第36話 アルの冒険者登録

 解体場を出た三人は、隣接する冒険者ギルドの受付に向かう。

 三人の姿を見つけるや否や、アンがアルのもとに猛ダッシュで駆け寄ってくるが、抱きついてきそうな勢いだったので、アルはアンの額を右手で抑えて止める。


「うぐぐ……アルさん、よ、ようこそ!いらっしゃいました!」


 勢いを止められようとも、未だに前進しようとしてくるアンに、アルは大きなため息を漏らす。


「まあ約束だからな、それで?アンが登録受付してくれるのか?」


 やっとアルにそれ以上近寄ることを諦めたアンが、三人を冒険者登録受付に案内する。


「私がやりたいのはやまやまなんですが、担当が違いますからね。こちらのナディアが担当しますので」


 アルの手を握り、登録用の受付に強引に引っ張ていくと、アンは三人に近づいて小声で言う。


(ナディアは強い人大好きなんで、気を付けてくださいね)


 その言葉にセアラが大きく肩を震わせて反応する。ミスコンを経て自信をつけたとはいえ、心配なものは心配であった。

 そんなセアラの横で、シルはわざわざそんなことを言う意味が分からず、首を傾げている。


「よろしくお願いしまーす。アルさーん」


 ナディアは明るい茶色の髪を一つにまとめた、垂れ目のおっとりとした感じの女性だった。心なしかアルを見る目が潤んでいるが、アルは全く気にせず、代わりにセアラがハラハラしている。


「ああ、よろしく」


「えーっと、それではこちらの用紙に必要事項をご記入くださーい」


 アルは名前を書いたところで、筆を止める。


「職業とはなんだ?」


「えっとー、剣士とかー、魔法使いとかー、治癒士とかですねー」


「全部出来る場合は?」


「えー?そんな人がいるんですかー?さすがアルさんですねー」


 褒めるだけで回答を返さないナディアにアルが困っていると、身長二メートルはあろうかという熊獣人が声をかけてくる。


「それなら何でもいいぜ、別に後からでも変えられるしな」


「そうか、助かった」


「なに、いいってことよ……ふぅん、お前がアルか、面構えと言い肉付きと言い確かに強そうだ」


「……アンタは?」


 いきなり名前を呼ばれて不思議そうな顔をしているアルを見て、熊獣人の男が自己紹介を始める。


「おう、すまんな。俺の名はギデオン。ここのギルマスをやってんだ」


「ああ、そうだったのか、てっきりギルマスは人間だと思ってたよ」


 アルはギデオンから差し出された手を握る。するとギデオンが握った手に力を込めてくる。


「まあ確かに珍しいな。それよりもちょっと手合わせしねえか?」


「……理由は?」


 手に込められた力から、大凡の見当はつくものの、アルが面倒くさそうに返答すると、ギデオンが好戦的な笑みを浮かべる。


「お前のランクを決めておきたいんだよ。冒険者のランクっていうのは、通常はFランクからだ。だが実力があると認められれば、Bランクまでなら例えルーキーであっても、俺の権限で上げることが出来る」


「Bランクになればどうなるんだ?」


「はぁ〜い、アルさ〜ん、私から説明しますね〜。依頼にもランクがつけられていますので〜、Fランクのかたは〜Eランクまでの依頼しか受けられませ〜ん。Bランクのかたは〜Aランクの依頼まで受けられま〜す。といっても〜Sランクの依頼なんて〜滅多にお目にかかれませんがね〜」


「要するに色々な依頼が、受けられるようになるってことか……」


 どうにかシルの家族の手がかりを探そうと考えているアルとしては、選択できる依頼が増えるのであれば受けない手はない。


「分かっ」


「あ〜あと〜、Bランク以上は〜ー緊急召集されることがありますね〜」


「緊急召集?」


「ああ、厄介なモンスターが出たとか、町がモンスターに襲われる危険性があるときに、戦力として呼ばれるってことだ」


 マイペースなナディアに痺れを切らしたのか、ギデオンが変わって説明をする。

 そもそも町が襲わるということは、セアラとシルにも危険が迫るということ。それならばアルとしても見て見ぬふりは出来ないので、Bランクになることの障害とは言えない。


「分かった、俺にもメリットはあるようだから受けるよ。それで何をすればいいんだ?」


「そうだな……模擬戦、と言いたいところだが、力比べはどうだ?」


「力比べ?」


 つい一昨日コンテストで優勝したばかりの自分に力比べを申し出るのは不可解だと、アルが怪訝な目でギデオンを見る。


「まあそんな顔にもなるわな。俺は一昨年まで五年連続で優勝したせいで、殿堂入りとか言って出場禁止になっちまったんだよ」


「しかし力だけでは、戦闘の実力など分かるまい」


「はっ、冗談言うなよ、元勇者が弱いわけねえだろうが。そもそも一角ボアを一人で狩ってきてるんだから、力の証明はそれで十分なんだよ。今回のは言ってみれば試験をしたっていうポーズだ。何もせずにBランクって訳にはいかねえんだよ」


