第310話 テレネ別働隊とメドン騎士団

「矢をつがえて隠れろ。くるぞ!」


 おれが声をかけたのは、甲冑をつけていない歩兵の別働隊。


 兵士たちは背中の矢筒に手をのばした。矢を一本引きぬく。それを弓にあてた。それから草むらのなかにしゃがむ。


 わずかに、人のさけび声が聞こえた。ひとつ目の待ちぶせだ。


 だが馬蹄の音は止まらなかった。ひとつ目を突破したか。


 それから、しばらく待つ。


 かすかに聞こえるていどだった馬蹄の音が、はっきりとしてきた。


 また聞こえた。人の絶叫。乱れた馬蹄の音、そして怒鳴る声。ふたつ目の待ちぶせまできた。


 兵士も、よこにしゃがむテレネも、じっと耳をすましている。


 騎士団は引き返すか。いや、また馬蹄の音が聞こえた。駆け始めた。ふたつ目も突破したか!


 馬蹄の音が大きくなってくる。こっちにむかっているのは確実だ。


「しゃがんだまま、弓を引けるものは引いて待機。無理なら、いつでも引ける準備だ!」


 小さい声だが、するどく伝えた。おれのまえにある草むらが動いている。


 いよいよ馬蹄のとどろきがせまってきた。地ひびきのようだ。


 首を動かし、草のあいだから目をこらす。見えた。騎士団の先頭だ。


「前列、立て!」


 弓をかまえた五十人が立った。


「ねらいさだめよ!」


 ぎりぎりと引っぱられる弦の音が聞こえた。


「はなて!」


 五十本の矢が飛んだ。先頭の四頭、さらにそのうしろの馬が倒れる。


 後続の馬が飛んだ。通常なら馬が足を取られる。それを跳んでかわすのか!


「後列、各自で矢をはなて!」


 もう五十人の兵士が立った。矢が次々と飛ぶ。


「交互に矢をはなて! いそげ!」


 騎士団の馬が倒れていく。だが、瞬時に道のあぜにまわりこんだり、跳ぶなどして器用に転倒をかわす騎手が多い。


 絶叫の声。見れば、ふたつの騎馬が草むらに乗りこんでいた。馬に乗ったまま森のなかに突撃するだと。転倒が怖くないのか!


「ラティオ様、さがって!」


 よこにいたテレネが立ちあがった。羽織りを手でひらく。腰からなにかを取った。


 テレネは大きくふりかぶり、なにかを投げた。馬上の騎士がさけび声をあげて落ちる。


 もうひとつ。さらにテレネは投げた。目のまえにせまった敵が落馬する。


「後退だ! さがりながら弓を撃て!」


 味方の兵士たちがあわててさがる。さがりながらの弓は、半分ほどしか当たってない。


 それでもこっちが弓を撃つことで、森のなかに入ってくる騎馬に矢が刺さり倒れていく。


「遠目からでもいい、どんどん撃て!」


 もはや交互に撃つという手順は守れなかった。兵士たちは矢をつがえては撃ちつづける。


 気づけば、騎士団は通りすぎていた。あっという間の早さだった。


 道まででる。落馬した騎士団の兵がうめいていた。倒れた馬もわずかに動いている。数は百か二百。


「白い羽織りは、見当たりませんわ」


 テレネがよこにきて言った。おれもさがしたが、倒れたなかにメドンの姿はなかった。


「味方の手当てだ」


 道から森にもどり、倒れている味方をさがす。十人が斬られた傷を負っていた。おれが駆けつけるまでもなく、味方の兵士たちが手当てをしていた。


「みな、ご苦労だった!」


 兵士たちにむかって声をかける。


「倒れた敵は、ほうっておいていい。自分たちの隊へ気をつけて帰ってくれ!」


 諜知隊の者をさがした。森のなかで待機している。


「諜知士!」


 旅装の犬人を呼ぶ。


「この別働隊をまとめ、馬を止めたところまで案内をたのむ。第二歩兵師団の位置はわかるか?」


 諜知隊の犬人は首をふった。


「ならば、ヒューに聞き、もとの隊までつれていってくれ」

「軍師は、いかがされますか?」


 聞いてきたのは諜知隊の男ではない。女の声だ。


「おれは、騎士団を追う。この道のさきにある平原で、こっちの騎馬隊と戦いになるはずだ」


 傷を負っていない馬をさがした。敵の馬をねらえと言ったが、転倒だけした馬などがいるはずだ。


「あちらに二頭が」


 テレネはそう言うと森のなかに走っていった。たしかに二頭の馬がうろうろしている。


 あの二頭は、騎手をテレネが倒した馬だ。


 テレネが二頭の手綱を引いてくる。


 おれは一頭をもらい、馬に乗った。なぜか、テレネも馬に乗る。


「くるのか?」

「丸腰の軍師を、ひとりで送りだせませんわ!」


 腰の馬鞭を見た。なかなかに不便なのか。まわりに気遣いをさせてしまう。


「兵士たちをひきいなくていいのか?」

「この別働隊は、たのもしいかたが多いので心配にはおよびません」


 たしかにとしは四十か五十あたり、もと民兵が多かった。話を聞いていたのか、近くにいた兵士のひとりはうなずいた。


「そういえば、どうやって敵を倒した?」


 テレネは乗っている馬をまわし、右側を見せた。右手で羽織りをめくり、腰に指をさす。


「これです」


 指をさした腰にあったのは、小さく細い剣だ。それが革製の腰帯に数本ならんでいる。


「飛刀術か! いつのまに」

「なみいる殿方とのがたに肩をならべるのです。剣の腕だけでは、足を引っぱるだけですわ。軍に入隊していらい、練習しております」


 足を引っぱるどころか、隊長たちまで尻に敷かれそうだ。思わず肩をすくめたが、そのもっとも尻に敷かれそうな男を思いだした。


「まさか、グラヌスは知ってるよな」

「いえ。もったいぶるつもりはありませんが、おどろかせたいので。ラティオ様も内密におねがいいたします」


 なんてこった。結婚するまえから妻の秘密というやつだ。思わず、もういちど肩をすくめた。


「では追うか」

「はい!」


 気を取り直し、馬のはらを蹴る。となりで馬を駆けさせながらテレネが聞いてきた。


「わたしが聞くのも生意気ですが、この戦い、勝てますか!」

「そうだな。敵をちらばせる。さらに戦力を削る。ここまではできた」


 あわよくば、ちらばった敵を、こちらは騎馬隊と歩兵で挟撃したかった。その好機をねらってはいたが、そのまえに敵の騎士団が動いた。


「アトボロス王の身に、危険はせまりませんか!」


 テレネの問いに、思わずほほえましくなった。林檎の戦乙女も、そこを第一に考えるか。


「道の途中にある平原での戦いになるだろう。王のアトは最後尾にし、いつでも逃げられる態勢をとる。心配はないはずだ」


 そして敵の騎士団も、まえとちがう状況があった。つづけて説明する。


「今回の騎士団だ。この敵の目的は、アッシリアにむかうこちらの騎馬隊を止めることになる。うちらの王様が逃げれば、すぐに追えるというものでもない」


 戦う目的、それは今回において敵のほうに縛りが多い。こちらのねらいは、メドンの首ひとつだ。


「王をねらう刺客は?」

「それも問題ない。多くの諜知隊を投入した。敵の配置はすべてヒューがつかんでいる」


 テレネはやっと心配の晴れた笑顔を見せた。


 そう、最低限の舞台はととのえた。その結果がこれだ。アッシリア騎士団と、レヴェノア騎馬隊。今回は、純然たる騎兵同志の戦いになったか。

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