第312話 二匹の蛇と三匹の猫

 戦いがなければ、のどかな景色だっただろう。


 青く小さな花がさく緑地と、茶色い土のある場所がまだらにある野原だ。


 その広大な野原を、西側のはしから見つめる。


 六つの大きな集団と、ひとつの小さな集団。あわせて七つの騎馬集団が駆けまわっていた。


「さきほど、メドンの騎士団は三九〇〇と言ってましたね」


 となりのテレネが口をひらいた。おれもメドンの騎士団を目で追う。


「そうだな。三つの固まりは、どれもおなじ大きさに見える。ならば、きれいに一三〇〇ずつで三つ」


 わが軍の騎馬隊も三つに分かれているが、こちらは千騎ずつ。数では不利だ。


 だが、わが軍の騎馬隊のほうがメドン騎士団を追っていた。そのひとつ、先頭を駆けているのはボルアロフだ。


 ボルアロフの第一騎馬隊は駆けながら長い列になった。


 敵が右へ左へと方向を変える。だが、ボルアロフの騎馬隊もついていく。


 ふいに敵が大きく右に曲がった。その動きを読んでいたか、うしろを駆けるボルアロフの隊はすでに曲がっていた。長い列で巻きつくように包囲する。


 騎士団の足は止まるかと思ったが、包囲をやぶり飛びだした。その逃げるうしろを、またボルアロフが追う。


 ちがう場所でも、こちらはネトベルフを先頭にした長い列だった。おなじように千三百ほどの騎士団を追っている。


 まるで、二匹のうさぎを二匹のへびが追いかけているようだった。


 王のアトがひきいている千騎は敵に追われている。だが野原にある石壁の遺跡をまわりこむように走り、敵を引き離していた。


 その敵のよこへ、フラムの百騎がぶつかり瞬時に逃げた。


「すごい。アトボロス王は、騎馬も指揮できるのですね」


 テレネが感嘆の声を漏らしている。


「おれも、アトにやらせたくはなかった。だが、ボルアロフとネトベルフ、それにフラム。ここに、ならぶことのできる指揮官がいねえ」


 アトの隊を見た。丸く固まり駆ける騎兵集団。おそらく中央にいる。その姿は見えなかった。


 敵は追いかけているが、アトはまた石壁のある方向に逃げた。そこで急旋回。一糸乱れぬ集団の動きだった。


「アトを囲む騎馬隊の連中、そうとう集中していると見える。いい動きだ」


 集中というより緊張かもしれない。それもそのはず、王が指揮をしている。


 アトの隊に見とれていると、戦況が反転していた。ボルアロフとネトベルフのふたつ。こちらのほうが追われる側になっている。


 今度は二匹の蛇を、二匹の猫が追っているようだった。たまらずか、ふたつの長い列は丸い集団に形を変えた。


 ボルアロフとネトベルフ、ふたつの固まりは離れていたが、ふいにふたつは方向を変えた。交差するのがねらいか。


「アトボロス王の隊が!」


 敵から逃げていたアトの隊も、そこへと突進する。


「三つで交差か!」


 ぶつかる、そう思ったが三つはきれいにすれちがった。騎士団も味方との衝突は回避したが、大きく隊列を崩した。


 よこにいたテレネも息をのみ、大きくため息をついた。


「わたしなど、足もとにもおよばない。王は軍を指揮する才がおありなのですね」

「それは、どうだろうな」


 おれの言葉にテレネがふり返った。


「あれで、才がないとでも?」

「指揮をする能力に才があるとすれば、総隊長のグラヌスはもちろんだが、かつてキルッフという隊長がいた」


 壁陣の雄と呼ばれたが、グールとの大戦で死んだ若い犬人だった。


「戦場の流れを読み、的確に指示をする。おそろしく判断も速い。ああいうのが才だろう」


 いまの歩兵隊では三番隊のブラオが独特な指揮をするが、あれは指揮の能力というより、兵の育成が上手な気がした。


「ですが、アトボロス王は、ほかの三隊長におとらぬ指揮ぶりです」

「そこだが、あきれることに、わが軍でもっとも戦場にでた回数が多いのはだれか」


 テレネが目を見ひらいた。そう、あきれることに王様だ。


「おれらの王様はな、すべての戦いを見ている。それも、真剣に。目を皿のようにして見つめてきた。そしてそれは、調練もおなじ」


 おれは軍師の仕事でほぼ街にいたが、あいつは王の用事がなければ、いつも馬に乗ってサナトス荒原にでかけていた。


「じつのところ、おれたちの王様が、もっとも各隊長の動きやくせを知ってるのさ。あいつの指揮能力は、才ではない。おそろしく長いあいだ、見つめ続けた結果。おれはそう思っている」


 こっちを見ていたテレネは、アトの隊へむきなおった。


「わたしが調練に参加したときも、たしかに王は丘の上にいらしたわ。いつもいる。それが、あたりまえになってた」


 テレネは手のひらで目をぬぐった。


「やだ。心が震えてる。戦いの最中なのに」


 女だから泣くとは思わなかった。感受性がするどい。男でも女でも、その王の長い月日を思い浮かべれば、込みあげてもおかしくはない。


「わたしも学ばないと」


 涙をふいたテレネは、より強いまなざしで戦場を見つめた。この女は、いい指揮官になる。そう確信した。


「五英傑メドンも、しれてるわね。戦場に王がいる。それに気づかないのだから」


 テレネの言葉にうなずいた。だが、そこは読みどおりだ。やつは王を倒すことには、それほど興味がない。


 特に今日は騎兵同士の戦いだ。かつて王都で騎馬兵だったボルアロフとネトベルフ。メドンも顔ぐらいは知っているだろう。意識しないはずはない。


「そのていどか、五英傑よ!」


 思ったそばから、ネトベルフのはりあげた声が聞こえた。


 ふいに戦場から殺気がくる。そんな錯覚をおぼえ敵を見た。


 三つの集団に分かれているメドン騎士団。丸く固まり駆けていた。それが、いっせいに広がる。


 まるで雨が空にむかってふるように、広くちらばったメドンの騎兵たちは、いっせいに一直線で北へと駆けた。

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