~17~ 講師・友莉の来訪

 いつも以上に甘々な朝食をエクトルと摂った羽琉はエクトルを仕事へと見送った後、自室へ戻り部屋の掃除をしていた。

 本来部屋の掃除はハウスキーパーであるサラの仕事になるのだが、羽琉もエクトルと同じく、自分の部屋は自分でという思いからサラには自分の部屋の掃除を断っていた。

 まだ居候させてもらっている身なので、せめて家中の掃除くらいしたいところなのだが、「まずはフランス語を完璧にマスターしてからです」という家主であるエクトルの命令に従いそこは諦めることにした。

 代わりに早くフランス語をマスターできるように、鋭意努力している最中である。

 そして今日は羽琉の個人的なフランス語の講師として友莉が自宅に来訪する日だ。掃除を終えたタイミングで訪れた友莉を羽琉は玄関先で出迎えた。

『昨日、フランク宛てにメロメロな内容のメールがエクトルからきてたわよ』

『え、そうだったんですか?』

『ウキウキしてる様子が文面から駄々洩れだった。おめでとう……って言って良いのよね?』

 確認するように訊ねる友莉に、羽琉はにこっと笑うと『はい。ありがとうございます』と返事をする。

 その返答に友莉もほっと表情を緩めた。

『イネスさんはとっても良い方よ。お父様のマクシムさんもね。あぁでも、口数が少ないから最初は怯んじゃうかもしれないわね』

 マクシムを思い浮かべ、友莉はくすくす笑う。

『マクシムさんも会社ではエクトルと同じように要職に就いているわ。その辺の資質をエクトルは受け継いだのかもしれないけど、有言実行型のエクトルとは違って、マクシムさんは多くを語らない不言実行型ね。その背中を見て育つ部下もたくさんいるみたいで慕われているらしいわ』

『お会いしたことがあるんですか?』

『えぇ。私たちの結婚式にご招待したからね。フランクの親戚の方と仕事関係で縁があって、それで招待させてもらったの』

『そうだったんですね』

 友莉とのフランス語での会話はだいぶ慣れてきていた。

 聞き取りやすく分かりやすい単語を使ってくれているからということもあるが、羽琉のフランス語が上達しているという証拠でもある。

『そうそう。結婚式と言えば、羽琉くんたち結婚式はどうするの?』

『え、あ……いや、まだそこまでの話はしてません』

 戸惑いつつ答えるが、正直、羽琉としてはあまり大々的なものはしたくはなかった。同性同士だからというわけではなく、これは羽琉の性格の問題だ。

 もちろんエクトルがどうしても式を挙げたいというのであれば、羽琉もそこまで拒否することはしないが、できればしたくないというのが本音だった。

『……まぁ結婚式なんて形式的なものだし、式を挙げても挙げなくても、お互いが納得しているならどっちでも良いと思うけどね』

 羽琉の表情から察した友莉がやんわりと会話の筋を変えた。

 羽琉にとっては結婚式が――というわけではなく、大勢の前で注目を浴びるという状況が苦手なのだろう。

 羽琉が嫌うことをエクトルがするはずがないので、きっと結婚式はしないだろうと友莉は結論付けた。

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