第88話 奇襲

 ソルエールに来てから一週間が経ち、新しい生活にも徐々に慣れてきた頃、アルたちはクラウディアの執務室で今後の予定について話し合っていた。そこにはリタとドロシーも参加している。


「アルさんには出来れば学園での非常勤講師をお願いしたいんだけど、大丈夫かしら?」


「ええ、タダでお世話になるのもさすがに心苦しいですからね。ですが……教えるのが上手いかどうかは保証できませんよ?」


 アルの懸念に、クラウディアに代わりドロシーが笑って返答する。


「心配要らないわよ、別に教壇に立って講義をして欲しいっていう訳じゃないから。模擬戦や実技訓練の方に参加して欲しいのよ。アルと戦うだけでも学生にはいい刺激になるだろうしね。もちろん手加減しなさいよ?学園のトップでもアルが本気なら十秒持たないでしょうから」


「先生……俺をなんだと思っているんですか?さすがに本気でやるわけ無いじゃないですか」


「どうかしら?そう言いながらアルは案外負けず嫌いだしね。それでセアラとシルをどうしようか迷っているんだけど、二人はやりたいことはないの?」


「魔法をもっと勉強したい!」


「あ、私もそうですね」


 元気よくシルが手を上げて答え、セアラも同意する。シルは未だ両親と和解できたわけではないが、あの一件以来アルとセアラがずっとそばについていたので、表面上はすっかり元気を取り戻していた。

 ドロシーは二人の希望を聞くと、ソファに身体を持たれかからせ、中空を見上げながら妙案を探る。


「うーん、どうしようかな…………いっそ学園に入ってみるとかは?二人なら実力的に申し分ないし」


「でも時期があまりにも中途半端な気がしますし、年齢だって……」


 セアラが難色を示すと、ドロシーが頭を振って否定する。


「それなら大丈夫よ、とりあえず三年生のクラスに編入すれば、今の時期はほとんど就職活動や好きな研究をしてるだけだから、図書館にでも入り浸って勉強したらいいわ。施設を使うためには学生の身分があった方が何かと都合がいいしね。それに魔法学園は基本的に中等教育を終えて入るから、十五歳で入ってくる子が多いだけよ。試験さえ受かれば何歳でも問題ないの。さすがに今の時期から三年生になっても卒業証書はあげられないけど、二人が望むなら四月から一年生として入ってもいいわよ」


 この世界で学校という概念がスタートしたのは、日本人が建国に携わったラズニエ王国が最初。そのため初等教育、中等教育、高等教育の年齢は日本のものに準拠していた。とは言え学校に通えるのは貴族階級や、商人などの富裕層が殆ど。ソルエールの魔法学園も、余程の才能がない限りは平民が入学できるところではない。


「それでしたら……シル、行ってみる?」


「うん、行く!」


「じゃあ早速学園を案内しよう、リタさんはどうされますか?」


 静かに成り行きを見守っていたリタにドロシーが声をかける。


「私はクラウディアのところにいるわ。今まで通り、手伝えるものがあれば手伝うって感じかな。あとセアラ、学園の見学が終わったら、一緒に来てほしいところがあるんだけど」


「うん、それは構わないけど、どこに」


 ドゴォーーン!!ガラガラガラ


「ギイヤァァァァァァァァァァァァァ!!!」


「っ!なに?なんなのよ、一体!?」


 轟音と共に建物が大きく揺れ、身の毛もよだつ咆哮が響き渡ると、ドロシーが声を上げる。明らかな異常事態に一同の表情が焦燥に染まり、アルがメイスを取り出して臨戦態勢を取ると、執務机に置かれた通信魔道具にグレンから連絡が入る。


「代表!ド、ドラゴンです!学園前広場にドラゴンが現れました。現在学園の教師たちが迎撃に出ておりますが、魔法が殆ど効果がなく、戦局は困難を極めております。早く建物からお逃げ下さい!私もそちらに向かいますので!」


 一方的にそこまで言うと、通信魔道具からの連絡が途絶する。ドラゴンは魔界にしか存在しないはずの、生ける災害とも言われる希少種。その脅威を肌で知るグレンの焦りはもっともであった。


「ちょ、ちょっと待って!……ダメね……とりあえず外に出ましょう!」


 階段を使う時間も惜しい状況のため、六人は窓から外へと躍り出ると、学園前に広がる広大な広場に、一体の黒々としたドラゴンが姿を表しているのを確認する。対峙する学園の教師陣から放たれる上級魔法が何度も直撃しているものの、まるで意に介しておらずダメージが通っていないことは明らかだった。逆にドラゴンの攻撃は障壁が存在しないかのように、教師たちを蹂躙していく。もはや一刻の猶予もならない状況に陥っていた。


「代表!」


 グレンとエルシーがクラウディアの姿を認めると駆け寄ってくる。


「ほ、本物なの……?あんなもの地上で見たことないわよ!それに急に現れるようなものじゃないでしょう?見逃したとでも?」


 矢継ぎ早に質問を飛ばすクラウディアに、エルシーが表情を変えずに答える。


「金色に光る魔法陣から出てきた」


「っ、転移魔法か!?まさか……あれがゴーレムだとでも……?」


 ドラゴンの全長は三十メートルにも及ぶサイズ。仮にゴーレムだとして、それを自由に動かそうとすれば、とてつもない魔石を核にしているということになる。


「ゴーレムですって!?そんなバカな話ある?どう見ても生きているようにしか!」


「アルさん、私も魔界でドラゴンを見たことがありますが……あれはどう見ても本物では?」

 

