~68~ スムーズな顔合わせ

 羽琉たちはリビングに行く前にキッチンに向かった。

 エクトルからの提案で用意していた、イネスが好きだというフォションのブレンドティーと、小さい店構えながらも地元民に長く愛されている老舗の菓子店で購入したフォンダン・オ・ショコラを皿に盛り付け、リビングで待つイネスとマクシムの元に向かう。

『お待たせ』

 羽琉が持っているトレイから、エクトルがティーカップとデザート皿をイネスとマクシムの前に並べた。

『まぁ。気を遣わなくても良かったのに。あら、でも美味しそうね』

 イネスはティーカップを手に取り、紅茶の香りを楽しむように目を閉じる。

『今回は母さんがちゃんと事前に連絡をくれたから、ちゃんと用意することができたんだ。今度からもそうしてもらえると助かる』

『だってエクトルのところに行くつもりがなくても、近くを通り掛かったら寄りたくなるんだもの。仕方ないじゃない』

 エクトルは『はいはい』と軽くいなした後、羽琉の背中に手をやると『それより、まずは可愛いフィアンセの羽琉を紹介させて』と言い、羽琉に自己紹介の機会を与えた。

 エクトルからの紹介の流れで、すっと立ち上がった羽琉は二人に向かって深々と頭を下げた。

『日本から来ました小田桐羽琉と申します。エクトルさんとは一年ほど前からお付き合いさせて頂いております。え、えっと……』

 緊張している羽琉にふわりと微笑んだエクトルは、隣に並ぶように立ち上がると羽琉の肩に手を置き、グッと自分の方に引き寄せた。

『二人の許可がもらえたらすぐにでも入籍したいと思ってる。俺の一生涯を掛けて守りたい大切な人だ』

 並んでいる二人を微笑ましく見つめるイネスとは反対に、マクシムは無表情で二人を交互に見つめていた。

 羽琉は緊張から足が震えてしまっていた。

 立っているのも辛くなっていたが膝から頽れないでいられるのは、肩を抱くエクトルの手が羽琉を支えてくれているからだろう。一人で立っていたら間違いなく倒れていた。

『そうか』

「…………え」

 思わず日本語で声が漏れてしまった。

 静かな低い声音で一言だけ呟くように言ったマクシムは、優雅に紅茶を啜る。

『エクトルのそんな顔は初めて見るな』

 紅茶を飲みながら訊ねると、エクトルは楽しそうに『そう?』と聞き返した。

『羽琉と居る時はずっとこんな感じだよ。幸せだからね』

『そうか。なら良い』

 マクシムの返答は二人のことを認めているものだった。

 否定的な言葉を投げられる覚悟をしていた羽琉は、拍子抜けした表情を浮かべた。

 腰が抜けそうになりよろけた羽琉は、エクトルに寄り掛かるように体を預ける。

「大丈夫ですか? 羽琉」

「す、すみません。ちょっと力が抜けてしまって……」

 エクトルに支えられる羽琉を見て、『そんなに緊張しなくても大丈夫よ』とイネスが笑った。

『この人、最初から全く反対なんてしてないのよ。むしろエクトルの幸せそうな顔を見て驚いてるくらいなの』

 言葉の少ないマクシムに代わって、イネスがくすくす笑いながら答えた。

『エクトルがちゃんと選んだ人なら反対はしないって言ってたものね?』

 イネスの問い掛けに、マクシムはコクリと素直に肯く。

『イネスと同じで、エクトルは慧眼の持ち主だ。それにイネス自身も認めているのだろう? なら問題はない』

 つまりは二人が受け入れているなら、マクシムも反論はないということだ。

 無口なマクシムはそれだけ言うと、フォンダンショコラに手を付ける。

 フォークで割ると、とろりと流れ出したショコラの甘い香りがリビングに漂った。

『私も頂くわね』

 マクシムに続いてイネスも食べ始めた。そして『ん~。美味しい』と感嘆の声を上げる。

『二人とも座って座って。一緒に食べましょう』

『そうだね』

 イネスの促しで、立っているのが辛そうな羽琉を先に座らせると、エクトルは自分も羽琉の隣に腰を下ろした。

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