第137話 折れた心

『ユグ…』


ジールはエンチャントしているので会話ができない。しかし、ユグとは会話が出来るはずだ。何か手はないか?どうしたらいい?なんて聞きたいことは山ほどある。解決策が無いにしても誰かと話したい。そこまで心が折れてしまった。でもユグは話してくれない。もう俺に見切りを付けたのか何なのか分からないが話してくれない。その現実はただでさえ折れている心を砕こうとしている。




「くっ…」


俺は疲労困憊の体に鞭を打って立ち上がった。このまま座り込んでいたら、そのうち攻撃されそうだったからだ。一応最後まで殿としての責務を全うしてから死のう。


「ガァ…!」


そして再び人型ドラゴンとの戦いが始まった。しかし今回の戦いは1分と持たずに終わった。その原因は俺の集中力が切れたせいか、人型ドラゴンの技術が成長したか、はたまたその両方かは分からない。だが終わりは呆気なかった。


「っ……」


「ガァッ!」


タイミング的に避けられないジャブがやってきた。急いでも剣2本でガードするので精一杯だった。ガードに使った剣はすぐに折れた。そしてまだ勢いを保ち続けているジャブは脇腹に直撃した。俺はあまりの威力に声すら出ずに吹き飛んだ。吹き飛ぶ瞬間に人型ドラゴンの嬉しそうな声が聞こえた気がした。








「か、かひゅっ…」


どのくらい吹き飛んだか分からないが、どうやら岩にぶつかって止まったみたいだ。俺は内臓まで損傷したようで血すら吐けず、呼吸すら満足に行う事ができない。剣でガードしたジャブでこの威力だ。最初っから勝ち目なんてものはなかった。きっとエリクサーを飲めば、全ての傷治るのだろう。でももういいだろう…。どうせ死ぬなら高価なエリクサーはあと何時間後かにやってくるソフィに渡した方がいいだろう。



「かっ…」


ソフィがここに来る?そう考えた瞬間に俺の頭の全ての思考が一瞬停止した。この魔物達は俺を殺した後はどうするか?俺の予想だと俺の街に最低でも1、2日程は留まるだろう。なぜならどこに行ったら人間がいるかなんてもう分からない。なら待っていれば必ずやって来るであろう街に留まっていた方がいいだろうと考えると予想できるからだ。でも、これはこの魔物達の頭が良かった時の予想だ。しかし、もし頭が良くなかったとしても、人達の家に残されているご飯などをひたすら無くなるまで食べ続けるだろう。それも1日くらいは絶対にかかってしまう。

そしてソフィがこの魔物達と相対したらどうなるか。まず勝つことは不可能だ。なら問題は負けたらどうなるかだ。まだ殺されるだけならマシな方だろう。でもこいつらはオークだ。オークは種族問わず女を犯す。ソフィがこいつらにそんな目にあわされる?そんなことは絶対にさせない。俺の折れた心が復活した。



「ぎぎ……」


俺は全身の痛みに耐えて、エリクサーを口に含んだ。そして自力では飲み込めなかったので、なんとか手で無理やり喉の奥に押し込んだ。すると、体の傷が全て治った。そして無くなりかけていた魔力と体力まで全回復した。


「ふぅ…」


俺は静かに立ち上がった。人型ドラゴンがこっちに向かってくる姿は見えない。俺が立ち上がってやって来ることでも期待しているのだろうか?でもこの与えられた少しの猶予は、俺にとって考える時間をくれるので都合がいい。まずこの魔物達がここから去るにはどうすればいいだろうか?パッと思いついたのはデブオークを殺すことだろう。一番偉いやつを殺せば、この魔物達は散るだろう。でもそれは人型ドラゴンがいるので不可能だ。人型ドラゴンの目を盗んで奴らを殺す手段なんて都合がいいものはない。次に思いついたのは人型ドラゴンを殺す、もしくは致命傷を負わせることだ。この魔物達の中での最大戦力は絶対に人型ドラゴンだ。そんな最大戦力が攻めてすぐの街に到着すら出来ずに、そんなことになったらどうする?一旦人型ドラゴンの傷が治るのを待って、更にもっと強くなってから来るだろう。もし人型ドラゴンがやられた恨みで街に行ったりしても、ソフィなら人型ドラゴンさえいなければ、逃げることは簡単だろう。


