アノール国に向けて祈りを捧げる


カーン……カーン……

各地で弔いの鐘が鳴り響く。

先代聖女の国葬がアノール国王都で始まったのだ。

しかし、王都以外では人々の生活はそれほど変わらない。

ましてや、アノール国外では特に。

せいぜい、教会で弔いの鐘が鳴り、手の空いた人は教会に集い、忙しい人は教会に向かって鐘が鳴り止むまでこうべを垂れるくらいだ。


私はすでに国境を越えて隣国ドゥヴェールの街道を南下していた。

三歳から使っている身分証で簡単に国境を越えた私が登録した職業は、亡父の後を継いだ商人だった。


「どちらまで?」

「生まれ故郷のサフェールです」

「そうですか。お気をつけて」

「ありがとうございます」


父や家族の身分証も行商人通過証や営業許可証もすべて私の収納ボックスに入っていた。

正確には、私のブレスレット型収納ボックスに父のカバン型収納ボックスが入っていたのだ。

あの最後の日に、父が入れてくれていたのだろう。

そのため特に手続きは必要なく、名義を変更しただけだった。


『名義人死亡により、第三子に権利が譲渡されるものとする』


そう書かれた書類の一番最後に私の名前を書くだけだった。

未成年の実子だからこその配慮だ。



私を探していた追跡者は、国境の町で狼藉を働き、夜遅くに別の国境の町へと向かっていた。

宿や食堂などに入っては一人客を中心に乱暴な確認方法を行い、歯向かえば遠慮なく暴力を振るった。


「探し人がいようと関係ない!」


国境警備隊に町から追い出される形で出ていったそうだが、「髪を切って男に変装している可能性もある」と言っていたらしい。

だからといって、宿の居室の扉に鍵がかかっているからとの理由で蹴破る行為は許されないだろう。


「町の被害を纏めよ。正式に訴えて慰謝料をもぎ取ってやる」


国境を越えるために通った町ではそんな言葉を幾度となく聞いた。

玄関を破られた店や酒場もある。

国はユーゲリアの犯罪者たちをお金で引き渡すでしょう。

国庫は豊かになるので、遠慮なくしっかり慰謝料をむしり取ってください。


私の名前は誰も知らない。

だって聖女という立場は、基本一人だけ。

呼び名は『聖女様』か『次代様』。

彼らに聖女様の個人情報は必要がない。

儀式以外、死ぬまで出られない生け贄なのだから。

さらに私はまだ顔も知られていない。

過去の事件を踏まえて、『お披露目』まで白亜の宮殿から一歩も出られないのだから。

そんな私を追いかけてこられるとすれば、私の顔を知っていることが最低条件だ。

そうなると、消去法で『あの場にいた騎士』しか残らない。

しかし、アノール国からでた私を連れ戻すことは二度とできない。

国家による権力や圧力が有効なのは自国のみ。

この先、聖女として私を力尽くでアノール国に連れ戻そうとすれば国家間の問題に発展する。


私の家族は殺された。

でも私の親族は父方にも母方にもいる。

きっと、家族の悲劇は表沙汰にされる。

たとえ私たちが異国の民だと知らなかったとしても、生命を軽く見て簡単に奪ったこと。

許されることではなく、責任は取ってもらう。

その被害を訴えるために、私は悲しみと共に母国へと帰る。



街道から外れた丘の上から、アノール国に向けて祈りを捧げる。

先代聖女と歴代聖女。

そして亡き家族のために……

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