~60~ 二人の愛①

 エクトルはどこまでも優しかった。

 羽琉の様子を確認しながら慎重に触れていく手も、羽琉の身も心も溶かすような熱いキスも、羽琉を気遣う言葉も、愛撫の一つ一つにエクトルの深い想いを感じた。

 エクトルが言うように、羽琉を凌辱した成瀬としている行為は同じなのに不思議と恐怖を感じない。

 いや。から恐怖を感じない。エクトルと羽琉は愛し合っている。だからこそ全てに愛おしさを感じのだ。

「羽琉……震えてませんか?」

 途中、羽琉を心配してエクトルが訊ねてきた。

 身を委ねていた羽琉が熱い吐息と共に「え?」と聞き返すと、エクトルがそっと羽琉の手を握った。

 頭がボーッとしていて分からなかったが、自分の手を見ると確かに小刻みに震えている。

「我慢は駄目だと言いました。羽琉が嫌だと言えば、私はすぐに止めます。羽琉に我慢させることの方がツラい……」

 エクトルは真剣な表情で眉根を寄せる。

 誤解させたくない羽琉は即座に首を横に振った。

「エクトルさんとするのが嫌で震えているわけではありません」

「でも……」

「これは、なんて言うか……こういう行為の経験不足からくるものです」

 嘘偽りなく羽琉は恐怖も嫌悪も感じていない。ただただ幸せを感じ、エクトルからの愛撫に身を委ねていた。

「無理、していませんか?」

 まだ心配気なエクトルに、羽琉は「してません」ときっぱり言い切る。

「むしろ僕の方が求めています」

 羽琉は手を伸ばし、エクトルの頬を包み込んだ。

「誰かを愛する意味をエクトルさんが教えてくれました。そこに含まれる行為も、僕はエクトルさんから教えてもらいたい。お願いします。止めないで下さい」

 羽琉の言葉に感極まったエクトルは切なげに目を細め、頬に添えられている羽琉の手に自分の手を重ねる。

「……羽琉。私は羽琉の強さを甘く見ていたようです」

「? 僕は強くないですよ」

 小首を傾げる羽琉だが、「でも」と言葉を続ける。

「エクトルさんがそばにいてくれるなら、僕も強くなれるような気がするんです。エクトルさんが勇気をくれるみたいです」

 微笑んで言う羽琉のこの言葉で、以前フランクから言われた言葉をエクトルは思い出した。

“本気で人を好きになれば人は弱くなりますし、嫌われたくないから臆病にもなります。ですが互いに心から愛し、支え合うことができるなら、それは強さに変わります”

 その言葉の意味が今になって深く胸に刺さる。

 エクトルも同じだ。羽琉がそばにいるだけで強くなれる。自分がいることで羽琉も強くなれるのなら、二人でいれば互いに最強ということだ。

 怖いものなしってことか――。

 心の中で呟くと、エクトルは幸せそうに微笑んだ。

「羽琉が私のことを怖れないのなら、私ももう怖れません。これからも私の持てる全てで羽琉を幸せにします」

「僕もです。僕も、僕が持てる全てでエクトルさんを幸せにしますね。僕の持っているものは少ないと思いますが」

 苦笑する羽琉に、エクトルは「そんなことはありません」とにっこり笑う。

「羽琉の存在自体が私の幸せです。羽琉がそばにいてくれるのなら、私は世界一幸福な男なんですよ」

 嬉しそうに微笑む羽琉にエクトルはちゅっとキスをした。

「もっと羽琉を愛したい。私の愛を受け止めてくれますか?」

 「はい」と肯く羽琉に喜色満面な笑みを浮かべたエクトルは、再び啄むようなキスをした。角度を変えながら優しく深く――。

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