第23話 マグロのカマ照焼き
「お客様、申し訳ございません。店内が、混み合っておりますので、ご合席願えますか。」
確かに、狭い居酒屋は、ごった返していた。しかも、今居るのは、2人席で、男1人だ。
「いいすよ。」
客の男--ゲンイチ--は、答えた。
「すみませんねぇ、無理言って、ここのマグロのカマは絶品だって聞いたんで、出張がてら食べに来たんですよ。」
所長……姉小路伸綱は、席に着くなり、目当てのマグロのカマ、お新香、焼酎の梅干し割りを注文し、お絞りで、手と顔を拭いていた。
「自称『39歳』とは思えない親父臭丸出しだな。」
などと言う無意味な指摘をする者などこの場にいない。
「かぁーっ……ウメぇ。」
早速やって来た焼酎をあおり、お新香をポリポリしていた。そこに……
「はい、マグロのカマ1丁、お待ち。」
「おっ、早いねぇ~。」
「これ、俺が注文したんですよ。」
そこに、またも店員がやって来た。
「申し訳ございません。お客様、実はマグロのカマ、本日品切れです。ご説明が遅れて、申し訳ございません。」
「え……じゃあ、あれ、最後の1つ……?」
顔面蒼白になる伸綱。
「……………………………………………………じゃぁ……マグロの山かけと、枝豆。」
「はい、マグロの山かけと、枝豆、ご注文頂きました。」
店員は、すっ飛んで行った。
「とり箸1膳、取り皿1つ下さい。」
ここで、ゲンイチが、口を開いた。
「……え?」
「半分あげますよ。」
「いいんですか!?」
「金は、半分貰いますよ。」
「ありがとうございます!」
マグロのカマに、舌鼓を打ちながら、更に会話は進む。
「そーいや、さっきから気になる事が、あるんすけど……。」
「何か?」
「ひょっとして、仕事で悩んだり……してません。」
「どうして、そう思います?」
「あたしゃ、人を見る目には、自身があるんですよ。しかも、1人で飲んでるって事ぁ、家族にも、同僚にも相談できない内容……でしょ。」
「……その通りですよ。」
「失礼ですけど、悩みなら、話した方が、楽になりますよ。それに、むしろ接点のない人間の方が、話しやすいんじゃないですか。」
「……何故です?」
「あなたが、先に手を差し伸べてくれたんでさぁ。いいじゃないですか、持ちつ持たれつ。」
「……分かりました。俺、接客業なんですよ。でも、両親からは、この仕事反対されてて……。」
「ほぉ……。」
「しかも、同僚は、全員ライバルで、客の取り合いなんです。なのに、俺……客を取られてばかりで……店長は、これも競争社会の常識だって、取り合ってくれないし……。」
「ほぉほぉ……。」
「このままじゃ、俺、クビどころか、店に違約金払わなきゃならない。俺、どうすれば……。」
「話をまとめましょう。同僚に客を取られて困っている。味方無し、客を取り返すのも上手くいかない。このままだと、クビの前に違約金を、店に払わないといけない。」
「……そうです。」
「そういう時は、新規顧客ですよ。あなたが、店に招待すればいい。あなた目当てに、客が来ると話題になれば、かつての顧客だって、戻るんじゃないっすか。」
「しかし、店の料金を支払える知り合いなんて……。」
「あなたが、お金を支払うんです。」
「は?」
「あなたが、お金を支払って、知り合いを招待するんです。あなたに、集客力を見せつける事ができます。」
「し……しかし、先立つものが……。」
「大丈夫ですよ。あたし、金貸し屋なんです。50万円くらいなら、今すぐ用立てられます。利息なら大丈夫ですよ。そうですねぇ……1年間なら、無利子でいいっすよ。」
「本当……ですか……。」
「じゃ、この契約書、サインと、拇印して下さい。後、連絡先もね。」
こうして、ゲンイチは、契約書の確認もそこそこに、サインと拇印を引き換えに、50万円を持って、意気揚々と店を後にした。尚、居酒屋は、伸綱の奢りだった。
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