第311話 タナグラの原野

 森のなかの道を、馬で駆けつづける。


 メドンひきいる騎士団が、めざす場所は読めていた。


 おなじ道を追っているはずだが、その姿はもちろん、馬蹄の音すら聞こえなかった。


 途中の小さな川で、すこし馬を休ませる。


 馬は川のふちまでつれていくと、頭をもたげて水を飲んだ。


 おれも右手で手綱を持っていたが、あいた左手で腰にさげた水袋の水を飲む。


「ラティオ様、むかうさきは?」


 となりにテレネもきた。おなじく馬に川の水を飲ませている。


「タナグラの原野だ」


 おれは地名を答えたが、林檎の戦乙女は考えこむ顔をした。知らないのも無理はない。テレネは南部の生まれだ。ここらの北西にあたる地域はくわしくないだろう。


「はるか昔には、大きな街があったらしい。いまでは広大な野原となっている僻地へきちだ」


 水袋の水を飲んでいると、からになった。あらたに川の水で補充する。


「ラティオ様、それは近くですか?」

「いや、まだすこし遠い」

「では、わたしの馬を。二頭をつぶして全力で駆けさせれば」

「そこまでは、いいぜ」

「ですが、軍師が不在のまま戦いが始まってしまいます」


 テレネが不安そうな顔だ。これは説明しておく必要があるだろう。


「わが軍の計画をすべて知っているのは、ごく一部だ。それでも、各個には考えうる状況に応じた策は伝えてある。メドン騎士団と、わが軍の騎馬隊がぶつかるのは想定のうちさ」


