。


「……何なんだよ、一体……?ああ、そういえばモーガンも……いや、誘わない方が無難か……」


 アルはモーガンを今夜のパーティーに誘おうかと逡巡するが、もれなく解体場で働く全員が来そうだと思い止めておく。そうなれば、今のアルの家のキャパを大きく超えることは明らかだった。


 気を取り直したアルは、アンとナディアに声を掛けるためにギルドに入る。


「あれ?アルさん、おはようございます!!活動は明日からと聞いていましたけど、素材の買取ですか?」


 いつもの素材買取カウンターに座る、黒髪の猫獣人アンがアルを見つけると、朝とは思えないほどの快活な声を出す。アルは手を挙げてそれに応えると、元気良くピンと立った耳へと耳打ちする。


「いや、今日は別件なんだ。今夜、うちでセアラの誕生日パーティーをするんだが、来られるか?」


「ええ?きょ、今日ですか!?むむ、それはまた急な話ですね、残念ながら……」


 耳を垂れさせ、浮かない表情をするアン。


「都合が悪いのか?」


「独り身なのでいつも暇です」


「ああ、知ってる」


「あぁ〜!!ひっど〜い!!アルさんってそういうこと言う人だったんですね!?」


 朝も早いため、まばらにしかいない冒険者たちの視線が、一斉に二人へと集中する。


「いや……単にノリを合わせただけだろう?」


「いいですか?女の子の自虐は否定を求めているんですよ?そこは私の顎をクイッとしながら『すぐにアンの魅力を分かってくれる、いい人が見つかるさ。案外すぐ近くにいるかもよ?』とか言うところですよ?」


 ただ低いだけの、全く似ていないアルの声真似を披露しながら、妄想を垂れ流すアンに、アルは胡乱な目を向ける。


「それ、本当に俺が言ったらどう思うんだよ?」


「う〜ん……だいぶ気持ち悪いですね」


「辛辣すぎないか?……全く、理不尽なやつだな」


「でも、そんなところに惹かれちゃったり?」


「無いな」


 暖簾に腕押し、糠に釘。打てど響かずのアルに、アンは大きなため息をつく。


「はぁ〜、アルさんはですねぇ、真面目すぎるんですよ……もうちょっと遊び心を持ったらどうですか?そんなことだから、あの程度のことで、浮気疑惑なんて言われるんですよ?」


「は!?なんで知ってるんだよ?」


「え?だって昨日ギルド中で噂になってましたよ?」


「……言っておくがな」


「誤解なんでしょう?それくらい言われなくたって分かってますって。だってアルさんがセアラさん以外を好きになるんなんて、ありえないでしょ」


「……はは、ありがとう。皆がアンみたいだと有難いんだが、やはりこの手のことは女性の方が分かるんだろうな。じゃあ仕事が終わったら来てくれ。あと悪いが、ナディアにも声を掛けておいてくれるか?」


「ナディアには、アルさんが声を掛ければいいんじゃないですか?きっと喜びますよ?」


「……今はナディアをいなせるほど元気じゃないんだよ」


「あ、もしかして何かこじれてる感じですか?」


「……察してくれ」


「あぁ……セアラさんもアルさんが関わってくると、ポンコツ……ごほんごほん、天然ですからねぇ……ナディアなんかは全て分かったうえで、ここぞとばかりに、ちょっかい出してくるでしょうしね。いいですよ、多分、アルさんからの誘いなら、何であれ喜んで行くって言うでしょうから」


 アルは、だだ漏れになった、アンのセアラへの評価を聞かなかったことにする。


「手間をかけさせてすまないな」


「いえ……ねぇアルさん」


「ん?どうしたんだ?」


「セアラさんって、可愛らしい人ですよね」


「……急にどうしたんだ?」


「アルさんのことになると、セアラさんって本当に可愛いんですよ。今朝アルさんに服装を褒められたとか、料理を美味しいって言ってもらえたとか、そういう何気ないことを本当に嬉しそうに話すんです。もう聞いてるこっちが恥ずかしくなりますよ?付き合いたてとかじゃなくて、あなたたち夫婦でしょう?って何度言おうと思ったことか……本当に……あ、なんか話してたら、ちょっと負の感情が……あれなんの拷問なんですか……?」


「……いや、今のはセアラを褒める流れだよな?」


「え?あ、そうでした。でもそれだけセアラさんはアルさんが好きなんですよ。だから間違っても、面倒くさいとか思ったらダメですからね?そんなこと思ったら、私が怒りますから!」


「……そうか……ありがとうアン」


「い、いえ、こんなこと、私が今更言うまでもないことでしょう?」


 アルのストレートなお礼が嬉しかったのか、照れながらも、耳を動かし喜びを露わにするアン。


「そうだとしても、人からそう言ってもらえるのは有難いよ。分かっているつもりでも、ついつい弱気になったり、忘れたりしてしまうからな」


「そうですか、じゃあ、お礼は有難く受け取っておきますね」


「ああ。ところで、うちに来るとなると、町からは外れるけれど、二人だけでも来られそうか?」


「ええ、大丈夫ですよ。モンスターが出るような道では無いですから」


「そうか、じゃあ、くれぐれも気を付けてきてくれよ」


「はい、ありがとうございます。ではまた夜に」


「ああ、後でな」


 ギルドを後にするアルに向かって、アンは目を細めながら軽く手を振ると、セアラが連れ去られた時のことを思い出す。


「……アルさん、女だから分かるとかじゃないんですよ。私が知っているだけなんです。あなたの心に、セアラさん以外が入り込む余地が無いことなんて、あの日からずっと知っているんですよ」


 その静かな独白は、誰の耳にも届くことなく、余韻も残さずに霧散するだけであった。



※どうでもいいような、よくないような補足


アンはアルに恋愛感情は持ってません。好ましくは思っていましたが、それがカタチになる前にセアラが現れたので、結局そこまで発展することはありませんでした。今では、その明るい性格もあり、非常に珍しいアルの友人的なポジションです。

ちなみに、本当にどうでもいいかもしれませんが、モーガンもセアラが連れ去られた時のアルを見ているので、誤解したりはしません。


次回はメリッサとレイチェルを誘うお話。この二人が出てくると、コメディ色が強くなりがちです。

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