第39話 冒険者アル、依頼を受ける
新婚旅行兼家族旅行に行くまでの三ヶ月、アルは冒険者として適当な依頼をこなし、セアラとシルは解体場で仕事をこなす。
アルは通常の依頼以外にも、ギルドから頼まれた塩漬けになっているような依頼や、指名依頼も積極的にこなしていた。
そんな日々が始まって一ヶ月半ほど。この日は塩漬け依頼のうちの一つ、カペラの運営を担う一人の商人からの依頼をアルは受けていた。
とはいえ依頼が出されてから今日までの期間は一ヶ月ほどで、そこまで長いわけではない。
ただし、とある理由から、このままいくと誰も請けないことは明白であったので、ギルドからアルに白羽の矢が立った。
そしてこの依頼が塩漬けになっている理由は唯一つ。詳細が不明であること。
依頼を受けた者だけが、その商人のもとへ行って依頼の内容を確認するという条件だった。
本来このような依頼方法はギルド側も受諾することはないし、冒険者もそんなキナ臭い依頼を受けることはない。
それにも関わらずその商人は相場の二倍の委託料をギルドに支払うことで、この依頼をギルドに斡旋してもらっていた。
つまりどう考えてもまともな依頼ではないということだった。
「アルさ〜ん、それではこちらの紹介状を持ってオールディス商会を訪ねてみてくださいね〜」
「……ああ」
相変わらずの口調のナディアに半ば呆れながら、アルはその指示にしたがう。あの日以来、言い寄られるようなことはない。
ギルドを出てしばらく歩くと、目的のオールディス商会の建物が見えてくる。
オールディス商会は何でも屋の商会ではあるが、特に宝飾品関係が強い商会。建物はカペラでも滅多にお目にかかれない四階建てと、まさにトップ商会の一角だった。
一階から三階部分が店舗となっており、四階が事務所となっているとのことだったので、アルは四階へと向かう。
当然の事ながら四階へと向かう階段には、警備員が立っており止められる。
「ここから先はオールディス商会事務所となりますが、何か御用でしょうか?」
「ああ、ギルドからの紹介状だ。商会主からの依頼を受諾した」
アルの差し出した紹介状を確認すると、警備員の男性は特に疑問を口にすることなくアルを通す。
アルは軽く警備員に会釈したのち、事務所への階段を上がり扉を開ける。
すると大きな商会らしく、真っ先に上品な美人の若い女性が座る受付が目に入る。
「ようこそオールディス商会へ。本日はどういったご用向きでしたでしょうか?」
「こちらの商会主がギルドへ出していた依頼を受諾した。商会主に取り次いでもらいたいのだが」
「……少々お待ちください」
アルが差し出したギルドからの紹介状を見て、受付の女性は少しだけ驚いたような表情を浮かべ、奥へと消えていく。
冒険者は本来パーティで行動することが多く、アルのようにソロで動くようなものは珍しい。今のは、それゆえの反応だろうと結論付け、アルは気に留めることはしなかった。
「お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
促されるままアルは事務所のフロアを奥へと進んでいく。
さすがはカペラのトップ商会の一角。見渡したフロアで働く従業員から感じられる活気と熱量は、凄まじいものがあった。
アルは促されるままにフロアの一番奥、応接室へと通され、商会主の到着を待つ。
そんなアルに受付の女性が、コーヒーを運んでくると、目を輝かせて話しかけてくる。
「あの!力自慢コンテストで優勝されたアルさんですよね!奥さまのセアラさんも素敵な方で羨ましいです!……その、よろしければ握手していただけませんか?」
不意討ちのようなその言葉にアルは困惑するが、丁寧に応対する。
「はい、ありがとうございます。妻もきっと喜びます」
差し出された右手を取り、握手すると女性は左手で自身の頬に触れて感激した表情を浮かべる。
「お二人のファンはうちの商会でも多いんですよ、これで自慢できちゃいます!」
当初の上品な様子はどこへ行ったのやら、アルの目の前には憧れの存在を前にした年相応の女性がいた。
祭りで目立ったことは功を奏したようで、今やこの町に暮らす者にとって、アルとセアラは恋愛対象というよりも憧れの存在に格付けされている。
するとそのとき応接室のドアが空き、整えられた口ひげを携えた、優しげな風貌をした中年の男性が入ってくる。
「こらこら、お客人がお困りじゃないか。受付に戻りたまえ」
受付の女性は照れながらも、名残惜しそうに応接室から退出する。
それを見送ると、向かいのソファに座った男性がアルに声をかけてくる。
