会敵10 戦場のレジェンド1

「小隊、出発!」


今後、訪れるであろう困難に対して気合一閃吠えたつもりだが、隊員たちを見る限り、実際にはどうも伝わっていないようだ。僕の唯一の仕事を終えた今、この瞬間に、ただそこにいるだけの存在になる。


僕はチューリッヒ・リヒテンシュタイン連合陸軍少尉 ハインツ。


僕はつい先日、この小隊の小隊長として任官した士官学校を出たばかりの新米士官だ。士官などと言っても現場は曹長2人が仕切っていて、彼らがいれば何の問題も無く回っている。そう言った意味では、まあ気楽ではある。


今日は昨日、国境付近で越境してきた1ユニット2名を補足したとの偵察部隊からの報告があった。2名程度、その場で対応しろと言いたいところだが、そいつらは忽然と消えたらしい。そこで僕達の小隊にお鉢が回ってきたと言うところのようだ。


作戦は捜索と国境付近のパトロールといったところになるのだが、“行ったけど、いませんでした“のシナリオが予想され、そうなった場合の報告書の作成について頭を痛めているのが本音だ。ここから、目撃された国境までは直線で50km。山を二つばかり超えたところだ。4日もあればそこまでたどり着けるだろう。ここは、まだまだ、現場から離れた領内の奥だ。気楽に行こう。


「少尉! 如何ですか? もう慣れましたか?」


彼はハンス、曹長の一人でチームのムードメーカであり最古参。僕みたいな新米士官を軽んじることなく敬意を払ってくれる。僕から見てとても頼もしい男だ。


「少尉は飯をちゃんと食べておられますか? もう少し、太くなりませんと、ここではやっていけませんよ。ハハハハハ」


事あるごとに、もっと、ご飯を食えと言ってくる。確かに僕は細いが、食べるのが苦手と言えばいいのか。すぐに満腹になるので量を食べるのが苦手だ。このご時世にご飯にありつけて文句を言うのは如何に恵まれているかという話に行きつくのだが……


「少尉、少尉は決まった女性はおられますか?」


もう一人の曹長トマスがハンスの豪快な笑い声につられてやってきて、目下の小隊の関心事、僕のパーソナリティ調査を始めている。


「トマス、いる方のオッズを教えてくれ」


僕はきっとかけ事の対象にでもなっているのだろう。と、予想している。もっと言えば、いない方が本命だろう。


「1対6です。1はハンス曹長が賭けにならんだろう。と、言う事でかけております」


実質0対7か……


「そうだな、君が求めている答えの通り、僕には決まった人はいないよ」


やっぱりといった表情で僕を見て、隣りで聞いていたハンスが肩を落としていた。


「では少尉、この作戦が終わったら、私と突撃いたしましょう。ね? いい娘がいるところを知っていますから、ニヒヒヒ」


いやらしく笑って後ろにトマスは消えていった。隊員にでも賭けの勝利を宣言に行ったのだろう。


半日も歩くと基地から15km程の一つ山を越えたところに廃村が見えてきた。森の中の街道が急に開けた谷あいで、20軒ほどの建物と土台だろうか昔の生活をしのぶものが見られる。既に夕刻前で日差しも傾いていることから、この村でキャンプすることにする。


村は30m四方程の広場があって、そこを中心に建屋が散見されている。元は林業か何かで生活していたのだろうか?その中で、一番大きな建物は教会だったと思われる建物だ。


「ベースを設営する。1班右翼、2斑左翼に散開、全ての建屋を捜索し脅威が無い事を確認しろ。5m間隔、ダイヤ陣で捜索に当たれ」


ハンス曹長の指示の元、ベースを設営のため村の捜索に当たる事になった。ダイヤ陣とは、上から見ると平行四辺形の形を形造り、周囲から攻撃を受けた時でも即時に応戦できる隊列の事である。こんな時ぐらいしか役にも立ちそうにないので先頭は僕が務める。


散開しながら、村を捜索する僕の耳に歌の様なものが聞こえてきた。周囲を見渡したが、他の隊員には聞こえていないようだ。僕は先頭を歩いていたので、一番最初に気付いたのだろう。


前方200mには、教会の建物があって、そのほかには後方の建物が300m、あとは、建物の土台がいくつか散見されるぐらいの、いってみれば原っぱだ。


僕は声のする前方の教会に歩みを進める。


レンガ造りの歩道沿いに進むと教会は正面の壁が無傷で残っているもの既にドアは無く、街道側の壁は崩れて、屋根もない。残っている正面の壁は、とんがった妻壁があって、上には小さいながらステンドクラスが張り付けられた明り取りの窓が見える。ドアは教会への数段の階段の下に転がっていた。


ドアの無い入り口に正対すると、それは讃美歌であることがわかった。僕は敬虔な信者ではないのだが、それがどういう歌なのかは映画で知っていた。


もう、100年以上映画などは作られていないが、その昔、平和だった時代に流行った映画の終盤に使われていた曲だ。僕は士官学校で見たその映画が好きだった。豪華客船での悲恋物語。もう200年も前の事実を下敷きにした映画だった。讃美歌320番……


とても透明感のある女性の歌声に僕は魅了され歩みを止めて聞き入ってしまっていた。この中で歌っているのだろ。でも、何故こんな廃村の教会で。


歌が止んで僕は我に返り、その声の主を見たくて歩みを進める。


「アーメン」


その教会の中から讃美歌が終わると祈りの声が聞こえて来た。

教会の中は僕のいる地面とは高低差があって見えないのだが、女性が祈りでも捧げているのだろう。

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