魔法都市ソルエール編

第83話 魔法に彩られた街

 アパートを引き払ったアルたちは、まずセアラの転移魔法でアリマヘ、そこから更に転移魔法陣を利用してソルエールに到着した。

 石畳で整備された道と、ディオネの町にも劣らないほど清潔感のある町並み。そして行き交う人種も様々で、話に聞いていたようにエルフもおり、ごく自然に町に溶け込んでいた。


「パパ!見て見て!あれすごいよ!」


「シル、指差しちゃダメよ」


 興奮気味にシルが指差しているのは町行く人たち。町中では移動や荷物の運搬など、生活の中で当然のように魔法が使われており、魔法都市の名に相応しいと思えるものだった。


「シルがそういう反応になるのはしかたないよ。こんな風に魔法が身近にある町なんてそうそうないからね」


 ドロシーが言うように、町中での魔法の使用は許可されていないところが多い。それは攻撃魔法に限ったものではなく、生活魔法でも同じこと。理由は暴発したときのリスクの高さ。

例えば生活魔法の中に洗濯物を乾かすために風を起こすものがあるが、暴発した場合に竜巻のような現象が起こる場合がある。特に危険の無いようなものもあるが、様々なケースを想定するのが困難なため、一律禁止にしたり、ごく一部の魔法に限り許可しているというところが殆どだ。


「何故です?暴発のリスクがあるのは他と変わり無いと思いますが」


「単純なことだよ。ソルエールでは魔法が暴発したとしても大事にはなり得ない。なぜなら」


 ドロシーが得意気に語っていると、前方から猛スピードで突っ込んでくる若い男性が目に入る。


「す、すまん!誰か止めてくれぇぇ!」


 どうやら移動に使っていた風魔法の制御に失敗したようで、コントロール不能に陥っていた。このままでは衝突は免れないので、アルは受け止めようと左足を一歩前に出して、両手を広げ腰を落とす。


「『解除(キャンセル)』」


 アルの五メートルほど手前で、エルフの女性が魔法の解除を行う。推進力を失った男性はバランスを崩して倒れ込みそうになるが、間一髪アルがそれを支える。


「大丈夫か?」


「は、はい、助かりました。そちらの方もありがとうございます!」


 男性がアルとエルフの女性に深々と頭を下げて去って行くのを見送ると、エルフの女性がアルにキスできそうなほど近付く。


「暴走した魔法を受け止めるなんて危険。解除魔法を使って止める。当然のこと」


「あ、はい。すみません」


 アルに話しかけてきた女性は一目でそれと分かる長い耳に、感情を灯さない風属性の適正を表す緑色の瞳。そしてショートボブの金髪がどこか中性的な印象を持たせていた。

 いきなり女性に間近に迫られたアルは戸惑い、反論できず咄嗟に謝罪する。


「分かればいい」


 女性が満足げに引き下がると、謎の威圧感から解放されたアルはほっと胸を撫で下ろす。すると女性は今度はつかつかと、何故かセアラの後ろに隠れていたドロシーに近づいていく。


「学園長、迎えに来ました。ついて来てください」


「あー、その、なんだ。人材のスカウトにね!この子たちは私の教え子で優秀だから、臨時の講師でもしてもらおうかなー、なんて」


 聞かれてもいないことをペラペラと喋りだすドロシー。女性の口振りからすると、ドロシーのことを知っている学園の関係者だとアルたちは理解する。


「……言い訳は後で、クラウディア様がお怒り」


「うえー……」


「先生、やっぱり大丈夫じゃなかったんですね。俺たちを巻き込むのは無しですよ?」


 アルが予防線を張ると、頭を抱えて蹲っていたドロシーが恨めしそうな顔で見上げてくる。


「薄情者!」


「何とでも言ってください。とりあえず行きましょう」


「大丈夫よ、私もいるしね」


 アルに抗議の声をぶつけて、がっくりと肩を落として項垂れているドロシーに、リタが声をかけて引き起こす。今回クラウディアにはアルとセアラ、シルを連れていくという連絡はしているが、リタのことは内緒にしていた。アルたちはそのことに疑問を持っていたが、今のやり取りでようやく納得する。ドロシーはリタを突然連れていくことで、自分に向かう怒りを薄めようと画策していた。


「そ、そうですね。行きましょう!」


 光明を見出だしたドロシーが立ち上がり、アルたちは女性に先導されてソルエールの中心部へと進んでいく。自身のことを何も語らない無口な先導役に、セアラが並びかける。


「あの、私はセアラと申します。お名前をお伺いしても?」


「……エルシー」


 怪訝な目でセアラを見た後、エルシーが名乗る。


「エルシーさんですか、宜しくお願い致します。エルシーさんは学園の方なんですか?」


「違う、私はクラウディア様の側近。学園はソルエールにとって重要。だからクラウディア様は学園長にお怒り」


「そうでしたか。でも師匠、ドロシーさんのおかげで私たちは助かりましたよ」


「私はクラウディア様に言われて連れていくだけ。それは私には関係ないこと」


 セアラがドロシーをフォローするが、エルシーは眉一つ動かさずに答える。


「でもエルシーさん、先程師匠を見たときに嬉しそうでしたよ?」


「そっ、そんなことない。あなたの気のせい」


 一瞬セアラの方を向いたエルシーが、すぐに前を向くと、セアラを振りきるように速度を上げてすたすたと歩き出す。その白く長い耳は、赤く染まっていた。



※あとがき


導入ということでちょっと短め


ドロシーとエルシーは幼馴染みです

昔から破天荒なドロシーのあとを追うのがエルシーといった関係

彼女は無断でいなくなったドロシーにお怒りです

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