「うちの者が失礼しました。オールディス商会代表クレイグ・オールディスです。アルさんですね?」
「ええ、オールディスさんも私のことをご存知なのですか?」
その言葉にオールディスは愉快そうに笑う。
「もちろんですよ、アルさんとセアラさん。この町でお二人を知らないものなどそうそう居りません」
「恐縮です」
それが目的で目立ったとは言え、少しの気恥ずかしさを感じる。
「私が言うのもなんですが、よくこのような得体の知れない依頼を受けていただけたものですね」
「ええ、今回はギルドから受けてくれないかと打診されましたので。私としては特に依頼の選り好みはしておりませんし、ギルドからの依頼となれば、実績作りには有利に働きますので」
「成程、成程。きちんとアルさんにも利があるというわけですね」
満足そうに頷くオールディス。物腰こそ柔らかではあるが、商売人だけあって、利がないことに傾倒する人間はあまり信用していない様子だった。
「それで、依頼の内容についてなのですが」
「ええ、もちろんお話いたします。ですが、依頼の形式からお分かりかとは思いますが、かならず秘密は守ってください」
冒険者は基本的に引き受けた依頼についての情報を口外することはない。基本的に、というのは中には守らないような不届き者もいると言うこと。
もっとも、破落戸の多い職業上、依頼する側もある程度は許容している。だがアルに関しては、そういった秘密を漏らすようなことは一切無い。
そんな話をするほど仲の良い者がいないという悲しい理由ではあるが。
「心配要りません。守秘義務は必ず全うしますので」
値踏みするようにアルの目をオールディスが見て頷く。
「結構です。それでは依頼内容をご説明致しましょう」
依頼内容は単純に言ってしまえばモンスターの討伐だった。
今回秘密にしていたのは、そのモンスターが出没する場所が、オールディス商会だけが利用する、秘密の交易ルートだったからという至って真っ当な理由。
商会としてその場所のモンスター討伐を大っぴらにしてしまうと、他の商会にルートが露見する恐れがあったので、このような依頼の形を取ったということだった。
「依頼内容は理解致しました。討伐対象のモンスターについては?」
「……それが、定かではないのですが、キマイラだという目撃証言があるのです」
困惑しながら口にされたそのモンスターの名前を聞いて、アルが目を白黒させる。
「キマイラ、ですか?しかし伝説上のモンスターとお聞きしておりますが」
「ええ、私も信じられませんでした。しかしそのルートを使った者に聞きましたところ、獅子の頭に山羊の胴と、毒蛇の尻尾を持っていたとのことです」
語られたその特徴は、確かに言い伝えられているキマイラのものと合致する。
「……そうですか」
「やはりアルさんでも討伐は困難でしょうか?」
「いえ?問題有りませんが」
アルが驚いていたのは、伝説上の生き物であるとされるキマイラが実在するということであって、決して自分が負けるなどとは思っていない。
むしろ興味津々で、本物かどうかを確かめたいと思っている。
「……さすがですね。それではアルさんには我が商会の仕入れ担当の護衛として、そのルートに赴いて欲しいのです」
「つまり討伐兼護衛依頼、ということですか……」
少しだけアルの表情が曇る。自分だけであれば問題ないが、商隊を守りながらとなると、その難易度は跳ね上がる。
「ええ、当初は討伐のみの依頼とするはずだったのですが、時間的にもう余裕がないのです。品物が揃えられないことは、商会としての信用に関わることですからね。もちろん難しいことは重々承知しておりますので、追加の成功報酬を用意させていただきます。実はこのルートは宝石の仕入れルートになっておりまして、アルさんにはお好きな宝飾品を特価でお売りいたしましょう」
「宝石ですか……」
「ええ、よろしければセアラさんと一緒に店舗に来ていただければよいかと」
その言葉で、アルは結婚指輪を未だ用意していないことを不意に思い出す。そしてオールディス商会は宝飾品の品揃えはカペラ有数だったので、今回の依頼を請けることが出来たのはアルにとっても有難い話だった。
「分かりました、出発はいつになりますか?」
「おお、受けてくれますか。急ですが、明日にでも出発したいと思っております。ですので明日の朝八時にここの前に来ていいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、それでは明日の朝八時に参ります」
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