「よしっ…」


やることは決まったので、俺は歩き出した。1番の問題は、どうやって人型ドラゴンに致命傷をおわせるか…である。その方法は意外と早く思いついた。まず最初に浮かんだのはユグとの精霊魔法での自爆だ。けどユグは返事をしないので、それは出来ない。次に思い浮かんだのが、ジールの精霊降臨だった。代表戦でのエリーラを見た感じでは、精霊降臨はとても強力だ。それを雷エンチャントと雷電鎧と一緒にやったらどうだろうか。これの問題点は俺が精霊降臨をできるかということだ。でも雷魔法と精霊魔法と雷電鎧での雷の使い方、纏い方は手に取るように分かっている。そして精霊と雷をその身に宿すのも精霊魔法と雷吸収とエンチャントでわかっている。ならもうできるはずだ。いや、できなければならない。


「ガア!ガア!!!」


「雷ダブルエンチャント、雷電鎧」


人型ドラゴンまでの道は、木をなぎ直していたので簡単にわかった。俺は50m近く吹き飛ばされたようだ。そしてまず俺がやってくると、人型ドラゴンは嬉しそうにした。次に俺の雰囲気から、何か今までと違うするのがわかったのだろう。早く早くと言っているかのように声を出した。その声に応えるかのように、俺は雷を纏った。同じ魔法のダブルエンチャントなんて初めてやったができるみたいだ。こんな場面での初発見だ。


「いくぞ!」


「ガァ!!!!!」


俺はあえて右を腕大きく振りかぶりながら、人型ドラゴンへ向かって行った。すると、人型ドラゴンも嬉しそうに腕を振りかぶって向かって来た。俺はきっと精霊降臨をできたとしても一瞬だろう。ならその一撃だけは外してはいけない。魔力的にはMPポーションが残り3本あるので大丈夫だ。しかし、人型ドラゴンは今までどんな攻撃もガードもせずに食らってくれた。しかし今回の攻撃で警戒されて避けるようになったら、もう攻撃を当てることは不可能に近い。ならたとえ人型ドラゴンの全力攻撃を食らって死ぬとしても、この一撃だけは絶対に当てなければならない。


「精霊ジール降臨!!」


俺は人型ドラゴンへの最後の一歩を踏み出す瞬間にそう口ずさんだ。その言葉は無意識にすっと口から出た。そして俺の纏う雷の量が今の何倍にも増加したのを感じた。その最後の一歩を踏み出した瞬間、目の前に人型ドラゴンがいた。俺はそのスピードのまま反射的に、人型ドラゴンの腹を全力で殴り付けた。そしてそれとほぼ同時に俺も人型ドラゴンに殴られた。













「………?」


俺は気が付いたら何かに寄りかかって座りながら俯いていた。状況を確認するために体を動かそうとしたが、全然動かない。ついでに右腕の感覚がない。

目を開けると右腕がなかった。ついでに左の腹に不自然な凄いくびれがある。しかし、それはよく見たら腹の一部がかけていた。そして、それらの傷口から大量に血が流れていく。そこでこうなった経緯の記憶が少し蘇った。俺が殴った瞬間に俺も殴られ、そして右腕が噛み付かれた。そして俺は殴られて吹っ飛ばされる勢いで腕を食いちぎられたのだ。きっと俺が殴る方が早かったせいで、人型ドラゴンの殴る場所が少しズレたことで腹に穴が空くことを免れたのだろう。そして腕を噛まれていたおかげで今回はあまり吹っ飛ばされていないようだ。ゆっくり顔を上げると、ちぎれた手と腹の鱗が剥がれている人型ドラゴンがいた。



「………」


結局俺の命と引き換えの最後の一撃は鱗を剥がしただけだった。血は一滴も流れていないように見える。そして剥がれた鱗も少しづつ再生している。ちなみに、手しかないのはなんでだろう?腕はどこ行ったの?あ、食べられたのか。もうエリクサーでも腕は元に戻らないみたいだ。でもそんなの関係ないか…。もう声を出すことも出来ない。即死していないのが凄いくらいだ。人型ドラゴンに傷が付いてしまったということで今日は引いてくれないかな?

そんなことを考えていると、体はだんだん冷たくなって、思考力も落ちていった。人型ドラゴンが俺に止めを刺そうとこちらに歩いて来るのを見ながら、ゆっくりと目を閉じていった。

俺が最後に見た光景は、人型ドラゴンが地面から生えてきた巨大な土の手に殴られて吹っ飛ぶところだった。


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