 視線の先にいるドラゴンが見せる滑らかな動きを見て、クラウディアとグレンがアルの推測を否定するが、ある程度の確信をもってアルは意見を述べる。


「転移魔法を使っての襲撃、私たちはエルフの里でも同じような状況に遭遇しています。それに以前別の場所で、生物の死骸を使ったゴーレムと会敵したこともあります。加えてあのドラゴン、市街地へは見向きもせずにあの場に留まっていますから、何らかの目的がありそうです。ですから可能性は十分にあるかと」


 ドラゴンの後方からは、逃げ惑う人々の叫び声が聞こえているものの、まるで反応を示していない。明確な意思を持って、魔法学園と行政機関を狙っているようだった。

 そこにアルの推測を裏付ける新たな情報を持って、一人のケット・シーが息も絶え絶えに駆け寄ってくる。


「はぁ、はぁ、た、大変、です。妖精族の、区画が、お、襲われました!私が買い物から、戻ったら、全員倒れていて……」


 アル、セアラ、リタの脳裏に最悪の状況が思い浮かび、リタがぽつりとこぼす。


「禁術……」


「禁術ですって!?リタ、どういうこと?」


 リタはエルフの里で起こった顛末と禁術の存在をクラウディアに教える。もともと禁術は秘中の秘であり、エルフの里の長老たちしか知らないもの。クラウディアがそれを知る由もなかった。


「じゃあつまりあれは……」


「ええ、恐らくソルエールで保護している妖精族で作った魔石を核にしています……」


 シルが愕然として膝をつき、アルの表情が沈痛なものに変わる。自身の口から出た言葉が正しいとするのならば、シルの両親も魔石にされてしまっているということ。

 これだけ妖精族が集まっている状況、いくらセアラを狙っているとはいえ、ダークエルフからすれば格好の的であることに違いはない。それでも魔法が堪能なものばかりの妖精族たちを、自分達に気付かれずに一方的に制圧できるなど、誰一人として考えつくはずもなかった。


「リタさん!エルフの里に連絡をして、何とかしてもとに戻す方法を!セアラ、俺がドラゴンに接近したら、俺をドラゴンごと広場を障壁で囲んでくれ!攻撃をいなしながら魔石の場所を探る!」


 核となる魔石の場所が分からない以上、闇雲な攻撃は誤ってそれを破壊しかねない。アルの判断は理に叶ってはいるが、それは紛れもなく大きな危険を孕む決断だった。


「ア、アルさん!いくらなんでも危険です!それならドラゴンだけ囲めば」


「無理だ、セアラの障壁でも攻撃を集中されたら持たない。頼む……!」


 不安そうに揺れるセアラの瞳を、アルの強い意思を湛えた瞳が見つめ返す。アルの性分からして、まだ間に合うかもしれない妖精族を、みすみす見殺しにすることなど出来るはずもない。そんなことはセアラが一番分かっている。ましてやそこにシルの両親が含まれているのであれば尚更だった。

 セアラは大きく息を吐いて心を決める。


「……必ず帰ってきてくださいね」


「ああ、約束だからな」


「パパ……お願い……」


 シルが震えながらアルにしがみついて、ポロポロと大粒の涙を流す。


「心配するな、必ず助ける」


「うん、パパも気をつけて。死んじゃダメだよ……?」


「二人を残して死ぬわけ無いだろ?」


 アルはシルを安心させようと笑顔を作り、元気なく垂れた耳ごと頭を撫でる。


「クラウディアさん、先生。俺が奴の気を引きますので、隙を見て学園の教師たちを下げてください」


「アルさん……すみません、まさかここに攻め込んでくるなんて……御武運を祈ります」


「仕方ありませんよ。いずれにせよ、今回のことではっきりしました。ここまで大掛かりなことを出来るとなれば、アレが単独で動いているとは考えにくい。そちらは終わってから考えましょう」


「ええ、そうね」


 アルがドラゴンのもとへと向かおうとすると、ドロシーから呼び止められる。


「アル、ドラゴンと戦ったことは?」


「無いですよ、そもそも伝説上の生き物ですし」


 アルの答えを聞くと、ドロシーはグレンに目配せをする。


「アルさん。ドラゴンの鱗はアダマンタイトよりも固く、魔法耐性もミスリル並です。また攻撃手段は爪や尻尾を用いたもの、そして竜の吐息(ブレス)です。あれがゴーレムであれば、撃てない可能性もありますが注意はしておいてください。未だかつてそれを受けて生きていたものはおりませんので」


「アル……死なないようにね」


「はい、ありがとうございます」


 アルは二人に礼を言うと、セアラとシルに向かって力強く頷き、轟音と悲鳴が渦巻く戦場へと駆け出した。



※あとがき


今作では魔法学園のことは詳しくやらないです

シルを主人公にした続編でやりたいなと考え中

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る