~23~ 過去の再来①

 コンコン。

 羽琉の部屋のドアをノックする。

「羽琉? 起きていますか?」

 外から声を掛けてみるが、返事がない。

 もう一度ノックをした後、「羽琉?」と再度名を呼んでみる。

 だがやはり返事は返ってこなかった。

 いよいよ心配になったエクトルは、焦りから先程より少し強めにノックをし、「もし体調を崩しているのなら、病院へ行きませんか?」と訊ねてみた。

 これで返事がなかったら、羽琉から預かっていたスペアキーを使用しようと思っていた。部屋の鍵は掛かってないと思うが、今の羽琉の状態だと掛けている可能性もある。もちろん羽琉の許可を得てから開けようと思っていたが、中から反応があったことでその必要はなくなった。

「あ……すみません。ちょっと、待ってて下さい」

 か細い声だったが返事があったことにエクトルはほっと胸を撫で下ろす。

 そしてドアが開き、羽琉が顔を見せた。

「ごめんなさい。今日は起こしにいけませんでした」

「気にしないで下さい。それよりも、どこか具合が悪いのではないですか? 顔色が良くないですよ? 私と一緒に病院に行きませんか?」

 心配するエクトルに羽琉はフルフルと首を横に振る。

「どこも悪くはありません。ただ、ちょっと、寝坊してしまいました」

「……」

 顔色も悪く、表情も暗い羽琉の言葉は到底信じられるものではなかったが、羽琉が隠そうとしていることを無理やり聞き出すことはエクトルにはできなかった。

「ごめんなさい」

 嘘だと見抜かれていることを羽琉も悟っているので、バツが悪そうな表情で再度謝ってしまう。

「大丈夫です。たまにはそんな日もあります」

 気に病むことがないよう、そう言ったエクトルはにこっと微笑むといつものようにビズをしようと顔を傾けた、が――。

「……っ」

 軽くではあったが、近づこうとしたエクトルの胸を羽琉の手に押し返された。

 エクトルは息を呑み、驚愕に目を見開く。

「あ、あの……えっと」

 小さな声で言い訳を探そうとしている羽琉も動揺しているように見えた。

 だがエクトルはそれ以上に頭の中で混乱し動揺していた。羽琉から初めて拒絶の仕草をされたことにショックを隠せない。目の前で焦っている羽琉をフォローする言葉すらも出てこなかった。

「……その、ちょっと、風邪気味かもしれないので……」

 言い訳しつつ、泳がせた視線の先でちらりと絶句しているエクトルを見上げる。

「!」

 その瞬間、羽琉は瞠目した。

 エクトルが泣きそうなほど悲し気な表情をしていたからだ。

 今まで見たことがない辛そうな表情――。

 傷付けてしまったと気付いた羽琉だったが、どんな言葉を掛ければいいのか分からず、開きかけた口をきゅっと閉じ、目を逸らすことしかできなかった。

 その重い空気に居た堪れなくなったエクトルは、俯いた状態で顔半分を右手で覆うと、息を整えてから再度顔を上げ羽琉に微笑んだ。

「すみません。今日はこのまま会社に行きます。羽琉はちゃんと朝食を摂って下さいね」

 その微笑みも無理に作ったのが、羽琉には分かった。

「……では、行ってきます」

 羽琉の返事を待たずにふらりと羽琉の部屋から離れると、エクトルはすぐに家を出た。

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