「ギルマスは〜もっともらしい理由をつけてますが〜、力比べしたいだけなんですよ〜」


 横から口を挟むナディアに図星を突かれ、ギデオンは舌打ちをする。


「まあ試験が必要っていうのは理解した。それで何をするんだ?」


「そうだな……手四つ相撲はどうだ?相手に膝をつかせたら勝ち、分かりやすくていいだろ?」


「ああ、分かった」


 手四つ相撲となると、どう考えても体格で上回るギデオンが有利だが、別に勝つ必要もないようなのでアルは了承する。

 そんなアルの考えを察したのか、ギデオンが釘を刺してくる。


「言っておくが、手を抜くんじゃねえぞ。俺がそう感じたらFランクにするからな」


「アルさん、頑張ってください!」


「パパ、頑張って!」


 それは熊男に全力でやれと言われるよりも、遥かに効果があった。表情こそあまり変わらないが、アルの目にやる気が漲る。


「ああ、ここでやるのか?」


「いや、鍛練場でやる。何かあったらいけないからな」


 アルは手四つ相撲くらいで大袈裟すぎないかとも思うが、取り合えずついていく。もちろんセアラとシルも一緒だが、なぜかナディアまでついてくる。


「ナディア、お前は来なくていいだろう」


「いいえ〜。私はきちんとアルさんの実力を〜見ておかなければいけませんので〜」


 垂れた目の奥に、絶対に引かないという強い意志を感じ、ギデオンは渋々了承する。

 ギルドの建物の裏は大きな広場になっており、そこが鍛練場として利用されていた。鍛錬を行う円形の砂地を囲むように、小さいながらも観客席があり、シルとセアラとナディアはアルの背後に陣取る。アルが振り向くと、二人はニコニコしながら手を振り、それを見たアルは、頬を少し緩ませて手を振り返す。


「よーし、じゃあルールの確認だ。まず最初から手を組んでスタート、あとは手を離さなければ何をしてもOKだ、相手に膝をつかせれば勝ち。いいな?」


 アルの知っている手四つ相撲とは違う気がするので、確認をする。


「それは頭突きしたり、蹴ったりするのはいいってことか?」


「ああ、その方が楽しいだろ?」


 笑みを浮かべながら言うギデオンに、アルはまたしても嘆息する。


「仕方ない、魔法は?」


「無しだ」


「とことんそっちに有利な条件って訳か」


「ああ、残念なことに対等な模擬戦じゃあ相手にならんだろうからな」


 闘争本能の塊のようなギデオンからすれば、屈辱とも取れるハンデ付きの戦闘。それでも元Sランク冒険者である経験から、相手を過小評価することの愚かしさは十分に承知している。


「成程な、これくらいのハンデなら、五分って見立てか……分かった、始めよう」


 アルとギデオンが向かい合って両手を組み、手四つの形を作る

 そしてその手からギデオンの力を感じたアルは、足を肩幅より少し広げて、腰を据える。

 そもそも獣人は魔法が苦手な代わりに、強靭な肉体を持つ。それゆえ物理攻撃が得意なので、熊獣人ともなれば並外れた力の強さも頷ける。

 つまりシルのような妖精族とは真逆の種族特性を有している。


「ナディア、開始の合図を頼む」


「は〜い!よ〜い、スタート〜!」


 気の抜けたような合図がかかると、ギデオンがセオリー通りに、体格差を利用して、上から一気に押し潰そうとしてくる。

 それでもアルの強靭な下半身と体幹は、全く揺らぐことなくギデオンの体重を支えて見せる。


「クソっ、マジかよ!!」


 完全に目論見が狂ったギデオンが、悪態をつきながら体重を預けても、相変わらず微塵も揺らがないアル。このままでは埒が開かないと見て、前蹴りでアルの腹筋を蹴り抜こうと右膝を上げようとする。

 しかしアルはその動きまで読んでおり、左足の裏でギデオンの右膝の動きを制すると、そのまま顎をかすめるように蹴り上げる。

 ノーガードで顎先を蹴られてしまえば、もはや肉体や意志の強さなど無関係。いかに熊獣人のギデオンといえども、立っていられるはずもなく、力無く膝から崩れ落ちた。

 僅か一分ほどの出来事ではあったが、その実力を知るには十分すぎる攻防だった。

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