~18~ 友莉の仕事①

『あ……あの、友莉さん』

 改まって名前を呼ばれた友莉は『ん? なぁに?』と話の先を促す。

『そろそろ仕事のことを考えたいと思っていて、その、前にフランクさんに友莉さんのところの仕事を教えて頂いたのですが』

『えぇ、そうだったわね。もう大丈夫そう?』

 羽琉は言い辛そうに眉根を寄せつつも話を続けた。

『日本でもまともに就職したことがないので社会経験が皆無な上、ほぼ確実にご迷惑をお掛けすると思います。ですが、友莉さんの会社にとって不利益にならないよう努力致します。至らないところが多いかもしれませんが、もし僕でもよろしかったら是非お願いできないでしょうか? ただ友莉さんが今の時点の僕を見て、まだ仕事をするのは無理だと思われたら、はっきりと断って頂いて構いません』

 羽琉は申し訳なさそうに言ったが、友莉は『そんなことないわ』とにこっと笑った。

『羽琉くんなら大歓迎よ。パソコン操作や技術的なことも後々は勉強して欲しいけど、羽琉くんにはクライアントの希望に応じてデザインを考えて欲しいの。取り敢えずそれがメインの仕事になるわ』

『デザインですか……』

 確かに羽琉はグラフィックデザインなど専門的な技術を持っていない上に、基本的なパソコン操作しか分からない。それでもそんな自分にできる仕事があるなら是非頑張ってみたい、羽琉はそう思った。

『エクトルが勤めてる会社の社名、知ってるわよね?』

 突然友莉から質問され、羽琉は『エルスですよね』と返す。

『エルスの会社のロゴは私が考えたのよ』

『え、そうなんですか』

『起業した当初はロゴを持ってなかったんだけど、トップが変わった時に会社のイメージ付けとして一般向けにエルスのロゴを募集していたの。その頃、私も今の会社を起業したばかりだったから、足掛かりになればっていう思いもあって思い切って応募してみたのよ。エルス側の条件を踏まえた上で試行錯誤して作ったけど、まさか選ばれるとは思わなかったわ。最終的には若干修正させられたけどね。まぁ私もそこは納得してるから全然構わないんだけど』

 エルスのロゴは丸い円の中に翼が描いてあり、その中央に一枚の羽根があるデザインだった。エクトルが度々会社の封筒を家に持ってきたことがあるので羽琉も何度も目にしていた。色合いもそうだが、力強い翼と中央の羽はとても印象深く、エルスという社名をよく表していると思った。

『エルスは日本語で“翼”っていう意味でしょ。バックにある翼は世界へ羽ばたく意味と会社が飛躍する意味が込められてて、中央の羽はエルスで働く一人一人の社員を表してるの』

『……なるほど』

『会社は社長一人じゃ成り立たない。働いてくれている社員一人一人の力が必要なの。鳥たちが持つ翼も一緒。一つ一つの羽が重なって、それが翼になって、風の力を借りて空高く飛ぶことができる。大きく飛躍するには一つ一つの羽が大切なの。このロゴはね、社員を大切にする会社、という意味合いも込められているのよ』

 羽琉は大きく目を見開く。

 友莉が考えたエルスのロゴはその意味もデザインもとてもよく練られたもので、それでいてクライアントの要望通り満足のいく出来となっていることがよく分かった。

 それを知って羽琉は目を輝かせた。

 ロゴのデザイン一つでこんなにもたくさんの意味を込めることができ、そのロゴを見るだけでエルスという会社がどんなところなのかを表すことができるロゴデザインという仕事の凄さを初めて知った。

『楽しそうって思った?』

『はい』

 間髪入れずに肯いた羽琉に友莉はにこっと微笑む。

『そう思ってくれているなら、仕事も楽しくすることができるわ。私の方はいつでもOKよ。いつから入職できるのか決まったら、入職に向けてオリエンテーションをしていきましょう』

 快諾してくれた友莉に『ありがとうございます』と羽琉は深々と頭を下げた。

 こんなに恵まれた環境で仕事をスタートできるチャンスはそうそうないだろう。そんなチャンスをくれた友莉に深い感謝しかない。

『取り敢えず、今はエクトルとの幸せな日々を思う存分満喫して。まぁ、しばらくはエクトルが離さないと思うけど』

 苦笑する友莉に、羽琉は思い出したように照れて頬を染める。

『エクトルとのことで悩んだ時はいつでも相談してね』

『ありがとうございます』

 肯いた羽琉に、友莉は『それから……』と話しを続ける。

『エクトルと幸せにね』

『……はい』

 ふわりと笑む羽琉に、友莉も嬉しそうににっこりと微笑んだ。

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