~50~ イネスの人柄

 それからもしばらくイネスとの会話を楽しんだ後、家で作ってきたというイネスの手料理を受け取り、再び会う約束をしてから公園でイネスと別れた羽琉は自宅へ帰った。

 確かにイネスの言う通り気が合いそうだ。話していて何の苦痛もなかった。エクトルの母親という立場での緊張はあったが、羽琉の心に乱れは起きなかった。

 友莉と初対面はつたいめんした時のようだと思ったが、サバサバして正論をズバッと言い切る友莉とは違い、イネスはどんなことも水の流れのように受け止めるしなやかさみたいなものを感じた。ただその中にもしっかりとした芯もあり、やんわりと諭すように自分の意思を伝えてくる人だった。

 話していて羽琉が気疲れしなかったのは、そういう柔らかさがあったからかもしれない。

 そしてイネスから過去のエクトルのことを聞いていて、少し引っ掛かりを感じたところを羽琉は思い出す。

「そっか。友莉さんが言ってたんだ……」

 どこかで聞いたようなと思ったが、それは友莉が言っていた言葉だった。

 友莉は“仕事面とは反対にプライベートでの人間関係が緩すぎて話にならなかった”とざっくりと切り捨てていたが、言っていることはイネスと一緒だった。

 エクトルの恋愛を見ていて、きっと二人とも心配していたのだろう。このままだとずっと一人かもしれないと危機感を感じていたのかもしれない。

 類は友を呼ぶ――。

 仕事関係は分からないが、羽琉の知る限りフランクや友莉を筆頭にエクトルの周りは本当に良い人たちばかりだ。それはつまりエクトルの人柄を物語っていると羽琉は思う。まぁイネスのような寛仁大度かんじんたいどな人に育てられるとそうなるのも肯ける。羽琉から見て、イネスとエクトルはかなり似ていた。

「……」

 イネスと話したことで、気持ちが落ち着いていたことに羽琉は気付いた。

 時計を見ると、もうすぐでエルスの退社時間になる。

 夕飯は先程イネスが持ってきてくれた料理があるため、エクトルが帰ってきてからレンジで温めようと思っていると、テーブルに置いていたスマホがブルブルと鳴り出した。

 画面を見ると、エクトルの名が表示されている。

 すぐに通話を押し、羽琉は電話に出た。

【羽琉。今仕事が終わりましたので帰りますね。夕飯は何か買って帰ろうと思っていますが食欲はありますか? 何か食べたいものがあれば買ってきますが】

「あ、大丈夫です。さっきイネスさんが訪ねていらして、お夕飯の料理を頂きました」

 怪訝そうに【母が?】とエクトルが聞き返す。

「えっと、何か用事があったわけではなく、ただ僕と話がしたかったみたいで、公園までお出掛けして少しお話しました」

 すると電話越しに、はぁ~と長嘆が聴こえた。

【母には羽琉が入院していたことを伝えていなかったから……。すみません、羽琉。体調が万全ではない時に、一人で母と対面させてしまって】

 後悔しているエクトルに、羽琉は「全然大丈夫ですよ」と即答する。

「いろいろ聞くことができて僕は楽しかったです」

【……、ですか】

 何か含む言い方だったが、エクトルはその「いろいろ」の内容を聞くことはなかった。

「それに緊張はしましたが、苦痛を感じることは全くありませんでした」

 それを聞いたエクトルは【まぁ羽琉が体調を崩さなかったのならよかったです】と今度は安堵の溜息を吐く。

「というわけなので、お夕飯の買い出しは大丈夫ですよ」

【分かりました。では、真っ直ぐ帰ります】

「はい。気をつけて帰ってきて下さい」

 そう言って羽琉とエクトルは会話を終わらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る