 おれの言葉を聞いたテレネは、顔をすこしほころばせた。


「ボルアロフ様と、ネトベルフ様。わが軍がほこる騎馬隊長に、まかせておけばよいのですね」


 馬が水を飲み終えたようで、頭をあげた。


「そうは言っても、なるべく戦いに遅れたくはない。いそぐとするか」


 テレネとうなずきあい、また道にもどり馬にまたがる。


 太陽を見ると、高さは頂点に思われた。もう昼過ぎか。馬のはらを蹴り出発する。


 そこから数刻、馬を駆けさせた。


 ひとつ細い道との合流地点があり、通りすぎるあたりで馬に乗った者があらわれた。うしろから追ってくる。


「ラティオ様、ここはわたしが!」

「テレネ、あれは知っている顔だ」


 おれは全力で駆けさせていた馬の脚をゆるめ、そして止めた。


 犬人の男が追いつく。男も馬を止め、横目でテレネを見ながら口をひらいた。


「軍師、私が先導いたしますので」

「セオルス、護衛は無用だぜ」


 嫌味な諜知士、セオルスだった。いまは諜知隊だが、もともとはレヴェノア軍にいたので剣がつかえる。


 ヒューは、おれがひとりで戦場にむかっていると思ったのだろう。だからセオルスを派遣した。


「そうね、護衛ならわたしが」

「女よ、守るのは、わが国の重鎮ぞ」

「あら、わたし、この傷でけっこう有名になったと思ったけど」


 セオルスは、テレネの顔にある傷を見た。ひたいからほほにかけ、三本に走る傷だ。


林檎ミーロの戦乙女!」


 不謹慎だが笑えた。


「みょうなところで名が売れるもんだな」

「ナルバッソス様にも言われました。傷の数で負けたと」


 その話にも笑えた。ナルバッソスは、ほほに一本の傷だ。


「テレネ、こいつはセオルス。あのグールの来襲を知らせて死んだリオルスの兄だ」


 この話も有名なのか、テレネはまじめな顔つきにもどり、セオルスを見つめた。


「この傷とともに、あなたの弟のかたきは取ります」


 セオルスもまじめな顔にもどり、うなずきを返した。それからおれのほうをむく。


「軍師、タナグラ原野にメドン騎士団が入りました。もうすぐ、わが軍の騎馬隊も到着するかと」


 くそっ。戦いの開始には、まにあわないようだ。


「騎士団の数はわかるか」

「三九〇〇ほど」


 思ったより多い。昨日に落とし穴、今日は待ちぶせで弓矢、それも三段だ。


 こちらの騎馬隊が三千なので、もっと数を削りたかった。


「いくぞ!」


 テレネとセオルス、ふたりに告げて手綱をたたいた。


 三騎の馬で、ひたすら森の道を北へと駆ける。


 さらに半刻ほど駆けたところで、ふいに森をぬけた。


「タナグラ原野です!」


 うしろからセオルスの声が聞こえた。


 だが教えてくれなくても、ここがどこかわかる。あちこちに小さな青い花が群生する野原だった。


 その小さな青い花を蹴ちらすかのように、駆けまわっている騎馬の集団がいた。


 敵も味方も、いくつかの集団に分かれていた。入り乱れているので、どちらが優勢なのか。


「ラティオ様、この地形・・・・・・」


 馬を止めたおれのよこに、テレネがきた。彼女の言いたいことはわかる。


「はるか昔には、大きな街があったとされるタナグラの原野だ。その残骸である遺跡が、あちらこちらに残っているのさ」


 遺跡は、石の壁が残っているだけだ。その壁も長いものではない。野原のなかに六箇所ほど、石が積まれた壁の残骸がある。


 敵も味方も、騎馬たちは自由に走るわけにもいかず、遺跡の石壁をよけながら駆けていた。


「こっちが四つ。相手は三つの集団か」


 さきほどセオルスから聞いている。騎士団の数は三九〇〇ぐらいだと。ならば、ひとつ一三〇〇ほどの集団。それが三つ。


「あの、ひときわ小さいのがフラム様、ですわね」


 テレネの指摘は正しい。こちらの四つのうち、百ほどの集団はフラムだった。


「第一騎馬隊のボルアロフ様、第二騎馬隊のネトベルフ様」


 まえの戦いでもテレネは歩兵五番隊として参加している。目をこらして、こちらを陣容を見ているようだった。


「千の騎馬隊・・・・・・」


 そう、こちらの騎馬隊は千の集団が三つだった。


「前回の反省だ。ボルアロフとネトベルフ、これは双頭の蛇、と言えるような動きが得意だ。そこで今回は数をあわせた」


 グールとの大戦では、ふたりは息のあった攻撃を見せていた。今回はその形にもどしている。


「でも、それだと、三つ目の指揮はだれが・・・・・・」


 テレネは、入り乱れて駆ける騎馬隊をながめていた。それが、はっと顔をあげて野原を見わたす。


 おれたちは野原の南にある森からでたところだ。このほかにも、東の森に入口となる道があった。その近くに百ほどの集団がある。


 その百の集団には、深紅の旗がかかげられていた。近衛隊であることは、まちがいない。


「テレネ!」


 林檎の戦乙女が、その近衛隊にむかって駆けだしたので、あわてて追う。


 野原と森の境界線。テレネは外側をまわるようにして東の入口にいる近衛隊へと駆ける。


 近衛隊の近くまで駆けると、テレネは馬の速度を落とした。おれもやっと追いつく。


「おい、テレネよ」


 おれの呼びかけは無視された。テレネは近衛隊のなかへと入っていく。仕方がないので、おれもついて馬を歩かせた。


 近衛兵も、おれとテレネの姿を見て道をあける。


 深紅の旗まで馬をよせた。そのまえにいるのは白い羽織りをつけた馬上の者がひとり。今日は白い羽織りに、白い頭巾もつけている。


 白い頭巾を深くかぶった者に、テレネは近づいた。


「マルカちゃん!」

「テレネさん!」

「どうりで、精霊隊にいないと思った!」


 白い頭巾が顔をあげた。そう、猫人の女マルカだ。精霊隊は第二歩兵師団とともに行動しているが、マルカだけこちらに同行させていた。


「ラティオ、あたし緊張で吐きそう!」


 思わず笑いそうになった。王を演じるが、馬に乗っているだけでいい。そう言ってこの役を引き受けてもらったが、ずいぶんと重圧はあるだろう。


「なんてことをラティオ様。マルカちゃんを王の身代わりにしたのですか!」

「仕方なしだ。王のアトは背が低い。軍でおなじ背丈はマルカしかいなかった」

「では、まさか王が!」


 テレネは馬をまわし、戦場を見た。


「三つ目の千騎をひきいているのは、アトボロス王ですか!」

「声が大きいぜ」


 周囲には敵もおらず、状況をさぐる斥候の気配もない。話しても平気だが、それでも大声で言われると恥ずかしさがあった。


 おまけに、まわりにいる近衛隊の連中からは冷たい視線がささる。この策に納得はしていないからだ。


「ゴオ隊長まで、お守りしていないのですか!」


 テレネが、マルカのうしろを見て言った。うしろで馬に乗っているゴオは、無表情でおれを見た。特に不満を表にはだしていないが、この策に賛成もしていない。


「騎兵は、卓越たくえつした馬乗りばかりだ。近衛隊が入れば動きがにぶる」


 おれは説明したが、テレネは聞いていなかった。戦場を見るためか、近衛隊のなかからまえにでる。おれも、そのとなりに馬をならべた。


 そして意外にも戦場は、レヴェノア軍が有利な状況になっていた。

 

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