~40~ 再確認

 その時、面会時間終了間近を告げるメロディーが院内に流れた。あと十五分で面会時間が終了になる。

「では明日の昼前に迎えに来ます。待っていて下さい」

 最後まで握られていた羽琉の手を惜しみつつ、エクトルは手を離した。

 離れた手を寂しそうに見つめる羽琉を抱き締めたい衝動に駆られるが、グッと抑えたエクトルは、「ちゃんと休んで下さいね」と言い病室を出ようとした。

 しかし――。

「!」

 歩き出そうとしたエクトルは、服の裾を引っ張られたことで反射的に振り返った。

 裾には羽琉の手が掛けられている。

 羽琉は少し躊躇ったように視線を泳がせた後、エクトルに近づくとゆっくりと抱きついた。

「…………羽、琉?」

 驚くエクトルの声を頭上に聞き、羽琉は無言でエクトルに抱きつく。

 病室に来たエクトルは羽琉に触れることはなかった。当然のように毎日行っていたビズすらしてこなかった。握っていた手を離す時も、病室を出ようと背を向けた時も、羽琉が抱きついても背に腕を回してこない今も……羽琉は寂しかった。

「羽琉……私も抱き締めていいですか?」

 いつもはしないのにこうして伺いを立てることにも寂しさを感じてしまったが、自分の意思をちゃんと示すために羽琉は「はい」と返事をし、しっかりと肯いた。

 羽琉の承諾を得て、エクトルはふわりと包み込むように優しく羽琉を抱き締める。

 自分から触れることが出来ず、羽琉の温もりを渇望していたエクトルは、ここぞとばかりに堪能した。満ち足りた気分になり、思わず抱き締める腕に力を入れてしまったが、羽琉は何も言わなかった。

 二人の想いは通じ合っているのに、もどかしい。

 未だに羽琉の傷を癒してあげられない自分にも不甲斐なさが募る。それでも羽琉と共にいる望みだけは捨てられなくて――。

「羽琉。愛してます」

「……」

 そこに切実な想いが込められているのが分かるから、エクトルの言葉は胸に突き刺さる。

 痛いほどに真っ直ぐ、羽琉にだけ届けられるその想いに涙が溢れた。

 愛という言葉の嫌悪感を取り除いてくれたのは間違いなくエクトルだ。その尊さや大切さを教えてくれたのもエクトルだった。

 エクトルの愛に、羽琉もちゃんと言葉で応えたい。

「はい。僕も愛してます」

 羽琉の返事にエクトルは顔を綻ばせ、目を細める。

「羽琉にキスがしたい。……しても、いいですか?」

 エクトルは羽琉を抱き締めたまま、了の返事を待った。

「僕はエクトルさんの婚約者ですよね?」

 羽琉も抱きついたまま、確認するように訊ねる。

「はい。私の最愛のフィアンセです」

 即答するエクトルに嬉しくなった羽琉は、幸せそうに微笑むとエクトルを仰ぐように見つめた。そしてしばらく見つめ合った後、羽琉はゆっくりと目を閉じた。

 自分のキスを待ってくれている羽琉の唇に、エクトルは啄むようなキスを落とす。

 すごく可愛い。

 すごく愛おしい。

 止まらない想いが溢れ、エクトルは再び羽琉を強く抱き締めた。

「あぁ、羽琉。本当に愛してます」

「はい。僕もです」

 何度も素直に答えてくれる羽琉がなおさら可愛くて、エクトルは内心で身悶えてしまう。

 そんな至福の時間を過ごしていた時、面会終了を告げる無粋なメロディーが院内に流れた。

 二度と会えなくなるわけでもないのに、こんなにも名残惜しい気持ちになるのは初めてだ――と互いに思いつつ、最後にギュッと強く抱き締めた後、エクトルは羽琉から腕を離した。

「帰りたくなくなりました」

 そう苦笑したエクトルに、羽琉も微笑む。

「では、また明日迎えに来ます」

「はい。待ってます」

 肯いた羽琉の額にキスをして、今度こそエクトルは病室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る